2021年の夏を青森市で「避暑」をした文筆家の能町みね子さん。今回は青森の中でもお気に入りの街・弘前について。歴史と文化を感じる弘前の好きな場所を、改めて巡って思うこととは?

 

文:能町みね子

写真:チダコウイチ

 

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私は弘前に行くと、いつもお決まりのコースを踏んでしまう。

弘前近くの街に住んでいる友人と、だいたい夜に待ち合わせる。行き先は代官町の居酒屋・土紋。決まっています。土紋では、つきだしの時点でとんでもない物が出てきます。あるときはものすごくぶ厚いホタテのお刺身がつきだしでした。

 

まずは日本酒の豊盃をたのんで、そのあとはホタテフライ、たらたま(干し鱈を卵黄などで和えたもの)、イガメンチ(イカをミンチにしてハンバーグ状にしたもの)あたりを追加して。あんまりおいしいから私たちはだんだん「おいしい」と声に出すのが早くなってきている。一口食べてすぐに「おいしい!」と言う段階を越えて、最近は運ばれてきた時点で「うわ、おいしい」と言ってしまう。もうそろそろ暖簾をくぐる時点で「おいしい」と言うと思う。

 

夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす

土紋を出たら、桶屋町のピンクベアに行きます。ピンク映画館や風俗街もある怪しい雰囲気の一角の急な階段を上がると、色とりどりのロウソクと大きな時計とドライフラワーで飾られた、小さな喫茶店があります。深夜までやっているそのお店で、アイスから手作りしているパフェを食べます。ピンクベアの壁にはメニューが大量にありますが、今やっていないものは、小さなシールで値段の部分が隠してあります。

 

夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす

このピンクベアは、今年惜しまれながら閉店してしまいました。さみしい。私はこれから弘前のお決まりコースを再検討しなければいけない。

 

私は今年の夏、青森市に住んだのだけど、実はもともとは弘前に住みたいと思っていたのです。

 

さらにさかのぼると、私は京都に住みたいと思っていた時代がありました。
20代半ばのころ、そのくらいの年の頃によくありがちな京都への憧れ。どこを見ても歴史がついてまわる古都。どんな一角にもお寺があり、町屋がある。学生街だから文化の香りが濃密で、おしゃれな喫茶店や雑貨屋さんもそこここにある。都会だけど東京や大阪ほど気ぜわしくなく、少しすました街、背伸びした街……

 

当時、京都の大学に通っている友達がいたので、私は住む予行演習のつもりで夏に行ってみたことまでありました。

 

しかし……、暑すぎた。京都はとんでもなく暑かった。東京の真夏の比ではない。私はごった返す四条河原町を歩きながら、1ブロック歩くたびにコンビニに入って暑さから避難しました。コンビニの強いエアコンで身体をだましだまし進まないと、京都の暴力的な暑さは私には無理だ……。

 

 

 

気候の面で京都をあきらめた私は、青森(県内)にもし住むとしたら、「青森の京都」に住むべきだろう!と思ったのです。青森の京都、それが弘前だ。

 

青森県において、青森市と弘前市の関係性は微妙です。県庁所在地は青森市、人口規模も青森市のほうが上。新幹線も青森市を通る(弘前は新青森駅で乗り換え、そこからさらに40分ほどかかる)。一方で、弘前には城があり、歴史が圧倒的に古く、国立大学もあって文化の香りが漂います。喫茶店も多い。なにせ「珈琲の街ひろさき」を名乗ってもいるのです。私にとっては、弘前に城下町としての地名がそのまま残っているのも好ましい。すでに出た代官町、桶屋町、そのほかにも鉄砲町、紙漉町、若党町、瓦ヶ町、なんてね。瓦ヶ町は「かわらがまち」ではない。「かわらけちょう」である。昔近くに瓦屋があったそうで、また、土器のことを古く「かわらけ」ともいうそうで、そのへんが由来なんでしょうが、またなんでケをカタカナ(しかも、正式に書くと小さい「ヶ」)にしてしまったのか。こういうなんだかよく分からないものが歴史の重みを持って残っている。そういうところにとっても惹かれます。

 

そんなわけで、弘前は誰が何と言おうと青森の京都なのです(となれば、青森(市)は新しい港町だから、神戸?いや、それはちょっと買いかぶりすぎか?)。私は弘前の友達にも、何度が「弘前に住みたい」とほのめかしたことがありました。
ところが、困ったことに地球は温暖化していた。盆地にある弘前は最近すっかり暑くなってしまい、夏は平気で連日30℃を超えるようになりました。もう明らかに海沿いの青森(市)と気温が違うんです。しかも私は猫連れでの移住なものだから、移動時間を極力減らしたい。となれば、青森市かな……と、なってしまうのは仕方がなかった。

弘前の街に対しては、いまだにちょっと諦めきれない思いがあります。

 

 

 

さて、弘前ぶらぶらコースを再検討しましょうか。

 

弘前の街は青森と違い、非常に道筋がややこしい(この整っていないのがまた良い)。地図を見れば一目瞭然、弘前城のあたりは城の敷地に平行するように縦横に道が走っていますが、弘前駅のあたりでは道筋がちょうど45度くらいねじれている。この構造のせいでいつも街の作りがよく分からなくなるから、まいっちゃうよね(笑顔で)。この間違いやすい道をうまく読み解きながら、まずは土手町に向かうのです。弘前と言えば土手町です。弘前駅から歩いてどうにか土手町に辿り着き、中央市場や中三(百貨店)を経て、夜の街のほうへ向かう、これがよいと思います(もちろん土紋でもいいんですが)。

 

夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす

弘前って、夜がいい。私の以前のお決まりコースも夜スタートだったし、青森市のねぶたよりも土着の香りが濃い弘前のねぷたも、狭い土手町通りを夜に練り歩くのがエロティックで良い。弘前城の桜も、空を攻め上がっていくかのような夜桜が強烈です。

 

それぞれ好きな手段で弘前の夜を堪能したら、翌朝はのんびり、お昼くらいに起きて、弘前の味のある地名の一つ「銅屋町」にある、ゆぱんきに行くといいです。

 

夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
ゆぱんきのこっそりとした入口
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす

ゆぱんきは、きれいな五重塔がある最勝寺というお寺の横にこっそりとあります。この「こっそり」は本当に、日本随一の「こっそり」なんです。入り口はまるで子供の秘密基地のような分かりづらさで、お店の中はまるで洞窟。「隠れ家カフェ」なんて言い方はいろんなところでまかり通っているけど、全国の隠れ家カフェはゆぱんきの隠れぶりをお手本にしてほしい。お店の山崎さんも、猫のまめちゃんも洞窟の妖精のような存在感です。

 

夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす

薄暗くてしんとした、ぬらりとした壁に囲まれたお店で食べるチョコケーキには、フルーツがたくさんついてきます。この世には自分とケーキしかいないんじゃないか、という気持ちになります。

 

洞窟(お店)を出てお城のほうに少し進めば、城西大橋のあたりから、ご神体のような美しい岩木山が見えます。 弘前には永遠に片想いをしていくんだろうなあ、と思う。

 

夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす
夏の間の青森の暮らし、弘前市へ足を延ばす

 

文:能町みね子

文筆家・自称漫画家。雑誌、WEBTV、ラジオなど多岐に渡り活躍中。近著に『そのへんをどのように受け止めてらっしゃるか』『雑誌の人格 3 冊目』『結婚の奴』など。相撲と散歩と地形と名前の由来と喫茶と事件など色んなことに詳しく、好きな方角は北。

Twitter@nmcmnc

 

 

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