北大医学部生が作るチョコレート「andew(アンジュ)」。 やさしさと栄養が患者の命をつなぐ
「口が痛くて食べることが難しい患者さんにも美味しく栄養をとってほしい」という気持ちからスタートしたのが“世界一やさしいチョコレート”の「andew(アンジュ)」。開発したのは、現役北大医学部の学生、中村恒星さんだ。デビューは2020年5月。タブレット1枚で900円以上と高価であるにもかかわらず、発売初日に2時間で200枚を完売し、話題を呼んだ。
誕生のきっかけとなったのは、中村さんと皮膚病患者との出会いだった。必要な栄養が補える体にいいチョコレートを通して患者さんと社会をつなげる活動をする中村恒星さんに「andew」が生まれるまでの経緯、ブランドに込める想いを聞いた。
文:小泉恵里
写真:チダコウイチ
―岐阜県ご出身の中村さん。富山大の薬学部卒業後、北大医学部に編入したとのこと。なぜ医学部に?
幼い頃に、HIVに感染した人のドキュメンタリー番組を見て、新薬を作って彼らを助けたいと思い、薬学部に行きました。薬学部では、脊髄損傷の薬を作ろうとしていたのですが、研究室でひたすらフラスコを振る日々で、実際に患者さんと接したことはありませんでした。助けたいと思う人を目の前にしたいという思いが募って、医学部への編入を決心しました。

―中村さんご自身も心臓病の経験があると聞きました。
僕自身、幼い頃に心臓の難病を患っていて、今では良くなりましたが完治することはないので、一生付き合っていかなければなりません。医者になるまであと数年あるので、それまでに治療法がない病気の研究をしたいという気持ちで北大に来ました。

北大医学部への進学が決まった後に“難病、北大”と検索して知ったのが先天性の皮膚の病気である“表皮水疱症”でした。実際に患者さんに会いに行って衝撃を受けました。表皮水疱症というのは、表皮と真皮を接着させるタンパクに生まれつき異常があるため、日常生活における軽微な外力によって皮膚や粘膜のただれや水ぶくれ(水疱)を生じる遺伝性の皮膚病です。
そんな状況の中でももちろん、自分らしく生きたいと願う人たちです。病室にいる人たちを何とかしたい、医学生なりに何かできないかなと思ったのです。


―表皮水疱症の患者さんは、口の中がただれているから痛くて固形物が食べられないそうですね。
「ポテトチップスを食べるとトゲの付いている板を食べているくらい痛い。」
患者さんは、痛みをこう表現します。
表皮水疱症の方々はおかゆやコーンスープ、高カロリーの甘いドリンク剤などを主に飲んでいます。それを聞いて、もう少し美味しいものを作ることができないかなと思いました。
僕は野球部だったこともあって、モリモリ食べるタイプなんです。食べることが大好きな自分としては、食べられないと聞いただけで辛く感じました。食べることの幸せがない人生はさみしい。色々考える中で、チョコなら行けそうだと気がついてチョコレートを作ることに決めました。
―なぜチョコレートに決めたのですか?
表皮水疱症患者さんは硬いものが食べられない。ドリンクではなく固形で食べられて口とけの良いものを探しているうちに、それならチョコレートがいいのではないかと思いつきました。

日本人の中では、バレンタインデーの習慣もあるからか、チョコレートは相手を好きですと伝えるツールでもあります。そのせいか、チョコレートをもらうととっても嬉しい気持ちになる。なぜかゼリーをもらった時より嬉しい。
普段の生活でもチョコレートをもらうのは嬉しいことですが、これを病室に持っていくと100倍くらいの盛り上がりがあるんですよ。
―なるほど。チョコレートは幸せな気分になりますよね。
はい。もらって食べて嬉しいということのほかに、周りとシェアして交流できる。チョコレートはそういう特別な存在でもあると思うんです。
僕の言葉に強烈に残っているのは、患者さんの言葉でした。
「食事って一緒に同じものを食べるから、幸せを感じるのに、私たちは、みんなと一緒のものを食べる機会も少ないんだよね」
この言葉から、患者さんの中だけで完結する商品を作っても意味がないと感じました。みんなでシェアして一緒に食べやすい食べ物でなければならない。チョコレートであれば、口の中でやさしく溶けるから患者さんでも食べやすいし、歴史的には薬として用いられていた歴史もあるので栄養も摂りやすいはずだと考えたのです。

―栄養の面でも、「andew」のチョコレートは優秀ですね。スーパーフードもたっぷりで必要な栄養素がバランスよく補えます。
せっかく食べるのなら美味しいだけではなく、皮膚再生のために栄養が取れたらいいなと思いました。チョコならいちごやピスタチオなど、色んな味があるから、栄養価の高い食品を混ぜられるのではないかと考えたのです。けれど、チョコレートに関しては知識がないので指南いただこうと思って札幌のビーントゥーバー「サタデイズチョコレート」さんに駆け込みました。

―「サタデイズチョコレート」では試作段階から協力を仰いだのですか?
僕が目指していることをサダデイズの秋元社長に話したら、「それならうちでできそうだから協力するよ。お金はいらないから」と全面的にサポートして下さいました。秋元さんには「チョコレートの新しい価値を創造して欲しい」と言われました。それをずっと心に留めています。
―栄養価が高く、さらに口どけの美味しいチョコレート。これを作るのは大変だったと思います。
それはサタデイズさんにレシピを作ってもらいました。
秋元さんには「アーモンドはうちにあるしカカオ豆もあるから他のものだけ持って来て」と行ってもらったので、チアシード、昆布、ココナッツ、アーモンド、きな粉、抹茶など、とにかく体に良さそうだと思いつくものをかき集めて、サタデイズさんの工房に持って行きました。
まずは栄養素ありきで作ってみたらまずかったので、そこを味が美味しくなるように調整するという流れで6回くらい試作を作って、開発を始めてから9ヶ月。ようやく満足のいく試作品が完成しました。栄養含有量も僕たちが求める水準を実現することができました。
―「andew」のチョコレートは、口どけが良くてトロッとした油分を感じますね。
アーモンドやチアシードの融点よりもカカオバターが低いことで、結果的に口溶けが滑らかになっているようです。60%くらいはナッツ類の油脂なのでそれが患者さんにもちょうどよかった。栄養とおいしさの一番いい落とし所をサタデイズさんと探していきました。

―足りない栄養素が補えるのは、患者さんにとっても、健康に気づかう人にとっても嬉しいことです。
―今は患者さんにチョコレートを食べてもらえてますか?
僕のチョコレートがその人の命をつなぐ一部になっていると聞きました。
3ヶ月くらい北大に入院している患者さんがいて、その方は「入院中に飴玉か中村さんのチョコしか食べてくれない」と担当医が言うんです。点滴も長時間できないし、胃ろうもできない。そんな中、「andew」のチョコレートなら食べてくれている。一番届けたいところに届いたな、と実感しています。

―大学病院の先生からも「andew」のチョコレートのリクエストが来るのですね。
患者さんが他のチョコレートでも食べられないか?というと食べられると思います。けれど、「私たちのために作ってくれたと思うと中村さんのチョコを食べたい」という声を聞いて、僕のチョコレートが届けたいと思う相手に届いている、と実感しました。
―オンラインショップではどんなお客さんが多いですか?
比較的若い方が購入してくれるので、おじいちゃんやおばあちゃんのために、と言う声も多いですし、ほかの病気を持っている方や、癌末期の方とかもたまにメッセージをいただきます。
―最後に、「andew」を通して中村さんが伝えたいメッセージとは何ですか?
僕は「andew」を通して患者と周囲の人々が病気と共存し、理解し合い、手を取り合う世界を実現したいと思っています。病気をもっていることで何か生活に制限がある人は、僕たちが考える以上に閉塞感や疎外感を感じているものです。
ぜひ、チョコレートを送ることで「あなたはひとりではない。困っている時、辛い時は連絡してね」と伝えてほしいなと。
病気を治すことが一番大事です。でも、その病気を持ちながらもどう病気と付き合い、生きていくかも、これも同じくらい大事なこと。病気を治すことは、医療従事者にしかできませんが、心をサポートすることは、みんなができると思います。
患者さんの周りにいる人々が、患者さんのことを理解するきっかけとしてのチョコレートでありたいと願っていますし、そこに相手を想う気持ちと、栄養が含まれていてほしい。想いと栄養の両方を届けたいと思っています。

andew(アンジュ)

Instagram : @andew_chocolate
文・小泉恵里
APeCAディレクターで、フリーランスのエディター・ライター。「流行通信」「WWD JAPAN」「GQ JAPAN」などでファッションエディターを勤めたのち、独立。ファッション、食、ライフスタイルの取材・執筆活動をしている。食べログマガジンでは食レポ系連載を2年半続け、リサーチしたレストランは約100店。生クリーム系スイーツは苦手だが、チョコレートは毎日食べるカカオ党。毎朝のグラノラ×カカオニブが習慣で、チョコはカカオ率高めのタイプが好み。
Instagram:@erikoizumileo