その③「出町柳、糺の森、グリル生研会館」

 

チョコレートの香りを探しながら日本各地を旅するシリーズ。

京都を巡っています。今回は京都の老舗洋食屋へ。

 

文=今井栄一

写真=チダコウイチ

鴨川、出町座、下鴨神社。

京都ではよく歩き、何度もバスに乗り、地下鉄を利用する。タクシーを使うこともあるけれど、バスと地下鉄の組み合わせは(京都の市街地では)とても便利だ。ただ、地下鉄に乗ってしまうと、街の風景がまったく見えない。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

だから京都では、実によく歩くことになる(くたくたになっても、歩いてえらい楽しい街やから、ぜんぜん許せるっちゅうもんや)。僕が特に好きな「歩くコース」は、鴨川沿いの遊歩道と、哲学の道。

 

鴨川沿いの遊歩道へ、塩小路通りの辺りから土手を降りて入って、北へ、出町柳の鴨川デルタ辺りまで、のんびりと歩くのがいい。あるいは、バスでひとまず銀閣寺まで行って参拝し、その後、哲学の道をゆっくり歩いて南へ、南禅寺まで行く、というのも楽しい。

 

南禅寺の巨大な三門のところに腰かけて、法堂を眺め、レンガ造りの水道橋(疎水)で小さな滝の音に耳をすまし、それから参道に戻って、二階建ての古民家を改装したブルーボトル・コーヒーで休憩する(僕はブルーボトル・ファンではないが、南禅寺のそれは大好きだ)。

 

でも、友人と僕はこの日、歩くのをサボってバスに乗った。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
ローカル御用達の商店街。ローカルグルメもたくさん。

出町柳でバスを降り、出町柳枡形商店街へ。何度も京都へ来ている友人だが、ここは初めてだという。小さく活気のあるアーケードとその界隈はかなり楽しい。ローカル京都という趣きだ。

 

商店街の真ん中辺りに「出町座」というミニシアターがある。2017年のオープン以来、京都へ来ると必ず一度は立ち寄る場所。映画を観るためではなく(もちろん映画は好きだが)、併設されているカフェと本屋が目的だ。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
コーヒーやランチ、夕方のビールにもいい出町座。本好きにもオススメ。

入口から入って右側に背の低い書棚があり、目利きが選んだ本とCDがずらっと並ぶ。棚は大きくはないが、見事に編集されている。1階の真ん中、「出町座のソコ」と名づけられたカウンターキッチンのカフェは、地元民のギャザリング・プレイスでもある。クリエイターっぽい京都人、京都在住の異邦人が集う。コーヒーはもちろん、カレーやランチなど食事も美味しい。コーヒー、あるいはビールを買って外のベンチに座り、活気ある商店街を眺めながらのんびり和むのもいい。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
出町柳の商店街で、ローカルっぽいお土産を探すのもいい。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
出町柳には「次、ここ来てみよう」と思わせる店がいくつもある。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
「ブラタモリ」、いや、「タモリ倶楽部」的な商店街でもある。

友人と僕は、商店街の脇道の「出町ろろろ」という店がとても気になったが、夜の店らしく閉じていて、後ろ髪を引かれながら下鴨神社へと向かった。

 

糺の森、下鴨神社も、京都滞在中に必ず一度は訪れる場所だ。京都には数多の神社仏閣があるが、下鴨神社はやはり別格である。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
休みの日、ここに市が立つこともある。紅葉の季節もいい。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
糺の森を歩くこと、下鴨神社を参拝すること。京都に来たら必ずする。
グリル生研会館、チョコレート・バタートースト。

下鴨神社の境内を出て徒歩1分ほど、下鴨本通り沿いの「糺の森バス停」すぐそばに、僕が友人をずっと連れてきたかった洋食の名店、「グリル生研会館」はある。和食が美味しい古都だが、昭和の郷愁を感じる洋食店の数々も、京都の魅力だ。

 

「グリル生研会館」は創業60年以上。僕はかれこれ10年ほど通っている。名前にある「生研会館」とは、建物の名前からとられている。生産開発科学研究所ビル(略して生研ビル)の1階に店があり、研究所の職員たちもランチタイムにやって来る。旅行者、観光客がもちろん訪れるが、メインは地元の人々だ。昼ならベビーカーを押してくるお母さんたちのグループ、夜ならカップル、家族連れ、老夫婦、孤独のグルメ的な常連さんまで様々。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
バスなら、「糺の森」バス停下車、ほぼ目の前。店のすぐ裏が糺の森、下鴨神社。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
昼・夜の営業。夜は要予約。水・木は定休日。

僕はいつもだいたい一人で行き、ビール、スープ、スペシャルランチ(ハンバーグとエビフライとカニクリームコロッケがサラダと一緒にひと皿に)を食べる。「じゃあ自分もそれにする!」と友人はワクワクしながら言った。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
西崎シェフのスープは絶品、いつも必ずオーダーする。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。
エビフライ、カニクリームコロッケ、ハンバーグがひとつになったスペシャルランチ。

この日のスープは京都らしいカブのポタージュ。オーナーシェフの西崎裕紀さんがそのときの旬の野菜・食材にこだわって作るスープはいつもとても美味しい。

 

西崎裕紀さんは「グリル生研会館」3代目。西崎さんは幼い頃から店のキッチンをのぞき、料理に強い興味を抱いていたという。父親の跡を継いだのは、必然だったのだろう。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

「3代に渡って食べにいらしてくださっている地元のお客さまもいます」と西崎さん。「だから変わらないことも大切にしています。一方、京野菜を多く取り入れたり、季節のスープをお出ししたりというのは、自分流のアレンジでもあります。ずっと変わらないのは、心を込めて丁寧に作ること、ほんとうに美味しいものをきちんとお出しすること」

 

壁には、「グリル生研会館」の歴史とも言える、先代、先々代の写真、オープン当初の店の様子を写したモノクロ写真が、額装してかけられている。

 

「祖父は、満州ヤマトホテルの調理部の支配人でした。上から二つめの写真の真ん中が祖父です(ヤマトホテルは、1907〜1945年まで満州鉄道株式会社が経営していた高級ホテル・ブランド)。名士が集まるホテルで、ものすごく華やかな世界が広がっていたようです。クリスマス・パーティの写真を見せてもらったことがあるんですが、びっくりするほどゴージャスでした」

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

「日本に戻ってきてから祖父は、東海地方を中心にホテル・ビジネスに関わっていました。このレストランは祖父が開いたのが始まりです。もちろん私はまだ生まれていません。祖父は経営者で、料理人は別にいました。当時はスタッフも大勢いて、1階と2階がレストラン、3階と4階は宴会場で、毎日のようにパーティ、宴会が開かれていました」

 

幼い頃、両親とも店で働いていた西崎さん少年は、毎日「お腹を空かせながら宴会が終わるのを待っていた」という。

 

「店のコックさんが私のために作ってくれたのが、チョコレート・バタートーストでした。大好きで、しょっちゅうそれを食べていました。まだパティシエなんて言葉がない時代です。幼い私にはとってもスペシャルな食べ物でした」。

 

そして西崎さんは、今では店の定番メニューとなっている「チョコレート・バタートースト」を出してくれた。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

甘く、懐かしい味。チョコレートとバニラ・アイスクリーム、トーストの組み合わせは絶妙で、(箸が進むがごとく)ナイフとフォークはどんどん進み、満腹だったのにぺろり平らげてしまった。

 

「一番良い時代が過ぎ去ると、人は減り、料理人も辞めていきました。それで父は、自分で料理をするようになったんです。店が一番厳しいときでした。私は学生時代を終え、社会人になり、やがて店を引き継ぎました」

 

「私が継いだとき、この辺りはもっと静かでした。下鴨神社を知っている人はまだ少なく、観光客はこの辺りまで足を伸ばしていませんでした。糺の森が世界遺産になったのが、大きな転換点でした。観光の方がどっと増えて、店は雑誌などの取材を数多く受けました」

 

地元の常連客、日本各地からの旅行者、さらに世界各地からの観光客が続々と。だが、どれだけ客が増えても、メディアで話題になっても、店も西崎さんもまったく変わらなかった。西崎さんはずっと自分がそうしてきたように、毎日真摯にひと皿ごとの料理に向き合っていた。

 

「ずっとがんばってやってきて、ここ10年くらいで私もやっと感じるようになったんです、きちんと丁寧にやっていれば、お客さんはわかって来てくださるんだなって」

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

「店が休みの日に、車で野菜を買いに出かけます。田舎に行った方が種類は豊富で、新鮮なものが多く手に入ります。大原の市場も行きますが、最近は滋賀県に足を伸ばしています。車で行けばすぐだし、数カ所まとめて農家の直売所を巡れるので」

 

「コロナ禍の2年間、両親は基礎疾患持ちだったので、私は(うつしてしまったらどうしようと)ピリピリしていた時期がありました。コロナというものがうまく理解できず、店も開けず、泣いてばっかりいたときもあったんです」

 

「店を開けず、苦肉の策でお弁当を始めたら、ものすごい反響があって、びっくりしました。常連さんが買いに来てくれて、新しいお客さんもいっぱいついて。お弁当作りが生きがいになって、また元気が沸いてきました。お弁当作りって実は大変で、労力は倍くらいかかるんですが、私はその仕事が好きで。これからもお弁当は続けていこうと思っています」

 

店と料理に真摯に向き合う西崎さん。「グリル生研会館」で食事をするとそれがよくわかる。たとえばバターナッツカボチャのスープ、聖護院カブのポタージュを食べたとき、「ああ、西崎さんの味だ」と僕は思い、嬉しい気持ちになった。

 

日々まじめに仕事をする人の料理がここにはある。けっして裏切らない。変わらない。テーブルにつき、料理が目の前にサーブされたとき、目が喜ぶ、心がワクワクする。食べると美味しい。食べ終えたとき幸福感に満たされている。生きている、と思う。

 

また来よう、きっと。

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<京都編③> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

 

 

▶ Travelogueチョコレートを巡る旅<京都編①> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

▶ Travelogueチョコレートを巡る旅<京都編②> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

▶ Travelogueチョコレートを巡る旅<京都編④> 下鴨神社から鞍馬寺まで、チョコレート経由。

 

 

グリル生研会館

出町座

下鴨神社

糺の森

 

 

 

文:今井栄一

旅や人をテーマに国内外を旅しながら、執筆、撮影、編集、企画などをおこなう。FMラジオ番組やPODCAST番組の制作も。著書に『雨と虹と、旅々ハワイ』『Hawaii Travelhints 100』『世界の美しい書店』ほか。訳書に『ビート・ジェネレーション〜ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『1972年のローリング・ストーンズ』など。