午前645分。

金沢駅から車を10分ほど走らせ、標高約150メートルの緩やか稜線をなす卯辰山に向かった。標高はそれほど高くないものの、山道は結構なピンカーブ。山道を上がるにつれて聞こえてくる音は街の音から鳥たちのさえずりへと変わっていく。

 

取材・文 長谷川香苗

写真 チダコウイチ

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。

向かったのは、山の中腹に建つ金沢卯辰山工芸工房。伝統工芸の伝承発展を目的に、新世代の工芸作家の育成と工芸文化の振興のために金沢市が開設した工房だ。陶芸、漆芸、染め、ガラス、金工制作のための充実した設備を整えた工房で、日本指折りの次世代の工芸家を排出してきた。ここにやってきたのはガラス工芸の専門員として研修者の指導にあたる佐々木類さんと会うため。

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
「ガラス構想室」と書かれた部屋札。研修生たちはこの扉の向こうの部屋でガラスづくりのアイデアを練る。火の元の責任者名に佐々木類さんの名前
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
研修者、専門員各々が自身の制作する作品の大きさに応じてマイ竿を持っている。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
晴れた日には日本海を望むこともできる。卯辰山は植生が豊か。工房の周りに自生する四季折々の植物は佐々木さんの創作のインスピレーション源。
【きっかけは水】
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
約1200℃になったガラスの原料が入った坩堝に吹き竿を入れて巻き取る。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
坩堝から巻き取った ガラス

佐々木類さんは東京の美術大学、武蔵野美術大学の工芸工業デザイン学科でガラス作りを学んだ。子どもの頃から水の中にいることが好きで水という形をつかむことができない存在に形を与えたいとぼんやりと思っていたという。そんなとき、家族旅行で訪れた沖縄で、口で息を吹き込んで形をつくる琉球ガラスに魅了された。水に形を与えることはできそうにないけれど、ガラスにならできるかもしれないとガラスのことで頭がいっぱいになったことがきっかけ。そうガラスと水はつながっている。ガラスは英語でSuper cooled liquidとも言われ、液体と固体の中間で絶えず揺れ動いている状態にある。ガラスの表面を凝視すると揺れ動いて見えるのはそのためだ。

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
水色の砂状のものは蓄光ガラス。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
熱いガラスが付いた竿を回しながら、蓄光ガラスを吸いつけたあと、息を吹き込みガラスを膨らませていく
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
坩堝の温度の違いを毎日記録する。ガラス制作は化学。

大学で初めてガラスという素材に向き合うなか、佐々木さんはガラスの特性に気づいていく。その特性とは「ガラスは保存性に優れた素材なんです。陶器や木材と異なり、ガラスは土に還らないんです。数千年前にメソポタミアで作られたガラスの器が今でも発見されるのはそのためです」と佐々木さん。土に還る生分解性素材を評価する現代では、ガラスは使用済みとなっても永遠にそこに残ってしまう反エコロジカルな素材かもしれない。でも、その保存性に着目した。「移ろいやすい存在をガラスの中に閉じ込めることができると思ったんです」。

 

【なつかしさを保存するためのガラス】
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
ある日の光りを蓄光ガラスに保存した「Holding Sunshine」。 保存された太陽の光りは暗闇で右のように光となって現れる。

大学卒業後、ガラス表現のさらなる追求を目指してアメリカの東海岸、ロードアイランド州に渡った。そこでの暮らしが佐々木さんの作風を大きく決定づけることになった。

「人は慣れ親しんだ体験をもとに現在の自分の体験を意識すると思うんですが、アメリカではモノやコトに懐かしさを感じることがなく、アメリカにいる自分の身体と意識が幽体離脱しているような感覚に陥ったんです。私はここにいるのに、いないというような。例えば、アメリカの食生活ですが、アメリカの人たちにとっては子どもの頃から飲んでいるなつかしい味なのでしょうけれど、私にとってはなつかしいとは程遠いもので違和感がありました。部屋や家具のサイズも大きすぎて、空間感覚に違和感を覚えました。私のいる場所と私をつなげるには、懐かしさという感覚がとても大切なことを感じました。」

 

そこで、佐々木さんはなつかしさや記憶をなんだかの形で保存することで、懐かしさを感じることができるのではないだろうかと考えた。

「でも、なつかしさは物質ではないので、どうやって保存したらいいのだろうと思ったとき、ガラスという素材が脳裏をよぎったんです」。

ガラスは薬品の容器に使われるように、化学反応を受けることなく、劣化しにくい素材だからだ。

 

【人の暮らしを保存してきた家の隅】
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
自宅兼アトリエで話してくれた佐々木類さん
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
家の隅を保存したガラス 「Corners」「Hidden Space」

佐々木さんがなつかしさを持ち運びたいと思ったとき、保存する対象として思い浮かんだのが、部屋の隅。

「ロードアイランド・スクール・オブ・デザインでのガラス制作の研究が忙しすぎて、日本に帰国することができなくて、なつかしさに飢えていました。日本の写真ではなく、モノとして、なつかしさを感じさせてくれるものを求めていたとき、目に留まったのが埃でした。埃はその空間で暮らしていたさまざまな人の垢や髪、いわば抜け殻が溜まってきたもの。暮らしの痕跡です。でも、埃で制作することは難しい。埃が溜まるところをずっと見ていたら、隅だということに気づきました。つまり、なつかしさの痕跡が最も集まる場所が隅なんです。また、アメリカの住居は大きくてそこに身を置くと落ち着きません。いつの間にか、隅っこで壁を背にして落ち着く自分がいました。そうしたこともあって、隅について取りつかれたように研究するうちに、隅をガラスに写し取ることでなつかしさという感覚を保存しようと考えたんです」。

ただ、部屋の隅に直接ガラスの原料を流しても燃えてしまう。まず、部屋の隅の型を石膏で作り、そこにガラスを流し込んで成型した。

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
自宅の庭に生い茂る植物は佐々木さんのガラス作品の素材にもなる。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
移ろいゆく植物の姿を板ガラスの中に永遠に閉じ込めた作品「植物の記憶/ Subtle Intimacy」。標本のよう。

アメリカの大学院で3年間の研究を経て日本に戻った佐々木さんは思いもよらないカルチャーショックを感じることになった。

「アメリカに5年間いると初めはうんざりしていたアメリカの食事、空間、気候にも慣れてしまって、今度は日本になつかしさを感じなくなってしまったんです。そこで集め出したのが身近にある植物でした。ガラス作りにしようという意識はなくて、幼い頃、野原を駆け回り、植物が身近な存在だったこともあって、触り、匂いを嗅ぐ、植物を通して幼い頃の記憶を取り戻したいというセルフメディケーションでした」。

やがて、佐々木さんはそれぞれの植物を介して土地の空気、水分をガラスの中に保存することを思い立つ。

「植物がその土地の物質を保存するメディアだという認識であり、植物の名前などほとんど知らないんです。採取した植物を板ガラスの間に挟み、高温の炉に入れると植物は燃えてしまい、葉、茎は灰として形を残します。灰は生命の最後の姿だという気がして、植物のシルエットと灰だけが残ったガラスづくりを始めました。また、ガラスの中には、焼成時に植物から出たその土地の空気や水分が気泡となって保存されます。」

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
組み込まれた発光ダイオードの照明で葉脈、茎や根の筋が浮かび上がる。タイムカプセルのようでもある。

卯辰山工芸工房が実際にガラスを制作する場であるのに対して、アイデアを練る創作の場は自宅兼アトリエ。工房から車で10分ほどの一軒家には一階から二階まで佐々木さんの制作したガラスがそこかしこに展示され、家がまるで展覧会の会場のよう。

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
キッチンには親交のある作家からもらったゴブレットも。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
ストームガラス。天気が悪いと結晶ができ、快晴の日には結晶が消えるという。天気の優れない金沢では結晶がずっと残ったまま。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
ホワイトチョコレートとミルクチョコレートを練り込んだ「たろうのようかん」羊羹。老舗の和菓子屋さんだけあって羊羹は文句ないけれど、チョコレートの味もしっかりして見事なハイブリッド。紅茶味、ピーナツバター味もある。

金沢の冬は極寒。そんなとき、息抜きはタブレットを溶かして作るホットチョコレート。チョコレートはエネルギー源。

「チョコレートは大好きでコロナ前は旅する時に必ず旅先でチョコレートを買っていました。私がアメリカで生き延びることができたのもチョコレートがあったおかげです」。

今でも一番のお気に入りはアメリカの友人が送ってくれることになっているホットデイツチョコレート。

「世界一おいしいチョコレートだと思っています。本当はきょうアメリカから届く予定で食べていただきたかったのですが、まだ届いていないんです!」と熱く語る。

また、金沢ならではのチョコレートも見つけた。金沢の和菓子屋、茶菓工房たろうから誕生したチョコレートを練り込んだ羊羹「たろうのようかん」。

「ここのチョコレート羊羹はピカ一だと思います。金沢は古くからお茶文化が根付いている土地なので和菓子屋さんはたくさんあるんです。そうしたなかにあって、たろうさんは新参者。でも和菓子の伝統に新しい風を吹き込もうと常に新しいことに取り組んでいて、そんなところが頼もしく、応援したい和菓子屋さんなんです」。

 

 

カカオマスをしっかり練り込んでいるそうで、チョコレートをきちんと感じるけれど触感はゼリーのよう。おいしいけれど、これまで食べたことのない新鮮な味。チョコレートになじんでいる海外の人がこの羊羹を食べたらどう思うのだろう?

「ずいぶんと前にベルギーで滞在制作した際、チョコレート羊羹を持っていったことがあり、ベルギーの人に食べてもらいました。海外で羊羹は納豆並みに敬遠されるのですが、ベルギーでは練ったココアみたい、とみなさん興味深そうに食べてくれました」。

 

佐々木さんがチョコレートに合わせるのはいつも、献上加賀棒茶の老舗、丸八製茶場の加賀棒茶。

「コーヒーが飲めないんです。また羊羹に紅茶は合わない気がして、石川県ということもあって加賀棒茶が気に入っています」。

塩分をいくぶん感じる独特の味のお茶。こちらも普段のほうじ茶の味覚とは異なる新鮮な味わい。

こと食事に関しては伝統を重んじる風潮の強い金沢で、でこうしたニューウェーブが生まれているのは頼もしい。

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
2月末まで東京・渋谷のTRUNK HOTELのラウンジで展示中の植物を保存したガラス作品

伝統が評価される金沢では佐々木さんのガラス表現も必ずしも、受け入れやすいものではないという。「制作の過程は徹底的に工芸的なんです。ただ、アウトプットとしてインスタレーションのように一時的に置かれるものが多いので、ずっと置いて眺める工芸とは異なる見方をされることが多いんです。金沢には工芸を扱っている画廊やギャラリーが多くありますが、私の表現は現代アートに近いのか、残念ながらそうしたギャラリーとのつきあいがほとんどないんです」。

しかし、その分、現代アートの領域で注目を集めているのは確かだ。超絶技巧に注目が集まる工芸と異なり、制作の背景にあるストーリーが佐々木類さんの作品の魅力なのだから。

 

工芸の伝統が根づく金沢で、新世代の工芸作家とニューウェーブのカカオとの出会い。
日本海を中心に据えた珍しい地図。石川県の人たちの多くがこの地図を持っているという

 

 

 

佐々木類さん絶賛のチョコレートの羊羹

茶菓工房たろう:http://www.sakakobo-taro.com

 

Hot Dates Kitchen ウェブサイト

https://hotdatekitchen.com/

 

 

佐々木類(ささき・るい)

ガラス作家。2010年米国ロードアイランドスクールオブデザイン修士課程修了。その後、北欧、欧米で滞在制作招聘を受け、国内外の美術館などで展示を行う。一貫して記憶の保存メディアとしてガラスを捉え、制作する。

Instagram:@ruisasaki_glass

 

 

 

 

取材・文:長谷川香苗

T JAPAN、AXISを初め、オランダのデザインメディアFRAME magazine、1893年に誕生した英国のアートメディアStudioに寄稿。ラジオで放送原稿も担当。著書、日本の32組のクリエイターの創造の現場を取材した書籍「Where They Create Japan」(Frame Publishers刊。)