2021年の夏を青森市で「避暑」をした文筆家の能町みね子さん。今回訪れたのは、黒石市。観光資源豊かながらもちょっと知名度低めな黒石で、能町さんの津軽ツウぶりを発揮します。

 

 

文:能町みね子

写真:チダコウイチ

 

夏の間の青森の暮らし、黒石市でひとやすみ

青森県のことをよく知らない人は、漠然と青森県を青森県全体として捉えているので、青森の方言を「青森弁」などと呼びます。しかし、青森の人に「青森弁」と言うと、鼻で笑われたり少し悲しい顔をされたりすると思います。私もすっかりそういう心構えになってしまっています。

 

だって、青森弁なんてものは、ないんだから!

 

青森県の方言は、おおむね県の西側で話される津軽弁と、おおむね県の南東部で話される南部弁と、県の北東部・下北半島で話される下北弁と、ざっくり3つに分けられます。じゃあこの3つを合わせて青森弁でいいじゃないかと思われるかもしれませんが、この中でも津軽弁は突出して特徴的なのです(南部弁と下北弁は互いに似ていると言われ、下北弁を南部弁の一種ととらえることもあるらしい)。

 

出自の違う人間(私も)からすれば、特に高齢の方の津軽弁は非常に難解で、単語一つすら聞き取れず、まるっきり外国語に思えることもあります。若い世代ではさすがに聞き取れないレベルの人は少ないですが、それでも他の地方と比べると別格に思えます。

 

だからこそ津軽の人は、コンプレックスもあればプライドもある。簡単に「青森弁」とまとめてほしくない、という気持ちがある。

 

私も、正直言うと、南部・下北と比べれば、津軽びいきです(八戸方面や下北半島の人、ごめんね。でもどっちも好きではあるのよ)。この短期連載でも、青森・弘前に次いで取り上げるのは青森県第二の街・八戸ではなく、津軽にある比較的小さな街、黒石です。

 

青森・弘前に比べれば、黒石という街はどうしても知名度では劣ります。津軽の中では、たぶん五所川原にもかなわない(だって、なんか五所川原って、名前が強いじゃないですか)。

 

でも、青森県って本当に市町村のキャラが立っている県なので、もちろん黒石にも観光の要素は豊富です。祭なら「黒石よされ」は阿波踊り・郡上踊りと並ぶ「日本三大流し踊り」らしいし、「黒石ねぷた」もあります。温泉なら、湯治場にもなっている温湯温泉があり、食なら、観光りんご園もあれば「つゆ焼きそば」というB級グルメもあり、おみやげなら、「黒石こけし館」で新旧いろいろなこけしを選ぶことができます。

 

しかし、私の黒石での目的は、第一に、やっぱり喫茶店なのである。

 

 

 

黒石の街には「こみせ」があります。「こみせ」は、新潟で言う「雁木(がんぎ)」とほぼ同じ。雪の多い地方で歩道を覆う、屋根の部分です。一時期に比べればかなり減ってしまったらしいけど、黒石の中町というところの周辺にはまだ残っています。この木造の「こみせ」を含めた街並み、たいへんにすばらしい。大正時代に建てられた火の見櫓、「處方調劑(処方調剤)」と壁面に書かれた、昔の映画館のように荘重な薬局の建物、杉玉を吊した巨大な木造の酒屋など、すばらしい建物の連続。

 

こみせの軒下には、子供達が図工で作ったと思われる、将来の夢を豪快に筆で書いた行灯(あんどん)がたくさん吊されています。ユーチューバーになる。お、今っぽいね。農家になりたい。お家を継ぐのかな。大した決意だね。

 

夏の間の青森の暮らし、黒石市でひとやすみ

そんな景色を見ながら、ちょっと遠回りして、「みらぼお」にたどりつきましょう。

 

黒石といえば、まず「みらぼお」なのです。

 

「みらぼお」が入っているのは、縦割りの三軒長屋の建物。右からペットショップ、喫茶店、喫茶店。ん?喫茶店を2回言いましたか?いえ、これで合ってます。

 

このささやかな街の同じ長屋のなかに、喫茶店が2軒も入っているんです。こんな街、まんず見たことないよ。

 

まず右のペットショップの話から。こちらの「魚園」は、木枠の引き戸が非常にいい味を出しています。いまどきなかなかこんな歴史を感じるペットショップはないでしょう。「かわいい猫にミミー」と書かれた、あまりかわいくない猫が描かれた什器が気になります。有名な「ビタワン(ドッグフード)」の姉妹品のキャットフードで、こういうものがかつてあったらしい。

 

 

 

左の喫茶店は「みのや」。地面置きの看板には「のむんだったら萬國コーヒー」という広告ロゴがあり、エメラルドグリーンのテントひさしの下にガラス窓、そして長いレースカーテン。非常によいですね。

 

私は「みのや」にも入ったことがあります。みのやの店内は、お店の人が作ったと思われる人形やら紙細工やらうちわやらで壁がマメに飾り付けてあり、入り口そばにはなぜか「よされ」と書かれた肩出しのドレス(?)を着たマネキンが艶っぽく控えていて、なかなかカオスです。近所のおばあさんがソファーに足を投げ出すように座って、雑誌を読みながらお店の人と大きな声で(もちろん津軽弁バリバリで)話している店内。これはこれで地元感100%で超最高。

 

さて、まんなかの「みらぼお」。センターにふさわしい、品を備えた、目の前にするとこちらの気が引き締まるようなすばらしい店構えです。袖看板には、黄色字に茶色く細い字で「みらぼお」。地面置き看板にも同じ字で「みらぼお」、その上に「純喫茶」とある。正面から見て右側には茶色のテントひさし、その下は大きなすりガラス。左側の入り口上部には、黒い木を「みらぼう」という字に彫り抜いた看板が掛かっている。とってもシックで、雪が似合うしんとした佇まいです。

 

ドアを押して入ろうとすると、このドアもまた芸術品のよう。見たこともない柄のデザインガラスがはめられています。

 

夏の間の青森の暮らし、黒石市でひとやすみ
夏の間の青森の暮らし、黒石市でひとやすみ

そんなに広くない店内も隅から隅まで整って見えるけれど、純喫茶と言ってイメージされる飴色の雰囲気とはまた違う、独特のどこか無機質な感じもあります。テーブルは真っ黒。

 

私が好きなのは、窓際席です。レースカーテンを通してやわらかい光が入り、縦に長い店内の奥が少し見渡せます。ここで、雪が降り積もる無音のお昼に読書をしたい。

 

夏の間の青森の暮らし、黒石市でひとやすみ

メニューは手書き。几帳面に小さく細かくレタリングされた文字が並んでいて、これ自体が作品のようですが、しかし値段の描き直しも多くて、そこには乱調もある。歴史を感じます。

 

メニューの裏には、やはり非常に几帳面に上下の揃った字でアポリネール(堀口大學・訳)の詩「ミラボオ橋」が載っています。これが店名の由来か。

 

 

ミラボオ橋の下をセーヌ河が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みの後には楽しみが来ると
日は暮れて鐘が鳴る
月日は流れ私は残る
……

 

 

えーと、改めてメニューの中身を見ましょうか。なんと、タピオカという文字も見えて驚きます。いや、これはここ数年の流行で取り入れたものではないね。なにせ、「キャッサバという木の根から採るでんぷんです/パール状のプルンプルンした口当りをお楽しみ下さい」と丁寧な解説が書いてあるんですから。タピオカココナツミルクを頼むと、最近流行った黒くて大きなタピオカではなく、小粒で白いものがココナツミルクに入って出てきて、そのうえにアイスが載っています。白いタピオカもおいしいよ。

 

さて、今までせっかくチョコで揃えてきたんだから、チョコレートホットケーキもたのみましょう。

 

型で作ったとっても綺麗な円形のホットケーキが2枚、縦にぴったり積まれて登場します。上にバターが載り、チョコレートソースがたっぷりかかっています。上から流れ落ちたチョコレートが、断面に、じわじわとしみこんでいます。

夏の間の青森の暮らし、黒石市でひとやすみ

ホットケーキの上をチョコレートは流れ。
われらの恋が流れる。
わたしは思い出す。
甘みの後には楽しみが来ると。
日は暮れて雪が降る。
月日は流れ私は残る。
……

 

 

雪の黒石で、しっとりと詩をホットケーキにしみ込ませて。長居しましょうよ。

 

 

文:能町みね子
文筆家・自称漫画家。雑誌、WEB、TV、ラジオなど多岐に渡り活躍中。近著に『そのへんをどのように受け止めてらっしゃるか』『雑誌の人格 3 冊目』『結婚の奴』など。相撲と散歩と地 形と名前の由来と喫茶と事件など色んなことに詳しく、好きな方角は北。
Twitter:@nmcmnc