精神障害を抱える人たちが地域に戻るためのサポート施設として、平成医療福祉グループが2019年4月に足立区にオープンさせた「OUCHI(おうち)」。「いつでも、誰でも、帰れる場所。」を理念に掲げた、グループホームと就労継続支援B型事業所を併設した施設だ。やりがいや人と働く楽しさを感じる就労施設として「CAFE」「KITCHEN」、自宅で自立した生活が送れるように練習を行う「HOME」、そして交流の場になる「SPACE」の4つの機能を備えており、近隣の精神科病院と連携をとりながら、患者さんはもちろん、地域に必要不可欠な場所づくりを目指している。就労支援に“Bean to Bar”製法のチョコレート作りを取り入れるなど、センスとアイデアが際立つ「OUCHI」を訪ね、開業2年目での気づき、目指す福祉施設の在り方を聞いた。

 

文・本間裕子

写真・チダコウイチ

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
施設外観(写真:OUCHI提供)

「精神障害を抱える方は、退院後に環境の変化やちょっとした刺激により、不安が強くなり、入退院を繰り返すケースがとても多い傾向にあるんです。不安時には家族や友人にも話せず、困る場面も少なくありません。そこで、安定した生活を送るために必要な訓練をしたり、仲間と不安や悩みを話したり、いつでも戻れる地域の拠点として『OUCHI』が誕生しました」というのは、作業療法士の石坂康彦さん。同じ運営母体の精神科病院で作業療法士としてリハビリテーションに携わっていた石坂さんは、現在は「OUCHI」サービス管理責任者を務め、就労施設やグループホームでの支援計画を立てる役割を担っている。

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
作業療法士の石坂康彦さん

日本の精神科病棟のベッド数は、世界全体の2割を占めるほどに多い。必要以上に入院が長引くケースも多く、その背景にはベッドが空くと病院経営に影響が出るという運営サイドの事情もあったとう。

 

「さまざまな問題から現在の日本では精神障害を抱える方の入院は長期化しやすく、他の国に比べても社会復帰のハードルは高いといわれています。また、退院できたとしても、障害者を受け入れる環境が整っていなければ、症状を悪化させて入退院を繰り返すことになってしまうことも。すぐに治療し、治療を終えたらすぐに在宅へという考えは、一般科も精神科も同じで、入院の長期化は社会性や生活能力を落とすことにもつながってしまいます。入院を長期化させることなく、また、入退院を繰り返さないためにも、安心して生活できる環境を整えておく必要があると思います。その意味でも、『OUCHI』での取り組みは、入院に頼りきらない精神科医療の新たなモデルケースになればと思っています」

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
写真:OUCHI提供
五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
写真:OUCHI提供

「OUCHI」はグループホームと就労継続支援B型事業所を併設した施設に分類され、人と働く楽しさを感じる就労施設・就労場所として「CAFE」「KITCHEN」、自立した生活が送れるように練習を行う「HOME」、利用者の交流の場になる「SPACE」の4つの機能を備えているのが大きな特徴だ。医療や福祉の施設では珍しい木造ならではの心地よさにこだわった設計は、気鋭の建築家・坂東幸輔氏が担当。特殊な柱を設計するなどといった策を講じて、防災面の基準をクリアしたという。

 

そのこだわりは、「CAFE」や「KITCHEN」で扱う商品に関しても徹底されている。作り手にとっても食べ手にとっても、身体と心にやさしいこと。無添加・手作りにこだわり、ヘルシーかつ栄養価が高い素材を厳選している。また、パンや焼き菓子だけではなく、オリジナルのチョコレート作りにも取り組んでいる点も実にユニーク。それも“Bean to Bar”製法を採用している。「Minimal」や「ダンデライオン・チョコレート」、「green bean to bar CHOCOLATE」などといった名だたるBean to Bar専門店に見学やワークショップをお願いし、ノウハウを身につけたという。

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
カカオを選別する様子

「障害を抱える人のためになれば、というボランティア意識ではなく、本当に欲しいと思ってもらえる商品を作ることが大切だと考えています。長く続けるためにも、生活基盤となる工賃(働く利用者の給料)を上げるためにも、クオリティーとオリジナリティが重要。いくつかの案がありましたが、製法を工夫することで付加価値が生まれ、少しでも工賃向上につながるようにという視点から辿りついたのがBean to Barのチョコレート作り。作業行程が多く幅広い人が携われること、そして集中力を必要とする没我的作業は、良い意味で思考をシャットアウトし、心身にも良い効果をもたらすのではないかと思いました。取り組むほどに、産地で味が違う魅力、加工品も入れるとチョコレートの可能性の大きさを実感しています」

 

カカオ豆からチョコレートを作っている人は少ないため、家族や友人からも興味をもってもらえたりするケースが多く、やりがいや達成感にもつながっているそう。フェアトレードという社会参加も魅力的だ。

 

「未経験や不安により、本来の能力以上に自信のなさが目立つ傾向にあるため、現場では、失敗させないような工夫、失敗後の振り返りを大切にするようサポートに努めています。多くを制限されてきた人たちが、少しでも自信を持てるよう、成功体験を何度も繰り返すこが大切だと考えています」

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
お菓子づくりが大好きな青木さんはOUCHIでいきいきと仕事をしている

自然光が差し込む工房は、清潔感にあふれ、スタッフの制服もネイビー&グリーンで実にお洒落。「OUCHI」が心身の健康のために、そして地域とのつながりのためにも美的なことを大切にしていることが伝わってくる。

 

「カカオ豆に触ってその香りを感じ、徐々にチョコレートに近づいていく過程を見ることができるのがとても面白く、やりがいがあります。カカオの香りや変化していく形状に五感が刺激されるのか、リラクゼーション効果もあるような気がします」というのは利用者の青木さん。元々、お菓子作りが好きだった青木さんは、福祉施設とは珍しいチョコレート作りに取り組む『OUCHI』の存在を知って見学に訪れ、その開放感と温もりのある空間に惹かれて「ここで働きたい」という気持ちが自然と湧いたという。

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
男性スタッフ、本間さんはセンスがある、と周囲からの信頼も厚い

「テンパリングの温度の下げ方や流し込み方など難しさはありますが、その分、美しく仕上がった時の達成感、喜びはとても大きいです。頼りにされたり、自分ではわからなかった適性を見つけられる瞬間も嬉しいですね」というのは手先が器用なことから、チョコレート担当に推薦された本間さん。まだ2ヶ月目ながらも、周囲のスタッフからの信頼も厚い。

 

「製造過程で形状だったり、多少のミスがあっても溶かして再度作り直せるのも良いのではと思っていましたが、プレッシャーに感じてしまう場合も多かったもよう。青木さんや本間さんのように、果敢にチャレンジしてくれるスタッフが出てきて、いいムードになってきました。教えられることばかりです」と石坂さん。

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
4種類のチョコレートはパッケージも可愛い
五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
チョコレートの試作品

ナッツ感あふれるハイチ産カカオ豆を用いた「ダークチョコレート」(450円)のほか、「ソルトチョコレート」「バジルチョコレート」「ペッパーチョコレート」(各470円)の4種類がラインナップ。余計なものは加えず、敢えて粗挽きの食感に仕上げカカオは香り高く、ひとかけで満足感を与えてくれる。ここで働く利用者が描いたというパッケージも可愛らしく、ギフトにもオススメだ。新作開発にも余念がなく、インド、ガーナ、パプアニューギニア産などのカカオを食べ比べては、日々アイデアを交換し合っているという。

 

五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
HOMEの風景
五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
HOMEのガーデン
五感を刺激するチョコレート作りを 地域に戻るためのきっかけに
写真:OUCHI提供

自宅で自立した生活が送れるように練習を行う『HOME』は、男女各5名が入居中。「CAFE」を出て、裏手から2階の「HOME」に上がると、自然光が差し込む開放感あふれる空間が迎えてくれる。風通しもよく、福祉施設というよりも海沿いのお洒落なゲストハウスというような趣だ。落ち着いた個室と、キッチンや洗濯機などが置かれた人と交われる空間、さらに屋上やテラスへとつながるホール。それぞれの気持ちやコンディションによって自分らしい過ごし方を選べることができるのも魅力だ。

 

「日常生活に必要なことを学びながら、新しい住まいを見つけるまでの仮の住まいとして利用することができます。ここから他のデイケアや作業所に通うこともできるので、自分にあった形で地域に戻る方法をゆっくり一緒に考えていけたらと思っています」と石坂さん。

 

アイデアやセンスを大切にし、地域の人々にも愛される開かれた環境をつくる。「OUCHI」のチャレンジに、新しい福祉のヒントがありそうだ。

 

 

OUCHI

〒123-0841 足立区西新井5-18-14

最寄り駅:大師線「大師前駅」下車徒歩10分

https://ouchi.support

Instagram:@ouchi_hmw

 

 

文・本間裕子

編集者・ライター。大学卒業後、(株)INFASパブリケーションズに入社。ファッション週刊紙「WWD JAPAN」、コレクションマガジン「FASHION NEWS」の編集を経て、美容週刊誌「WWD BEAUTY」に創刊時より携わる。退社後、フリーランスの編集・ライターとして、化粧品、食料品メーカーをメインクライアントに、ブランディング、広告制作等に携わる。甘いものは得意ではないが、カカオは大好きでコーヒー、赤ワイン、ラムに合わせて日常的に食している。料理家など食に携わる人たちとの交流が深い。

Instagram:@uozazaza