トップ画像:クリストとジャン=クロード 包まれたパリ凱旋門(L’Arc de Triomphe, Wrapped, Paris)

Photo: Benjamin Loyseau ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

公園へ散歩に行く感覚で、美術館で美術鑑賞を楽しむ人が多いパリ。この街ではアートは日常の一部であり、人々にとって作品と向き合うことは自分自身の思考を深める内省的な時間でもある。だから、アートは連れ立って観に行くというよりも、一人で行って作品との無言の対話を楽しむことが多い。それなのに、新型コロナウィルス対策のために昨年から今年にかけてフランスでもほとんどのアート施設で休館という状況が続いた。晴れて今年5月から美術館や劇場が再開するとパリの人たちは水を得た魚のように元気になった。

 

文:長谷川 香苗

 

パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
歩行者天国になった週末、エトワール広場に大勢の人が集まった クリストとジャン=クロード 包まれたパリ凱旋門(L'Arc de Triomphe, Wrapped, Paris) Photo: Benjamin Loyseau ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

そんなこともあって、今はみんなアート体験を誰かと共有したくてしかたない。この秋、パリの知り合いが出会い頭に口にするのが「包まれた凱旋門を見た?」の一言。フランスの歴史的モニュメントであり、エトワール広場に建つ凱旋門が、16日間だけ布で包まれたアート作品となったのだ。エトワール広場には、“隠れてしまった”凱旋門を見て、触ろうと集まる大勢の人たちの姿があった。10月3日までの週末には、シャンゼリゼ通りからエトワール広場を囲む道路の車両通行が止められ、歩行者天国になる。前代未聞のパリの光景が立ち現れた。

 

パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
1985年、布で包んだパリ、ポンヌフ橋を背景に立つクリストとジャン=クロード Photo: Wolfgang Volz ©1985 Christo and Jeanne-Claude Foundation

この前代未聞のアートの作者はクリスト(ブルガリア出身1935-2020)とジャン=クロード(モロッコ出身1935-2009)の芸術家カップル。といっても、2人とも今はいない。ジャン=クロードは2009年に、クリストは2020年に亡くなっている。アーティスト亡き後、2人の遺志を受け継いで実現した奇跡のアートだ。もとは2020年、クリストが存命中に実現する予定が、新型コロナウィルスの影響で状況が改善するまで延期を余儀なくされた。そんな矢先のクリスト訃報のニュースにアート界を超えて、世界中が嘆き悲しんだ。「もう、クレイジーで美しいアートを見せてもらえない」と。それでも、いまだ見たことのない美しいものを見たいという思いなのだろう。アーティスト亡き後、パリの街、そしてフランス大統領さえも計画の実現を待ち望んだ。幸いなことにクリストが遺した「包まれた凱旋門」計画の細部まで行き届いた図面をもとにクレイジーな計画は実現することになった。

 

パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
クリストが2020年に制作した包まれた凱旋門、シャンゼリゼ通りのドローイング Property of the Estate of Christo V. Javacheff Photo: André Grossmann ©2020 Christo and Jeanne-Claude Foundation
パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
9月12日、作業を見守る人だかり Paris, September 12, 2021 Photo: Wolfgang Volz ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

高さ50メートルの凱旋門を布で覆う大がかりな作業が始まったのは7月。凱旋門は国のために尽くしたフランス兵を称えるために1830年に建造された国家的モニュメントだ。その表面を保護するために、布で覆う作業の前にスチールの柵が掛けられた。その後、クレーンで凱旋門屋上まで持ち上げられた布を高所作業員たちが徐々に垂らしていく作業に入ると、日に日に姿が隠れていく凱旋門の様子を観光客だけでなく、近所の老夫妻、Uber eatの配達人までもが見守っていた。「包まれた凱旋門」という完成作品だけでなく、制作中の作業さえもスペクタクルとなっていた。

 

パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
夜明けとともに、曙色をまとった凱旋門
パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
クリストとジャン=クロード包まれた凱旋門(L'Arc de Triomphe, Wrapped, Paris)と戯れる子どもたち Photo: André Grossmann ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

クリストとジャン=クロードは、アートを街の開かれた場に置くことで、誰もが等しく、自由にアートと出合えることを何よりも望んだ。そして、そのアートがつかの間だけ存在することにもこだわった。なぜなら、2人はアートが自由を象徴するものであると信じていたから。自由とは、誰のものになることなく、どこにも所属しないことを意味する。アートが美術館や施設のコレクションに入れば、そのアートは恒久的に存在することになる。だから自由であるためには恒久性を否定し、つかの間の存在であること。クリストとジャン=クロードは徹底して、アートの儚さにこだわった。自由であるために。

 

パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
クリストが1962年-1963年に制作した凱旋門を包むための合成写真 Property of the Estate of Christo V. Javacheff Photo: Shunk-Kender ©1963 Christo and Jeanne-Claude Foundation and J. Paul Getty Trust
パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
クリストが1988年に制作した凱旋門を包むためのコラージュ Private collection Photo: André Grossmann ©1988 Christo and Jeanne-Claude Foundation

「包まれた凱旋門」は同じ時間と空間をともにした大衆の心の中に、儚いアート体験となって記憶されるだろう。その一方で、「包まれた凱旋門」にはクリストとジャン=クロードだけの心に永遠に閉まっておく純粋なアートの一面もある。それは広く公開された凱旋門ではなく、60年前の1961年、凱旋門の美しさと厳かさに圧倒され、“布で覆われた凱旋門を見てみたい”というクリストの夢から始まったアート。その夢をクリストは、布で包まれた凱旋門の合成写真や、布のドレープまで細かく描いたドローイングの形で残した。誰に見せるためでもなく、芸術家自身の凱旋門への思慕の念を投影したピュアな美術だろう。かつてクリストは布の存在についてこんな風に語っていた。

 

「布は覆われたものを官能的にします。布で隠された身体がその美しいフォルムをより強調するように、人は布で覆われたものを触りたいという衝動に駆られるのです」。

 

クリストが残したドローイングの数々を見ると、凱旋門を覆う布のドレープの入り方や、そのドレープがどのように光を受けるかを探求していたことが窺える。まるで画家が思いを寄せる女性の肖像画を描くように。

 

パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
1899年創業の伝説のカフェ・ブラッスリー、フーケッツ
パリの街をそぞろ歩きするなかで出会ったアート、そしてチョコレート。「包まれたパリ凱旋門」
パン・オ・ショコラとホットチョコレート

凱旋門の周りを一周して、様々な角度から凱旋門の姿を見上げてみる。凱旋門を覆うドレープが風になびく様はギリシア彫刻のローブを見ているよう。この後は、凱旋門を長年、見守ってきたシャンゼリゼ大通りに建つカフェ・ブラッスリー、フーケッツでその余韻に浸ろう。通りに張り出した赤いひさしが待ち合わせスポットにもなっているフーケッツ。1899年創業のこのカフェはジーン・ケリーといった役者、ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちが集ったシネマとゆかりの深い場所。銀幕のスターたちもこの場所から凱旋門を眺めたことだろう。肌寒くなったこの季節はパン・オ・ショコラにホットチョコレートを合わせて。

 

 

 

文:長谷川香苗

T JAPAN、AXISを初め、オランダのデザインメディアFRAME magazine、1893年に誕生した英国のアートメディアStudioに寄稿。ラジオで放送原稿も担当。著書、日本の32組のクリエイターの創造の現場を取材した書籍「Where They Create Japan」(Frame Publishers刊。)