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明治「ザ・チョコレート」の立役者に聞く、開発の裏側

マーブルチョコレートにアポロ、きのこの山。幼い頃から慣れ親しんできた明治のチョコレート。2014年から発売開始した「ザ・チョコレート」も近年の人気商品のひとつです。2020年9月末には全面リニューアルを果たし、産地別のカカオ豆の魅力がよりはっきりと分かるようになりました。

明治「ザ・チョコレート」の立役者に聞く、開発の裏側

しかし、年間数千トンものカカオ豆でチョコレートを作る大手企業がビーントゥバーチョコレートを手掛けるのは至難の業。高品質の豆を安定して供給できるようにしなければ実現しません。

 

それを実現させた立役者が(株)明治 顧問の古谷野哲夫さん。入社以来38年チョコレート研究に従事し農学博士まで取得。「ザ・チョコレート」の開発リーダーとして世界中のカカオ農園を巡り、カカオ豆やチョコレートの品質向上に注力してきた人物です。

今回は古谷野さんに、「ザ・チョコレート」の根幹を支える仕事ぶりを詳しく伺いました。

 

医薬品を作るつもりで入社したのに、気が進まないチョコレート研究の道へ

大学時代、微生物の研究をしていた古谷野さん。卒業後はその経験を活かし、明治グループ薬品部門で微生物を利用した医薬品を作りたいと(株)明治の入社試験を受けました。それなのに、当時の人事採用担当者に『君は食料部門が向いている』と言われてしまったそう。

 

「言われるままに入社したら、食料部門の研究所に配属になりました。担当はまさかのチョコレート研究。当時の僕はチョコレートにまったく興味がなく『なんでチョコレートなんだ、辞めようかな』と思っていたくらいです」。

 

それでも会社を辞めなかったのは、研究所の自由な社風のおかげでした。

 

「その頃の研究所は比較的のんびりしていて、仕事に関することなら何をしてもいい雰囲気だったんです。とくにチョコレートはまだ分からないことが多かったので、まずはチョコレートの油脂について深く掘り下げてみようと。上司と一緒に食用油脂の研究を行っている広島大学の門を叩き、今ではチョコレート研究の第一人者になっている佐藤清隆先生と一緒に調査を始めました」。

 

「油脂の研究を進めていくうち、色々なことが分かるようになった」という古谷野さん。とくに画期的だったのは、チョコレートの口どけを良くしたり、ツヤを出したりする『テンパリング』の研究です。これまで職人が長年の経験や感覚で作業していた温度調整を理論的に解明できたことで、BOB(種結晶法)の発明や、人気商品『ガルボ』の開発にもつながります。古谷野さんは「チョコレートというより、油脂の面白さにのめりこんでいましたね」と当時を振り返ります。

 

時代に合わせたチョコレートを作るため、カカオの研究に着手

多数の実験を行い、論文を書き、農学博士まで取得。チョコレート油脂に関する研究に一段落つけた古谷野さんはその後、1990年代後半からカカオの研究に着手します。

 

明治「ザ・チョコレート」の立役者に聞く、開発の裏側

「チョコレート製品を長年作ってきた明治ですが、お恥ずかしいことにカカオの研究はほとんど行っていませんでした。というのも、チョコレート業界は長らく『カカオ豆は商社から買うもの』が常識。明治だけでなく、他のメーカーもそう考えていたと思います」。

 

「この頃、日本のチョコレートの7~8割はガーナ産のカカオ豆が使われていた」という古谷野さん。ガーナは国を挙げてカカオ豆の栽培に取り組んでおり、いつでも一定の品質が見込めたからです。

 

「商社は日本の各メーカーから受注したカカオ豆を一度に輸入します。日本に着いたら、それぞれ注文された量を分けていく。どのメーカーもみんな同じ豆を使い、それぞれのチョコレート製品を作ります。豆の品質に問題があれば商社を通じて現地に要望を出すくらい。メーカーが現地へ行って品質をチェックすることはまずありませんでした」。

 

ところが、日本でも食の嗜好の多様化が進んできたことにより、従来の流れが変わってきました。

 

「シングルオリジンのコーヒーを筆頭に、産地が注目される時代になってきたんですね。ミルク入りコーヒーが主流だったのに、豆ごとの個性を楽しもうとみんなブラックで飲むようになった。カカオだって実は色々な豆があり味がある。チョコレートを作る私たちも、特徴のある豆が必要だと考え始めたんです」。

 

これまで使って来たガーナ産のカカオ豆はミルクチョコレートに適しているそう。しかし、個性あるチョコレートを作るには、ガーナの豆だけではレシピを組み立てられなくなってきました。

 

「昔はチョコレートといったらミルクチョコレートでした。ガーナの豆はミルクには合いますが、ビターだと苦すぎるんです。社内では『メーカーがそこまでしなくても良いのではないか』と止める声もありましたが、色々なカカオ豆を探索しようとスタートしました」。

 

同じ産地でも毎回品質が違う!原因を調べるため現地へ

まず着手したのは「世界中のカカオ豆を知ること」。商社から何か国、何十種類のカカオ豆を取り寄せ、〇×△をつけて産地を絞り込んでいきました。

 

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現地での乾燥試験の様子。麻袋の上でロット別にカカオ豆を天日乾燥している。中央でしゃがんでいるのが古谷野さん。

90年代終わり頃には、世界の生産量の0.5%ほどしかない希少な豆を使用したチョコレート『プレシャスカカオ』を発売。この開発で古谷野さんは「安定的に良い豆を入手する必要性を強く感じた」と言います。

 

「ある産地のカカオ豆が非常に良くても、次に届く豆は同じ場所とは思えないほど品質が違うんです。なぜこんなに違うんだろう。その理由が分からなければ安定的に作ることができません。原因を突き止めるために、現地のカカオ農園へ調査しに行ったんです」。

 

高品質な豆を安定的に入手するには。明治「ザ・チョコレート」への土壌づくり

2006年、最初に訪れたのは南米のとある国。カカオ栽培が盛んな地域で、従事している農家は250軒ほどありました。

 

チョコレートならではの香りや味わいを引き出すため、カカオ豆は発酵や乾燥といった作業が必要です。味の違いはその作業のばらつきによるものではないかと考えた古谷野さんたちは農家をまわり、どのように作業しているかをヒアリングしました。

 

明治「ザ・チョコレート」の立役者に聞く、開発の裏側
当時の説明資料と、現地農家に配ったカレンダー

その時にカカオ豆のサンプルも受け取って、現地に構えたキッチンラボで個別にチョコレートを作ります。これなら作業方法と味を見比べることができ、効率的な作り方が見いだせるはず。他の農家も作り方を統一すれば、品質の全体的な底上げにつながります。

 

ところがこの作戦は1週間で破綻したそう。

 

「彼らは自分たちがどうやって発酵したかすら覚えていないんですよ。私たちの質問に対し、『何か答えなくては悪い』と、2日しか発酵していないのに3日、4日と適当に言うんですよね。彼らに悪気はないのですが、この時は南米のおおらかすぎる気質に悩まされました」と古谷野さん。

 

その後、古谷野さんたちは自ら発酵・乾燥作業に乗り出します。

現地の信頼のおけそうな農家さんいくつかに協力を依頼。「良い豆が作れるようになったら高く買う」との約束を交わし、条件の異なるサンプルを作り始めました。

 

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明治が現地農家へ提供したカカオ豆発酵箱。この木箱の中で指定条件の発酵を行う。
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農家さん宅の壁にカレンダーを貼る、若き日の古谷野さん

高品質なカカオ豆を作るための最適な条件を見つけ、それを現地農家に普及する。「壁に貼る1年用のカレンダーを作り、その横にマンガでカカオの作業順を描きました。現地には字が読めない人も多いので、この方が分かりやすいし覚えてもらいやすいかと思ったんです」。翌年になるとまた農家さん宅に出向き、コミュニケーションを取り、カレンダーを貼り変える。

じつに3~4年かけ、少しずつ進んだプロジェクト。2014年には選定から仕上げまで一貫製造したビーントゥバーチョコレート「ザ・チョコレート」が発売されました。

 

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古谷野さんが一番お気に入りという「コンフォート・ビター」。最初に手掛けた産地のカカオ豆が使われている

このノウハウを足掛かりに、ブラジルやメキシコなど他国のカカオ農園の品質改善にも着手していった古谷野さん。現在のような日本のビーントゥバー文化を見越していたというよりも、「カカオの品質を上げたい一心だった」と言います。

 

その後は大阪工場へ異動し、品質及び生産管理に従事。

「『ザ・チョコレート』は日々進化しています。より良いおいしさになるよう、ローストの条件を1度変えるなどの微修正は常に行っていますよ。これだけの高品質なチョコレートが230円程度で買えるのは明治だからこそ。私は1200円でも売れるくらいの良い品だと思っています。他のチョコレート専門店にも負けない品質。一度目隠しして、他のチョコレートと比べてみてほしいです」。

 

明治「ザ・チョコレート」の立役者に聞く、開発の裏側
古谷野さんの著書・訳書。世界的なチョコレート研究の権威、ステファン・ベケット氏の「チョコレート製造技術のすべて」(左)も手掛けた

古谷野さんは2020年6月に明治を定年退職し、現在は顧問の立場。昨年大きなケガをしたため、30年来の趣味である登山は控えていますが、代わりに長期滞在のソロキャンプを楽しんでいるとか。「最近はキャンプ飯など、アウトドアの魅力を伝えるYoutubeチャンネルも開設しました。毎日が月曜日の来ない日曜日のようで、なんだか不思議な感じですね。入社以来38年、チョコレートに携わってきたので、今後も何かしらの形でかかわっていきたいと思っています」。

 

 

文=田窪綾

写真=新井まる

 

 

【Profile】

明治「ザ・チョコレート」の立役者に聞く、開発の裏側

古谷野哲夫(Tetsuo Koyano)

1956年生まれ。(株)明治 顧問、農学博士。早稲田大学理工学研究科 応用生物化学専攻修士課程を修了後、1982年に明治製菓(株)に入社。以来、チョコレートを中心とした研究開発に携わる。1992年、チョコレート油脂に関する研究により広島大学にて農学博士号を取得。(株)明治 研究本部 菓子開発研究所所長を経て2015年には執行役員と大阪工場工場長を兼任。2020年6月に退職。在職中は世界十数カ国のカカオ産地を訪問。農園での栽培状況を調査し現地指導を実施。カカオ豆の品質向上に尽力した。その経験を生かし、チョコレートに関する著書や訳書も出版している。