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【beyond cacao】case1 バリスタはカカオに夢を見るか? by 川野優馬(LIGHT UP COFFEE)

コーヒーの世界では職人的に味や豆の焙煎を追求をすることが多い。だが、バリスタ川野優馬が得意とするのは、専門性をおさえた上であくまでもユーザー視点で物事をみる客観性を持ちながら、それをロジカルに組み立て、理解・言語化していくプロセスだ。

 

そんな飲食業界でも特殊な立ち位置と視点を持つ川野のバリスタとしての視点から、カカオの可能性を探った。

 

【beyond cacao】case1 バリスタはカカオに夢を見るか? by 川野優馬(LIGHT UP COFFEE)
バリスタとしての豊富な知識に客観性と論理を組み合わせた川野はどんなカカオドリンクを生み出すのか
素材の特徴をあぶり出す

風味分析のプロでもあるバリスタは、豆の買い付け時や焙煎後にコーヒーの味を確認するとき、「カッピング」と呼ばれるテイスティングを行なう。素材そのものの味から各豆の長所・短所を判断し、最善の焙煎方法などを導き出すこのカッピングは、いわば情報分析の作業だ。

 

川野は、フーズカカオから提供されたカカオという「豆」に対しても、同じように分析を行なった。彼が注目したのは、コーヒーにはないカカオならではの特徴。つまり、カカオ特有の「チョコレートっぽい甘い香り」と「酸味」だった。

 

川野はさらにこの酸味の中に、乳酸っぽい心地よい酸味と、酢酸っぽいワイルドな酸味という2種類の酸味があることに気づき、意気込む。「どうしたらニブのワイルドな臭さが出ないように抽出できるか、試してみたい」

 

カカオの特徴をあぶり出しながら、これまでの経験や知識がぐるぐると川野の頭のなかをめぐる。例えば、「酸っぱいチョコレート」を食べたときの経験だ。

 

「中目黒の『green bean to bar chocolate』のように、酸を強調したチョコレートってありますよね。それを食べたとき、酸が心地よく感じるのは甘さが強いからだなって思ったんです」と、彼は言う。「例えば、カカオニブには酢酸っぽい酸っぱさがあります。これも、きっと甘さがしっかりあれば不快に感じないんだなと思いました」

 

さまざまな情報を接続しながら、川野はカカオの特徴をどう生かすか消すか、さまざまな予測を立てていく。

 

「クラフトココア」の再発明

分析を終えた川野がまずターゲットとしたアウトプットは、酸のイメージからはほど遠い「ココア」だ。「いままでのココアは、甘ったるくてちょっと不健康っぽいイメージだったけど、ユニークな酸が入ることで何か面白いものができるんじゃないかと思ったんです」

 

ココアのアップデートに挑んだ川野が試作したのは、フーズカカオのココアパウダーを使った「酸を感じるココア」だ。飲み口はスッキリとしながら、カカオの香りが立つ。

 

酸味を強調したココアであるにも関わらず、飲む者にそれを美味しいと感じさせる秘密は、川野が最初の分析で導き出していた「甘い香り」にあった。

 

「カカオらしさを考えていたとき、最初は酸味に着目していました。でも、途中からチョコを食べたあとの甘い香りに注目するようになったんです」と、彼は言う。「やっぱりみんなが知っているカカオらしさって言ったら、板チョコをかじったあとの感じだと思って」

 

さらに酸を引き出すため、そして酸を不快に感じさせないために、彼は「甘さ」も研究した。「酸っぱいチョコレート」の気づきを生かしてのことだ。

 

「ちゃんと甘くしないと、酸味だけが気になって変わり種っぽい飲み物になっちゃうので」と話す川野は、カカオ10gに対し5.5gのきび砂糖という甘ったるすぎず酸も引き立てる絶妙なバランスを算出した。

 

こうして生まれたのが、大人の酸味が効いた「クラフトココア」だ。ココアに子供っぽさを感じてしまう人でも気軽に頼めるその洗練されたコンセプトと味は、これまでのココアのイメージを刷新するだろう。

 

【beyond cacao】case1 バリスタはカカオに夢を見るか? by 川野優馬(LIGHT UP COFFEE)
既存の概念を刷新する新しいココア
「シングルオリジン」を生かすカカオシロップ

ココアをアップデートに挑んだ川野だが、実はさらなる可能性も探っていた。出てきたのは、シロップをソーダで割った炭酸飲料だ。お酢ドリンクに代表される「酸=健康」という一般のイメージもうまく利用した、新たな方向性である。

 

このシロップは、カカオニブを凍らせたものを挽いてお湯で抽出し、糖分を20%加えたもの。余計な油分を出さないための冷凍処理や、抽出率や時間、糖分の割合や透明度など、ほんの数ミリリットルのシロップに川野の知識と経験が詰まっている。

 

「シロップをなるべく手数少なく、きび砂糖の甘さとカカオの酸味のバランスだけでシロップを作りました。さらに、なるべく成分が出やすくなるよう、細く引くというのをポイントにしています」

 

実はこのシロップには、川野が当初「ワイルド」と表現していた酢酸っぽい酸っぱさもある程度残っている。「ネガティブな酢酸っぽい酸も、合わせるものによって変わるんだろうなと思って。これを最大限にそのまま楽しむと言うコンセプトだけで作ったシロップです」

 

必要最低限の材料と工程でつくられたシロップの裏にあるのは、川野が持ち続けてきた「シングルオリジンコーヒー」への想いだ。

 

ほかの豆と混ぜられてしまうことが多い一般のコーヒーと違い、産地や生産者ごとに細かくロットを分けたシングルオリジンコーヒーには、その産地や生産者の特徴が如実に現れる。川野は自身のバリスタとしてのキャリアを通じて、シングルオリジンコーヒーの生産者ごとの素材の違いにいかにフォーカスできるかを探求してきた。

 

そして、今回彼が考案したシングルオリジンのカカオシロップもまた、「この味はカカオ豆の生産者によってつくられたものだ」ということが端的に伝わる設計になっている。シンプルな材料と、計算尽くされたシンプルな工程には、いかに生産者ならではの「味」を引き立たせるかに注力した結果なのだ。

 

【beyond cacao】case1 バリスタはカカオに夢を見るか? by 川野優馬(LIGHT UP COFFEE)
生産者毎の味の違いが楽しめるカカオシロップ
カカオドリンクを民主化する

日本全国、どの自動販売機にも売っているであろう炭酸飲料、コーラ。その名の由来は、もともとこの飲み物に「コーラナッツ」と呼ばれる植物の実のエキスが使われていたことに由来する。

 

そして奇しくもこのコーラという植物は、カカオと同じアオギリ科に属する植物だ。ということは、カカオでもコーラがつくれるのではないか? 川野は、粉砕と抽出の知識を駆使して、この仮説を検証した。

 

このクラフトコーラのベースは、カカオから抽出したエキスに、バニラビーンズやクローブ、カルダモンといったスパイスで全体のバランスを整えたシロップだ。さらにカカオがもつ酢酸っぽい匂いを、柑橘のクエン酸がもつフルーツの酸というイメージに変換するため、レモンも投入した。完成したのは、香りはコーラだが、一口飲むとカカオ独特の風味もほのかに感じる新しい味だった。

 

まだ実験的なものと言いながらも、川野はココアや炭酸飲料を通じたカカオの民主化を語る。

 

「ココア好きやコーラ好きな人をカカオ好きにしたくて、こういうドリンクにしたんです。カカオのワクワクする甘さに病みつきになる余韻が残っているといいなと思っています」

 

【beyond cacao】case1 バリスタはカカオに夢を見るか? by 川野優馬(LIGHT UP COFFEE)
コーラナッツの代わりにカカオを使用したカカオコーラでカカオの民主化を目指す
バリスタが見るカカオの未来

バリスタならではの視点による素材の分析によって、「ココア」のイメージの刷新と、「炭酸飲料」というポップカルチャーな飲み物にカカオを乗せることに挑んだ川野。ココアについては飲み口、コーラについてはカカオ感の少なさという課題も残ると言うが、甘さの微調整によって、風味を殺さず、酸味を嫌味なく生かす技法は、いまのところうまく行っているように思える。今後はより多様な産地や焙煎の豆を分析し、味の特徴を分類できればと彼は話す。

 

さらにバリスタの視点から、川野はカカオの産地や作られ方をもっと強調するカルチャーを提案した。

 

「もっと絵を浮かべたい。最近のコーヒー店は、産地を強調しているけれど、カカオはどうつくられているのかもわからないので」と、川野は消費者から見たカカオというプロダクトのイメージのしにくさを指摘した。

 

さらに今回アウトプットを試行錯誤した経験から、つくり手となりうる人への情報提供も大事だと彼は言う。

 

「どこまでコントロールできるのかがわかれば、(つくり手も)こういうドリンクをつくりたいと提案できます。例えば『このシロップをつくる時に、りんごっぽいフルーティーさがあったら心地いいよね』となった時、それがどこまで可能なのかわかれば実現させやすい。あるいは、『酸ならこのタイプの豆とこのタイプの豆がいいですよ』とった特徴も開示されるといいです」

 

こうした情報不足は、これまでアウトプットも作り手も限定されていたことに起因するのかもしれない。だが、今回のプロジェクトで川野が披露したような、カカオの可能性を探求する試みがさらに広まれば、楽しみ方や作り方のカルチャーも変わってくるのかもしれない。

 

文:川鍋明日香

 

●川野優馬

【beyond cacao】case1 バリスタはカカオに夢を見るか? by 川野優馬(LIGHT UP COFFEE)

慶應義塾大学在学中に「LIGHT UP COFFEE」を創業し、卒業後、2015年にリクルートホールディングスに就職。新規事業開発等を経験した後に退職。その後は経営者およびバリスタ、ロースターとして「LIGHT UP COFFEE」に専従。「美味しさ」を軸にした、消費と生産の正の循環をつくり、農園の営みを持続可能にし、美味しいコーヒーを増やすことに尽力している。2019年、オフィス向けのサブスクリプションコーヒーサービス「WORC」をスタートさせた。