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ヒッピーからチョコレートへ。ダンデライオン・チョコレート・ジャパン代表取締役CEO 堀淵清治 vol.1

Bean to Barをテーマに、アメリカ西海岸サンフランシスコで生まれた「ダンデライオン・チョコレート」。日本に上陸して4年が経った。2016年2月にオープンした日本1号店(東京・蔵前)で、代表の堀淵清治に話を聞く。その1回目。

ヒッピーからチョコレートへ。ダンデライオン・チョコレート・ジャパン代表取締役CEO 堀淵清治 vol.1
北カリフォルニアのガレージで生まれた、
チョコレート・ファクトリー。

「ダンデライオン・チョコレート」は、2人の若者が2010年にサンフランシスコで創業した、チョコレートのファクトリー&カフェだ。その始まりは、友人の家のガレージだった。

 

 サンフランシスコを中心とした北カリフォルニアには、「ガレージでスタートアップ(起業)」「ガレージで発明」というストーリーがいくつもある。

 スティーヴ・ジョブスとスティーヴ・ウォズニアックは、小さなガレージでまったく新しい発想のパーソナル・コンピューターを生みだそうとした。「Apple Computer(アップル・コンピューター)」誕生前夜の物語である。

 ガレージではないが、「Airbnb(エアビーアンドビー)」は、東海岸の大学を卒業したばかりの若者2人が、引っ越し先のサンフランシスコでの高い家賃を工面するため、借りていたアパートメントの一部を旅行者に間借りさせたことから発案された。ジャック・ドーシーの発想から生まれた「Twitter(ツィッター)」もまた、サンフランシスコに本社がある。世界中の食の世界を大きく変えた「Farm to Table(農園からまっすぐ食卓へ)」そして「オーガニック革命」は、サンフランシスコのお隣バークレーにある伝説のレストラン「シェ・パニース」から始まった。オーナーシェフ、アリス・ウォータースの精神的な弟子たちは、日本をはじめ世界中にいる。

 これらはすべて、北カリフォルニアのカルチャーだ。「ダンデライオン・チョコレート」も、この潮流に含まれる。

 

 ダンデライオン・チョコレートは、トッド・マソニスとキャメロン・リングという若者2人が、友人宅のガレージの一部を借りて「チョコレート作りの実験」を始めたことが、始まりである。2人は、ベルギーやフランスなどヨーロッパで、100年以上前に主流だった古き良きチョコレート・バーの作り方をベースにして、新しいチョコレートを生みだそうとした。彼らは、チョコレートの原料であるカカオ豆(良質の!)を手に入れるため、ドミニカ、ヴェネズエラ、マダガスカルなどカカオ産出国を旅し、直接カカオ農園の生産者たちと交渉していった。

 2人の考え方は至ってシンプル。良質のカカオ豆を適切な価格帯とルートで手に入れ、良い豆を選別、発酵段階から作業に加わり、焙煎、摩砕、テンパリングし、手作業で長方形の型に流し込み成形する。当初、包装も自分たちでおこなっていた。

 トッドとキャメロンはそれを「Bean to Bar」と呼んだ。まさに「Farm to Table」のチョコレート版である。

 そして2013年、Bean to Barのチョコレート工場を併設した店「ダンデライオン・チョコレート」が、サンフランシスコのミッション地区にオープンした。

 

ヒッピーからチョコレートへ。ダンデライオン・チョコレート・ジャパン代表取締役CEO 堀淵清治 vol.1
そこに面白いストーリーがあるかどうか。
新しいことを始めるときには、それで決める。

「僕は、大学生のときにバックパックを背負ってアメリカに行ったんですよ。1973年です」とダンデライオン・チョコレートCEOの堀淵清治は楽しそうに語り始めた。

 

「流れ着くようにして、サンフランシスコの隣町バークレーに入ると、まる1か月ほどそこにいた。そのときバークレーで様々な洗礼を受けて、これはまたすぐ戻ってこなくちゃいけないぞと思ったわけです。

 当時仲間とロックバンドをやっていた。ジャクソン・ブラウン、ジェームス・テイラー、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング、イーグルスなど、好きだったのはウエストコーストのロック。ジャニス・ジョプリンとジミ・ヘンドリクスは当時サンフランシスコに暮らしていましたよね。

 つまり、自分の好きなことのベースが、サンフランシスコや北カリフォルニアにあったんです。

 それで、1975年に東京の大学を卒業すると、再びサンフランシスコに渡りました。一応現地の大学に入って文化人類学を専攻するんだけれど、結局1年半ほどでドロップアウトしちゃった。それからいろんなことを体験するんだけど、その話は後ほどしましょう(笑)。

 僕はサンフランシスコに暮らし続け、現地で起業して、今も日本とサンフランシスコを行ったり来たりして生きています。もちろん、今年は2月以降、前のように自由に往来できませんが、ベースはサンフランシスコにあります」

 

「ブルーボトルコーヒーを日本に持ってきて、清澄白河の倉庫で店を始めたとき、成功する確信がありました。創業者のジェームズ・フリーマンは根っからのコーヒーマニアで、彼が最も影響を受けたのが日本の喫茶店だった。表参道にあった大坊珈琲店をはじめとするカフェに彼は通いつめ、日本のコーヒー文化を修行したんです。彼は、コーヒーのオタクだった。彼は日本各地のコーヒーマスターの店を巡礼して学び、そこからブルーボトルコーヒーを生みだした。「ブルーボトルコーヒーのルーツは、実は日本にあった!」というこのストーリーだけで、絶対うまくいく、成功するという確信のようなものが僕の中にはあった。

 僕が何か新しいことを始めるときには、そこに物語があるかどうか、ということが大事なんです。面白いストーリーがあって、その景色を思い浮かべることができれば、絶対うまくいくと思っています。たとえ失敗したって、それなら面白いでしょ(笑)。自分が面白いと感じること、自分が楽しいと思うこと、僕はいつもそれを一番大切にしています」

 

ヒッピーからチョコレートへ。ダンデライオン・チョコレート・ジャパン代表取締役CEO 堀淵清治 vol.1

「ブルーボトルコーヒーがヒットした後、僕はサンフランシスコに新しくオープンしたばかりのチョコレート・ファクトリー&カフェを訪ねた。それがダンデライオン・チョコレート。2人の若者がガレージで美味しいチョコレートを作る実験を始めたことが、そのスタート。彼らのコンセプトはBean to Barで、それは100年以上昔からある古き良きチョコレートの製造方法です。このストーリーが面白いと僕は思った。だからこの店と工房を日本でもやりたいと強く思ったわけです。半年かけて創業者たちを説得し、そうして2016年2月に、東京・蔵前に、ダンデライオン・チョコレートの日本第一号店を開いた。

 リスクなんて考えなかったし、マーケティングもなし。ブルーボトルコーヒーもダンデライオン・チョコレートも、本当に良質の、美味しいものしか作っていない。そしてそこには面白いストーリーがある。僕にはそれで充分。あとは、自分の直感を信じる」

(敬称略)

 

文・写真:今井栄一

 

▶インタビュー記事 vol.2に続く

 

【Profile】

 

堀淵清治(Seiji Horibuchi)

 

1952年徳島県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、渡米。米国最大のマンガ・アニメ企業(現ビズメディア)を創立、1997年に社長兼CEOに就任。2011年、NEW PEOPLE, Inc.を創業。2006年、『萌えるアメリカ-米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか(日経BP社刊)』を出版。Newsweekの“世界が尊敬する日本人100人“にも選ばれる。

2015年、「ブルーボトルコーヒー」日本上陸を主導し、

「サードウェーブ」という言葉が日本のコーヒー界を席巻した。2016年、「ダンデライオン・チョコレート」の日本法人を設立し代表取締役CEOに就任。