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カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.3

2011年の初夏、大塚朝之は、東京・恵比寿にスペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」を開いた。一方、「理想のカカオ」を探し求めて世界中を旅し、現在は南米コロンビアでカカオの生産者支援とファクトリーを営む、カカオハンター小方真弓。コーヒー豆とカカオ豆をめぐる、甘くて苦くてちょっぴり酸味もある語らい。その3回目。

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.3
離れたふたつの世界を笑顔でつなぐカカオハンター。

 カカオハンター小方真弓が代表を務める会社「CACAO HUNTERS JAPAN」のオフィシャルサイト、そのトップページには、こんなメッセージが記されている。

「世界には、チョコレートを知らずにカカオを栽培している人、カカオを知らずにチョコレートを口にしている人がたくさんいます。離れたふたつの世界を、美味しさと笑顔でつなぐことが、私たちの夢です」

 

 おいしいチョコレートは、おいしい。でも、そのチョコレートがどのようにして生まれてきたのか、なぜそのチョコレートがおいしいのか、それがわかれば、もっとおいしく感じることだろう。そのチョコレートの源である「カカオ」のことを知れば、そのカカオの栽培者や農園のことを知れば、自分が口にしているチョコレートの風味や味わいに、きっと深みが増すことだろう。

 

「Farm to Table」という言葉がある。「農園から、まっすぐ食卓へ」という意味だ。たとえばファーマーズ・マーケットのような場所に行くと、農家の人たちがそこにいて、彼らが育てた野菜や果物、彼らが作った加工品などが、その場で売られている。農家の人たちに、彼らの野菜のことを聞けるし、どのように料理するとおいしいか訊ねることもできる。彼らから学び、彼らの野菜や果物を買って、家に帰り、その新鮮な野菜を料理して食べれば、それは「Farm to Table」である。

 

「Bean to Bar」という言葉もある。「カカオ豆から、チョコレートバー(板チョコレコート)へ」ということだが、それは、「カカオ本来の純粋な香りや美味しさをバーに込める」という意味でもある。Bean to Barのチョコレートはフレッシュで香り豊か、苦味、酸味、甘みのバランスがよくておいしいと言われる。

 だが、Bean=カカオ豆から、Bar=板チョコレートの間には、実はかなりの時間と距離がある。

 カカオ豆とはいったいどのような形をしている豆なのか。その実がなる樹はどこに生えていて、どうやって豆が作られるのか。そもそもカカオ豆とは茶色いのか(コーヒーの実は赤い)、カカオとは最初から甘いのか。

 チョコレートは身近にある。コンビニに行けば買える。だが、チョコレートの原材料であるカカオは、とても遠くにある。春にイチゴ狩りに行くような感じで、気軽にカカオ狩りはできない。チョコレートはすぐそこにあるのに、カカオは身近にはない。カカオについて、私たちが知っていることはとても少ない。

 

 カカオハンター小方真弓は、チョコレートとカカオという「離れたふたつの世界をつなげる」人だ。

 そして小方真弓は、「カカオ栽培者」と「ショコラティエやパティシエ」との距離を縮め、つなげる人でもある。さらに小方真弓は、チョコレートを味わう私たち(チョコレートを食べる人)と、カカオ栽培者との遙かなる距離をぐっと狭め、つながれるようにと、いろんなことを教えてくれる人でもある。

 

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.3
「カカオは決して私を裏切らないんです」

小方 もともとチョコレートをやろうと思っていたわけではないんです。ずっと音楽が好きで、10代の頃は音楽の世界に進みたいと思っていました。一方で、お菓子作りも好きで、小学生の頃からお菓子を焼いたりしていました。

大塚 音楽というのは、クラシック音楽ですか?

小方 いえいえ(笑)、いわゆる歌謡曲、ポップスです。私、「歌手になりたい!」っていうくらい歌うのが大好きな女の子だったんです。毎週火曜日の夜8時から、NHKの「歌謡ステージ」という歌番組を祖父母と一緒に見ていたのが、私のルーツ。都はるみから荻野目洋子を経てCCBを通って、インストものならスクエア、カシオペアまで。中学生のときに組んでいたバンドでは、ギターもかじって、アルフィーを熱心にコピーしていました。将来のことを考え始めたとき、私には3つの選択肢があったんですね。ひとつは、母親が病気で入院していたこともあったので、母親のためにも「管理栄養士になる」こと。もうひとつは「音楽の世界に進む」こと。3つめは、子供の頃からお菓子作りが好きだったから、「パティシエになる」こと。結局、管理栄養士の方向に進みました。

大塚 パティシエだとお菓子全般、スイーツ全体ですよね。特に「チョコレートとの出逢い」というのが、あったんですか。

小方 あるとき、明治製菓から「ガルボ」というチョコレート菓子が出て、衝撃を受けたんです。それで、OG訪問を経て、チョコレートの原料を作る会社に就職したんです。いわゆる「クーベルチュール」のメーカーですね(クーベルチュールはフランス語。簡単に言うとお菓子をコーティングするチョコレート。製菓用チョコレートのこと)。私は、研究開発部門でクーベルチュールの開発に関わるんですが、やがて「カカオのこと」をもっと知りたくなってきたんです。日本酒を造るならお米について知らないとダメじゃないですか。でも、チョコレートを研究開発している周囲の人たちが、原料であるカカオのことをあまりにも知らなすぎる。私はそれが嫌だったんです。

大塚 まだ「Bean to Bar」なんて言葉もぜんぜんない時代ですよね。

小方 それどころか、チョコレートを作っている会社の人でカカオ生産地に行ったことがある人は希でした。しかも、まだぜんぜん女性の地位の低い時代だから、「カカオ生産地に学びに行きたい」なんて私が言ったら、「女のくせに何言っているんだ?」みたいな感じです。それで、会社を辞めたんです。

大塚 そして「カカオハンター」に……。

小方 いえ、まずは駅前留学から始めました(笑)。英語はもちろん、カカオ生産国の主流語であるスペイン語を学ぼうと思って。

大塚 小方さんと言えば、カカオハンターとして、中南米から東南アジア、アフリカまで、カカオベルトのジャングルを旅して回っているイメージがありますが……、旅していて、何か大きな「出逢い」というか、「カカオを仕事にしよう」と決めるきっかけがあったんですか。

小方 世界中のカカオ生産国へ行きましたし、一方で、高級チョコレートで知られるベルギーやフランスにも行って、チョコレート菓子作りの現場で働いたりもしたんですね。たくさん旅をしましたが、私の中で大きかったのが、マダガスカル、グァテマラ、メキシコへの旅でした。それぞれの国で出逢ったカカオ農園やファクトリー、その労働の現場など、私にとってそれは「(自分の)無知を知る」旅でした。人間、文化、経済、という3つの側面からチョコレートとカカオを見られるようになったんです。経済というのはつまり、経済格差ですよね。欧米を中心としたチョコレート先進国の大きな市場と経済的成功、一方で、そのチョコレートの原料であるカカオを生産している国々の社会状況、さらにカカオ栽培農家の現実。自分がいかに世界を知らないかを知らされました。カカオハンターの旅は、「自分発見」と「社会修行」と「カカオ勉強」が、同時進行していたんです。

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.3

大塚 小方さんは、コロンビアでカカオの発酵所や工場も営んでいて、一方で、パッケージされたチョコレートの販売もしている。コロンビアをベースに、カカオハンターでもあり経営者でもあるわけですが、仕事として、自分が「一番好きな場所」はどこなんですか?

小方 現場です。カカオの農園、ジャングルの中、太陽の下が一番好き(笑)。スタッフと一緒に汗と土まみれになっているときが一番いいですね。私は今、会社の経営者として、スタッフのため、現地のカカオ生産者のため、仕事をしています。でも実は、「自分だけのためにとってある」大切なことがあります。カカオの遺伝子というのは、世界的にわかっていないことがまだまだたくさんある。私はこれから「カカオの探求者」としてそういったことを調べていきたいんです。もう一度、世界のカカオ産地を旅して、調べて、きちんと研究結果を出して……、それを自分のお墓に持っていきたいんです。

大塚 小方さんが「一番好きなカカオ」というのが、ありますか?

小方 カカオは、けっして私を裏切りません。すべてのカカオが、良いカカオなんです。だから私は、どんなカカオも好きです。

 

(敬称略)

 

文=今井栄一

写真=新井まる

 

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【Profile】

猿田彦珈琲

2011年6月に、大塚朝之が恵比寿の街角に小さなスペシャルティコーヒー専門店としてオープン。その恵比寿本店の他、現在は、新宿、原宿、池袋、武蔵小山ほか、各地に。台湾・台北店や、オンライン・ショップも。詳細は上記WEBサイトへ。

 

CACAO HUNTERS JAPAN

カカオハンター小方真弓が、「すべてのカカオの可能性を見出し、チョコレートの香味へと繋げる」をテーマに、コロンビアのカカオ生産者と日本そして世界を結ぶ、カカオ・ファクトリー&カンパニー。オンライン・ショップも。また、この8月、東京駅構内のグランスタ東京に、「チョコを愉しみカカオを学ぶ」をテーマにした初の店舗「CACAO HUNTERS Plus」をオープンした。