ヒッピーからチョコレートへ。ダンデライオン・チョコレート・ジャパン 堀淵清治 vol.2
Bean to Barをテーマにアメリカ西海岸、サンフランシスコで生まれた「ダンデライオン・チョコレート」。日本に上陸して4年が経った。2016年2月にオープンした日本での一号店(東京・蔵前)で、代表の堀淵清治に話を聞く。その2回目。

北カリフォルニアの山の中に暮らしていた。
1975年、東京の大学を卒業してすぐ、堀淵清治は北カリフォルニア、サンフランシスコへ戻っていった。英語学校に通い、その後州立大学に入り文化人類学を専攻するが、1年半ほどでドロップアウト。当時、北カリフォルニアにはヒッピーが集まっていた。堀淵も、その仲間入りをする。
「変革の時代でした。社会構造の変化だけではなく、自分自身の変革、心の変革の時代。カウンターカルチャーの時代であり、精神世界の時代でもあった。ドロップアウトした僕もご多分に漏れず、ニューエイジ・カルチャー、サイケデリック・カルチャーといったものにどっぷり入り込んでいき、大きな影響を受けていった。サンフランシスコやバークレーでは、アメリカ人が東洋文化を学び、禅やメディテーションに夢中になっていた。当時、みんなに『和尚』と呼ばれていたインドのグル、バグワン・シュリ・ラジニーシの教えを学んだのも、この頃のこと。
サンフランシスコにはゲイリー・スナイダーやアレン・ギンズバーグといったビートの詩人たちもいたし、日本からナナオサカキもやって来ていた」

「あるとき、山に住もうということになり、仲間たちと、北へ4時間ほど入った山奥に入りました。電気もガスも水道も通っていないところに自分たちの住み処を作っていった。アメリカ先住民のティピィのようなものをまず作り、周りにテントを張って、そこで共同生活しながら、山にトレイルを作り、水源を探すことから始めた。ただのサバイバルだけれど、当時の僕には最高に楽しいアウトドア・ライフだった。このとき僕らのバイブルだったのが『Whole Earth Catalog(ホール・アース・カタログ)』。伝説のあの本には、エコでナチュラルなライフスタイルを実践するためのハウツーが細かく紹介されていた。山や森に暮らすための道具や器具、大切なことが書かれていた。
電気がなくて冷蔵庫はないから、肉は食べられない。玄米、味噌、醤油、自分たちで育てた野菜を食べて暮らした。僕は以前、大工のアルバイトをしていたことがあったので、そこでは『棟梁』と呼ばれていた。僕はそこに、モンゴルのパオをモチーフにした円形ハウスをデザインして建てた。有名な『藁一本の革命』の著者、自然農法の神様と呼ばれる、福岡正信もやって来た。世界中からいろんな人が訪れた。
そういう生活を2年ほど続けました。1978年から80年代初めにかけて。その後、やっと山から下りて、街に戻ったときには、慣れるまでにすごく時間がかかりましたね。そして、サンフランシスコで自分の会社を立ち上げたんです」

新しいイノベーションが生まれる空気がある。
「サンフランシスコを中心とした北カリフォルニアには、『何か新しいものを生みだす』という独特の土壌があると思います。スティーヴ・ジョブスは、サンフランシスコから車で1時間ほどの小さな街に暮らしていた。北カリフォルニアだからAppleは生まれたし、Twitter、Airbnbもサンフランシスコに本社があります」
「サンフランシスコは、大きな何か、今までとは違う価値観が生まれる場所。今でも、そのような空気を感じるよね。ニューヨークを中心とする東海岸にあるのは、すでにできあがったカルチャー。ニューヨークにはエスタブリッシュメントがある。一方、西海岸の北カリフォルニアには、『これから生まれてくる』という空気がある。
スティーヴ・ジョブスやジャック・ドーシーのような連中がいて、まったく新しい何かを生みだそう、やろうとし、そのことを面白がるパトロンとしての投資家たちがいるんです。新たに起業し、成功させるときには、三位一体が大事なんです。『新しいアイディアを持ち、スタートアップする人』、『そのイノベーションを受け容れる市民』、そして『そこに投資をする人たち』。その三位一体がなければ、イノベーションは起こらない。ブルーボトルコーヒーもダンデライオン・チョコレートも、そのような三位一体から生まれ、育まれてきた」
「100年以上昔から、実はヨーロッパ人がやっていたBean to Barという方法。長く忘れられていたその作り方、つまり原点に戻ってやってやろうというのが、ダンデライオン・チョコレート。
それを『Bean to Bar』と呼んだ瞬間に、新しいビジネスのコンセプトはできあがっていたし、流行が約束されていた。実は新しいことはひとつもないのだけれど、そこには面白いストーリーがあって、その物語が現代の人たちには新鮮だった。これがイノベーション。
大切なのは発想の転換です。(ブルーボトルコーヒーのように)一杯一杯、丁寧に淹れることで、なぜお金になるのか? それがわからない人にとっては、『そんな無駄なことをしていたら金にならない』ということになりますよね。でも、わかる人なら『それはとてつもなく面白くて、大成功するビジネスだ』と瞬時にわかる。
新しい発想を持つ人たちがいて、その人たちをバックアップしようという資本家たちがいる。そして、それを面白がって受け容れる市民がいる。サンフランシスコは、そんな場所なんです」
(敬称略)

文・写真:今井栄一
【Profile】
堀淵清治(Seiji Horibuchi)
1952年徳島県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、渡米。米国最大のマンガ・アニメ企業(現ビズメディア)を創立、1997年に社長兼CEOに就任。2011年、NEW PEOPLE, Inc.を創業。2006年、『萌えるアメリカ-米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか(日経BP社刊)』を出版。Newsweekの“世界が尊敬する日本人100人“にも選ばれる。
2015年、「ブルーボトルコーヒー」日本上陸を主導し、
「サードウェーブ」という言葉が日本のコーヒー界を席巻した。2016年、「ダンデライオン・チョコレート」の日本法人を設立し代表取締役CEOに就任。