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科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1

ビーントゥバーチョコレートが日本で広まるずっと前から、チョコレート研究に取り組んできた佐藤清隆さん。広島大学で長年にわたり食品物理学の教授を務め、退官後の現在もカカオやチョコレートにまつわる講演やワークショップなどを精力的に行っています。

 

科学者の立場にとどまらず、カカオの歴史や食文化にも精通。チョコレートに携わる技術者を導く存在でもあり、一般の方たちにチョコレートの魅力を伝える伝道師の役割も果たす佐藤さんに、APeCAはインタビューを依頼。1回目の本記事では、チョコレートとの出会いや、誰もが知るあの人気商品の開発舞台裏についてお聞きしました。

 

油の基礎研究からチョコレートの応用研究へ、39歳で挑戦

――佐藤さんはもともと油の研究をされていたとお聞きしました。

チョコレートの研究を始めるきっかけは何だったのでしょうか。

 

僕はもともと油を中心とした油脂の結晶や、エマルションの研究などをやっていました。

「エマルション」とは、水と油など、本来なら分離してしまう液体が混ざり合った状態のこと。例えば化粧品なら乳液やクリーム、食品ならマヨネーズやアイスクリーム、チョコレートなどにその技術が応用されているのですが、僕はそのメカニズムや制御についての基礎研究に従事していました。

 

科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1

転機になったのは1985年、僕が39歳で広島大学の食品物理学研究室の助手をしていた時に、 (株)明治(その当時は、明治製菓)研究所長さんたちが訪ねてきたんです。「研究者の科学的な視点と我々の製造技術を活かして、一緒に世界初のチョコレート製品を開発しませんか」と。その頃の日本では、まだ油の結晶を研究しているところ少なかったので、広島大学に着目したのだろうと思います。当時の研究室のO教授は別メーカーとの研究を長年やっておられたので、「では明治さんはが担当しなさい」という流れになったんですね。

 

――佐藤さんはその頃、チョコレートへの知識や関心があったのですか?

 

いいえ全然。簡単な知識としてはあったけれど、製造のプロセスはまったく知りませんでした。チョコレートって、食品の中では最も重工業だと思うんですよ。発酵、乾燥、皮むき、ロースト、コンチング、練り、テンパリング…。複雑な工程があるから、色々な問題も起こります。

そもそも、当時から現在に至るまで、チョコレートの研究者は圧倒的に欧米が多いんですね。

実際に、チョコレートの一人当たりの年間消費量はドイツが11㎏、フランス6kg、アメリカは5㎏。一方で日本はたった2㎏しか消費されていないんです。

日本にはほとんど研究者がいませんし、チョコレートに関する情報も少ない。そんな中で、油脂の基礎研究しかしてこなかった僕が企業との応用研究に対応できるのかと、不安しかありませんでした。

 

科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1

――でも、思い切ってやってみようと。

 

そうですね。実際に共同研究を行った 明治の蜂屋巌さんや古谷野哲夫さんが「チョコレートの製造には面白い問題がたくさん転がっています。チョコレートのことは僕たちがすべて教えます。先生はサイエンスの立場から分析してください」って言ってくれたので。この時から長いお付き合いになりましたね。

 

チョコレートの「ブルーム」問題を科学で解明。新しく生まれた商品も

――明治さんと、実際にはどんな共同研究をされたのでしょうか。

 

最初に取り掛かったのは、チョコレートの「ファット(油脂)ブルーム」の問題です。チョコレートはさまざまな要因で、表面に白い粉が吹いたような状態になることがあります。

健康への害はありませんが、見た目に影響が生じるだけでなく口けや食感が悪くなるので、まずはこの問題を科学的な観点から解明しようと。

 

科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1

チョコレートにはココアバターという油脂が含まれています。ココアバターにはI(1)型~VI(6)型という結晶ができますが、これがV(5)型にすべて整った時につややかな表面になり、なめらかな口けが実現します。

これに欠かせないのが、「テンパリング」という温度調整作業。

以前からテンパリング技術はありましたが、職人の経験やで作業されていて「なぜそうする必要があるのか」が解明されていませんでした。

そこで僕らは分子構造から見直し、従来のテンパリングに代わるものはないかを研究した結果、世界で初めて「BOB(種結晶法)」を発明したんです。

かしたチョコレートに植物油脂から作ったパウダー状のBOBを加えることで、温度調整にシビアなテンパリングをしなくても簡単にV(5)型に整えることができます。

これにより生まれたのが、明治の人気チョコレート商品『ガルボ』なんですよ。

 

――そうだったんですね!

 

基礎研究を僕ら研究者が考え、実用を古谷野さんたちが担当しました。

『ガルボ』はクッキー生地の中にたっぷりとチョコレートを染みこませています。さらに外側にもチョコレートをまとわせている。普通の技術では、10~20ミクロンの世界からなるクッキー生地に粘度の高いチョコレートを染み込ませることはできないんです。

生地に染み込むくらいチョコレートをサラサラにしようと思ったら、温度を上げないとなりませんが、すると今度はテンパリングの温度調整ができなくなってしまう。BOBを応用することで実現したお菓子なんですね。

 

科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1
1988年初版発行後、世界中で「チョコレート製造技術のバイブル」とされているベケット氏の著書『チョコレート製造技術のすべて』。2020年6月には、古谷野さん、佐藤さん共著で日本訳書を発売している

日本のチョコレートビジネスでは半年に1回、お菓子の新商品が出ますが、そのうちのほとんどが消えてしまうと聞いています。『ガルボ』は1996年9月に発売以降、ベストセラーになっている息の長いお菓子。このBOBについては、チョコレート研究の世界的な権威であるステファン・ベケット氏も序文で触れてくださっていて、感動しましたね。

 

科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1

古谷野さんと僕で訳書を作ることが決まった時、「BOBは僕らが開発したのだ」と言ったら、「日本語版の序文に書き加える」と約束してくれて。これも嬉しかったですね。

 

石臼でカカオ豆を挽く「ショコラミル」を開発。チョコレートができる不思議を届けたい

――なるほど…ガルボにはそんな誕生秘話があったのですね。

現在、佐藤さんはどんな活動をされているのでしょうか。

 

科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1

今はある日本の食品メーカーベルギーの企業と顧問契約をして、サイエンスやテクノロジーの観点から指導を行っています。その他、企業への技術セミナーを務めることもありますね。また、カカオ豆を石臼で挽いてチョコレートを作る『ショコラミル』という機械を石材屋さんと共同開発したので、その普及のためのワークショップを全国で行っています。

 

――石臼でカカオ豆を挽くんですか?

どういうきっかけで生まれたんでしょう?

 

そうです。手で挽くコーヒーミルに感覚が近いですね。

僕は2008年に初めてベネズエラのカカオ農園に行ったのですが、現地の農家の人たちが縦型で石の棒を前後に動かしてカカオニブをすり潰す道具(メタテとマノ)を使っていたんですね。これは大昔からのやり方ですが、その道具がニブをつぶす部分は直線なので、効率が良くないと思ったんです。

 

ではどんな道具が良いだろうと考えてみたら、日本には古来から蕎麦や小麦を回して挽く“石臼”があるじゃないかと思い出したんですね。これは平面でつぶすのですね。

カカオ豆をあたためて細かくしていくと豆の中のカカオバターがけ出し、ドロドロの液体になります。石臼を回すことでカカオ豆が磨砕されるだけでなく、温めた石の熱でカカオバターが溶け出すので、誰でも簡単にカカオ100%のピュアチョコレートが楽しめるのではないかな、と。

 

さっそく東広島にある石材店に「カカオ豆を挽く石臼を作ってほしい」と交渉したのですが、「石臼は粉を作るもの。非常識だ、ありえない」と最初は断られてしまいました。

ただその時、僕が置いていったカカオニブを半信半疑のままコーヒーミルで挽いてみたら実際にトロッと出てきたんだそうです。

それで僕の言っていることが本当だったとわかり、チョコレート用石臼の開発に協力してもらえることになって。

完成したショコラミルは女性でも回しやすいサイズなので、実際にワークショップ・ビジネスの一環にしようと購入してくれたカフェもいくつかあるんですよ。これを機に、チョコレートがどのようにできるのか、関心を持ってくれる方が増えるといいなと思っているんです。

 

文=田窪綾

写真=新井まる

 

インタビュー記事 vol. 2に続く

 

 

【profile】

科学的な視点からカカオを研究。広島大学名誉教授・佐藤清隆さん インタビューvol.1

佐藤清隆(Kiyotaka Sato)

 

1946年生まれ。広島大学名誉教授、工学博士。名古屋大学大学院工学研究科修了後、2010年3月まで広島大学生物生産学部で食品物理学教授を務め、食品油脂の物理学的研究に従事。在任中から民間企業と共同でチョコレート研究に取り組み、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど75ヵ国を訪問。カカオの歴史や食文化にも造詣が深い。

現在は各企業との共同研究や技術者向けのセミナーで技術指導を行うほか、石材店と共同開発した世界初のチョコレート専用石臼「ショコラミル」を開発。一般向けのワークショップも精力的に行っている。趣味は60歳から始めたロードバイク。これまでに47都道府県や全国31国立公園をまわる旅を制覇した。