その③「男木島サウダーデ」

チョコレートの香りを探しながら日本各地を旅するシリーズ、香川県、瀬戸内への旅。その3回目は、男木島へ。

 

写真=チダコウイチ
文=今井栄一

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。
初めてなのに懐かしい島。

前回からの続き)

 

夏の午後、ライカMを愛用するカカオ好きの友人と、男二人で、「さろんぶるー」の窓辺カウンター席に座り、ツバメビール(香川生まれのクラフトビール)を飲んでいた。僕は窓の向こうを指さして、「正面、左側に見えるのが、女木島(めぎじま)で、その奥にある平たい三角おにぎりのような形をした島が、男木島(おぎじま)だよ」と友人に教えた。「明日は、男木島へ行ってみよう」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「男木島は、どんな島?」と友人は訊いた。瀬戸内海には、淡路島のような大きな島から、島民数名という小さな島、無人島まで、いろんな島がある。瀬戸内が大好きな僕は、過去6〜7年ほど、そんな島々をアイランド・ホッピングしてきたが、それでも行ったことがない島の方が圧倒的に多い。

 

訪れたことのある瀬戸内アイランズの中で、僕が最も好きで、繰り返し訪れている島が、男木島だ。幾度も訪れ、数日滞在したこともあるから、「よく知っている」はずだが、「どんな島か?」と問われると、なかなか簡単に答えられない。小さな男木島は、一見「何もない」ような素朴な島なのだが、一方で「すべてがある」ようにも感じられるからだ。「ここに暮らしてみたい」と自ら願うような島でもある。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「とっても小さな島なんだ」と僕は説明を試みる。「島民は150人くらいかな。瀬戸内の島の多くがそうだけれど、島民のほとんどが高齢者。多くの島で、住む人は減り続けている。ところが男木島は、移住した若い世代から子供が生まれ、人口の増減があまりないという、ユニークな島だ。一度は島から子供の姿が消えて、ひとつだけあった小中学校も休校した。ところが、島に新しく子供の姿が戻ったことで、保育園と小中学校が復活した。人口減で休校した学校が再開するという事例は、全国的にも珍しいことらしい」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「男木島は、人より猫の方が多い島、と言われている」と僕は、友人に耳寄りの情報を伝える。彼は猫好きなのだ。「港に着くと、ギリシャの小さな島のように、家々が段々になって、小さな山の斜面にへばりつくようにして集落が広がっている。その景色は独特で、訪れるたびに見入ってしまう。異郷のようだ、ところが、歩いていると、なんだか懐かしい感じもする。初めて訪れたとき、前からここを知っているような、そんな郷愁を感じた」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「迷路のような小径は永遠と終わりがないように思える。大好きなポルトガル、リスボンの旧市街や、イタリア、トスカーナ地方の小さな村を歩いている、そんな気分にもなる。そんな小径を、おばあちゃんが歩いていく。その足下に猫が昼寝している。車がないからとても静かだ。何処でもない、でも、いつか出逢った景色のよう……初めてなのに、懐かしい感じがするんだ」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「それは、楽しみだね」と友人は目を丸くして言った。僕はもうひとつ大切な情報を加えた。「友人夫婦が営む小さな店があって、そこで最高に美味しい昼ごはんを食べる。今回は特別にお願いして、君のために、カカオを使った料理をいくつか用意してくれているよ」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。
めぎ、おぎ、猫たち。

 

朝10時高松港発の定期船「めおん」に乗って、男木島へ向かう。「めおん」は30分航海して女木島に寄り、そこから10分で隣の男木島に到着する。男木島と女木島のことを、島民たちは略して、「おぎ」「めぎ」と呼んでいる。レトロ感たっぷりな赤い船体が「めおん」の個性だったが、今年、新船になり、デザインも刷新された。

 

男木島の港に着いて船を下りると、早速数匹の猫が現れる。猫は、船が港に到着すると三々五々集まってきて、「今回はどんな連中が来たか、ちょっと見てみるか」という感じだ。けっして人には触らせない猫もいるが、多くの猫は人に慣れている。だから男木島には、世界中から猫好きが訪れ、写真を撮り、SNSに投稿する。コロナ禍前は、外国人旅行者も多い島だった。

 

いつものように、まず豊玉姫神社へ行った。男木島の集落のてっぺん近くにある豊玉姫神社は、眺めが素晴らしいのだ。友人にもその景色を見せたかったし、神社の境内にはたくさんの猫が住み着いているから、彼が面白がるだろうと思ったのだ。僕の期待通りに友人は、ライカMで猫たちの写真を撮り、それから一緒にお詣りして、ダモンテ商会へと向かった。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。
ダモンテ商会の最高に美味しいランチ。

 

男木島で「ダモンテ商会」を営むダモンテ海笑(かいしょう)くんは、日々「ベイカー(パン作り職人)」であり、「養鶏家」、「料理人」、「農夫」、時に「猟師」、「コーヒー焙煎家」、必要に応じて「大工」、そして毎日「祐子さんの夫」であり、凪(なぎ)と環(たまき)という「二人の息子の父親」だ(最近そこに「山羊飼い」もプラス)。やっている仕事や作業は、他にもあると思うから、ひとことで言い表すなら「百姓」(百姓とは、百くらいいろんな生業をこなす人間のこと)。ただ僕にとって彼は、男木島の「ダモンテ商会」というカフェ&レストランの共同オーナーのひとり、ということになる。もうひとりが、妻の祐子さん。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

祐子さんは、ケーキやブラウニーなど様々なスイーツを手がけ、(僕が愛してやまない)各種グラノーラ作りをするほか、ジャムやコンポート、ヨーグルトなども手作りする。店のキッチンで海笑くんが肉を調理している横で、サラダを仕込み、食後には美味しいコーヒーを淹れてくれる。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「基本的にお菓子は私」と祐子さん。「今日のクッキーはチョコチップ。こんなジ・アメリカンなクッキーを作ったのは初めて。ダーレン(海笑くんの父)がくれたレシピに、塩を混ぜてソルティ感を出してみました。定番のチョコレート・グラノーラは、前より甘さ控えめの夏っぽいバージョン。前はごろっと塊にしていたけど、これはぱらっと繊細な感じ。私はなんでも飽きるとダメなんです。前のタイプは(作りすぎて)飽きちゃった(笑)。私はホワイトチョコが好きなので、クーベルチュールのホワイトチョコを溶かしてあとから上にかけている。ブラウニーは2種類で、ひとつはカカオマスとクルミが原料のシンプルなもの。もうひとつは男木島産の金柑をジャムにして、それをカシスと一緒に混ぜ合わせ、チョコレートケーキっぽいリッチな感じにしてみた。ブラウニーはリクエストされて作ったけど、これから定番になりそう。人から『これ作って』と頼まれると燃えるんです(笑)」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

海笑くんが焼くパンは最高に美味しい。島に行くとたっぷり食べて、さらに自分の土産に買って帰るが、東京にいてもオンラインで買えるので、時々注文している。パリのブーランジェリー(パン屋)と同じで、もし近所にダモンテ商会があったら、日々立ち寄って買うだろう。

 

「祐子さんがパン好きなので。うちは米をあまり食べないんです。パンを始めたのは彼女のため。世界各地を旅しているとき、サンフランシスコのタルティーン・ベイカリーで食べたカンパーニュがとても印象的で。ただ、その後実験と改良を重ねて、今ではまったく別ものになっていると思う。基本的に水と小麦と塩だけ。自分で言うのも何ですが、毎日食べたいパンで、何にでも合うと思う」

 

僕は以前、男木島に滞在したとき、毎日夕食をダモンテ家で食べたのだが、ある夜はイノシシ肉の焼き餃子だった。それがまた絶品だったのだが、餃子にも海笑くんのカンパーニュは相性抜群だった。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

この日のメインは、猟師の海笑くんが男木島の山で仕留めたイノシシ肉で、それはダモンテ商会の定番だが、特別にカカオを使って焼き上げてあった。海笑くんのイノシシ肉料理は、ハム、ベーコン、バラ肉、ソーセージ、なんでも美味いが、カカオの風味がスパイスになった今日の肉も、最高だ。

 

「周りにコショウをつけるような感じでカカオニブを使ってみました。初めてだったので、焦げないか気になって、遠慮しすぎたみたい。次はもっと大胆に使ってみようと思います」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

海笑くんはかつて、筑波大学の大学院で考古学の研究者だった。祐子さんはその頃、大学構内にあるスターバックスの店長だった。出逢いのきっかけは訊いたことがないが、とにかく二人は出逢い、一緒になり、その後1年半ほど、国内外を旅して回った。海外から戻って日本を旅しているとき、「暖かいところに住みたい」という祐子さんの希望があり、西日本で住み処探しをしていた。ちょうど瀬戸内国際芸術祭が開かれていた。二人は瀬戸内各地を旅している中で、男木島と出逢った。

 

「僕らは2016年8月に、この小さな島に引っ越してきた。島民全員が知り合いで、まるで大きな家族みたいな島で、それぞれどんなことが得意で、何ができるか、みたいなことをみんなが把握している感じだった。銀行もコンビニもないし、仕事なんてない。できることは自分で見つける、仕事を自分で作らないとならない。だから、ここに住むと決めたとき、まず考えたのが『僕らに何ができるか?』ということ。イノシシが多くて困っていると聞いたので、じゃあイノシシを捕って、それで肉を作ろうと考えた。パンが好きだけどふつうに焼くだけじゃ面白くないから、じゃあ小麦作りからやろう。古民家の空き家を安く借りられたから、DIYで手直ししながら暮らそう。そんなふうに、島の状況に対応していった結果、ダモンテ商会になったんです」と海笑くんは真面目に話してくれた。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

島のおばあちゃん、おじいちゃんたちは総じて元気で、多くのお年寄りが畑を耕していた。「島の人たちは(畑で野菜を)作るのはうまいけど、使い途があまりない。80代の夫婦でタマネギ200個収穫しても、食べきれない(笑)。そこで7割方、うちに届けられることになる。だから、島では野菜はタダみたいなもの。それでも残った野菜は、ぜんぶニワトリに食べさせるから一切無駄にならない」

 

冬の終わりには白菜が100個くらい届けられ、食べきれないから二人はキムチ作りを始めた(このキムチが中東と地中海インスパイアで、個性的で最高に美味しい。ワインに合うキムチだ)。できあがったらもちろん、おばあちゃん、おじいちゃんにも分ける。お返しにと春になるとエンドウ豆やスナップインゲンが届く。島では、そんなことの繰り返しだ。小規模でエシカルな、男木島ライフ。もし人口が1万人いたら、こうはいかない。5千人でも難しいだろう。男木島は、ちょうどいい大きさに、ちょうどいい人数の人が暮らしている。かつて地球はどこもこうだったのではないか。

 

「今は山羊を飼いたい」と海笑くんが次のプランを語る。「チーズを作りたい。ハチミツも作れたらいいけど、それはまだわからない。まずは山羊とチーズ」(そして今、彼らは山羊を2頭飼っている)

 

「海笑はいっぱい本を読むので、新しく積み上がる本で、彼が今、何を考えているのかわかる」と祐子さん。「ニワトリの本が増えて、少ししたら養鶏が始まった。今は山羊の本が積み上がっている」。その言葉を受けて、海笑くんがこう続けた。「まず本で学ぶ。その後、実践はYouTubeを参考に。YouTubeは人類の知のアーカイブだと思う(笑)」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「ダモンテ商会」とは、島のカフェ&レストランとしてはかなり変わった名称にも思えるが、瀬戸内の島々には、いくつも変わった名称のカフェや食堂がある。たとえば男木島からも見える豊島(てしま)には、「食堂101」という、これまた美味しい、素敵な場所がある。いつだったか海笑くんが、「自分の名前をひっくり返しただけ」と言っていたが、その半ばジョークも含め、いろんなことを自分たちでやっている、だから、「商会」という呼び名は相応しいのかもしれない。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

旅と暮らしを愛する夫婦だから、ずっとこの島に居続けるかはわからない。でもきっと、まだもうしばらくは(子育てもあるから)男木島にいるはずだ。彼らがいる間に、何度も男木島へ行こうと思っている。海笑くんが作るパンやイノシシ肉料理、地中海風の手料理は、どれも最高に美味しくて、それらを僕は食べたいのだ。祐子さんが作るブラウニーやグラノーラも。そして何より僕は、彼らが営む暮らしの場所が愛おしい。そして、男木島が大好きだ。行ったことのない皆さん、ぜひ訪れてみて欲しい。

 

(旅の続き、次回は、小豆島へ)

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<瀬戸内編③> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

〈関連記事〉

Travelogue チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その①> 島と海と猫、時々チョコレート。

▶ Travelogue チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

 

文:今井栄一

旅や人をテーマに国内外を旅しながら、執筆、撮影、編集、企画などをおこなう。FMラジオ番組やPODCAST番組の制作も。著書に『雨と虹と、旅々ハワイ』『Hawaii Travelhints 100』『世界の美しい書店』ほか。訳書に『ビート・ジェネレーション〜ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『1972年のローリング・ストーンズ』など。