その④「近江八幡、だもん亭のクラフト・チョコレート」

チョコレートの香りを探しながら日本各地を旅するシリーズ。

今回は京都のお隣、滋賀県へ、クラフト・チョコレートを求めて日帰りトリップ。

 

文=今井栄一

写真=チダコウイチ

ロードムービーのように。

僕とカカオ好きな友人の京都旅。旅の終わりに、レンタカーで隣の滋賀県へデイトリップをした。

 

「近江八幡で、デッドヘッズ(アメリカの伝説的ジャムバンド、グレイトフルデッドを敬愛する人々をこう呼ぶ)のヒッピーアメリカ人が、クラフト・チョコレートを作っているんだ」と僕はレンタカーを運転しながら友人に言った。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

「一緒に四国へ旅したとき、男木島の、ダモンテ商会というベイカリーカフェでお昼ご飯食べたよね。ダモンテ海笑くんと、祐子さんという夫婦、凪くん、環くんというまだ幼い息子ふたりの四人家族。その海笑くんのお父さんが、近江八幡でクラフト・チョコレート作りをしているんだよ」

 

「お父さんは、ダレン ダモンテさん。若い頃にカリフォルニアから日本へやって来た。陶芸家で、ニューアメリカン料理のシェフで、近頃はずっとクラフト・チョコレートにハマっているらしい」

 

友人は、「海笑くんが島で狩猟したカカオチップ入り猪肉の燻製も、島野菜のサラダも、祐子さんが作ったブラウニーやチョコチップクッキーとか、どれも全部とても美味しかったな。お父さんが焼いた大皿、かっこよかった」と話しながら、愛用のカメラで車窓の光景を撮っていた。ヴィム・ヴェンダースのロードムービーみたいだ。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
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近江八幡の赤い町家。

琵琶湖の東側に位置する近江八幡は、小さな川が流れ、穏やかで美しい、由緒ある町だ。城下町の面影を今に伝える古い町並みと、「ヴォーリズ建築」と呼ばれるモダンな近代建築物が遺り、歩いていると郷愁を感じる。

 

金沢、倉敷、盛岡など、日本各地に「郷愁を感じる歴史深い町」はあるが、近江八幡のノスタルジーも、独特である。(ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、アメリカ人の建築家、宗教伝道師。ヴォーリズ合名会社、後の近江兄弟社の、創立者のひとり。明治から昭和の時代、近江八幡に暮らした)

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
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ダレン ダモンテさんと、パートナーのMIWAさん、ふたりが営む「だもん亭(damontei)」は、そんな近江八幡の伝統的建造物群保存地区にある。

 

朱色に塗られた築160年を越える町家が、ふたりの居場所だ。そこは、ダレンさんがシェフの「bistroだもん亭」であり(完全予約制)、カカオ豆の焙煎からテンパリング、成形までを手がけるクラフト・チョコレートの専門店&カフェ「Damontei Chocolate」である。同時に、陶芸家ダレンさんの作品を展示販売するショップでもある。そしてそこは、数多の書物が並び、グレイトフルデッドが流れる、ダレンさんとMIWAさんのアトリエ兼住居だ。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
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「近江八幡に暮らして13〜14年くらいかな」とダレン ダモンテさんは話した。

 

「その前は伊賀の山に住んでいた。陶芸をメインでやっていたけれど、自分が作った皿や容れ物は、飾りじゃなくて日常遣いの道具でもあるから、それを遣う店をやりたいと考えた。料理はもともと大好きだから、だったらレストランを開とうと。近江八幡に移住してきたのは、自分のビストロをやるためだった」

 

もちろん、伊賀から近江八幡へやって来る間に、そして、近江八幡へやって来てからも、「もっとたくさんのいろんなことがあった」わけだが、ここでは割愛する。

 

インタビューを始めるとき、ダレンさんは、「ロング・バージョンとショート・バージョンとあるんやけど、どっちがええ?」とぺらぺらのウエスタン(関西弁)で訊いてきて、時間もあったので「ロング・バージョンでお願いします」と言って話が始まった。

 

1979年、19歳のダレンさんはなぜ日本へ来たのか、デッドヘッズのヒッピー時代は長髪だったのか、などなど、とても楽しいサイド・ストーリー(いや、メイン・ストーリーだ)があるのだが、紙面が足りないので一部省略する。「どうしても聞きたい」という方は、近江八幡の「だもん亭」をぜひ訪問して欲しい。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
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災い転じて福と成す。

ニューヨークで生まれ、カリフォルニアで育ったダレン ダモンテさんは、1979年、学生として日本にやって来た。関西外国語大学で日本文化を学び、京都イングリッシュセンターの日本語集中講座に通った。もちろん京都弁を教わったわけではないと思うが、ダレンさんはベテラン関西男である。

 

日本に暮らし、あるとき、陶芸家が「先生」と呼ばれることを知ってダレンさんは大いに驚いた。「アメリカにいるとき、陶芸家という選択肢はまったくなかった。皿を焼いて生きていけるという概念がなかった。ところが日本には陶芸の大先生がいるとわかり、陶芸でも生きていけるのかと、人生の大きな方向転換が起きた」

 

有名な陶芸家に弟子入りし、住み込みで修行を始めた。早く自由になりたくて(ヒッピーである)、その後独立した。当時の信楽は、現在の益子のように、観光客や問屋が大勢やって来る人気の「焼き物タウン」だった。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

「今でこそ自分は、ごろっとした、ざらっとした、土っぽい焼き物を作っているけれど、昔はそうじゃなかった。アメリカはナイフとフォークの文化だから、ごつごつした皿は合わない。でもいつしか自分も、土っぽいものを好んで作るようになっていた」

 

やがてダレンさんの焼き物は人気を呼び、東京をはじめ、全国各地のギャラリーやショップで、多いときには年に7〜8回も個展を開き、韓国や米国ウエストコーストのギャラリーでもよく売れた。「手にとって気に入ってくれる人が大勢いた」とダレンさんは胸を張った。ダレンさんが作る皿や焼き物は、当初から人気が高く、今もファンが絶えない。(この日、僕の友人はダレンさんの作品にひと目ぼれし、「たっぷり」買い込んでいた→重たいので発送をお願いした)

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

「売れるのは嬉しいんやけど、裸の皿というのは、皿としては生きていない。上に食べ物がのって初めて皿に命が芽生える。それで、『だもん亭』という料理イベントを始めた。自分の皿を使って、自分で料理して、大人数で食べる。少し前に、アメリカ西海岸や北欧で流行していたギャザリングみたいなもの。とても楽しかったけれど、ものすごく大変だった。何十人分もの重たい器と、料理のための食材や道具を抱えて各地を移動するより、自分の店を持ち、そこへ来てくれた人たちを楽しませたいと思うようになってん」

 

そして、いろいろなことがあり、様々なことが起き、いくつかの出逢いと別れがありーー

 

2008年12月7日、人生を大きく変える出来事が起きた。伊賀の自宅が火事で全焼したのだ。

 

「陶芸家っていうのは、荷物が多い。土や皿は重くて、なかなか引っ越しができない商売だ。火事はよう燃えた。きれいに全部なくなった。災い転じて福と成す、と思った。これで俺は、自由にどこへでも行ける」

 

出逢いとご縁があって、滋賀県の近江八幡へやって来たダレンさんは、ここで「bistroだもん亭」を開業した。

 

チョコレートとの出逢い。

「(コロナ禍になる前は)年に1〜2度、カリフォルニアへ帰っていた。サンフランシスコで、あるときBean to Barが流行りだしていて、これは面白そうだなと思ったんだ」

 

「昔から何でも自分で作るのが好きだ。酢も自分で作るしね。DIYはカリフォルニアのライフスタイルなんだよ。4〜5年前、サンフランシスコのダンデライオン・チョコレートで、コーヒー飲みながらチョコレートを食べていて、こう考えた。自分でチョコレートを作ってみよう」

 

「どんな有名な料理人も、いつか小さなカウンターだけの蕎麦屋を持ちたいとか、そういう夢を持っている。ぼくもいろいろやってきたけれど、これからは小さなチョコレートの店もいいなって思った。チョコレートって、シンプルだけどメチャクチャ奥が深い。そして、誰もが好きな食べ物だよね。非常時にあったら役立つし。チョコレートのバーというシンプルなものに命をかけようと思う人がいる、それくらい奥が深いんだよ」

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
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チョコレートのどのようなところに「奥深さ」を感じますか?と僕が訊ねると、ダレンさんは、「豆のテロワールやな」と即答した。

 

「カカオ豆が育つ土地によって、ぜんぜん違うんだ。ウガンダのカカオ豆、メキシコの豆、ベトナムの豆、ぜんぜん違う。ある意味それは、ワインやコーヒーと似ている」

 

「日本サイドで全部できないところも面白いと思う。発酵までは現地でやって、それから日本に入ってきて、自分で焙煎する。120度で焼くのと130度で焼くのと、2分焼くのと3分焼くのと、ぜんぜん違う。探し求めることを始めると、正解がないようなものだから、この作業はエンドレスになる。大変、でも、そこが奥深くて、面白い」

 

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ダレンさんは、ベルギー人やフランス人が好む「ボンボン」ではなく、「バー」にこだわった。

 

「ボンボンもちょっとやってみたんやけど、性に合わんかった。ボンボンを追求する人は、チョコレートというより、その上や周りに何か施して作品を作ることが多い。バーの人は、チョコレートそのものが作品やな」

 

なんとなく、琳派(=ボンボン)と、信楽焼(=バー)みたいですね、と僕が冗談半分で言うと、ダレンさんは「そやな」と笑って、こう続けた、「土とカカオは似ている。考え方としてはな」。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
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「個人的には、極力シンプルなシングルオリジンのチョコレートが好きなんやけれど、Damontei Chocolateでは、シングルもインクルージョンもホワイトも手がけている。シングルが好きだからこそ、それぞれの産地の特徴を考慮した上でインクルージョンする味を展開する。特に、せっかく食文化の豊富な滋賀にいるから、近辺で入手できる食材(味噌、酒粕、柚、地豆、ショウガなど)をインクルージョンで調合するようにしている」

 

「毎回、これでいいのかな?と思い悩みながら作っているね。半分は自分のイメージだけど、もう半分は常にカカオに教えてもらっている感じだ」

 

「チョコレートの良いところは無駄がないところ。焦がさない限りはやり直せる。テンパリングがうまくいかなかった、ちょっと脂が浮いたというときは、もう一回溶かして作り直せる。あるいはそこから、ブラウニーを作ったっていい。古くなったから捨てるということが、ほとんどないんだ」

 

ヒッピーで、グレイトフルデッドで、陶芸家で、料理人で、旅が好きで、なぜ今チョコレートなんですか?

 

「なんでやろうな。そこにカカオがあるからやろうな(笑)。それに、チョコレート嫌いな人って、おらんやろ」

 

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そろそろ、京都へ帰る時間だった。僕と友人は、ダレンさんの焼いた皿をいくつか買った(友人は大量に買い込んだわけだが、このことは後に、別のある仕事に繋がることになる)。

 

次に近江八幡へ行くときには一泊して、夜は「bistroだもん亭」の予約をして食事をして、もっとたくさんダレンさんの話を聞いてみたいと思った。

 

この人が、男木島の我が友ダモンテ海笑の父か。そうか。なるほど。また逢いたい、と僕は強く思った。(逢ってもらえるかどうか、わからないが)

 

僕と友人は、夕焼け空の下、再びロードムービーのように、京都へと車を走らせた。さぁ、今夜は何を食べよう。最後の夜だから「赤垣屋」もいいな。

 

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〈関連記事〉

▶ Travelogueチョコレートを巡る旅<京都編①> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

▶ Travelogueチョコレートを巡る旅<京都編②> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

▶ Travelogueチョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

 

 

だもん亭

 

 

 

文:今井栄一

旅や人をテーマに国内外を旅しながら、執筆、撮影、編集、企画などをおこなう。FMラジオ番組やPODCAST番組の制作も。著書に『雨と虹と、旅々ハワイ』『Hawaii Travelhints 100』『世界の美しい書店』ほか。訳書に『ビート・ジェネレーション〜ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『1972年のローリング・ストーンズ』など。