東京から北海道・美瑛町に移り住み、レストラン「SSAW BIEI」を通じて、北の大地の魅力を広く発信されている前田景さん・たかはしよしこさん一家。移住した経緯から、美瑛を拠点とした今後の計画まで尋ねた。

 

文・本間裕子

写真・チダコウイチ

 

美瑛を写真と食の発信拠点に
北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

北海道のほぼ中央に位置し、一面になだらかな丘陵が広がることから「丘のまち」と呼ばれる美瑛町。「写真の町」として盛り上がりを見せる旭川・東川町から車で約30分、「北の国から」で知られる富良野に隣接するこの土地に、料理家のたかはしよしこさんが移住したのは2020年春のこと。きっかけは、美瑛の「美しい丘の風景」を一躍有名にした風景写真家、前田真三の写真館「拓真館」のリニューアル計画だった。よしこさんの夫であり、アートディレクター・フォトグラファーとして活躍する前田景さんは前田真三の孫にあたり、リニューアルプロジェクトの発起人。「拓真館」を含む約1万坪の広大な敷地を拠点に、家族の新たな生活がスタートした。

 

北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

景さんにとって美瑛町は、子供の頃に夏休みや春スキーで訪れた思い出の地だった。大人になり訪れる頻度は減ったものの、写真家である父の撮影に同行したり、自分たちの結婚式会場に選んだりと縁は途切れなかった。

 

移住は「拓真館」のリニューアル計画がきっかけになったものの、「都会の生活しか知らないままの人生はなんだかもったいない気がしていて、子供のためにも自分のためにもいつか自然豊かな場所で暮らしてみたいと思っていた」と景さん。料理家として生産者と食べる人の架け橋になる活動を続けてきたよしこさんの存在、そして娘の季乃ちゃんがちょうど小学生になるタイミングを迎えたことが「今しかない」という決断に至らせた。

 

北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

当初は移住した年の夏を目処にレストランをオープンするはずだったが、新型コロナウイルスの影響で延期に。新たな土地での先が見えない毎日に不安を感じたものの、徐々に意識の変化が表れた。

 

「どうにもならないことにやきもきするのはやめて、とにかく美瑛での生活を大切にする時間を送ることに切り替えました。地元の生産者さんを訪ねたり、料理上手なおばちゃんに発酵を教えてもらったり、敷地内で自家菜園をはじめたり、キノコ刈りや保存食づくりに夢中になったり。北国の生活のなかで培われたたくさんの知恵を惜しみなく与えてもらいました」とよしこさん。

 

北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

外出を控えた時期は、庭にテントを張って子供とキャンプごっこを。遠方から友人が訪ねてきた際には庭で火を囲んで食事を楽しんだ。ゆっくり時間が流れる中での食事は、旧くからの友人とも新たに出会い直すような感覚があったという。

 

 

白樺回廊に佇む親密なレストラン
北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

レストランは「拓真館」内のスペースを予定していたものの、建築基準をクリアできず白紙に。敷地内に新たな施設を建てる計画も浮上したが、「いつも厳しい言葉で励ましてくれる税理士さんから『まずは掘っ建て小屋くらいのところからはじめなさいよ』といわれて、よく見渡したら白樺回廊のすぐ脇にちょうどいい感じの小屋があったんです」とよしこさんは笑う。

 

突如日の目を浴びてレストランへと生まれ変わった小屋は、かつてこの場所に小学校があった頃に教員住宅として使われていた建物で、その一部はジンギスカン小屋として活用されていたという。

 

北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

内装設計は旧知の間柄である設計事務所 imaの小林恭さんと小林マナさんにお願いした。親密感を覚えるサイズ感に落ち着いたことから、コンセプトは「よしこさんの好きなものをギュッと凝縮して、家に招かれた気持ちになるようなお店にしよう」と提案を受けた。壁や天井は明るいピンク色に染められ、表情を自然と柔らかくさせる。顔の見えるオープンキッチンもアットホームな雰囲気を醸し出し、その心地よさに気持ちもほぐれる。フィンランドのテキスタイルブランド「marimekko」の国内外店舗も数多くを手掛ける小林夫妻だからこそ、厳しい冬を温かく彩る北欧デザインの知恵が随所に散りばめられている。内装の素材は地産地消を心がけ工夫されている。北海道産のレンガのパッチワークや北海道産の無垢のオーク材で作ったカウンターも温かなムードだ。

 

客席中央には友人の陶芸家・鹿児島睦さんがイサム・ノグチの名作「AKARI」にペイントを施したという世界で一つのライトが吊るされ、空間に心地よいアクセントを生んでいる。トイレ部分にも元スタッフが手がける廃棄プラスチックを再生利用したポップなライトが飾られ、温かくユーモラスに迎えてくれる。外観を彩るグレーがかったグリーンは家族で旅したイギリスがイメージソースとなり、よしこさんがリクエスト。この10年間に訪れた場所、出会った人たちとの思い出が隅々まで詰まった空間は、身を置くだけで自然と温かな気持ちにしてくれる。

 

北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】
北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】
北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

施工は、敷地内にある住居スペース同様、東川町にあるセレクトショップ「less HIGASHIKAWA」のオーナー・浜辺令さんを中心に地元の大工さんにお願いした。「浜辺さんに相談して解決しなかったことはないというくらい頼りになる人。施工業者についても相談したら『僕やりましょうか』って(笑)」。北の土地では人と人が自然につながり、アイデアを出し合って厳しい季節を乗り越えているようだ。

 

北海道・美瑛町〈SSAW BIEI〉が スケッチする 彩り豊かな美瑛の四季【前編】

美瑛町と共に2,500本もの白樺を植え、自ら拓真館周辺の環境整備を行っていたという真三さんの想いを継ぎ、まずは一帯の整備を続けながら、「拓真館」のリニューアル計画を進行中。昨年夏には、新たな視点で前田真三の写真に光を当てた写真集『HILL TO HILL』を景さん自らデザインするなど、着々と次へのステージへの準備も進んでいる。「長く厳しい季節も過ごしてみて、世の中の半分も知らなかったなって感じています。写真と食を入り口に、この豊かな土地で発見したこと、感じたことを発信していけたら」と景さん。「拓真館」と「SSAW BIEI」が スケッチする、彩り豊かな美瑛の四季に目が離せない。

 

 

 

PROFILE

 

前田景

アートディレクター、フォトグラファー。広告、書籍、webなどのデザインを手がける。妻である料理家たかはしよしこさんのレストラン「SSAW BIEI」ではクリエティブディレクターも務めている。

 

たかはしよしこ

料理家。生産者と食べる人の架け橋となるように心がけて活躍。 運営するレストラン「SSAW BIEI」には、日々刻々と変わる四季の素材を追いかけながら、メニューを組み立て、シンプルに料理し、味を迎えにいくという思いが込められている。

 

 

文・本間裕子

編集者・ライター。大学卒業後、(株)INFASパブリケーションズに入社。ファッション週刊紙「WWD JAPAN」、コレクションマガジン「FASHION NEWS」の編集を経て、美容週刊誌「WWD BEAUTY」に創刊時より携わる。退社後、フリーランスの編集・ライターとして、化粧品、食料品メーカーをメインクライアントに、ブランディング、広告制作等に携わる。甘いものは得意ではないが、カカオは大好きでコーヒー、赤ワイン、ラムに合わせて日常的に食している。料理家など食に携わる人たちとの交流が深い。

 

インスタグラム:@uozazaza