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【beyond cacao】Introduction カカオの新しい地平線

カカオ再発明計画、始動

カカオという言葉を聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのはチョコレートだろう。だが、それはカカオが秘める可能性の、ほんの一形態に過ぎない。カカオには、わたしたちがいまだ足を踏み入れたことのない壮大な世界が眠っているのだ。

 

例えば、カカオの「液体」としてのアウトプットはどうだろう。

 

「物質には、固体・液体・気体の3つの状態がありますよね。気体は考えづらいですが、液体の分野はもっと深められるんではないかと思うんです」と、フーズカカオ(Whosecacao)の代表であり農園開発担当を務める福村瑛は話す。

 

2017年創業のフーズカカオは、インドネシア・エンレカン県のカカオ農園を拠点に、風味や香りが豊かな「スペシャルティ・カカオ(ファインカカオ)」を開発するスタートアップだ。日本でも、カカオ豆からチョコレートまでを一元管理する「Bean to Bar」という言葉が普及して久しいが、フーズカカオはさらにその前段階である良質なカカオ豆の生産・開発の部分も自社で担っている。

 

だが、フーズカカオが掲げるミッションはあくまで「スペシャルティ・カカオの可能性を広げる」こと。つまり、一般的なチョコレートプロダクトの開発によるビジネスの拡大ではなく、カカオそのものの「使われ方」を再定義し、カカオのバリューチェーン全体を根本的に活性化することである。

 

そのために、同社はカカオ農園やカカオそのものの開発・生産のみならず、カカオの製菓素材への加工・卸売り、あるいはカカオを使った新たな商品の企画・販売まで手を広げ、カカオの可能性をあらゆる角度から探求している。

 

カカオの「液体」としての可能性を広げるべく立ち上がった新プロジェクト「beyond cacao」も、そんな探求のひとつだ。本シリーズは、「beyond cacao」が描く「カカオの未来」を具現化していくための記録である。

 

 

分野横断なコラボレーションが実現

カカオの可能性を広めることを目的とした「beyond cacao」はフーズカカオの代表である福村瑛、未来に向けたカカオのまだ見ぬ価値の創造を目指して様々な取り組みを行っているアペカ(APeCA)の吉田裕一、専門領域を越えたデザイン設計・ディレクションを行うbugologyの大西陽から生まれたプロジェクトだ。beyond cacaoはそのために、テーマであるカカオやチョコレートといった枠を超え、他分野で活躍する3人のプロフェッショナルとの分野横断的なコラボレーションに挑んだ。

 

ひとり目は、ドリンク開発のプロである野村空人だ。国内外でのバーテンダーとしての経験をもつ彼は、その経験を活かし、現在はドリンクコンサルティングチーム「ABV+」のメンバーとしてさまざまな領域でドリンク開発やお酒に関わるイベントのコーディネートなどを手がけている。

 

ふたり目は、自家焙煎のコーヒーショップ「LIGHT UP COFFEE」の代表を務める川野優馬。スペシャルティコーヒー専門店であるLIGHT UP COFFEEでは、エスプレッソを急速冷凍・真空保存した独自の製品「エスプレッソキューブ」など、新しいコーヒーの楽しみ方も探求している。

 

そして3人目は、代々木上原のレストラン「セララバアド」のオーナーシェフを務める橋本宏一。「El Bulli」「Martin Berasategui」といったミシュラン三つ星レストランでの経験に加え、マンダリン・オリエンタルの「タパス モラキュラーバー」で総料理長も務めた彼は、その創造的な料理で食べる人を魅了している。

 

【beyond cacao】Introduction カカオの新しい地平線
左から「ABV+」の野村、シェフの橋本、LIGHT UP COFFEEの川野。3人とカカオの出会いは、どんな未知を発掘するのか?

3人とのコラボレーションの効果を最大限高めるため、今回beyond cacaoはもう1社パートナーを選んだ。飲食の最前線で領域横断的に活躍するシェフたちと数々のコラボレーションプロジェクトを実現してきた経験をもつクリエイティブチーム「301」だ。

 

beyond cacaoは、本プロジェクトの第1フェーズとして、当初「ドリンクの開発」を目指すことを考えていた。だが、301とのディスカッションにより、「ドリンク(プロダクト)開発の完成度を追求、むしろその過程(プロセス)をコンテンツ化するような意識で実行するほうが、密度ある成果を生み出せるのでは」という意見を踏まえ、方向を転換することになる。

 

約3カ月という目標スケジュールも踏まえ、ドリンク自体の完成度を追うよりも、開発パートナーたちそれぞれの視点から自由に発想してもらうことにフォーカス。そしてセッションの中で生まれてくるすべてのアイディアや失敗からの気付きなど、すべて含めて第1フェーズの成果とするべき、という方針をまとめた。

 

実は当初、301はコラボレーターを液体のプロフェッショナルのみにすることを提案していたという。「分野を限定することで、精度の高いプロトタイピングを目指しては」というのが彼らの意図だ。

 

だが、beyond cacaoは「第一フェーズをあくまでも可能性を拡げる場にしたい」という思いを貫く。最終的に「バリスタ」「バーテンダー」「シェフ」という異なる職域で活躍する三人のプロフェッショナルたちに集結してもらうことになった。

 

セッションの舞台として今回選んだのは、東京・代々木上原に2019年に誕生したスペース「No.(ナンバー)」。301の活動拠点であり、飲食店でもあり、飲食開発のラボとしても活用されている場所である。

 

【beyond cacao】Introduction カカオの新しい地平線
カカオを様々な角度から検証してその可能性を探る
カカオを日常に溶け込ませる

コラボレーターらが一堂に会したキックオフでは、beyond cacaoからカカオの製法や成分に関する基礎知識のほか、「第一フェーズを通して実現したいこととは何か?」が共有された。

 

福村が語ったのは、日本でも広まっているクラフトチョコレート(BeantoBarでつくられるチョコレート)が直面している限界だ。

 

「ヘルシー志向や本物志向の高まりに合わせて、(板チョコなどの固形の)クラフトチョコレートをつくるメーカーは増えています。ですが、消費量はさほど増えていないのが現状です。これを受けて、BeantoBar業界ではいま『Bean to Barに本当に最適な形ってなんだっけ?』という課題に立ち向かっています」と彼は言う。

 

コンセプトの新しさや消費志向の後押しもあり、BeantoBarやクラフトチョコレートの名は瞬く間に広まった。だが本当の意味での普及には、実際に消費者が手に取る機会が少ないという壁が立ちはだかっているのだ。

 

その原因はカカオのアウトプットの少なさにあるのではないかと、福村は自らの経験から語る。

 

「もともと僕は、カカオ農園どころかチョコレートもつくったことがない消費者側の人間だったんです。その時から、カカオは健康に良いことを知っていましたが、美味しくカカオを摂取できる手段はほぼなかったんですよね。コンビニに並ぶ製品には、ミルクか砂糖が絶対入っていて、かつ高カカオ系の商品は苦くて食べづらい。そこを問題視しています」

 

そこでbeyond cacaoが目をつけたのが「日常」「液体」というキーワードだった。例えばコーヒーや紅茶のように、人々の日常に当たり前に入り込む「飲む」カカオ──。

 

待て、それはココアやホットチョコレートなのではないか? 思わず結論に飛びつきたくなるが、福村はココアにもまた普及への限界あるのではないかと話す。

 

「例えばビジネスミーティングの時に『コーヒーにしますか?お茶にしますか?ココアにしますか?」と聞かれて、ココアにする人はなかなかいませんよね。仮説として、ココアだと脂分が結構含まれているので、口の中でもたつくからなのではないかと思っています。あと、口臭を気にする人も飲みませんね」

 

今回beyond cacaoが出した「日常」「液体」というテーマは、想像以上に高いハードルなのだ。

 

【beyond cacao】Introduction カカオの新しい地平線
発酵やローストによって風味が異なるカカオ
風味から始まるカカオ改革

難しいテーマだが、福村はカカオを特徴づける要素である「香り」や「風味」に注目することで突破口を見いだせるのではないかと考えている。

 

「チョコレート好きの人からするとチョコの魅力って風味なんですよね」と彼は言う。「風味が良いから好き、くせになる。ドリンクの可能性は、例えば口元に近づけた瞬間にフワっと入ってくる香りにあるのではないかと思っています」

 

想像するだけで幸福感に満たされる、あの独特な風味。それを深堀りすることで、新たな方向性が見えてくるかもしれない。

 

3人のプロフェッショナルたちは独自の着眼点で、キックオフでのテイスティングで味わった香りや風味を振り返った。面白いのは、それぞれがカカオの「酸味」に興味をもっていることかもしれない。

 

カカオ豆を砕いた状態で皮だけを取り除いた「カカオニブ」に着目したのは、シェフの橋本だ。彼は葉や小枝にお湯を注ぐ「マテ茶」の体験を例に出して言う。「カカオニブにそのままお湯を入れたストレートな飲みものは、単純に出来たら面白いかなと思ったんだけど…」。問題は、カカオニブ独特の酸味をどう克服するかだ。

 

「酸味」のワイルドさに着目したのは、川野だった。「僕はせっかくなので、酸を最大化させたいです。この個性があるカカオならではの面白いところで、心地よく楽しめる感じにバランス取れたら最強なんじゃないかなと思っています」

 

一方の野村は、酸味のほかに、ロースト感のあるカカオ特有の「苦味」に着目した。「苦さをもうちょっと引き立てたレシピと、カカオの苦さで作るトニックウォーターをつくってみたい」と、すでに方向性まで見えてきたようだ。

 

飲食の世界では、異なる領域のプロフェッショナルたちがひとつのテーマを深く掘り下げる機会は少ない。それぞれのゲストたちにとっても、知性と創造性を交換できる貴重な場だと3人は語る。カカオの可能性のみならず、このようなスペシャルなチームでプロジェクトを実行していくことにも、思わぬ発見の種が隠れているのかもしれない。

 

本編では、セッションの内容を、ゲストメンバー三者それぞれの視点で追いかけていく。

 

文:川鍋明日香