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酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある

バーで飲み物を頼むと、一緒にそっと差し出される一欠片のチョコレート。酒とカカオは相性が良いといわれていますが、そのどちらも探求すればするほど果てしなく、湧き出る泉のように興味は尽きません。酒とカカオの奥深い森をさすらう人々に、その魅力と可能性を伺います。

 

騙し扉の向こうに、仄かな明かりが瞬く。賑やかな「虎ノ門横丁」をすり抜けた、静寂のエアポケットのような一角。いざ店を目指して向かおうとすると、なぜか道に迷ってビルの中をぐるぐるしてしまう。途方に暮れた途端に、ふと目の前に現れる幻のような店「Memento mori(メメント・モリ)」。店内は魔法をかけられた古城のごとく不思議な雰囲気を持ちながら、落ち着いた穏やかさに満ちている。

 

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
入り口の様に見えて、こちらは騙し扉で、奥に本当の入り口がある。
日本随一のミクソロジストが新たに手がけたバーのテーマはカカオ

店の主人、南雲主于三さんは、バーに詳しい方なら既にご存知のごとく、ミクソロジストの第一人者である。ミクソロジーとは、「混ぜる」ことを意味する「MIX」と「学問」「科学」を意味するOlogyが合わさった造語。カクテルの原点である素材を混ぜることを極め、探求し、自由にクリエイティブな発想で、新たな創造を生み出すことを目指している。「あらゆる素材を液体化し、自由なアプローチで美味しい飲み物として成立させる」と南雲さんはいう。普通カクテルといったら、ジンやラム、ウォッカなどの酒をベースに、フルーツやハーブなどで甘みや酸味、香りを加えた、マティーニ、モヒート、モスコミュールなど、誰もが知るスタンダードな味を思い浮かべるが、南雲さんは例えばトムヤムクン、ベーコンエッグ、ブルーチーズ、奈良漬けなど、およそカクテルとは思えないものでも、まるで科学者のように成分を抽出したり、香りを移したりして、絶妙な配合で混ぜ合わせ、その味を感じさせながら、ちゃんと美味しい飲み物に昇華してしまうのだ。都内に複数店舗を運営し、国産焼酎&泡盛、日本茶など、テーマを絞って素材を突き詰めている店もある。その新たなチャレンジの一つとして、カカオをテーマとする「Memento mori」が2020年6月にオープンした。

 

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
店内の様子。よく見ると左官仕上げの柱や、クラフト感があり座り心地良いメキシコの椅子など、ここにしかない独特の世界に引き込まれる。
カカオパルプとの出会いから、一気にコンセプトが仕上がった

チョコレートからもさらに一段掘り下げた「カカオ」に特化したバー。南雲さんにカカオとの最初の出会いを伺ってみると「実はカカオパルプなんです」と意外な答えが返ってきた。パルプとはカカオの果肉のことである。チョコレートには種を使うが、元々カカオは果実であり、ライチやマンゴスチンを思わせるような甘酸っぱい風味の果肉がある。南雲さんは子供の頃から純粋にチョコレートは大好きで、選ぶとしたらケーキもアイスクリームもチョコレートを選ぶ、というほどだそうだが、そことカクテルとしてのチョコレートは全くリンクしていなかったという。

 

「チョコレートが美味しいことは十分にわかっていたけれど、自分にとってはあくまで食べる物という認識でした。それが、カカオパルプのピューレと出会ったことで、一気に発想が変わったんです」

 

たまたま仕入れたピューレがとても美味しかったため、カクテルに使ってイベントで出してみたところ大好評だった。さらに焼酎の仕事を通じてメゾンカカオの代表・石原紳伍氏と出会う。鎌倉の本店へ行き、カカオを使った料理を楽しみ、カカオビネガー(メゾンカカオで販売しているオリジナル商品で、カカオパルプを発酵させて作る)の存在を知った。その後、世界中を飛び回るチョコレートバイヤー、トモエサヴールの札谷加奈子氏や、京都にあるインドネシアのカカオでBean to barチョコレートを作る会社Dari.K(ダリケー)の吉野慶一氏など、いざカカオに興味を持った途端、カカオ業界に携わるコアな人々と次々に繋がっていったそうだ。

 

「パルプを通じてカカオは液体だ、と発想したら頭の中でパーッと全体のコンセプトマッピングが完成しちゃったんです。元々あったチョコレートのクラシックなカクテル、そしてパルプやニブ、溶かしたチョコレート、それぞれの素材を生かしたカクテルが作れ、さらにペアリングも多様に表現できる。これはすごい深さと広がりと可能性があると確信しました」

 

トレンドは来てから追いかけても遅い。まだ誰も手を付けていない、かつ魅力があって、底が深く、無限の広がりを感じ、技術として頭打ちにならないこと。新しいことを始めるにはそれらが条件だと南雲さんはいう。 

 

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
ここには書ききれないほど多くの話をしてくれた南雲さん。もしバーの仕事を引退したらやりたいことは絵描き。
カカオへの探求はさらなる深みへ。いつかは産地を訪ねたい

Memento moriにあるカクテルは、今までまだ誰も見たことがないと思うものばかりだ。例えばフランスのウォッカにカカオニブを3ヶ月以上漬けたものを、カカオの産地別に作っている。マダガスカル、コロンビア、ペルー、ベトナム、インドネシア、ガーナなど、常時8種類以上揃えているという。お酒を出すグラスの代わりに、産地からやって来た本物のカカオポッドの中身をくり抜いて利用したりする。カカオパルプで作った泡状のカクテルを入れ、カカオが発酵する様子を表現している。南雲さんはカクテル開発に飽き足らず、カカオからチョコレートになるまでの製造工程や、紀元前から始まったカカオの歴史、世界各地のカカオとチョコレートの食文化など、幅広く見識を深め、カカオに携わるプロたちとインスタライブでトークショーを行うなど、その学びを多くの人に共有している。基本的にのめり込みやすいタイプだという南雲さん。理解を深めて特徴をしっかり体得した上で、分析・分解し、それを再構築して新たなカクテルを作り上げている。

 

「いずれはカカオ産地へ行かねばと思っています。行けるようになったら早く行きたい。アジア、南米、そしてアフリカまで。カカオの育つ三大地域をこの目で見て知ることで、初めてMemento moriというこの場所の説得力が増すと思っています」

 

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
ウォッカに漬けられた生産地別のカカオニブの瓶がずらりと並ぶ。
酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
「カカオトニック」は好きな産地のものを選ぶことができる。コーヒーでいうシングルオリジンの様に、カカオ豆の風味をストレートに感じられる。
酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
カカオポッドを器代りに使ったカクテル「カカオフルーツフィズ」。エクアドルのカカオパルプが入っており、カカオの果実そのものを味わえる一杯。
酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
泡立たせて、カカオが発酵する様子を表現。

「Memento mori」とは、ラテン語で「死を忘れるな」という意味。この店名に込めた思いを南雲さんに伺った。

 

「カカオの歴史を紐解くと、紀元前南米のエクアドルから中米に広がり、マヤ文明からアステカ帝国で飲まれていたショコラトルにという飲み物に行き着きます。カカオは元々飲み物だったんです。ショコラトルとはカカオをすり潰して水と混ぜたもので、語源は『苦い水』という意味。高貴な人しか飲めない贅沢で貴重な飲み物で、体には良かったようですが、それだけでは決して美味しくはなかったみたいなんです。そこでハーブやスパイス、花や蜂蜜などを加えて飲んでいた。僕たちの作るカクテルも、花や葉、根、種、木など様々な植物を使います。本人と直接やり取りし、産地にも伺って仕入れているような、顔の見える生産者さんのものも多いです。生ある自然の恵みから命をいただいているので、できる限り無駄なく使い切りたい。環境に対してもゴミを出したくない。カクテルって柑橘を大量に絞ったりするので、普通にやっていたら非常にゴミが出るんですよ。絞った果物はドライにして再利用するなど、自分たちで極力無駄をなくしています。いずれは肥料に変えて店内の植物や生産者に還元するなど、循環できるような仕組みを考えています。そういう意識を常に持って行動したいことから、Memento moriという言葉を肝に命じています」

 

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
ゼラニウムの葉で香り付けしたウォッカに、シャルドネのブドウを搾ったジュース、ぶどうのヴィネガー、パチュリのリキュールなどを混ぜ、ローズのような花の香りを表現したカクテル。メゾンカカオのマスカットの生チョコレートとペアリングの相性はぴったり。
酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
店の一角にさり気なく設置されていたエバポレーターという蒸留装置。これでオリジナルのスピリッツを開発している。
歴史を紐解き、未来へ繋げる、現代版ショコラトルの実現を

南雲さんがこの店でやりたいことの一つは、現代版ショコラトルの再現。アステカ文明時代のショコラトルから現代のチョコレートドリンクに至るまでの歴史を辿ると、“苦い水”に様々な植物や砂糖、ミルク等を入れて美味しくしようとした人類の飽くなき探求の過程があり、カクテルとの共通点も見出せる。それならもう一度、カカオは飲み物だという文化をここから作っていきたい、それはこの店の使命でもある、と南雲さんはいう。

 

「様々なカクテルがある中でカカオの原点に還る、こういうものは作っておくべきだと思っています」

 

そこで注目しているのが、Dari.K(ダリケー)がシャープと共同開発した電動グラインダー。カカオニブを瞬時にペースト状にできる機械である。今のところ体験できるのは、京都駅にある店舗「The Obroma 990(ジ・オブローマ 990)」のみ。グラインダーを使い、その場で挽きたてのカカオドリンクが楽しめる。

 

「もうすぐ小型化したグラインダーができるらしいので、うちもぜひ使いたくて。その場でニブをペーストにすることが可能になると、カクテルも一変すると思います。考え方次第で使い方の幅がすごく広がる。口溶けも良く、カカオ豆本来の味がそのままストレートに出ます。これは、これから冬にかけて絶対やりたいと思っています」

 

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
常に人が考えないことを考える、という南雲さん。「文化も技術も経済も、向上させて行くのが人間の性だと思うので、今問題あることも解決するだろうと希望を持って、今できないことを考えたほうがいい。その先できると信じて動いていたら、必ず具現化する」

南雲さんのアイデアは止まらず、さらに「ボンボンショコラのカクテル化」という言葉が飛び出した。もう想像の域を超えている。例えばベリーとお茶でガナッシュを作り、ビターチョコレートでコーティングしたボンボンショコラの場合、それぞれの味を層で感じながら、一つの個体として楽しめるが、それがカクテルでも、1つのグラスに3つの味を入れ、3層構造で味のレイヤーを出すという技を考案中だ。

 

「グラスの形状や角度で、舌に入っていく液体の位置や速度は変わるし、味蕾での感じ方には実は順番があるんじゃないかと。舌の上にポンと乗ればすぐ甘く感じ、辛いものは余韻が長いので後に来るとか、時差がある。パンダンリーフっていうハーブがあるんですが、必ず4秒くらい遅れて感じるんです。不思議ですよね。バラバラのものを重ね合わせて油絵のように仕上げていくというカクテルが自分の得意とするところなので、そういうものをそろそろ作りたい。今はまだあまり遊んでいないので、これからもう少し遊びやサプライズ要素を取り入れて行きたいと思っています」

 

そこまでして南雲さんを夢中にさせる、カカオの魅力とは何だろうか?

 

「カカオは僕の中である意味ブルーオーシャン。果てしなく自由に泳ぎ、学べることが魅力的で楽しい。歴史、生産地、製造工程などを探求することで多様にアプローチができる。まだまだ自分の知らないこと、謎が多いので、一つ一つ解明し、体系化するまで時間を要すると思います。カカオには生産国のシビアな現実もある。良くも悪くもそういうカカオを取り巻く様々な文化を伝えていける場所になれたらと思っています」

 

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある
カカオや植物に関する本が店内のあちこちにたくさん。バーは知的好奇心を満たしてくれる場でもある。

カクテルを作ること、素材を探求することは純粋に楽しく、バーの仕事に誇りを持っているという南雲さん。南雲さんがこの道を真摯に進み続けた理由には、精神科医であった今は亡き父親の存在が影響しているかもしれないという。

 

「バーは心の医者、というような言葉があります。父は人の心をケアする仕事をしていました。自分は医者になる選択はしなかったけれど、良き友であり相談相手であり、そういう誰かの居場所になりたい。職業は違えど、人の心に寄り添う仕事をやって行こう、とは昔からずっと考えていました」

 

カカオもかつて薬として扱われ、現在スーパーフードとしても注目されている。バーで扱うボタニカルも薬草との共通点は多い。壮大な歴史と文化を背景に、職人の技術と心遣いが詰まった、カカオの呼び起こす魔法の一杯が、訪れた人の心を癒してくれる。

 

文=江澤香織

写真=深町レミ

 

【Profile】

酒とカカオと vol.1 Memento mori(メメント・モリ) 南雲主于三さん カカオは自分にとってブルー・オーシャン。広く深く果てしない可能性がある

南雲主于三(Shuzo Nagumo)

 

  • Memento mori

東京都港区虎ノ門1丁目17番1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー 3階

https://www.toranomonhills.com/gourmet_shops/0028.html