沖縄に暮らしはじめて7年が経つ。東京で雑誌編集者をしていた頃、よく取材では訪れていた沖縄だが、実際に住んでみてつくづく思うのは、「沖縄は島である」ということだ。

当たり前だと思わないでほしい。島である、ということは、海を渡らないと、県外には行けないということを意味する。今でこそ、飛行機での行き来も簡単だし、輸送も発達しているが、それでもやはり、地続きでつながっているのとは勝手が違う。しかし、海を隔ててしか辿り着けない「島」だからこそ、守られてきたものがあるし、海に囲まれているから、島の中でのつながりや循環が、見えやすい。

今、私は、沖縄で飲食店を営んでいる。日々、「食」に関わる中で感じること。ここでは、島だからこそ見える、そんな「沖縄の食の循環」について書いてみようと思う。

 

文:川口 美保

写真:大城 亘

 

島だからこそ見えるものがある
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。

今や、全国どこにいても、同じ食材が手に入るようになった。もちろん沖縄でもたいがいのものは手に入るが、身近な食材を見ていけば、やはり島ならではの特徴が見えてくる。

 

私は、那覇市首里でカフェを営んでいるので、よく市場やファーマーズマーケットに足を運ぶが、移住して最初の頃は、本土ではまず見かけることができない野菜や果物、青や黄色のカラフルな魚たちが数多く並んでいることに、同じ日本なのにこんなに違うのかと驚いた。沖縄は年間を通して温暖で、本土とは植生が違うし、適する農作物も違うのだが、しかし、年間を通して見てみると、少しずつ並べられる野菜の種類も変わっていき、なるほど、農作物は、そのまま島の季節なのだということがわかる。

 

例えば、夏の季節には、ゴーヤーや冬瓜、キュウリ、オクラやモーイなど、暑さに強い瓜系の野菜が並ぶ。もしくは、マンゴーやパッションフルーツ、ドラゴンフルーツといったトロピカルなフルーツたちが甘い香りを放っている。葉野菜はグッと少なくなるが、それもそうだろう。沖縄の夏は日差しが強すぎるのだ。

 

食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。

一方、冬から春先にかけての季節には、野菜の種類が一気に増えて、ファーマーズマーケットの彩りはそれはそれは賑やかになる。本土では夏野菜にあたるトマトは、沖縄では冬の野菜。トマトだけではない、本土で採れるほとんどの野菜を「旬」のものとして食べることができるほど、その種類は豊かになる。

 

人と土地が結びつく、食の原点

もちろんそれを支えているのは、沖縄の自然に日々働きかけながら、作物を育て、収穫してくれる畑人(ハルサー)たちの存在だ。畑も多い沖縄では、身近に畑人も多く、店で使う野菜も、畑人から直接野菜を買うことも増えてきた。生産者と消費者の関係が近いということが、どれほど頼もしく、暮らしに安心をもたらすのか、と思う。「地産地消」とわざわざ言うまでもなく、それが昔ながらの暮らしのあり方だったのだろうし、それは、人と土地が結びついているという、食の原点だと思うのだ。

 

食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。

また、沖縄では「鳴き声以外は全部食べる」と言われているほど、豚肉が暮らしの中に入り込んでいる島だ。豚肉を仕入れに、市場の精肉店にもたびたび足を運ぶが、豚の顔皮や豚足や内臓、尻尾まで、豚のあらゆる部位(それこそ鳴き声以外)が切り分けられて並べてあるのを見ると、本来、食べるということは「命をいただく」ということなのだと思い出す。

 

実際、沖縄には、すべての部位を美味しく食べる料理があるのだが、それも、命をいただく以上、豚一頭を無駄にしない、すべてをちゃんと食べ尽くす、という、人間としてどう命と関わって生きているのか、という姿勢の現れだと思っている。それが沖縄の食文化の中には生きていて、そこにはちゃんと「命の循環」が見えるのだ。

 

幸せな食の循環、土地への感謝
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。

沖縄は、もともとは琉球王国。日本のどの県とも違う歴史を持つひとつの国だった。食材が違えば、食文化も違い、琉球時代からの続く料理もしっかりと受け継がれている。豚は鳴き声外はすべて食べる文化があると書いたが、豚足はテビチに、耳はミミガーに、保存食として塩漬けしたものはスーチカーと呼ばれ、内臓は中身汁となる。田芋(ターンム)は子孫繁栄の縁起物の食材として、ドゥルワカシーやターム田楽になり、芋茎はムジ汁となる。魚も近海で獲れた新鮮な魚は刺身も最高だが、マース煮や、保存食としてつくられてきたかまぼこやスクの塩漬けもとても美味しい。沖縄ならでは食材の美味しさは格別だし、それを最後まで食べ切る工夫は、見習うべきものがあると思う。

 

また、歴史的に言えば、沖縄はアメリカ世(ゆ)の時代があり、アメリカの食文化も生活の中に入り込んでいる。ランチョンミートやアップルパイ、タコスだって、すでに沖縄の味だ。

 

そして、近年、本土からの移住者も増え、また、県外や海外で修行してきた料理人が沖縄に戻り、これまで沖縄になかった本格的な和食や、フレンチ、イタリアン、中華やアジア料理のレストランも増えている。そして、それらさまざまな個性や感性が生きた店からは、一貫して、沖縄という土地への敬意を感じる。

 

これもやはり、人と土地が近いことが大きいと思っている。人と土地がちゃんとつながっている場所というのは、空洞化していない。どこに行っても同じチェーン店が立ち並び、そのどこからも同じ味がするのとは違い、沖縄の自然とつながる生産者がいて、そこで採れた沖縄の食材があり、その食材と向き合い、この島でできることの表現を深めていけば、それは、やはり、沖縄を体現することにつながっていくのも当然のこと。そうして、料理人もまた、この島の土地とつながっていくし、それをいただくお客さんもまた、食を通して、自分が日々生きている島とつながっていることを実感することができる。そうすることで、自然と生産者と料理人と消費者がひとつの島の中にあるという、本来の食の循環が生まれているのだ。

 

沖縄ならではの贅沢な一杯、農作物から飲み物へ
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。

食の循環、ということで言えば、本土に住んでいた頃と、明らかに意識が変わった食べ物がある。コーヒーだ。

 

沖縄はコーヒー豆が採れる。コーヒーベルトと呼ばれる赤道を挟んで南北二十五度のエリアから少し外れはするが、沖縄はかろうじてコーヒーの栽培ができる最北限地で、やんばるでは約40年ほど前からコーヒー豆の生産栽培がされてきた。

 

以前、とあるコーヒー農園で、コーヒー豆を詰む体験をしたことがあるが、それはとても興味深い体験だったと記憶している。森の中にあるコーヒー畑に入り、完熟した赤い実を選別しながら手でひとつひとつ採っていく作業、そして、それを洗って、一粒一粒果実をとり、その皮を剥き(これがなかなか大変な作業だった)、生豆を焙煎して、挽いてドリップして飲む、という一連の流れを体験するのだ。この流れの中で、「果実としてのコーヒー」と「液体としてのコーヒー」がつながっていく時、知識として知ってはいても、コーヒーの捉え方が変わっていった瞬間だったと思っている。

 

それまで、ブラジル、エチオピア、インドネシア、それら海外の名前のついた、すでに焙煎された豆を買ってきても、それはどこか農作物からほど遠いところにあった。しかし、こうして同じ島の中にコーヒーの畑があって、実際に赤い実を食べてみた時の「甘さ」を味わうと、コーヒーは果実だったのかと、あらためて驚かざるを得なかった。そして、農作物である以上、土壌やその年の気候、自然そのものが影響し、時間が経てば、鮮度が落ちることも、自然の流れ全体として納得できた。

 

もちろん沖縄の焙煎家たちは、果実としてのコーヒーを目の前で見て、生産者とのやりとりの中で知っている。沖縄には、海外の産地のような標高の高い山はないし、毎年のように台風被害もあるから、量産することは難しいが、しかし、だからこそ、一粒一粒が貴重であることも知っている。ゆえに、県外に生豆が出ることはほとんどない。焙煎家たちは、コーヒーの果実の本質と向き合い、貴重な生豆を焙煎する。その一杯をいただく私たちも、ゆっくりゆっくり味わい尽くす。生産者から焙煎家へ、そして液体となり、私たちの身体へという巡りは、沖縄ならではの贅沢だと思う。

 

食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。
土地とつながるチョコレート

そして、今、沖縄ではカカオの栽培も行われていると聞く。カカオはより赤道に近い場所で栽培されるため、沖縄では、コーヒーのような露地栽培は難しいとのことだが、そういう中でも、沖縄の土地だからこそできるカカオ栽培があるだろう。何より、生産者が同じ島にいることで、カカオという果実の本質を知った上で、チョコレートが生まれ、カカオを使った料理の数々が生まれるという、そこにはこれまでにない新しい可能性を含んでいくと思うのだ。特に、沖縄はサトウキビも栽培されている。沖縄の土地とつながるチョコレートが生まれることは、新しい沖縄の味になるだろう。楽しみでならない。

 

そして、それらすべては、海があり、山があり、土があり、その恵みから生まれてくるものであるということ。島はそのつながりが本当によく見える。それは、土地への感謝につながっている。この島には、この島にしか味わえないものがあるが、それは、その精神とともにあるからこそのこと。だから、沖縄の食は豊かであると思うのだ。

 

食のつながりや循環が、よく見える島、沖縄。

 

 

 

川口美保(かわぐちみほ)

編集者、ライター。94年より雑誌「SWITCH」の編集者として約19年にわたり、数多くの特集、書籍、写真集を手がける。2014年沖縄に移住。夫と那覇市首里にカフェ「CONTE(コント)」をオープン。店を営みながら、2019年インディペンデントマガジン「CONTE MAGAZINE」を創刊。この秋には「やんばるの森」をテーマとした2号目を発売予定。

www.conte.okinawa

www.contemagazine.com