文筆家の能町みね子さんが、かねてより成し遂げたいことのひとつだった「避暑」を、ついにこの夏青森市で実行。何度も訪れたていた場所に住んでみて、見えてきた街の姿とは? 青森の街を日常的に散策することで出会えたすてきなお店とあれこれを短期連載でお届けします!

夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々

 

文:能町みね子

写真:チダコウイチ

 

 

私は勝手にいろいろな街を、「見るための街」と「住むための街」に分類しています。

 

もちろん「見るための街」にも人はたくさん住んでいるし、「住むための街」にも見に行くべき観光スポットはたくさんあります。この分け方は私の独断ですから、異論反論はみなさまご自由にお挙げください。

 

さて、一例を挙げるならば、「住むための街」として同意が得られやすいのは福岡市かな。東京でバリバリ働いていた人がセミリタイアして福岡に住むという話を最近本当によく聞きます。福岡市は誰でも知ってる大都市だけど、観光名所には案外目立つものがない。街の中心地に大きな川が流れ、海もあって景色がよく、ごはんがおいしくて、街が広すぎない。全体のバランスとして、見に行くより住むほうが向いていると思うのです。

 

そして、同意が得られないだろうと分かっているけど、私が強く「住むための街」に挙げたいのは青森市です。

 

青森という街は、イメージがあるようでない街です。青森と言われて思いつく観光地は、弘前城、奥入瀬渓流、十和田湖、恐山……ほとんど青森市以外です。ねぶた祭は青森市内で派手にやっていますが、行われるのは年に数日。青森市内には、「青森と言えば」で挙げられるような観光地があんまりない。案外、「見るための街」ではないのです。

 

じゃあ本当に「住むための街」なのか?雪が大変じゃないの?とおっしゃりたい気持ちは分かります。青森市は、この規模の都市としては世界でいちばん雪が降る街だという説もあります。雪は(冬に住んでないから、想像だけど)すごく大変。

 

しかし、その雪のことをあえて、あえて抜きにすれば、青森市は住み心地がかなりよい、と思う。

 

梅雨にさほど雨が降らず、年間を通じて豪雨もめったにない。台風も地震もほとんどこない。夏はもちろん東京よりかなり涼しく、海が近いので風が入って体感的にも気持ちよい。街の規模は大きいとは言えないが、人口30万弱の都市なので生活に必要な物は十分に間に合うし、中心部には高低差が全くないので、雪さえなければ自転車でも事足りる。自然災害のすべてが雪に集約されていると言ってもいい。

 

なんでこんなに体験したかのように褒めるかって、夏に住んだからです。

 

夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々

「雪を考えなければ住むのに最高なのでは?」ってことは、つまり避暑にものすごく向いているということじゃないか、と思って、今年人生初のプチ移住(避暑)に踏み切ったんです。私は暑いのが大嫌いでずっとセレブのように避暑できることを夢見ていたけど、絵に描いたような避暑地である高原&別荘は、車を持っていない私としては不便でいやなのよ。青森はある程度大きな街だし、そこそこ涼しいし、海はすぐだし山も見えるし、新幹線で東京との往復もしやすい。なぜ避暑地として人気が出ないのか不思議です。

 

そして、私は断然、街なかに住みたかった。

 

地図を見ると、街って雄弁にしゃべっているんです。私はこういう街なんですよ!と、いろいろなところがうるさく主張しています。私は街のスジを見て、その感覚を身体に叩き込ませるのが大好きです。

 

スジとは何か。単純に「道筋」「道のつくり」として捉えてもらってもいいのですが、その道の構造から生まれるベクトルと言いますか、人間で言えば筋肉のような、植物でいえば葉脈のような。どんな街にもそういう「スジ」があるのです。そのスジに沿って街を自分に沁み込ませていくと、街に受け入れられたような、あるいは街に溶け込んだような感じがして、その町を「征服」したような気分になります。ある瞬間に、私の中に街が入った!と快感が訪れます。

 

青森市のスジは、横に流れています。海っぺりにけっこう強めの横筋が通っていて、青森のキモはそこ。青森は陸奥湾に面した街で、陸奥湾はゆるい円弧を描いていますから、体幹の筋組織もそれにそってややカーブを描いていて、その有機的なカーブがまた生きた街という感じがして心地よい。強い筋肉が流れる体幹の部分から左下、下、右下へ、山のほうに向かって放射線状のスジも通っていますが、それらはもうだいぶ体幹からは遠い。私は青森に住むならやっぱり体幹部分以外あり得ないと思っていました。一戸建ての別荘を手に入れたわけではなく、私が住んだのは青森市内のごくふつうの古いマンションの一室です。

 

住みはじめてまず私は自転車を買い、ふだんはのんびり自転車をころがして、ややゆがんだ格子状の街をカクカク進み、まずは新町通りに出ます。新町通りというスジは青森市の芯の部分です。この通りにはなんと自転車用のレーンがあって、非常に快適。ここと駅前、それに古川あたりのちょっとしたお店でだいたいのことは間に合います。

 

…ちょっと噓をつきました。青森の中心市街地には何とスーパーがありません。最初は少々面食らいました。新町の「ベニーマート」が老朽化で撤退してしまい、生鮮食料品を扱っているところというと、もう「さくら野百貨店」の地下くらいしかありません。由々しき事態なのです。もっとも、少し郊外まで自転車を漕いでいくととんでもなく魚が安いスーパーがあるということが分かったので、そんなに困っていないわけですが。

 

話を戻しまして。青森市街の東側から青森駅方向に向かい、新町通りの大事なスジに入ると、頭上がアーケードで覆われます。アーケードのゾーンに入ってすぐ、左側に喫茶店「クレオパトラ」があります。せっかくですから、ここからチョコレートづくしのコースに入っていきたいと思います。

 

夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々
夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々
夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々

奥には暖炉(冬は稼働)と中庭があり、歴史を感じる店内。とても上品でゆったりした作りのクレオパトラで、チョコシフォンケーキをいただく。こちらは食べものも飲みものも本当に丁寧な作りで、私はすっかり行きつけです。金〜日だけ作られる「パトラサンド」(毎回変わります。たまにお休みの時もアリ)は、こういう老舗の喫茶店で出るものと思えないような独創的かつ非常においしいサンドウィッチと毎度工夫を凝らした小鉢のセットで、こちらもオススメしておきます。

 

夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々
夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々

クレオパトラから駅方向へ信号2つ。右に入ると、2階の外壁にサイケな字体で店名がかかれた喫茶店「マロン」があります。ちょっと急な階段を上がると、緑のカーペット、壁に大量の時計が掛かった、独特ながら非常に落ちつく空間が広がります。ここでガトーショコラをいただきましょう。私は窓際の席で、なんとなく外を見ながらお昼にジャマイカンカレーを食べることもよくあります。

 

夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々
夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々
夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々

また自転車にまたがって駅方向へ向かいます。新町通りの駅近くの信号は、歩行者側が青になるとき「乙女の祈り」のメロディが流れます。駅から遠い信号の「乙女の祈り」は昔のテレビゲームみたいな単純な音で、駅に近くなると、なぜか同じ曲なのに演奏が豪華なものになります。いつも私は派手なメロディを聴き、街の中心部に来たなと思い、勝手に為政者のような気分で「どうだ、人通りは増えてるかな」と思いながらさくら野百貨店の前を通過します。

 

すると左に見えるのは「甘精堂」、非常に歴史ある和菓子屋さんですが、甘精堂の隣(というか、建物の中でつながっている)は「シュトラウス」という洋菓子屋さんなのでした。ここは毎週、曜日がわりの限定商品を出されてまして、火曜日は濃厚なチョコがぎっしり、とってもぎっしり、密に詰められたエクレアを販売しているのです。サイズは小ぶりでちょうどよく、非常に満足感の高い一品で、いつも私はそこを通りかかるたび「今日火曜だっけ?あ、違うか」と少しがっかりし(もちろん火曜以外もステキなお菓子があるんですよ)、火曜でも少し遅めに通ったときは、店頭にあるエクレアの看板の上に力強い朱墨で「本日は売り切れました」などと書いてあるのを認め、またちょっとがっかりするのでした。

 

夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々
夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々
夏の間だけ暮らしてみた、青森市の日々

 

 

 

文:能町みね子
文筆家・自称漫画家。雑誌、WEB、TV、ラジオなど多岐に渡り活躍中。近著に『そのへんをどのように受け止めてらっしゃるか』『雑誌の人格 3 冊目』『結婚の奴』など。相撲と散歩と地 形と名前の由来と喫茶と事件など色んなことに詳しく、好きな方角は北。
Twitter:@nmcmnc