「失礼しまーす」。

 

白衣を借り、足を踏み入れた実習室には、むわりとチョコレートの香りが充満していた。部屋の右手ではカカオ豆の選別をしている生徒がおり、奥からはカカオ豆を挽く大きな音が聞こえてくる。20名ほどの生徒が忙しく動きまわり「こうした方がいいんじゃないかな」などの声も聞こえてくる。真摯な顔、笑顔、悩む顔。どの生徒も夢中で取り組んでいる様子。その生き生きとした表情に思わず吸い寄せられるようだった。

 

文 : 田窪 綾

写真 : 藤崎 奈々子

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

東京・渋谷に、チョコレートについて専門的に学べる学校がある。卒業後に現場で活躍できるプロを育てるべく創設された「専門学校ビジョナリーアーツ」だ。

 

ここには「フードクリエイト学科」と「ペット学科」があり、さらに細分化した専攻に分かれている。フードクリエイト学科では製菓やカフェ、フードビジネス、コーヒーロースターズなど。そのひとつが「ショコラ専攻」。2015年に誕生した、カカオ豆から学べる日本初の専門クラスだ。

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

今回は「ショコラ専攻」2年生の授業に潜入取材。実習室での授業風景を見せていただくと、日本のチョコレート業界の未来がかいま見えてきた。

 

実習時間は日本トップレベル。学校と店舗、各視点から学べる強み

製菓の知識や技術を身に付けたい人たちが通う製菓専門学校。学校によって違いはあるが、一般的なカリキュラムでの実習時間は2年間で1000~1500時間程度。そのうちチョコレートについての実習時間は10時間程度しかない。これまでは、カカオやチョコレートについて専門的に学べる学校がなかったのだという。

 

ビジョナリーアーツでは実践形式の授業に重きを置いており、2年間での実習時間は1800時間以上。これは日本トップレベルの実習量だ。基本技術を学ぶための「通常実習」に加え、さらに実践的な「プロフェッショナル実習」を組み合わせ、基礎から応用までを徹底的に学んでいく。

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

専門学校の1階には同校が運営するカフェ「WHITE GLASS COFFEE」があり、さらには中目黒など4店舗を展開するチョコレートブランド「green bean to bar CHOCOLATE」も同校のグループ企業が経営。店舗での実習やアルバイト、インターンシップの機会を設け、商品の作り方や実際の技術を学ぶ場にしている。成功も失敗も、フードビジネスのリアルを生徒にすべて見せることで、生きたノウハウを教えていくのが狙いだ。

チョコレートの素材・カカオ豆から掘り下げる「ショコラ専攻」

「ショコラ専攻」といっても、チョコレートだけのカリキュラムではない。まずは基礎となる製菓技術を1年かけてみっちり学び、パティシエとしてのスキルを身に付ける。クーベルチュールチョコレートを使うことも多いが、1年次ではビーントゥバーチョコレートを自身で作る。さらに栄養学や公衆衛生学などの座学や、フードリサーチやフードデザインなどのクリエイティブな授業も行っている。

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート
ハイチやブラジル、メキシコ、インドネシア産など、数社のサプライヤーからカカオ豆を取り寄せており、豆ごとの違いも学べる

この日見学させていただいたのは、ショコラ専攻2年生のクラス。5つのテーブルに生徒3~4人のグループに分かれ、カカオ豆からチョコレートバーを作る全行程を数週間かけて行っていた。彼らがこの一連作業をするのは2度目。前回はプレーン70%のチョコレート作りだった。今回はその時の工程や結果を活かし、さらにおいしくするにはどうしたらいいかを自分たちで考え製作するという。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

目指すのは、自分たちが作りたい味のチョコレートバー。ゆくゆくはそのバーを使ってチョコレート菓子も作るとのこと。そのため使用するカカオ豆や副材料も異なる。カカオ豆の選別、焙煎、粉砕、摩砕、練り、熟成…とビーントゥバーチョコレートの工程は多数あるが、授業ではグループごとに進行状況も違っていた。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

出来上がったチョコレートを型から出していたグループ。テーブルには、ライムやショウガパウダーが置いてあった。

 

どう使うのか聞いてみると、「今回作ったチョコレートバーにはオレンジとミルクを入れたんですが、ミルクが多くなっちゃって。粉っぽくて重たい味になってしまったので、次はライムの皮を混ぜ込んで爽やかにしてみようと思っています」とのこと。ショウガパウダーは先生に「こういうのもあるよ」と教えてもらったもので、もうひとつ作るチョコレートバーに加えてみようかと考えているという。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

1年生の頃から幾度となく行っているというテンパリング(チョコレートに含まれるカカオバターの結晶を安定した状態にする温度調整作業のこと)。手慣れた様子でツヤのあるチョコレートに仕上げていた。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

カカオニブ(カカオ豆を焙煎して細かく砕いたもの)から胚芽を取り除く、地道な作業をしているグループも。「胚芽を付けたままだと苦みや渋みが出てしまうので、丁寧に分けます」と真剣な表情。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

別のグループはグラインダーでカカオニブを粉砕中。粗挽きにすることでカカオ豆から脂が出てペースト状になっていく。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

別のグループは、部屋の奥に並べられたコンチングマシン(グラインダーでペースト状にしたカカオニブをさらにすりつぶし、均一にするための練り上げ作業を行う撹拌機)で作業中。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

温度が低いとカカオ豆が固まってしまうため、温度をはかり、ドライヤーで温めながら少しずつ入れていく。

 

「どのくらい練るのか」と作業中の女子生徒に聞いてみたところ、「途中で味を見ながらだが、3日ほど続ける」という。休日を避けたり、グループのメンバーが自習に来る日にしたりなど、スタートするタイミングも考えながら行うそうだ。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート
同校の麻生先生。カカオ豆の皮を風で飛ばし、豆だけを分ける機械「ウィノワー」の様子も見せてくれた

彼らを指導するのは、麻生美和子先生。ショコラ専攻立ち上げだけでなく、ビジョナリーアーツがプロデュースする「green bean to bar CHOCOLATE」の立ち上げにも尽力しており、「ゼロの状態からスタートしてここまで進めて来られたのが本当に嬉しい」と話す。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

この日もすべてのグループを丁寧に見ながらアドバイスをしていく。生徒と近い目線になり、寄り添うような指導が印象的だった。「実際に手を動かして作ってみないとわからないことがたくさんあります。素材としてのカカオを五感で捉えて追求し、完成した時の達成感を知ってほしいなと。でもたまに迷走するので、そこはきちんと指導します」と笑顔で話してくれた。

現場さながらの難しさを、学生のうちから体験する
チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

別のグループでは、3週間前に作ったというメキシコ産カカオ豆のチョコレートを試食していた。「2週間前に味見した時よりおいしくなってる!」と声が上がり、「うっすら酸味があって、キリッとしているよね」と別の声が。私たちも味見させてもらったところ、渋みの中にも果実味があっておいしいと感じた。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

男子生徒に感想を聞いてみると、「最初は甘い味が全面に出ていて単調な感じでしたけど、今回はすごく馴染んでいてカカオの香りがしっかりあります。これが“味が落ち着く”っていう感じなんだなと分かりました」と話してくれた。

このグループでは今後ミルクを加えてまろやかさを出し、このカカオ豆の良さを引き出す挑戦をするという。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

別のグループが作ったハイチ産カカオ豆のチョコレート。保存袋にはカカオのパーセンテージや焙煎温度、時間もメモ。作った女子生徒は「今回使ったハイチ産の豆は、洋梨感やナッツ感が持ち味だと感じました。出来上がりは洋梨感が強くてナッツ感が薄かったので、次はミルクを入れてまろやかにしたバージョンと、キャラメルを焦がしたものを固めて砕いてチョコレートに入れてみようと思っています」とのこと。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート
甘いものは苦手だが、チョコレートは味の組み合わせを考えるのが好き。授業が楽しいという石井涼香さん

計画的な考えに驚いていると「無限の組み合わせができる分難しいですね。カカオ豆の魅力や特徴どう活かせばいいんだろうと迷いますが、それもまた楽しいんです」と笑顔を見せてくれた。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

一方で、コスタリカ産のカカオ豆を使ったという別のグループでは「熟成させたら香りが飛んでしまった」「せっかく良い出来だったのに」と残念そうな表情。

 

「思い描いた味と完成した味。同じカカオ豆を使っても、パーセンテージが変われば違いが出ます。発酵や焙煎、熟成に至るまで、ちょっとした作業工程ひとつでも異なってしまいます。それは実際の現場の悩みでもある。そうした難しさも学生のうちに体験してほしいですね」と麻生先生。

ショコラ専攻を目指した理由と、そこから先に続く道
チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート
明るく人懐っこい鎌田琴絵さん。取材時、私たちが色々な生徒と会話ができるようにと心を配ってくれた

カカオやチョコレートについて体系的に学べるショコラ専攻。フードクリエイト学科全体では240名ほど在籍しており、そのうちショコラ専攻は1年、2年で各20名程度。女子生徒が8割程度と多いが、クラス人数が少ないこともあり男女ともに仲が良い印象だ。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート
先ほど手際の良いテンパリングを見せてくれた松田つぐみさん。「先生のデモだけでなく実際に手を動かす授業が多いから覚えやすい」という

なぜショコラ専攻を選んだのか。聞いてみると、やはり「チョコレートが好きだから」という生徒が多い。専門的に学べるのはここだけだからと、北海道から上京した生徒もいた。別の生徒は実習の多さに加え、オープンキャンパスで感じた温かみのある雰囲気や、先生と生徒の距離感が近く、気負わずに学べることも決め手になったという。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート
ライムの使い方について教えてくれた島田夏実さん。少し照れながらも撮影に応じてくれた

ビジョナリーアーツでは学校1階に同校運営のカフェがあり、その商品を3階のファクトリーで製造している。ある生徒は「授業の一環で学校運営のお店に研修に行くこともありますし、希望すればアルバイトやインターンとして経験を積むこともできる。実践の場が身近にあることも大きいですね」と話す。

 

ショコラ専攻が誕生して6年目。これまで卒業した生徒たちはパティスリーだけでなく、有名ショコラトリーや気鋭のビーントゥバーチョコレート専門店への就職など、着実に進路の選択肢を増やしている。実習中の生徒たちにも将来への考えを聞いてみた。

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート
メキシコ産カカオのチョコレートの味見をすすめてくれた工藤真斗さん。カカオ豆の持ち味を引き出すチョコレートを作りたいという

パティスリーでアルバイトをしているというある生徒は「チョコレート専門店で働くか、それともパティスリーか…すごく迷っています。まだ全然決め切れていない。ゆっくり探して行きます」と話す。

 

ある生徒はすでに内定済み。卒業後は洋菓子メーカーで販売業務に就くという。その理由を聞いてみると「もともと製造の仕事に就きたくてショコラ専攻を志望したんですが、体があまり強くないので、朝早く夜遅い製造の仕事を将来的に長く続けるのは難しいかもしれない…と接客業務に絞りました」とのこと。

 

続けて「お客様に味を伝えたり、好みにあったものをおすすめしたり。ショコラ専攻で身に付けた知識や経験は、接客時に必ず役に立つはずだと思っています。いずれ自分の出来る範囲で製造に関われるチャンスがあれば、それを待ちたいですね」と答えてくれた。

 

 

チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

確かに、お菓子を専門に販売をする専門職として「ヴァンドゥーズ」(男性はヴァンドゥール)という職業がある。フランス語のVendre(ヴァンドレ/売る、販売する)に由来し、日本でも認定制度があるほどだ。製造の知見を持った販売員が店頭に立つことで、お客への説得力も増すのではないだろうか。

実践を通してチョコレート界の未来を明るいものに
チョコレートの素材、カカオから学ぶ日本初の「ショコラ専攻」。専門学校ビジョナリーアーツへ潜入レポート

これから日本のチョコレート界を支える存在になる、ショコラ専攻の生徒たち。これまで案内してくれた広報の方が「カカオやチョコレートをファッションだけにしたくない。未来のショコラティエが夢を持てる業界にしたい」と話していたのが心に残った。

 

彼らは先生から知識や技術を学び、OBやOGが切り開いた道を引き継ぎ、次の世代へ伝えていく。同じカカオポッドに入った豆でもそれぞれ違いがあるように、多様な進み方があっていい。今回出会った生徒たちが、のちにさまざまな形で活躍していくことを期待したい。

 

 

 

文:田窪 綾

フリーライター。調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。ふりかけの紹介でNHK出演実績もあり。