バヌアツと聞いて、すぐにチョコレートをイメージする人はそう多くないと思う。そもそもバヌアツという土地がどこにあるのか、地球儀を回してすぐにポイントできるだろうか。そんな国で作られるカカオの可能性に引かれた日本人女性が2人もいる。バヌアツのチョコレートの魅力について、2人の話を聞くために、向かったのは石川県、金沢。

 

取材・文:長谷川香苗

写真:チダコウイチ

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
ガラス張りの「FILFIL CACAO FACTORY & CAFÉ・BAR」。母体となっているレストラン「FIL D’OR(フィルドール)」の道路を挟んだ向かいに2021年5月オープン。
カカオが近づけるバヌアツと日本
お店のガラスには映画『フォレスト・ガンプ』の中の名言「人生はチョコレート箱のようなもの」が。
カカオが近づけるバヌアツと日本
FILFILのショコラティエ 金子世菜さん
できるだけカカオが作られるそばに

向かったのは顔の見える農家が作ったカカオ豆を取り寄せ、焙煎からチョコレートまで作る金沢のクラフトチョコレートブランド「FILFIL CACAO FACTORY & CAFÉ・BAR(フィルフィル カカオファクトリーアンドカフェ)」。ここでショコラティエを務める金子世菜さんはもともとフランスでパティシエとして働いていた。パティシエとして様々な食材と向き合うなかで、チョコレートという食材に興味を持ち、向かったのはベトナム。フランスではカカオ豆は作られていないのだから。その後、バヌアツでカカオの木の栽培からチョコレートまでを作る“Tree to Bar”のチョコレートブランドに行きついた。チョコレートの原料であるカカオ豆にどんどん近づいていくように。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
上段左端が焙煎から作りあげるバヌアツ、マレクラ島のチョコレートタブレット。マレクラ島のカカオ豆には焼き立てのパンをオーブンから取り出したときのイーストの匂いがある。

バヌアツは南太平洋に浮かぶ80あまりの島々が南北約1,200kmにわたって広がる島国。国土全体の広さは新潟県ほどと小さい。カカオ豆の栽培に適した赤道を中心に上下20度の地域にあたるカカオベルト地帯に位置する。しかし、他のカカオ産地と違い、火山活動のさかんな地域もあるため、カカオの木に独特のミネラル感、スモーキーさを与えるという。そんなバヌアツでは、約30万人の人口の約3割が何かしらのかたちでカカオ産業に関わっているというから、カカオはバヌアツを象徴するといってもいいだろう。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
チョコレートをテンパリングするイタリア、SELMI社のブレンダー。

「バヌアツのチョコレートブランドで務めていた際に出会ったカカオ農家の人たちとの触れ合いが、バヌアツのカカオの可能性を日本で試したいと思った大きな理由です。大きな規模の農家ではないので、顔が見えるというか、家族ぐるみの付き合いもあって、私のバヌアツでの暮らし、思い出がここのカカオには詰まっているんです」と金子さんは話す。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
カカオが近づけるバヌアツと日本

FILFILではバヌアツ産のほか、インド、ベトナム産などからカカオ豆を輸入し、チョコレートを作る。それぞれのカカオ豆の特徴を吟味しながら、加賀のヘタ紫ナス、無花果など石川ならではの旬の食材を組み合わせるのがFILFILのこだわり。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
バヌアツのチョコレートブランドAelan Chocolate Makersを輸入する古屋真衣さん。

もうひとり、バヌアツのカカオに魅了された古屋真衣さんはカカオ豆からチョコレートバーになるまでを一貫してバヌアツで作られたチョコレートブランド「Aelan Chocolate Makers」を日本に届けている。そのAelanのチョコレートにはカカオバターを添油せず、焦げたキャラメルのような味のマレクラ島産、赤いベリーのような味のマロ島産、桃の酸味を感じるエピ島産、とカカオ豆それぞれの個性が際立つチョコレートだ。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
FILFILとAelan Chocolate Makersのダブルネームで誕生した加賀棒茶ホットチョコレート。石川県の珠洲市で作陶する木澤孝則さん作の器でいただく。クラフトチョコレートは工芸の街、金沢にぴったり。

そんなバヌアツのカカオの可能性に引かれた2人がクラフトの街、金沢でバヌアツのカカオの魅力を引き出そうとコラボレーション。石川県の人たちが誇る加賀棒茶とバヌアツのカカオを合わせたホットチョコレートを考案した。マロ島のカカオのチョコレートを使い、Aelanが作る加賀棒茶ホットチョコレートと、FILFILが輸入しているマレクラ島のカカオ豆から作る加賀棒茶ホットチョコレートが誕生した。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
日本の加賀棒茶とバヌアツのカカオ豆が出合わなければ生まれなかったホットチョコレート。1月末に開催されるサロン・デュ・ショコラ東京でも飲むことができる。

「カカオとお茶の個性がぶつかり合うことのないように気をつけました」と金子さん。

ホットチョコレートに使用するのは牛乳、棒茶で煮だした水、バヌアツのカカオだけ。飲むと最初は樹木を思わせるカカオ特有の野性味を感じるが、そのあと華やかな棒茶の香りが鼻腔を抜けていく感じ。どちらも個性ある食材ゆえに邪魔し合うのではないかと飲む前は思っていたけれど、驚くほどのハーモニーで、しかもホットチョコレートの濃厚さがなく、すっきりとした後味。日本の加賀棒茶とバヌアツのカカオ豆が出合わなければ生まれなかったと思うと、バヌアツのカカオ豆のポテンシャルを広げるうえで日本がさらに関わることができる気がした。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
FILFIL cacao factory ではチョコレートの原料のカカオ豆から取り寄せ、チョコレートの味を左右する焙煎からグラインディング、練り上げ、テンパリングまで一貫して工房内で行う設備が整う。ここからカカオ豆の可能性を引き出していくことができるだろう。

バヌアツにおけるカカオを取り巻く環境について、金子さんはこう語る。

「カカオはバヌアツの人たちの暮らしにとって重要な産業であるにも関わらず、作られるカカオ豆の約8割以上が品質の芳しくないカカオのため、廉価に買い上げられているのが現状です。残りのわずか2割に満たない高品質なカカオ豆だけがAelan、Gaston Chocolatという現地のチョコレートブランド、あるいはオーストラリアのクラフトチョコレートブランドのもとに渡ります。約8割のカカオ農家は、廉価でも買い上げてもらえて今の生活ができているからそれ以上の品質のカカオを作ろうという向上心が芽生えないのでしょうね。私がGaston Chocolatにいたとき、求めている作り方をカカオ農家の方々に伝えたら、そんな手間がかかることをやってられない、と呆れられました」。

 

国民の多くが現状に満足している以上、向上心は起きないかもしれない。しかし、手間暇かけた高品質なカカオとこだわったパッケージで包んだチョコレートを作れば世界で高く評価されることが分かれば、現地の人たちの意識が変わるかもしれない。実のところ、フランス領だったバヌアツではフランス統治時代のなごりが感じられ、Gaston Chocolatのようにオーナーがフランス人の一握りのチョコレートブランドでは趣向を凝らしたパッケージデザインまでトータルにブランディングすることに成功している。

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
太平洋諸島センターの松井幸江さん

バヌアツを含む太平洋諸国地域・日本間の貿易・投資・観光を促進するための国際機関、太平洋諸島センターの松井幸江さんはカカオがつなぐ日本とバヌアツの関係についてこんな風に話す。

「バヌアツには200年以上のカカオ豆栽培の歴史があると言われておりますが、日本に輸出されるものはごくわずかです。しかし、バヌアツにとっては日本は最大の貿易相手国の一つです。今後、良質なバヌアツのチョコレートが日本の皆さんの支持を得ることになれば、バヌアツの生産者のクオリティの高いカカオ栽培への意欲も増す可能性もあると思います」。

 

まずは2022年1月20日から開催されるサロン・デュ・ショコラ 2022で、加賀棒茶とバヌアツのカカオのマリアージュを味わってみるのはどうでしょう?

 

カカオが近づけるバヌアツと日本
左から松井幸江さん、古屋真衣さん、金子世菜さん

 

 

取材・文:長谷川香苗

T JAPAN、AXISを初め、オランダのデザインメディアFRAME magazine、1893年に誕生した英国のアートメディアStudioに寄稿。ラジオで放送原稿も担当。著書、日本の32組のクリエイターの創造の現場を取材した書籍「Where They Create Japan」(Frame Publishers刊。)