石川県の加賀市。この土地には江戸時代、代々の藩主が学芸を好み、奨励したことで茶の湯をはじめとした文化が育ち、暮らしを彩る多くの工芸品が生まれた。中でも、緑、黄、赤、紫、紺青の色鮮やかな五彩を施した絵付けが目を引く九谷焼は加賀の九谷村で誕生した。そう。九谷焼といえば、絵付け。誕生から360年近く経った今でも九谷焼の絵付けの伝統を伝承する作家が多い。

 

その一人、見附正康さんは九谷焼の伝統技法を受け継ぎながらも、モダンな表現で異彩を放つ若手作家さん。暮らすのは日本指折りの温泉地である石川県・片山津温泉街。小さな頃は今よりもっと旅館が多く、九谷焼もお土産品として人気だったとか。

 

写真 チダコウイチ

取材・文 長谷川香苗

 

工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
【きっかけは習字】

「幼稚園の頃から筆を使って書くことが好きだったんです。習字に通いたいと幼稚園の頃から自分で父にせがんでいました。小学校一年生になると同時に習字の教室に通わせてもらえ、24歳で書道の師範の免許を取るまでずっと習っていました」。

同じ筆でも絵筆ではなく、きっかけは筆で書く習字だった。「筆を持って書くことが楽しいんだと思います。そして練習するうちにどんどんきれいに書けるようになることがうれしかった。習字では漢文の模写もするんですが、漢文で書かれてある意味は分かりません。それでも文字の造形としてきれいに書けて、先生に褒めてもらえることがうれしかったんだと思います」。

 

中学時代はテニス部に入り、練習に明け暮れた。部の活動が忙しく、練習の後は手が震えるので筆で書くことができない。そうしたことから習字を止めることも考えたという。それでも見附さんの抜きんでた才能に注目していた当時の習字の先生が、もったいないから続けなさいと諭してくれたことが見附さんの道を開くことになる。高校は工芸専門学校ではなく、普通科を選んだものの、卒業を控え、進路について考える時期、筆でものを生み出す作業が向いていると思った見附さんの父親が、石川県の伝統工芸、九谷焼の技術専門学校の存在を教えてくれた。

「それまで九谷焼のことは知りませんでした。それでもろくろで粘土をこねたりする陶芸というものがとても楽しそうに思えたんです」。

 

工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
目を凝らすほど細かい線を引いていく見附さん。

九谷焼は焼き物である磁器の制作、その上に九谷焼を特徴づける五彩と呼ばれる絵の具で絵付けすることで作品が完成する。見附さんが魅了されたのは絵付けの部分。

「九谷焼には赤絵の細密画という目を凝らすほど細い線を描いていく技法があるのですが、試しに筆で描いてみたら描けたんです。それがうれしくて。そこから、無心になって細い線で何かを描いていくことにはまってしまいました。これであればずっとしていても苦じゃないと思ったんです」。

 

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見附さんは絵付け専門。自分が求めている器のデザインはスケッチを描き、全幅の信頼を寄せている陶工に作ってもらっている。
工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
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絵の具はオリジナルのブレンドを自分で調合する
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制作中の盃
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裏面にもびっしり絵付け。どちらから見ても愛でることができる

伝統を受け継ぐ作家が増えることは喜ばしいが、先人の名作を手本に真似しているだけでは新しい作品は生まれない。

「歴史的な九谷焼の名品も勉強しました。しかし、写しではなく、自分のオリジナリティを表現したいと思うなか、具象性を取り除き、抽象的なモチーフを反復したようなデザインに行きつきました」。

デザインをする上で参考にするのは海外で観たイスラムなどの建築文様。九谷焼に多い、動植物の具象的な図柄ではなく、見附さんが描くのは抽象的な幾何学文様。そのためか、伝統技法を用いながらもモダンに感じる。抽象的なため、デザインは無限に広がる。糸ほどの細さの線を描くためには一般的な面相筆の筆先を省いて筆も自分用にカスタマイズするという。

 

工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
描く線の太さに応じて筆を使い分ける。見附さんの描く線は極めて細いため通常の面相筆ではなく自分で筆を作ることも多い。左が見附さんのオリジナルの筆。右が市販の面相筆

「毛先をあまり省いてしまってもだめなんです。絵の具が毛先に十分に含まれなくなって何度も絵の具に筆をつけることになってしまうから。そうすると描いた線にムラができてしまうので、省く毛を加減しています」。

 

工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
工芸の粋を見に、加賀百万石の街へ。
以前の展覧会の図録。使う色は紅、そして差し色として青が入るのみの限られたパレットにもかかわらず、デザインでこれほど多様な表現が可能。度肝を抜かれるほど精緻な線を施した見附さんの器。

大皿をびっしり埋め尽くす文様の精緻な線を見ていると一本一本が人の手で描かれているとはにわかに信じがたい。プリントされているのではないかと思うほど。一度で描き切るのではなく、四角、曲線といったモチーフごとに描いては焼成し、色を器に定着させてから、次のモチーフを描く。そのため大作の場合、10回ほど焼成することもあり、一皿の完成に1カ月かかるものもある。

 

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小ぶりのものから大皿まで手がける
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万華鏡の中を覗いているようなモチーフ。九谷焼の伝統技法を踏襲しながらも、自分にしかできない表現を確立した見附さん。そんな彼の作品ができるのを心待ちにしている多くの支持者がいる。

作品づくりが中心の暮らし。自宅の一室にあるこの部屋で、しかも絵付けをする机の周りからほぼ離れないという。GPS機能で見附さんを監視したら、定点からほぼ動かないのだろう・・・。

 

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絵付けが好きで朝から晩まで張りつめていても苦にならないという見附さん
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絵付けをする机の隣りの扉を開けると焼き物を焼成する電気窯。効率よく作業ができる

とにかく“手”が商売道具。手をいたわる必要がある。だから、冬のこの時期は見附さんにとってちょっと厄介。

「加賀の辺りは積雪もひどく、雪掻きをするんですが、その後は寒さと疲労で腕が震えて細かい線を描くのが大変でした」。

 

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見附さんお気に入りチョコレート、「ハレルヤの生チョコタルト」。上には石川県らしい金箔が散らしてあり豪華

疲労したときの一服に、見附さんが最近気に入っているのが加賀市のケーキ屋さんハレルヤのお菓子。中が生チョコレートのチョコレートタルト。

 

目下、3月24日から東京・銀座和光で始まる展示会に向けて、制作に追われる日々。

「とにかく線を描いていくことが楽しいんです。そして、たくさんの方が僕の作品ができあがるのを、胸を弾ませる思いで待ってくれていると思うと、こんなにありがたいことはありません」。

写真では伝わらない、筆致などはぜひとも実物を見てもらいたい。東京で実物に出合える貴重な機会をお見逃しなく。

 

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見附さんの自宅の傘立ても自作の九谷焼。豪華。

見附正康

九谷焼作家

1975年、石川県加賀市出身。九谷焼技術研修所を経て、自宅に工房を開設。東京のアートギャラリー、オオタファインアーツの所属作家。アメリカ・ニューヨーク・ミュージアムアート&デザイン「Japanese Kougei/Future Forward」展、しぶや黒田陶苑、伝統文化ポーラ賞奨励賞。石川県立美術館、金沢21 世紀美術館、兵庫陶芸美術館、高橋コレクションに作品が所蔵。

 

 

 

取材・文:長谷川香苗

T JAPAN、AXISを初め、オランダのデザインメディアFRAME magazine、1893年に誕生した英国のアートメディアStudioに寄稿。ラジオで放送原稿も担当。著書、日本の32組のクリエイターの創造の現場を取材した書籍「Where They Create Japan」(Frame Publishers刊。)