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星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1

カカオ=チョコレートの原材料、という認識をガラリと変える「アマゾンカカオ」。

カカオを3日かけてすり潰し、トロトロにした液体を常温で固めたカカオマスは、一見すると小さな岩のよう。でも鼻を近づけると、何ともフルーティーな香りがします。

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1

チョコレートに加工するだけでなく、カカオそのものをイチ食材として、さまざまな料理やお菓子に使えるのが最大の魅力。フレンチ、イタリアン、スパイスカレー店、さらには老舗料亭。その可能性に魅せられた料理人やパティシエがクリエイティビティを発揮し、アマゾンカカオは食べ手を驚かせる多彩な逸品へと姿を変えます。

 

この「アマゾンカカオ」を手掛けているのは、料理人・太田哲雄シェフ。

南米・ペルーで育てられているカカオを料理やお菓子の材料に使うほか、国内外のシェフたちへカカオの卸を行っています。

 

アマゾンに魅了され、毎年のように訪れている太田さんは、今では”アマゾン料理人”とも呼ばれるように。

 

しかし、なぜ料理人である太田さんが自らカカオ・ビジネスを始めたのでしょう。

前後編の2回に渡るインタビューで、その真意に迫ります。

 

野山を駆け巡っていた少年がイタリア留学で見つけた、料理人への道
星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1
2019年8月、長野・軽井沢にオープンした太田さんのラボ兼レストラン「LA CASA DI Tetsuo Ota」。

長野県白馬村で生まれ育った太田さん。

山で山菜やきのこを採り、川へ潜って魚を捕まえる少年時代を送ります。

高校生になると料理に興味を持ち始め、アルバイトで貯めたお金を手に東京に出向き、一流店を食べ歩くように。

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1
インタビュー中、お店にハチが乱入したものの、スムーズに対処する太田さん。「子どもの頃、父と一緒にスズメバチの巣の姿採りをしていたことも。縁起物で高く売れるんですよ」と驚愕エピソードをサラリと。

19歳でイタリアへ語学留学すると、さらに料理熱が加速。

ミラノ、ジェノヴァ、ヴェネツィアへ。ミシュランに掲載されている本場の名店を巡り、料理本を読み漁る毎日。

 

「その頃は語学学校の先生すらも知らない料理の専門用語を覚えていましたね。すると先生に、『そんなに食べるのが好きなら、料理人になったらいいじゃないの』って言われたんです」。

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1
壁に色を塗り、カウンターにタイルを貼り…と1年かけ、ほぼひとりでお店を完成させた。窓や器の草花の絵は、知人のロシア人アーティストに制作を依頼

日本での料理修業ののち、海外へ。イタリアでは街場のレストランからスタートし、セレブマダムのプライベートシェフを務めるほどに。スペインでは” 世界一予約が取れない”と称された「エル・ブジ」で、最先端の分子ガストロノミーを学びます。

 

さらにペルーでは地域に密着したレストラン勤務を経て、ペルー料理界の巨匠、ガストン・アクリオ氏の元でも腕を磨きました。

 

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1
ガストン・アクリオ氏(左)との一枚。中央が太田さん。

「ガストン氏に師事したのは、自分が今後どんな風に料理の道を進んでいきたいかを考えたから。当時、ガストン氏は生産者とペルー国内の著名シェフたちをつないで流通経路を作ったり、貧しい子供たちでも学べる料理学校を設立したり、社会的意義のあることをたくさんしていました。マフィアに話を付けてコカ農園からカカオ農園に変え、チョコレートを作らせることも。それはすべて未来の始まりを作る活動でもある。私がその後カカオのビジネスを始めるようになったことも、ガストン氏の影響が大きいと思います」。

 

世界各地で10年以上に渡り料理人生活を送った太田さんは、現地ならではの食文化を知りたい想いもあり、世界中の食材のうち70%もの原種を有する南米・アマゾンの奥地へ。

 

食材の源流であるアマゾンの市場をまわり、原住民の家でホームステイ。「人生で一番インパクトがあった」という金の採掘場へも行ったそう。

 

「アマゾンでは保存食という考え方はありません。その時に食べる分だけを獲り、余分な殺生はしない。動物の皮をなめしただけの引きにくい弓で、50mも離れた場所から獲物を仕留めたのを見た時は衝撃を受けました。でも、すべてが理にかなった暮らしだとも感じましたね」。

 

ここで食べるものは、どれも混じり気のないクリアな味。

アマゾンに果てしない魅力を感じた太田さんは、毎年のようにアマゾンを訪れるようになります。

 

貧しいままの生産者を豊かにしたい。カカオとのサスティナブルな出会い
星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1

「ペルー北部、タラポトにある”カカオ村”を訪れたのは、3度目くらいのアマゾンだったと思います。ここでは500~600人ほどいる村人のほとんどがカカオの仕事に携わっています。クリオロ種を無農薬で丁寧に育てていて、1級品とは言えないまでも良い品質。私は当時カカオのイロハを知らなかったので、カカオ栽培のやり方や加工の仕方など、色々ロジカルに教えてもらいました」。

 

カカオ村では村人自らチョコレートも作っていました。試食した太田さんは「せっかくのカカオの良さが全然活かされていない」と感じたそう。

 

「そりゃそうですよね、設備もない、経験もない。Tシャツに短パン、サンダルでチョコレートを作っているような子たちに、フランスの一流ショコラティエに勝負を挑めっていうのはあまりにも酷な話で。ただ、ふと思ったんです。彼らのカカオを使って作るヨーロッパのチョコレートには高値が付くのに、その生産者である彼らはいつまでも貧しい。これはおかしいんじゃないか?って」。

 

その時、太田さんの頭をよぎったのはガストン・アクリオ氏でした。

 

「ガストン氏がされていたように、私も何かできないかと思ったんです。実際カカオはチョコレートだけでなく、食材としての可能性がある。多くの知見を持つショコラティエと同じ”チョコレート”という土俵で彼らが勝負をしても勝てるわけがない。もっと違う形でこのカカオを活かすことができれば、この村を豊かにすることができるんじゃないかって。今は2級品でも、これから私が買うことでゆくゆくは1級になれるかもしれないと」。

 

村長と話をした太田さんは、その場で200㎏分のカカオを購入。

帰国後はカカオを使ってさまざまな料理やお菓子を作り、出張料理パーティーやイベントでカカオの存在をアピールするようになりました。

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1

「始めた当初はまわりの人みんなに止められましたよ、カカオの輸入なんてって。アマゾンに誰も興味持たないし、チョコレートの世界から叩かれるよって。でも、自分がやりたいからやったんです。ガストン氏のような食の成功者たちもそう。まわりの反対にめげず信念を貫き通した結果、今があるんです」。

 

やがて知り合いのシェフから「このカカオ面白いね、僕にも譲ってよ」と言われるように。

少しずつ広まっていった、カカオの卸取引。初年度はたった4件でしたが、カカオの品質の良さ、食材としての奥深さがクチコミで広まり、今では数百件の取引先を抱えるまでになりました。

 

卸先も多彩です。著名なレストランシェフやパティスリー、ショコラティエなど、多くの人がこのカカオの存在を知り、購入するようになりました。日本だけでなくシンガポールやオーストラリアにも顧客を持つほどです。

 

「ここまで増えましたが、私はこれまで一度も『買ってください』と営業したことがありません。人はどんなに熱心に勧めても気に入らなければ買わないし、逆に面白いと思えばまた買ってくれますから」。

 

『アマゾンカカオ』と名付けた理由
星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1

『アマゾンカカオ』と名付けたのは、使う人、食べる人の意識を変えるため。

「このカカオは南米アマゾンで育ったものなんだ」と気づいてもらいたくて。気づくことで生産者に対するリスペクトが生まれ、少しずつ何かが変わっていくんじゃないかと信じているんです」。

 

カカオ村で200㎏を購入してから5年。現在はカカオ村と専属契約を結び、8パーツに分けて加工を依頼しているという太田さん。昨年は10トン以上、今年は数トンを購入しています。

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1
アマゾンカカオのカカオバター。一般的なカカオバターは脱臭しているが、こちらは未脱臭で酸味を感じるフルーティーな香り。「現地ではチョコレートの材料としてだけでなく化粧品にも使われています。私はバター代わりに使っています」と太田さん

「現地では生豆、カカオニブ、ペーストになる前後、カカオマス、カカオバターなどに分けて製造しています。カカオの仲間“マカンボ”の果肉を煮詰めたジャムなども作っていますね。こうしてさまざまな加工を行っているのは“保険”です。彼らが自分たちで加工できるようになれば、私から独立してクライアントを見つけ、新たな収入を得ることもできます。カカオはチョコレートにしなくても食材として充分勝負できる。その価値を分かってほしくて、私は村の人や子供たちにカカオ入りのカレーを作って振る舞いましたよ。最初は『アマゾンへ行ってみたい』と言うフレンチレストラン『フロリレージュ』の川手寛康シェフと一緒に300人分。去年は4人のシェフと一緒に400人分かな。全部自腹、プロの料理人たちがみんな汗だくですよ(笑)」。

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1
太田さんの店の壁に装飾として埋め込まれている「マカンボ」の殻。

何よりも、現地からカカオを買い続けることが大事、という太田さん。村の人たちと協力して、発酵や加工の試行錯誤を続けています。

 

太田さんは「チョコレートの世界って、臭いものにフタをし続けてきた歴史なんですよ。現地の人たちが安く豆を買い叩かれ、低賃金で働く。出荷後は高級チョコレートになり、ヨーロッパだけが潤う。そろそろこのフタを開けて、正しい流れにしていかなければならないと思うんです。それは日本の料理人やパティシエ、ショコラティエも感じていることだと思います」。

 

険しかった太田さんの表情が、ふっとやわらぎました。そして、こうも話します。

 

「彼らね、最初カカオを15㎏ずつ分けて送る約束だったのに、届いたものは全部13.5㎏だったんですよ。聞けば段ボールの発注を間違えたとか。以来ずっとこの中途半端なサイズですよ。こっちは提出書類を作り直さないといけないし、何より卸の時に分けにくくってくてねえ」と太田さん。

 

困り顔でも、どこか楽しそうに見えたのが印象的でした。

 

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1

後半では、料理人・太田哲雄としてのカカオ料理のアプローチ法や、地元・長野で実践する「未来への種まき」についてお聞きします。

 

文=田窪綾

写真=新井まる

 

 

〈関連記事〉

カカオを通じて日本もアマゾンも豊かに。 「アマゾンカカオ」太田哲雄シェフインタビュー Vol.2

 

 

【Profile】

星付き名店食べ歩きから、アマゾンカカオに出会うまで。 アマゾン料理人・太田哲雄シェフインタビュー Vol.1

太田哲雄(Tetsuo Ota)

1980年、長野県北安曇郡白馬村生まれ。19歳でのイタリア留学をきっかけに料理の道へ。日本での修業後、スペイン「エル・ブジ」、ペルー「アストリッド・イ・ガストン」など、街場から一流店、セレブのプライベートシェフなど通算11年の料理経験を積む。その後、現地の食文化を学びに入った南米・アマゾンで、クリオロ種を無農薬栽培で育てるカカオ村に出会う。以降、直接カカオを買い付けて国内外のシェフを卸すフェアトレード・ビジネスをスタート。これまでの経験は書籍に、アマゾンへの旅の様子はドキュメンタリーDVDにもまとめられている。2019年8月には長野・軽井沢に自身のラボ兼レストラン「LA CASA DI Tetsuo Ota」をオープン。現在は長野の食材を使った料理作りやアマゾンカカオの普及、企業の商品コンサルティングなど幅広い活動を続けている。ボーダーカットソーがトレードマーク。「制服代わりに着ているが特別好きなわけではない」と本人談。(別の服を着ていると多くの人に「今日はボーダーじゃないんですか」と聞かれるため)。よく着るブランドはセントジェームス。