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チョコレート研究の第一人者が考える、日本のビーントゥバー事情とは。佐藤清隆さん インタビューvol.2

ビーントゥバーチョコレートが日本で広まるずっと前から、チョコレート研究に取り組んできた佐藤清隆さん。科学者の立場にとどまらず、カカオの歴史や食文化にも精通。そのキャリアは40年以上にもなります。

広島大学での教授退官後の現在も、プロ向けのセミナーでの技術指導や、ビーントゥバーチョコレート店の監修などを行っているとのこと。

2回目の本記事では、日本のビーントゥバー動向と、これからのチョコレート文化についてお話を伺いました。

 

ビーントゥバーチョコレート専門店の監修を担当。「La chocolaterie NANAIRO」西森さんへの技術指導も

――佐藤さんは「ビーントゥバーチョコレートを作りたい」という個人店の相談にも乗っているそうですね。

 

はい、チョコレートづくりに関する技術的な相談に答えたり、監修を行ったりしています。

 

最近では山口県山口市の「tete Bean to Bar Chocolate」さんや、福岡県北九州市の「チョコロンブス」さん、広島県広島市の「チョコレート工房 rit.(リタルダンド)」さん、岡山県小田郡の「石挽カカオissai」さんなど。

 

ビーントゥバーチョコレート店は東京都内だけでなく、全国的にも増えて来ていますね。

僕の友人で、日本のビーントゥバーチョコレート店を調べているドイツのケビン君によると、2019年5月の時点で150店もあるそうです。

 

チョコレート研究の第一人者が考える、日本のビーントゥバー事情とは。佐藤清隆さん インタビューvol.2
図版「日本のクラフトチョコレートの推移」Kevin Luhmann私信

――そんなに!

海外のお客さんからのクチコミで広がり、「世界でおいしいチョコレート10選」にも選ばれた「La chocolaterie NANAIRO」さんも、佐藤さんに指導を受けたひとりだと聞いています。

 

そうですね。2014年頃かな、(代表の)西森さんが「チョコレートを作りたい」と僕の自宅にいきなり電話をかけて来ましてね。

当時、西森さんは「アメリカのお土産にもらったビーントゥバーに衝撃を受けた。今までに味わったことのないチョコレートだと感じた。その味が忘れられない、自分でも作りたい」と。

でも、僕は「やめときなさい」ってハッキリ言ったんです。

 

――なぜそう言ったんですか?

 

彼女はそれまでチョコレートを作ったことがないって言ってたんです。チョコレートは食品の中でもとくに重工業。明治や森永のような大企業が、社運をかけてチョコレートを作る一大プロジェクトです。工程がたくさんあるし、設備も必要です。初心者の個人がやるにしては大変すぎますから。それでも彼女は「作りたい」の一点張りで。

その時はグラフィックデザインの仕事をしていたそうですが、「社内ベンチャーとして立ち上げる」とまで言うので、それならばと協力することにしたんです。

 

チョコレート研究の第一人者が考える、日本のビーントゥバー事情とは。佐藤清隆さん インタビューvol.2
「La chocolaterie NANAIRO」の美しいチョコレート・パッケージ

――どんなことを教えたんですか? 

 

まず、カカオ豆の皮は必ず手でむくこと。大手企業はカカオ豆を大きなローラーミルに通して皮をむくんですが、機械なのでどうしても小さな取り残しが出るんです。それは味にも影響する。個人店の小ロットで作るなら、手むきにすることで大手との差別化ができると伝えました。

 

同じ理由で、苦みの原因となるチュニブ(胚芽)も必ず取り除いてほしいと伝えましたね。

西森さんたちもその点はしっかり研究していて、皮やチュニブが若干残っている場合と残っていない場合を食べ比べしたりしていました。

 

チョコレート研究の第一人者が考える、日本のビーントゥバー事情とは。佐藤清隆さん インタビューvol.2
左から、チュニブ(胚芽)、カカオニブ(胚乳)、シェル(皮)

その後もカカオ豆のこと、テンパリングの原理、カカオをすり潰すメランジャーの温度など、電話がかかってくるたびに指導しました。

 

ある時「どうしてもうまくいかないことが多い」というので、広島から出雲のお店までロードバイクで訪ねて行ったことがあります。その時は部屋の温度が原因のひとつだったので、設定温度を変えたり、ビニールで仕切りを作るなどの提案をしましたね

それを含めて、僕が持っている情報はすべて教えました。

今ではもう世界トップクラスのチョコレート専門店になっちゃいましたね。

 

理想のチョコレートを求め、145年前のミルクチョコレートを再現

――佐藤さんご自身で「ビーントゥバーチョコレートを作ってみよう」と思ったことはないんですか?

 

大変すぎるので、僕にはとても作れないです(笑)。でも、東広島市のカフェ「latte art Cafe Crema」さんがチョコレートづくりをしたいと言うので、僕が今理想とするチョコレートづくりを指導しているんですよ。

 

チョコレート研究の第一人者が考える、日本のビーントゥバー事情とは。佐藤清隆さん インタビューvol.2

――佐藤さんの「理想のチョコレート」ってどういうものですか?

 

NANAIROさんと同じように皮もチュニブも取る手むきで、テンパリングもコンチングも指導通り丁寧に。出来上がったチョコレートは18~20℃の環境でしばらく寝かせること、などですね。熟成することで味が落ち着くんです。

 

また、ミルクチョコレートは1875年に世界で初めて作ったダニエル・ペーターさんのレシピを再現しようと。これは「チョコレート製造技術のすべて」の著者・ベケット氏が探し出した実験ノートを僕が翻訳して再現したものです。

 

チョコレート研究の第一人者が考える、日本のビーントゥバー事情とは。佐藤清隆さん インタビューvol.2
ミルクチョコレートの配合が記載されているダニエル・ペーター氏のレシピ。ステファン・ベケット著、古谷野哲夫・佐藤清隆共訳「チョコレート製造技術のすべて」(幸書房)の原著:BECKETT’s Industrial Chocolate Manufacture and Use, 5th edition, Wiley, 2017より)

ダニエル・ペーターさんのレシピは「ミルクを36時間、60-65℃でひたすら煮詰めて粉にする」というもので、ものすごく手間がかかるけれど、とても素晴らしい味なんです。

日本で作っているのはCremaさんだけ。ネット販売も始めて、これからたくさん生産していく予定なので楽しみですね。

 

――145年前のミルクチョコレート…気になりますね! 

 

自分が持つ知識・経験を糧に、チョコレート業界の底上げを目指したい

――佐藤さんは科学者・研究者でありながら、チョコレートの製造技術にまで踏み込んだ知識や技術をお持ちなのが面白いですよね。佐藤さんが蓄積されたノウハウを継承する方はいるんでしょうか。

 

たくさんいますよ。

広島大学の研究者や、民間の技術者の方。ビーントゥバーの方たちには無償で指導しています。

だって、僕ひとりで知識や経験を抱え込んでいても仕方がないじゃないですか。

次の世代となる若い方たちに引き継いで初めて、チョコレート業界全体が良い方向に行く。底上げにつながると信じているんです。

 

チョコレート研究の第一人者が考える、日本のビーントゥバー事情とは。佐藤清隆さん インタビューvol.2

――なるほど…。

長年チョコレートを研究してきた佐藤さんから見て、今後、日本のチョコレートはどのように発展していくと思いますか?

 

そうですね…。

欧米諸国では昔から、パーティーなどに呼ばれた時に手土産に選ぶものとして、ワインと花束、そしてチョコレートが選択肢に入っているんですよね。

日本でも少しずつ…例えば和菓子のように、ハレの日の贈り物のひとつとしてチョコレートが選ばれる嗜好品になるのではないかな、と思います。

 

具体的に言うと、大手企業は今後もコンビニやスーパーで購入できる100円台のチョコレート需要を確保しながら、“プレミアム化”にも向かうと思います。その先駆けが明治「ザ・チョコレート」であり、森永の「カレ・ド・ショコラ」ですよね。

 

今後、シングルオリジン・カカオを扱う企業も増えてくると思います。

そのためには製造設備を整えなければなりません。億単位の投資になるので、明治、森永以外の食品企業がビーントゥバーチョコレートに参入するのはまだ先になるとは思いますが…。

 

一方で、シングルオリジンのビーントゥバーは新規参入がしやすい。そこは個人店がチャンスになる部分です。店独自の個性を出せば、小額投資なりのやり方があるのではないでしょうか。

 

ハイカカオ・チョコレートは健康効果も認められている食品です。10年来、日本のチョコレート消費量は1人あたり年間2㎏前後にとどまっていますが、これからもっと増えていけばいいなと思っています。

 

文=田窪綾

写真=新井まる

 

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【profile】

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佐藤清隆(Kiyotaka Sato)

 

1946年生まれ。広島大学名誉教授、工学博士。名古屋大学大学院工学研究科修了後、2010年3月まで広島大学生物生産学部で食品物理学教授を務め、食品油脂の物理学的研究に従事。在任中から民間企業と共同でチョコレート研究に取り組み、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど75ヵ国を訪問。カカオの歴史や食文化にも造詣が深い。

現在は各企業との共同研究や技術者向けのセミナーで技術指導を行うほか、石材店と共同開発した世界初のチョコレート専用石臼「ショコラミル」を開発。一般向けのワークショップも精力的に行っている。趣味は60歳から始めたロードバイク。これまでに47都道府県や全国31国立公園をまわる旅を制覇した。