東京の工房『アトリエAirgead(アールガッド)』でBAR専用のチョコレートを製作しながら、地元・青森県弘前市でチョコレート専門店『浪漫須貯古齢糖(ロマンスチョコレート)』を経営するショコラティエの須藤銀雅さん。都心と地方の二拠点でそれぞれのニーズに合ったチョコレートを作るスタイルは、現代的な仕事の仕方ではないだろうか。「刺激的な都会でインプットしたものを、弘前の店で落とし込むことが多い」と話す須藤さん。それぞれの場所から得られる刺激やインスピレーション、そして癒し。須藤さんがチョコレートを作る上で大切にしているイマジネーションは一体どのようにして培われているか、本人へのインタビューとともに、青森へ行った際に探ってきた。

 

高校時代まで過ごし、今も月一ペースで仕事をしに戻る弘前と、オリジナリティ溢れるチョコレートの開発に没頭できる東京の、それぞれの好きな場所。須藤さんの思考のかけらに触れて彼の作ったチョコレートを食べると、また少し違う味わいに感じるかもしれない。

 

文・西村依莉

写真・チダコウイチ

 

青森と東京で活躍するショコラティエ・須藤銀雅さんが案内する青森県弘前のいいところ(前編)
青森と東京で活躍するショコラティエ・須藤銀雅さんが案内する青森県弘前のいいところ(前編)

――弘前時代の須藤さんといえば、以前のインタビューでボクシングをされていたエピソードがインパクトありましたが、現在も続けていたりするんでしょうか?

 

今はボクシングジムに通ってはいませんが、健康維持のためにジョギングをしたり、筋トレをしたり。スポーツジムに行ってもウエイトをやるとかではなく、自重で腕立てやスクワットをやる程度です。ですがボクシングをしていたことは今でもすごく役に立っていると思います。肉体面でもそうですけど、精神面はかなり。わかりやすいとこでいうと自分で言うのも何ですが、ストイックに頑張れる方だと思うんです。少々大変な時期が続いても、成功のための沈む時期と思って持続できるというか。あとトラブルが起きた時に、それに対して引いちゃたらダメだ、と昔から考えていて。

 

――立ち向かう、みたいな感覚ですか?

 

そうですね。立ち向かうにしても正面からバーンとぶつかるんじゃなく、ボクシングで言うとカウンターを決める感じ。躱す時も、前の方に躱せ、ってよく言うんですけど。ちゃんと次の一手につながるような躱わし方をしなきゃならない。事業の話でいうと、大変な時期にいろんな選択肢がある中、その場しのぎの付け焼き刃な策じゃなく、トラブルを回避した次の武器になるような選択をするようにしています。

 

青森と東京で活躍するショコラティエ・須藤銀雅さんが案内する青森県弘前のいいところ(前編)

自分のチョコレートをBARへ売り込みに行っていた時期、お客さんを抱えて始めたわけじゃないので、売り上げが上がらない時期が半年くらい続いていたんです。自分でもお客さんを増やすためにはどうすればいいのか考えたんですけど、徐々に増えるまでは、固定費がかかるから絶対赤字で。最初の月が一番のマイナスで、そこから少しずつ赤字は減っていくんですけど、半年くらい続けた時、事業資金が尽きそうになったことがあったんです。『今月このくらいの金額をお金用意したら乗り切れる、来月からは黒字になる』という、ギリギリのラインがわかっていたので、その時だけ夜中に肉体労働して凌いだことがありました。選択肢はいくつもあって、本来なら事業者が短期のアルバイトをするのは悪手と言われるんですよね。バイトせずに一般販売用に商品を売り出せば? と周りからアドバイスされることもあったし。だけど “BAR専用チョコレート”ってBARにしか卸さない点を面白がってくれて注目され始めているのに、ここで一般販売すると、その場は切り抜けられるかもしれないけど、アイデンティティーがなくなっちゃうんですよね。だから、基本的には悪手と言われることでも、ゴールが見えていたから、その時の最善の手だと信じて選択することができました。

 

――ブレがない、ゆらがない精神力を鍛えられたんですね。

 

BARの方からチョコレートを喜んでくれているお客さんの様子を聞いていたり、SNSでの反響を見ていたからそれが自信になっていた部分もあったかもしれません。あと単純に、楽観的な性格で(笑)。なんとかなるだろう、と思っていました。他人がなんとかしてくれるんじゃなくて、僕だったらなんとかできるんじゃないかな、っていう考え方でしたね。僕は今35歳なんですけど、僕たちより上の世代って大変なことを強いたり、理不尽なことをビシバシやる感じだったじゃないですか。料理人の世界って、本当に体育会系で。19歳の時から製菓店で働き始めたんですけど、職人の世界だからやっぱり厳しくて。今だったらパワハラって言われるようなこともあったけど、体力もあったし、精神的にもタフだったから、まあいっか、と思って続けられましたし。独立してからもたしかにお金なくて大変、とか夜中働いて大変とかあったけど、自分のやりたいことに少しずつ向かっているな、という感覚があったので大変とは思わなかったですね。

 

青森と東京で活躍するショコラティエ・須藤銀雅さんが案内する青森県弘前のいいところ(前編)

――今は東京拠点で月に1週間だけ弘前、というスタイルでお仕事をされていますが、休日はどんな風に過ごされることが多いですか?

 

東京での休みによく行くのが、新宿中央公園とGINZA SIXにある『銀座 蔦屋書店』。アトリエから近いので新宿中央公園にはよく散歩に行ってリフレッシュしています。『銀座 蔦屋書店』は、休日だけでなく取引がある銀座のBARへ納品に行った帰りにもよく寄りますね。アートに特化した本をたくさん置いてあって、特にフラワーアートの本が好きなんです。色彩の使い方を参考にしたり、細工物のチョコレートを作る時に、こういうお花を作ってみようかな、とインスパイアされています。自分で店をやる前は、書店へ行ってもレシピ関係の本や具体的なケーキ作りに役立ちそうな本を選ぶ傾向にあったんですけど、独立してからは自分が生み出していかなきゃいけないので、レシピよりもっと抽象的なフラワーアートの本や、彫刻とか『このアートってどういう意味なんだろう?』と考えるような本の方が創作のヒントになるので、よく購入するになりましたね。

 

青森と東京で活躍するショコラティエ・須藤銀雅さんが案内する青森県弘前のいいところ(前編)

――アートは元々興味があったんですか? 弘前でもアート関係のプロジェクトに参加されていましたね。

 

そこまで詳しいわけじゃないんですけど、中学校の時から美術の時間は好きでしたね。0から何かを作り出すとか、自分の表現したいものを形にするのが得意だったかもしれません。チョコレートの場合、ちゃんと知識と技術をもっていれば、ツヤツヤのきれいなものができるので自分のやりたいことにすごくマッチしているんですよ。

 

――表現するために選んだのがチョコレートだった、と言う感じでしょうか。いろんな“好き”のピースが結びついて今の状態にあるという感じですね。

 

そうなんですよ。たくさんあったやりたいことや好きなこをと繋ぐことができたのが、チョコレートだったと言うわけです。

 

青森と東京で活躍するショコラティエ・須藤銀雅さんが案内する青森県弘前のいいところ(前編)
『浪漫須貯古齢糖』の外観。住宅街にカカオの香ばしく甘い香りを漂わせる、可愛らしいお店だ。

アトリエAirgead
https://atelier-airgead.amebaownd.com

 

銀座 蔦屋書店
東京都中央区銀座6-10-1GINZA SIX 6F
03-3575-7755
https://store.tsite.jp/ginza/

 

 

文 : 西村依莉

編集者・ライター。1960~70年代を中心とした昭和期のカルチャーと猫やファッション、ライフスタイルをテーマに書籍や雑誌、WEBで活動中。近刊に『スペースエイジ・インテリア』(グラフィック社)、『桂浜水族館公式BOOK ハマスイのゆかいないきもの』(実業之日本社)など。

Twitter : @po_polka

Instagram : @po_polka