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カカオ本の連鎖 vol.3 蕪木祐介『チョコレートの手引き』

東京の台東区三筋に「蕪木」という凛とした喫茶室があり、そこが纏っている空気を僕はたまに吸いたくなるのです。照明を落とした店内で、時間をかけネルドリップで抽出した深煎りの黒い液体は、時間の流れをゆるめ、肩の力を抜く手助けをしてくれます。だのに、お店を出る頃には、なぜだかしゃきっと背筋を伸ばして歩きたくなるようなエネルギーも貰えるのです。不思議。

 

 そんな「蕪木」の店主 蕪木さんは元チョコレート会社の技術者でもあり、『チョコレートの手引き』なる本を上梓していました。その濃茶色のきれいな装丁の1冊は、カカオとチョコレートに関する基礎から専門性の高い知識までもを網羅しつつ、その「野性的で神秘的な植物」に最大限の敬意を払っている姿勢があらゆるページから溢れ出ています。つまり、愛ですね。

 

 その想いと丁寧さは、カカオへの植物学的なアプローチだけでなく、チョコレートづくりの工程、歴史、生産国などについて語るすべての側面から垣間見えます。が、なかでも5章「チョコレートの愉しみ方」は、「蕪木」のカウンターを思い出さずにはいられません。

 

 ワイン、ウイスキーと続き、珈琲とチョコレートの組合せについて彼はこんなふうに語るのです。珈琲の苦さをチョコレートの甘味で和らげる。のではなく、豊かな嗜好品同士で香りの調和と余韻を愉しんでください、と。

 

確かに、生産国も重なる珈琲とチョコレートは、果実の種子を焙煎して香りを醸すもの。華やかでエキゾチックなエチオピアのブラック珈琲に、同じく芳醇なビターチョコレートをひとかけ口に含む至福といったら…。そんな言葉の限界を感じるために、僕はまたあのカウンターに向かうのです。

 

文:幅允孝 写真:新井まる

 

カカオ本の連鎖 vol.3 蕪木祐介『チョコレートの手引き』