美しい棚田の風景と、衰退の一途を辿る現状。

少しばかり山を登った先に広がる棚田。ここは、神奈川県三浦郡葉山町。葉山と言えば日本ヨット発祥の地である通り、透明度の高い美しい海が真っ先に頭に浮かぶ人が多いかもしれません。しかし、のどかな里山も魅力として挙げられるのです。ここ上山口の棚田は『にほんの里100選』にも選ばれた風景。

 

取材・文:小松翔伍

写真:チダコウイチ

 

減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
棚田から見る景色。豊かな湧き水で田んぼに水を張り、葉山牛の牧舎のわらで堆肥を作るなど、地域の営みが循環する。

「私たちも引っ越してくるまで知らなかったんですよ」。そう話しながら棚田を案内してくれたのは、2015年に夫妻でこの地に引っ越してきた山口冴希さん。知り合いからの声が掛かり、稲作を手伝うようになったのが棚田との出会い。棚田は伝統的な日本の美観として知られる一方、地域の高齢化や過疎化、作業の手間などを理由に、全国的に衰退を辿っていることを知ったそうです。

 

「1年間で300キロほど収穫できました。すごく嬉しかったです。だけど、地元のボランティアグループと一緒に活動しているから、みんなで分けると1人当たり数十キロ。棚田って、一般的な田んぼと比べると収穫量が少ないんですよ。週に何度も通って作業して、手間ひまかけているのに1年食べる分にも足りません」。

 

減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
田んぼの畔で育てた、たのくろ豆を収穫する冴希さん。「たのくろ豆を植えることで、お米と同時に味噌も作れて合理的。田んぼの土に窒素が含まれているので、肥料や水もいりません。畔を補強する役割もあるそうです。狭い土地を有効活用した先人の知恵ですね。お米を収穫したあとの楽しみです」。

こうして全国の棚田が減っている理由を、身をもって実感した夫妻。農業の経験はなく、決して楽ではない作業だったが、こう考えるようになりました。

 

「収穫量は少ないけど、1年間の農作業はいい経験になりました。ここでしか出会えない農家さんから知恵を学び、気持ちいい空間で作業するのが楽しかったんですよ。そこに生産性だけじゃない価値があると気づきました。私たちのような農業に触れていない世代こそ、棚田から何かを得られると思いましたし。何事も、続けるためには楽しんだり喜んだりすることが大事。棚田の少ない収穫量で、みんなが笑顔になれる方法を考え始めました」。

 

減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
収穫した稲を干す木の枠は、付近の農家が協力し合う「結(ゆい)」によって、毎年建てられる。そういった繋がりから学ぶことが多いそうだ。
減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
農業未経験だった冴希さん。近くの農家から教えてもらったり野菜を分けてもらえたりする環境が心地いいと話す。

棚田文化の継承だけを目的とするのではなく、笑顔を作ることにフォーカスした夫妻。そこでひらめいたのがアイスだった言います。

「葉山は海の町でもあるので、海辺でアイスを食べている絵が浮かんできて。お米のアイスを販売できたら……海にいながら、山の魅力も同時に味わえると思ったんですよ。甘酒のアイスなら美味しそうだし、体に良さそう。葉山には健康を気にする人も多いので、ぴったりだと思いました。何より甘酒にすれば、棚田の少ない収穫量でも、たくさんのアイスが作れますので」。

 

棚田米を使ったヴィーガンアイスが完成

料理が得意な冴希さんは、早速アイスを試作。棚田米の使用以外に、こんなこだわりを掲げました。

 

「うまく完成したらどんなお店で販売してもらいたいかと考えたら、真っ先に思い浮かんだのが『SYOKU-YABO農園』。尊敬していて憧れている、無農薬の農園レストランです。でも、そこで提供している料理は乳製品不使用。アイスには普通、牛乳や生クリームや卵を使いますけど、絶対に『SYOKU-YABO農園』で販売してもらいたかったので乳製品を使わず、豆乳やココナツミルクなどを原料に使いました。私は料理が好きでお菓子もよく作っていたけど、アイス作りは未経験でした。でも、アイスに対する先入観がなかったから、乳製品を使わずに作れたと思う。そういったレシピの開発は大変ですが、一番楽しいところでもあります」。

 

減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
『SYOKU-YABO農園』はオーナーの眞中やすさんが山を切り拓いて開園。園内はほとんどが手作りで、気持ちいい時間を過ごすことができる。収穫された野菜も販売されている。
減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
『SYOKU-YABO農園』のレストランで提供している「農園野菜定食」(¥1,200)。自家栽培の無農薬野菜がふんだんに使われている。調理も化学調味料や食品添加物、砂糖を未使用。

試作を重ねた結果アイスは完成し、〈BEAT ICE〉と命名。『SYOKU-YABO農園』のオーナー、眞中やすさんからもお墨付きをもらい、念願叶って販売が決定しました。乳製品不使用のヴィーガン仕様は、これまでアイスを口にできなかった乳製品アレルギーを持つ人たちも安心して食べることができ、好評だったそうです。

 

減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
葉山アイスは、棚田米を使った「甘酒&ココナッツミルク味」と、アーモンドミルクをベースに葉山生姜を使用した「アーモンドミルクチャイ味」の2種類。

〈BEAT ICE〉では葉山の棚田米を使った「葉山アイス」の他に、姨捨(長野県千曲)、嶺北(高知県土佐郡)、上山(岡山県美作市)、山都(熊本県上益城郡)、上勝(徳島県上勝町)、油谷(山口県長門市)、小砂(栃木県那珂川町)、小豆島(香川県小豆島町)など全国の棚田と連携し、各地のお米を使った「棚田アイスシリーズ」を製作。売り上げの一部を棚田の運営に還元することで、棚田と人をアイスが繋ぎます。実際に農作業を手伝ったり棚田米を購入したりするのではない、今までと違う切り口で棚田を支援できる仕組みです。

 

カカオを用いた新商品も誕生

〈BEAT ICE〉の“田園風景を未来に繋ぎたい”という思いはさらに広がります。〈BEAT ICE〉に共鳴したのは、伝統的な本格みりんを愛知県で作る『角谷文治郎商店』。みりんの主原料はお米であり、『角谷文治郎商店』も田園風景を保全する重要性を感じていたことから、同社を代表する〈三河みりん〉とコラボレーションが実現しました。みりんを使ったアイスは珍しく、少し想像しにくいかもしれません。しかし、みりんは海外でライスワインと呼ばれ、スイーツの材料に使われているそうです。

 

「〈三河みりん〉との出会いは2019年。フランスのリヨンで開催された日本食の展示会を手伝った時のことでした。みりんは料理の味付けに使われるのが一般的ですが、本来はそのまま飲まれていたそうで、〈三河みりん〉を飲んでみたら本当に美味しくて。みりんもお米から作られているからお米の可能性が広がって、勇気付けられたような気持ちでした」。

 

減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
まだオフシーズンだが、初夏には水が張られて美しい景色が広がる。
減りゆく棚田に笑顔が実る。アイスが未来に繋ぐ田園風景。
〈三河みりん〉とコラボレーションした「DEN+EN ICE CREAM」第一弾。カカオはコロンビア産を使用。「初めてカカオニブを使いました。抽出した出し殻はスムージーに入れて飲んでいます」と冴希さん。

棚田米を軸に、カカオやみりんなどを使って試行錯誤する〈BEAT ICE〉の挑戦。アイスを食べる人の笑顔で棚田の景色が守られていきます。春の足音が聞こえ、そろそろ田植えの準備が始まる時期。最後に夫妻は、こんな展望を話してくれました。

 

「国内はもちろん、世界にも棚田の美しい風景を知ってもらいたいです。そのために、まずはお米の魅力を海外に伝えたいと思っています。甘酒はいろんな企業が世界に進出しているけど、まだ浸透しきっていない状況。抹茶が海外に広まったのはチョコレート菓子がきっかけだったので、国内の食文化を発信するには、現地の生活に溶け込むフォーマットでアプローチすることが大事と考えています。それを踏まえると、アイスは世界の共通言語でもあるので、受け入れてもらいやすいはず。味わいは海外も意識しているので、今後はイベントなどを通じて、食べてもらう機会を作っていきたいです」。

 

 

BEAT ICE

https://www.beatice.jp/

 

SYOKU-YABO農園

https://manaka.daa.jp/syokuyabo/

 

 

 

小松翔伍

ライター/エディター雑誌やウェブメディアで、ファッションを中心としたカルチャー、音楽などの記事を手掛けているフリーランスのライター/エディター。カルチャーから派生した動画コンテンツのディレクションにも携わる。海・山・川の大自然に溶け込む休日を送るが、根本的に出不精で腰が重いのが悩み