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カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.2

2011年の初夏、大塚朝之は、東京・恵比寿にスペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」を開いた。一方、「理想のカカオ」を探し求めて世界中を旅し、現在は南米コロンビアにカカオ農園とファクトリーを営む、カカオハンター小方真弓。コーヒー豆とカカオ豆をめぐる、甘くて苦くてちょっぴり酸味もある語らい。その2回目。

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.2
恵比寿の街角の、小さなコーヒーショップ。

 2011年の初夏、東京・恵比寿の街角に、一軒の小さなコーヒーショップがオープンした。名は、「猿田彦珈琲」。

 自分事で恐縮だが、筆者は20代から30代始めにかけて、代官山と恵比寿に暮らしていた。今は恵比寿から離れたが、それでもその界隈から歩いて帰れる距離感の場所で生活している。

 つまり、昔も今も、恵比寿という街は、筆者にとって「ホーム」なのだ。裏通りや小さな小径に至るまで、すべて頭の中に地図を描ける。古い店で残っているところはわずかだし、新しい店も出入りが激しいが、変わらず恵比寿の街をよく歩くし、ここで飲食を愉しんでいる。ちなみに、筆者が暮らし始めたばかりの頃、アトレ恵比寿も恵比寿ガーデンプレイスもまだなくて、恵比寿駅は平屋の木造駅だった。渋谷の隣にありながら恵比寿は、まるで田舎だった。今では信じられないが、1990年代はじめ頃の恵比寿は、流行から一番遠い場所にある小さな街だったのだ。

 

 それから時が経ち、2011年の6月のある日。いつものように恵比寿を歩いていて、「猿田彦珈琲」という看板を初めて目にしたとき、「コーヒーショップにしては、変わった名前だな」と思った。筆者が以前暮らしていた小さなアパートメントは、その小さな店からすぐのところだ。

 現在、原宿、新宿、池袋から台湾の台北まで、複数の店舗を持つほど大きくなった猿田彦珈琲の、記念すべき一号店が、恵比寿の小さなその店である。

 筆者はその小さな店を大いに気に入り、週に何度も行くようになるのだが、そのときはその店が成功するとは夢にも思わなかった。良い店が流行るとは限らないからだ。筆者にはその小さな店を応援したいという気持ちがあり、日々通っていた。つまり、この店が「これからも続いていって欲しいな」という願いがあった。「自分が恵比寿に住んでいた頃に、このコーヒー屋があればよかったのになぁ」と何度も思った。「もしそうだったら、きっと毎日通っていたのに」。それくらいお気に入りの一軒だった。

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.2

 オープン当初の猿田彦珈琲・恵比寿本店は、DIYで組み立てられたような、手作り感満載の店だった。とても狭い店で、入ると右側に申し訳程度のカウンターがあり、細いスツール椅子が3つか4つ置かれているのだが、大人がそこに4人並ぶのは難しかった。反対側にはテーブルと椅子がいくつか用意されているのだが、机と言っても、大きめのコーヒーマグを2つ置いたらもういっぱいというくらい小さくて、椅子の方は、四角く切った木材を縦に置いているだけというような(そんな印象)、とにかくすべてそんな感じだった。テーブルも椅子も小さくて、カップルで向かい合うとそのままキスできそうなくらいの距離感だった。

 ところが、居心地がとてもいいのだ! 店の前はバス通りで、人も車も往来の多い道なのだが、店の建物はその通りから少しだけ引っ込んだ絶妙の位置にあり、そのため、店の扉はいつも開けっ放しになっているのに、外の騒音がまったく気にならない。それどころか、狭く小さな空間なのに、一歩店内に入ると、ほっと落ち着くのだ。スウェーデン風に言うなら、「FIKAタイムにぴったりのカフェ」ということになるだろう。

 その店で、当時、筆者のお気に入りのコーヒーが「JEDI」だった(May the Force be with you!)。筆者はいつも「ジェダイ・ブレンドをお願いします」とオーダーしていたのだが、実はブレンドではなく、シングルオリジンのコーヒーだということをつい最近知った。

 店のすぐ外、入り口脇に、小さな木のベンチがあった(今もある)。JEDIをマグカップにたっぷり注いでもらうと、そのベンチに座って時間を過ごすのが好きだった。忙しそうに通りを行き交う人々を眺めながら、自分はのんびり一杯のコーヒーを味わう。通りの風景が映画のシーンのように感じられた。朝から深夜までずっとやっていたので、午前中にコーヒーを飲みに行き、午後の遅い時間に休憩がてら寄り、さらに夜、2軒ほどはしご酒をした後の真夜中近くに、酔い覚ましに店に寄った。深夜に、外の木のベンチに座って飲む一杯のコーヒーは、最高だった。その一杯で、またその後、数軒呑みに行くエネルギーが沸くのだった。

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.2

 今も筆者は、猿田彦珈琲・恵比寿本店に好んで行く。小さな空間は変わりないが、やはり何かが昔とは異なる。それは、自分が歳をとったせいなのか、それとも、街や店の変遷のためなのか、わからない。だが、コーヒーは相変わらずおいしいし、スタッフはやさしくフレンドリーだ。今も恵比寿で呑んだ夜は、必ずこの店でコーヒーを一杯飲んでから、ちょっと距離はあるが歩いて家まで帰ることにしている。猿田彦珈琲の一杯のコーヒーが、夜のロングウォークのガソリンになる。

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.2
猿田彦珈琲はこのようにして生まれた。

小方 猿田彦という神社の名前よりも、「猿田彦珈琲」というお店の名前を先に知ったんです。初めて大塚さんと会ったとき、その神社の話をしてくれたんですが、私はまったく知らなくて。大塚さんと会ったその夜に、自宅で勉強しましたから(笑)。

 

大塚 昔、京王線沿線に住んでいたので、最初、京王線沿いに「猿田彦珈琲」を開こうと思っていたんです。僕の奥さんが通っている鍼灸師さんがいて、盲目の人なんですが、あるとき奥さんに紹介してもらって僕も行ったんです。身体を診てもらいながら先生が、「お店、やるんだって?」と訊いてきて。「はい、そうなんです」「どこでやるの?」「桜上水でやろうと思っていて……」「あー、あそこの駅前はダメ!」っていきなりだめ出しされた(笑)。家に帰ってから奥さんに、「あの先生に、(桜上水の)駅前でやろうとしていること、話した?」と訊いたら、「そんな話していないよ」って言われて。なんで駅前ってわかったんだろう? その先生は「桜上水のような住宅エリアではなく、もっと繁華街的な街角に出した方がいい」と僕に言ったんです。実は、桜上水とは別に、僕の中でイメージしていた場所が、三軒茶屋と恵比寿でした。どちらも、アパレル関係、デザイン関係の人たちの事務所があったり、住んでいたりして、そういう人たちなら僕らのコーヒーを受け容れてもらえるんじゃないか、って思っていたんです。三茶にはもう「NOZY COFFEE」というスペシャルティコーヒーのいい店があって、僕はもう友だちになっていたから、「三茶はダメだな」と思って、「じゃあ、恵比寿でやろうか」と。

 

小方 あまり計画があったわけじゃないんですね?

 

大塚 どっちかと言えば無計画です(笑)。ただ、「きっとうまくいくんじゃないか」みたいな無謀な思い込みは強かった。それである日、恵比寿に行って、街を歩いたんです。そして、「猿田彦珈琲・恵比寿本店」が今ある場所と偶然出逢った。あそこには、もともと別の喫茶店があったんです。「この場所いいな」と思って入ったら、満席だったから、「こんなに流行っているんだから、この場所が空くことはないだろう」とあきらめて、また通りを歩いて、ふと不動産屋の前で立ち止まって外に貼られていた空き物件情報を見ていたら、間取りがさっき見た喫茶店とそっくりな店舗がそこに貼り出されていて「目玉物件」と書いてある。すぐ中に入って、「これ、あそこの喫茶店のところですか?」と訊いたら、「そうです」と。

 

小方 すごい! 運命的な出逢いじゃないですか。

 

大塚 家に帰ってすぐに事業計画書を書き始めて、翌々日くらいにそれを持ってもう一度その不動産屋を訪ねました。その日が、2011年3月11日。僕の銀行口座には友だちから借りた100万円しかなかったから、もし事業計画書が通ったら「どうしようか?」という別の不安があったんですが、3月31日に電話がかかってきて、「決まりました」って。「こりゃやばい!」と思って、友人たちからさらにお金を借りまくりました(笑)。

 

カカオとコーヒーが出逢う場所で。 猿田彦珈琲 大塚朝之×カカオハンター 小方真弓 vol.2

小方 私は、カカオと同じくらいコーヒーも大好きなんです。猿田彦のコーヒーは、ローストされた豆を買ってきて自分で挽くとわかるんですが、「音がきれい」なんですよ。昔ちょっとだけ音楽をやっていた時期があるんですが、私はカカオからチョコレートを作るとき、音でリズムを取りながら作業しているときがあります。自分の心の中でリズムを刻んでいるというか。実は、リズムが大事なんですね。で、コーヒー豆を挽いているときも、私には私のリズムがあって。だから、「挽いているときの音」で、善し悪しがわかるというか。猿田彦のコーヒーは、挽いているとき、からりと乾いたいい音が出るんです。なんていうのかな……明るい太陽のような音。猿田彦のコーヒー豆を挽くときの音は、重くないんです。私がカカオ豆のローストで向かっている方向と、猿田彦珈琲がコーヒー豆のローストで向かっている方向が、どこか似ているのかなって。

 

大塚 そう言ってもらえるのは、嬉しいですね。とにかく猿田彦珈琲は、僕にお金がぜんぜんない中で始めてしまった。人々に応援してもらえたから、ここまで続けてこられたと思っています。僕は、コーヒーについて取り立てて才能があるわけじゃないと思っています。でも、一生懸命やれば、きっと何か面白いことができるんじゃないか、というところを信じてやってきました。猿田彦珈琲は、とにかく一生懸命やる、ということでずっとやってきたコーヒー屋なんです。最初に作った恵比寿の猿田彦珈琲は、ほんとうに小さな、狭い店で、でも僕とスタッフは一生懸命やっていた。すると、お客さんが別のお客さんに席を譲ってくれたり、狭い中で初めて出逢った人たちが仲良くなっていたり。そういうことに助けられてここまできたんですね。

(敬称略)

 

文・写真=今井栄一

 

vol.3に続く

 

【Profile】

猿田彦珈琲

2011年6月に、大塚朝之が恵比寿の街角に小さなスペシャルティコーヒー専門店としてオープン。その恵比寿本店の他、現在は、新宿、原宿、池袋、武蔵小山ほか、各地に。台湾・台北店や、オンライン・ショップも。詳細は上記WEBサイトへ。

 

CACAO HUNTERS JAPAN

カカオハンター小方真弓が、「すべてのカカオの可能性を見出し、チョコレートの香味へと繋げる」をテーマに、コロンビアのカカオ生産者と日本そして世界を結ぶ、カカオ・ファクトリー&カンパニー。オンライン・ショップも。また、この8月、東京駅構内のグランスタ東京に、「チョコを愉しみカカオを学ぶ」をテーマにした初の店舗「CACAO HUNTERS Plus」をオープンした。