100年後を見据えたチョコレート作り。Minimalの「モノづくり」精神とは
原材料は、カカオ豆と砂糖のみ。何も足さない最小限の作り方で、カカオ豆の個性を最大限に引き出すクラフトチョコレートブランド「Minimal-Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」。
代表をつとめる山下貴嗣さんは、自らカカオ農園に足を運び買い付けを行うカカオバイヤーとしても精力的に活動。1年のうち4カ月ほどは海外のカカオ農園をまわる忙しい日々を送っています。
今回は山下さんに、ブランド誕生の経緯や現在の取り組み、ご自身のプライベートについてなど、色々なお話を伺いました。
――もともと山下さんは経営コンサルティング業界におられたそうですね。なぜチョコレートブランドを立ちあげたのでしょうか?

30歳の時に大学時代の友人含めて4人で「Minimal」を創業したのですが、チョコレートがすごく好きで始めたわけではないんです。最初の出発点は「モノづくりをやりたい」という気持ちですね。
僕は大学時代にバックパッカーでインドや中南米など色々な国を見て回っていて。その時から、日本って経済的に豊かな国だと感じていたんですね。これは、戦後焼け野原になったあと、私たちの祖先が勤勉な働きで日本の経済を押し上げてくれたおかげだなと。
こんな小さな島国なのに、GDPは世界トップ3ですもんね。
でも、近年は経済が年々悪化して、これからはさらに労働人口も減っていきます。それって結局、先人たちが苦労して築いてくれたものを食い潰しているだけなんじゃないかと思いました。

だから今、気力体力ともに充実し、自分が経済の主体者になっている30代~60代に、これからの豊かな未来に貢献できる何か……日本ならではの付加価値がつくような何かを、自ら生み出したいと考えたんです。
前職のコンサル業務はあくまでも付加価値をつけていくためのお手伝いをするだけですが、自分でやるなら付加価値の最たるもの=「ブランド」を立ち上げようと決意しました。
僕は自分ではモノづくりができないので、モノづくりをする人たちを助けて一緒に何かを作り上げていく。世の中にない、もっと新しい価値を出していく場面に立ち会いたいと。

これからは、量よりも質をどう高めていくかを考える時代。
日本ならではの付加価値に目を向けるなら、日本人特有のきめ細やかさを活かしたモノづくりが良いのではないかと考えていた時、アメリカでムーブメントを生んだビーントゥバーの文化に行き着いたんです。
――ビーントゥバーの文化が日本にもマッチすると?
はい。ビーントゥバー自体は2010年頃に少しずつ日本にも伝わってきていたのですが、当時の僕は「なんとなくオシャレなチョコレートだな」くらいの認識でした。
その後、自分がモノづくりを主体にしたプロジェクトを考え始めた2013年頃には、ビーントゥバーがまったく違って見えたんです。
日本人のきめ細かさや、素材の価値を理解する繊細な感性を活かすには最適ではないかと。
和食に通じるような引き算の考え方で、カカオそのものの味わいを楽しめるようなビーントゥバーチョコレートを作り出すことができたら、日本の良さを活かせると考えました。


――――日本人ならではの感性で、カカオそのものに注目したチョコレートを作ってみようと思ったんですね。
Minimalをスタートさせる前に、アメリカとヨーロッパで海外60軒ほどの ビーントゥバーブランドに自分でアポを取って視察したのですが、カカオの素材を活かすような引き算的思考で捉えて作っているところはありませんでした。
実際にやってみると、カカオっていう素材自体が本当に面白くて。チョコレートの最小限はカカオなので、余計なものは使わず、豆本来の個性や魅力をどう表現するかに主軸を置いて、素材と製法だけでチョコレートを作っています。
カカオからチョコレートそのものを楽しむような、新しい文化を作る。ブランド名のMinimal(最小限)は僕たちの原点でもあり、思想にもなっています。
――山下さんは1年のうち4カ月ほどは海外のカカオ農園に行くそうですね。
今年は新型コロナウイルスの影響で行けませんが、いつもバレンタインが終わった3月~5月頃、または10月頃にカカオの産地国に行っています。これまで35カ国くらい、農園にしたら2000ほどは訪問していますね。
最初はまったくツテもない状態から始めたので、まずカカオ豆を売ってもらうまでも大変でした。
――カカオ豆は簡単には買えないんでしょうか?
カカオ豆の価格って、相場が決まっているんです。国際ココア機関(ICCO)によると1トンで2000~3000ドル、1㎏換算で2~3ドル程度ですね。現地の人たちは100トン売ってようやく生活が成り立つ程度。産地によってはババ(カカオの実の部分)の買取りだともっと安く、1ドル切るくらい。今はフェアトレードの考え方が広まっていますが、そういった方たちが払っている価格でも、0.5~1ドル上がる程度です。

だからカカオ農家の人たちは先祖代々、質よりも量を重視した栽培を続けてきました。いつまでも貧困だから、小さな子どもも労働力にせざるを得ないんです。
ただ、そういった取引を一概に悪いとは言い切れません。安く仕入れる企業がいることで、日本にいながらにして、100円でおいしいチョコレートが食べられる。つまり、僕たち消費国が知らないうちにそのルールの中でメリットを享受しているし、加担しているんですね。
この買い付けルールが常識だったところに、突然僕のような日本人が訪れて「良い豆は相場の3倍でも買います。でも1トンしか買えないんです」って言っても、戸惑いますよね。
農家さんからしたら、手間ひまかけてカカオ豆を育てたところで買取量が少ない売り上げにしかならないなら、今まで通りの育て方で100トンを1/3の値段で売った方が儲かるわけです。
最初は「お前の言うこと聞く必要があるか?」って、カカオ豆を売ってもくれなかったのがむちゃくちゃショックでした。
――お金を払う、と言っても売ってもらえない現実があるんですね。
以前からカカオ農家の貧困問題などは僕も知っていました。自分が解決したいという気持ちをもって現地に来たわけではありませんでしたが、どこかで「自分はいいことをしている」という驕りがあったのかもしれません。
そこからはひとつひとつ農園を回ってMinimalの思想や、どんなカカオ豆を欲しいと思っているかを伝え、信頼関係を作っていくことに注力しました。
1年目は怪しまれ、2年目は「また来た」と。3年目になると「毎年買ってくれている日本人」。4年目は僕の名前を覚えて「タカ」と呼んでもらえる。5年目の今は「おお、来たなアミーゴ!」って言われるくらいまでになりました (笑)。

フェアトレードは適正価格ももちろんですが、きちんと毎年買い続けることが何より大切。カカオ豆を日本に運ぶのは色々な制約があるのですが、僕たちは独自の物流システムも現地と協力して作っています。これが整わないと、面白いカカオ豆を見つけたとしても日本に持ってこられないんですね。
大手が素晴らしいのは、カカオ豆を大量に港に運んでこられる物流システムを構築していること。物流貿易は、荷物が到着するまでは売り手側が責任を持つのが基本です。でもカカオ農家の場合、出荷国から船に載せた後、海上から先はすべて買い付け側が責任を持つっていうFOD(フリーオンボード貿易)なんですね。
僕らにとって不利な状態ですが、これ以外は選べないんです。
また、小さなカカオ農家の場合、物流システム自体を理解していない場合も多いので、僕が港まで運ぶトラックを手配したり、振込のための銀行口座の開設まで手伝ったりするんです(笑)。

これを一カ国だけではなく、何十カ国の取引先それぞれを最適化させていくのが本当に大変な作業です。僕たちが目指すのは、適正な価格で持続的に取引をすること。ボランティアではないので、経営についてもシビアにやっています。気が遠くなるほどの時間と手間がかかりますが、カカオ農家の彼らが自立するためにも必要なことだと思っています。

――赤道直下にある、さまざまな国のカカオ農家さんを訪れていますが、選ぶ基準はあるんでしょうか?
正直に言うと、カカオの品質や品種ももちろん大事ですが、僕たちは今時点の基準での最高級の豆を見つけたいのではありません。現地を実際に訪ねて一番大事にしていることは「10年先も一緒にやっていけるかどうか」。世界が驚くような新しいカカオや、品質が良いカカオを協力して作っていける生産者かどうかを見極めるようにしています。
――Minimalさんはイベントで、カカオ農園や生産者の動画紹介もよくされていますよね。
そうなんですよ。今手元にあるチョコレートの原材料であるカカオ豆がどんなところで育って、どんな人が育てているのかを皆さんに知ってほしくて。
また、今後どんなチョコレートが食べたいか、どんな味があったらいいか?などもお客さんと話し合います。
そうしたイベントの様子を撮影して、今度はカカオ農園の皆さんにフィードバックを兼ねて見せるんです。
生産者は自分の作った豆がチョコレートになった後、日本人にどんなふうに楽しんでもらえているのかがわかります。期待しているんだぞ、ってことが動画でしっかり伝わるので、カカオ豆の品質改善のモチベーションにもなっていますね。
こうしてお客さんの意見を汲みながら作り上げる商品って、お客さんにとってはもう「自分の商品」なんですよね。だからMinimalを大切に思ってくれるし、友達も連れて来てくれる。カカオ農家、お客さんをMinimalがつなぎ、みんなで作り上げるチョコレートだと思っています。
――お忙しいと思いますが、プライベートはどんなふうに過ごされていますか?
僕、すごくマンガが好きなんです。時間が少しでも出来たらマンガ喫茶に行きますね。
命をかけて取り組んでいるような熱いストーリーがとくに好きで。スポーツや歴史もの問わず、恋愛もの以外ならだいたい読んでいるんじゃないかなと思います。

とくに好きなマンガは、ジャズをテーマにした「ブルージャイアント」。ストイックに楽曲に取り組んでいて、絵と文字だけなのに音楽が聞こえてくるような感じがいいですよね。あとは、大相撲をテーマにした「バチバチ」も好きで。読んでいて血がたぎってくるような気がします。すぐに感動しちゃって泣いちゃうんですけどね。
――お話を伺って、Minimalさんは、売り手と買い手がどちらも喜ぶだけでなく、社会貢献にもつながる”三方良し”の経営をされていることが分かりました。最後に、今後の展望をお聞かせください。
まずは、先ほどお話したように、カカオ農家とビーントゥバーの貿易の道筋を作っていくことに今後も力を入れて行きたいです。
また、カカオ豆を最大限に楽しんでもらえるような、チョコレートの価値づくりも進めて行きたいですね。
今はデジタルの広がりで、誰もが好きなものを見つけやすくなりました。昔なら知られずに埋もれてしまうような良い商品でも、今は自分のメディアを持つことで波及できます。
よく配信しているインスタライブもその一環です。Minimal単独だけでなく、自分たちが良いと思ったクラフトブランドとのコラボ配信を行うことで、コト・モノに関わらず、お客さんの新たな” 好き”を見つける手伝いが出来たらと考えています。
あとは、職人さんたちがのびのびと集中して、何も心配せずチョコレートを作れるよう環境を整えることも大切にしたいと思っています。
僕は創業から3年目くらいまでは自分でも工房に入っていましたが、今は自分より腕のある職人がいるから任せて、自分はビジネスの観点で自分にできることをやろうと。

だからMinimalにはオフィスがなかったんです。僕はお店の裏手でちょこちょこ仕事しているくらい(笑)。オフィスにお金をかけるなら、設備やチョコレート、人件費に使っていきたいと優先順位を考えた結果です。
これからは、チョコレートの価値もどんどん変わっていくと思います。何気ない日常は安くておいしいチョコレートを。ハレの日はちょっと良いクラフトチョコレートを選ぶような、選択肢の幅が広がってくると思います。
「○○産地の何年に採れたカカオ豆で作るチョコレートが限定〇枚で販売される」とか「白ワインが好きなあの人に、このチョコレートを贈ろう」とか、嗜好品のような捉え方になっていったら面白いですよね。

僕たちは、そうしたチョコレートの新しい楽しみ方を提案したいと思っています。そのためには、生産者、消費者、どちらにも誠実に向き合っていかなければならない。
2100年につながるチョコレートを新しく造る。そのために今できることをやろうと常に考えています。
文:田窪綾、写真:深町レミ
【Profile】

山下貴嗣(Takatsugu Yamashita)
1984年岐阜県生まれ。株式会社βace代表取締役。慶応義塾大学卒業後リンクアンドモチベーションに就職。アメリカで出会ったビーントゥバーの文化に感銘を受け、大学時代の友人含めて4人と2014年「Minimal-Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を創業。2017年には日本ブランド初として、インターナショナルチョコレートアワード・ダークチョコレートで部門別金賞を獲得など2019年までに60以上もの賞を受賞している。その他、WIRED Audi innovation Awards 2017、2017年度グッドデザイン賞ベスト100など、デザインやイノベーションの文脈でも受賞。
また、カカオバイヤーとしても精力的に活動し、年間4カ月は海外のカカオ農園を訪問している。