南インド産のオーガニックカカオと、自然農法で育てられた沖縄の黒糖。ベースの素材はそれだけ。岩手県の陸前高田にあるCACAO broma(カカオブローマ)が作るチョコレートは、素材を徹底的に吟味し、余計なものが何も入っていない。とてもシンプルなチョコレートだ。製造には薬剤師が関わっており、会社の母体は「被災地の復興」と「健康」をテーマに薬局やリハビリサービスを提供するロッツ株式会社。代表の富山泰庸さんに話を伺うと、店を立ち上げるまでの道のりの根底に貫かれた人生への覚悟があった。

 

文:江澤香織

写真:チダコウイチ

龍馬に影響され、海外の名門大学からお笑い芸人へ

富山さんは陸前高田の出身ではない。東北には全く縁もゆかりもなかったという。それなのに、東日本大震災が起こった2日後には現地へ車を走らせて、支援を行なっていた。

 

富山さんの経歴はとてもユニークだ。子供の頃は野球少年。甲子園を目指し、全然勉強はしなかったそうだが、その後アメリカの名門大学を卒業し、さらにイギリスで大学院まで進み、日本へ戻ると吉本所属のお笑い芸人として活動している。そんな富山さんの人生に大きく影響を及ぼしたのは、中学生の時に読んだ司馬遼太郎の「竜馬がゆく」だった。

「僕の名前は“よしのぶ”っていうんですけど、歴史上の人物で同名だと、幕末最後の将軍である徳川慶喜がいたんです。最初はその人の伝記を読んで幕末に興味が湧いてきて、それで坂本龍馬に出会った。かっこいいなとすごく憧れました。このぐらいの年頃から、自分の存在意義みたいなことを深く考えるようになり、龍馬の生き方に大きく共感したんです。世の中は問題だらけだけれど、今の日本は世界的に見たら裕福な方で、自由になんでもできる国。自分は偶然にもそこに生まれて、生きていくのであれば、世の中の役に立つために命を燃やすことが、この世への恩返しなんじゃないかと思いました。漠然とですけど、そういう人になりたいなと思ったんです」

 

龍馬のように生きるなら世界へ飛び出そうと留学を計画しつつ、第一目標は甲子園。全く勉強する暇もない日々を送っていた高校2年生の時、父親の会社の経営が傾き、留学どころか大学進学も困難な状況に。留学資金を貯めるため富山さんはバイトに明け暮れる。ますます勉強ができない状態だったそうだが、龍馬ばりの強い志が大きく道を開いた。大学へ提出する論文に熱い思いを書き綴り、将来は日本のリーダーとして世の中に貢献する、と表明したことで、なんと合格を手にしたのだった。当時のアメリカの大学は、成績よりも人格を重視する傾向があったようだ。

「おこがましい話なんですけど、自分が頑張ることで誰かを一人でも笑顔にすることができるなら、たとえ今がどんなに大変でもやってみる方を選びます。それくらいの気概を持っていないと龍馬みたいなことはできないと思うので。龍馬って本当に素敵な勘違い野郎なんですよ(笑)。お前は何言ってるんだ、っていう立場で大きなことを成し遂げているんですよね。だから龍馬基準で考えたら、自分はまだまだだなあと思います」

健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
CACAO broma(カカオブローマ)を立ち上げた、株式会社ロッツの富山泰庸さん。

大学では必死に勉強し、好成績を収めた。イギリスのオックスフォード大学から声がかかり、大学院へ進んだ。でももうその時は既にお笑い芸人になることを決めていたそうだ。理由は、お笑い芸人なら楽しく笑いながら大切な情報を広く多くの人に伝えられると思ったからだった。以前から日本のあるべき姿に疑問を抱き、政治家の話はつまらないことが多くて誰も聞かないことを憂いていた。

「政治家がテレビで喋ってたらチャンネル変えちゃう人も多いですよね。それでは伝わらないし、分かりにくい。それなら伝えたい情報を別のフィルターで発信したらいいんじゃないかと。老若男女、誰にでも響く伝達方法といったらお笑い芸人しかないと思ったんです。ただ、自分が影響力を持って発信するには、まず売れないといけないっていう大きなハードルがありますけどね(笑)」

海外経験を生かした貿易コンサルの仕事で生活費を稼ぎながら、吉本お笑い芸人としてコツコツ活動を続けた。10年経ち、少しずつ売れ始めた頃に、東日本大震災が起こった。

「本気で売れるまでやろうと思っていたので、震災が起こらなかったら今も続けていたと思います」

健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
お笑い芸人「大蛇が村にやってきた」としてコンビで活動していた頃の写真(富山さん写真提供)
東日本大震災をきっかけに、生活が激変

チョコレートの話はまだ一向に出てこないが、甚大な災害を目の前にして、富山さんの人生観は吹っ飛んでしまった。今やるべきことは何なのか。動くしかなかった。富山さんは関西の出身で、阪神大震災の時、自身は海外に居たものの、被害に直面した友人知人を多く知り、災害時の困難は身に染みて感じていた。その教訓から、災害時にどんな問題が起こるのか、以前から学び、情報収集していた。例えば中途半端に家が残った人は、避難所にも行くことができず、行政の目が届かずに医療も救援物資も回らない。陸の孤島になってしまう。しかも今回は阪神の時より広大なエリアでほとんどがアクセスの悪い田舎だ。原発の心配もあり、ますます人は動けなくなってしまう。富山さんはSNS等を使って情報交換し、そういった行政の手の届かないエリアをつぶさに回り、物資を黙々と届け続けた。

 

日本の社会保障制度にも昔から問題意識を持ち、医療に関する勉強会を自主的に開いていたという富山さん。これは後の話にもつながるのだが、将来、このままだと子供達が背負うことになってしまう社会保障費の中でも大きな位置を占める医療費を少しでも減らすためには、高齢者が健康な状態で長い人生をまっとうできることが最善であり、そのための解決策として患者を主体に考えた、予防医学のような医療をもっと学び、推進していきたいと考えていた。そんな活動から医療・介護関係のつながりを以前から多く持っており、震災時にも彼らが多大に協力してくれたという。

 

被災地のほとんどは津波で流され、薬局が一つもなかった。薬を届けることは急務だった。必要ならやる、という選択肢しかない富山さん。今まで岩手で起業するなど一ミリも考えたことはなく、薬局のことなど全く知らない素人だったそうだが、街がまだ機能していない中奔走し、莫大な費用が掛かる薬剤を自己負担でなんとか仕入れ、2011年7月、第1号店がプレハブ小屋から始まった。

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震災後、最初に作った「とうごう薬局」(富山さん写真提供)。

薬局の近くには最初は医療機関も何もなく、一時は大赤字を抱えて存続の危機に見舞われたそうだが、診療所ができ、支援物資のハブとしても機能し始め、次第にボランティアセンターのような役割も担うようになった。療法士が支援に多く集まってきたので、被災者を一軒一軒訪問し、健康をサポートする活動も行った。その後、現地のニーズに応えて訪問リハビリテーションの事業を立ち上げた。近年ではリハビリとフィットネスジムを合体させて、健康な一般の人もお年寄りも一緒に楽しめるような複合施設をオープンした。

 

会社を設立した時に富山さんが強く心に決めたことは、「55年続く企業」。そして被災地の復興に貢献し、一人でも多くの人を健康にすることを企業理念とした。

「震災で特に印象深かった出来事は、ご遺体を安置所に運ぶ作業を手伝ったことでした。僕が起業を決心した時には2万人を超える犠牲者がいた。その一人一人にしっかり向き合って手を合わせ、葬いたい。一人に1日と考えたら2万日は掛かるとして55年です」

発酵がテーマの施設の中に「CACAO broma」がオープン

陸前高田に関わり始めて約10年の月日が流れ、様々なきっかけや人のご縁が深くしっかりと繋がって、2020年12月、CAMOCY(カモシー)という施設の中にCACAO broma(カカオブローマ)は誕生した。

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CAMOCY外観。地元の木材を使い、陸前高田の昔の風景を思わせる、蔵が建ち並ぶような雰囲気でデザインされている。パン、ビール、食堂など、発酵をテーマにした店舗が複数入っている。
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CAMOCYの入り口には大きな「発酵」の文字。富山さんの隣に立つのは八木澤商店代表の河野通洋さん。

大きなご縁の一つは、津波で全てを流されてしまった老舗の味噌醤油蔵・八木澤商店。その後奇跡的にもろみが見つかり、少しずつ復興の道を歩んでいた。九代目代表の河野通洋さんは、富山さんにとって同志であり戦友のような存在だ。その河野さんが、震災前の陸前高田の街の空気を取り戻そうと、発酵をテーマとした複合施設「CAMOCY」をつくることを発案し、一緒に何かやりませんかと声がかかった。

 

一方、薬剤師たちの間では以前から、薬を飲むことで病気が治るというだけでなく、そもそも病気にならないように健康を維持するための活動がしたいという声が出ていた。サプリメント開発などの案もあり、体に良い食材の一つとしてカカオが挙がっていた。ただし、チョコレートは添加物が多く、自分たちで作れるとは思ってもみなかったという。

 

チョコレートはカカオ豆を発酵してつくる発酵食品だから、CAMOCYの中に店があってもおかしくはない。健康に良い商品で、自分たちの会社らしい活動ができるのなら、と考えていたところ、障害者雇用を促進している他県のチョコレート会社を視察する機会があった。陸前高田にはまだ、雇用契約を結んで働くA型の障害者就労継続支援がなく、必要性を感じていた。

「チョコレート製造は分担して行う様々な作業があり、障害者や高齢者の雇用の機会を生み出せるのなら価値があると思いました」

しかし作るなら体に良いものでなければ、と悩んでいたところ、出会ったのがフェアトレード商品の企画・製造販売を行う会社「ネパリ・バザーロ」だった。ネパールの子供達の教育支援や貧困改善などに取り組んでおり、2011年からは被災地支援として、東北の産品を使った商品の製造販売も行っていた。また、彼らは南インドで有機農業を営む小規模農家を支援し、オーガニックのカカオ豆の輸入やチョコレートの製造を始めようとしていたのだ。素材が安心安全で、現地の農家の支援にもなるのなら、自分たちもぜひそのカカオ豆を扱いたい。納得のいく環境が整い、ついにチョコレート作りが実現できることになった。

健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
2020年冬にオープンして初めての夏を迎える。温度や湿度が高いと結晶が安定せず、チョコレート作りは一層難しくなる。
健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
ずらりと並んだメランジャー。基本的にカカオと黒糖以外は何も入っていないため、カカオ豆をすり潰して均一に混ぜるまでに通常の倍以上時間がかかる。

富山さんの会社は、経営哲学としてよく言われる「三方よし」を上回る「四方よし」をモットーにしている。売り手、買い手、世間、そしてそこに関わって働く人みんながよし、であること。体に良く美味しいチョコレートを作れるなら、買う人がハッピーで健康になり、陸前高田を元気に盛り上げることができ、障害者や高齢者の雇用を助け、インドの農家の支援にも繋がる。CACAO bromaは四方八方、360°よしの事業だった。

「実は店をやるかやらないかは、資金繰りのこともあってかなり早急なイエス・ノーの決断を迫られていました。でもこういう時の人生の決断って、イエスを取ったら苦労はするけど絶対に損はしないんですよね。そして思いの外、社員はみんな大賛成でした」

 

チョコレート製造を主に仕切っているのは薬剤師の名古屋茜さん。薬の専門家だが本当はできるだけ薬は使いたくなく、昔から栄養学や予防医学に興味があったという。チョコレートもお菓子作りも大好きだそうで、自分で作って心から勧められるチョコレートと出会えたことは奇跡だと感じ、本当に嬉しかった、と目を輝かせる。

健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
名古屋茜さん。東京出身だが東日本大震災でのボランティアをきっかけに現地へ移住。

CACAO bromaのチョコレートは、カカオ豆の焙煎から自分たちで手がけるビーントゥーバーであり、カカオバターや乳化剤等を一切使わないため、チョコレートを安定させることが非常に難しく、気温や湿度にも大きく影響を受ける。そもそもオーガニックのカカオはほぼ自然のままだから、虫が混入するなど、不良豆も多い。豆を一つ一つ手作業でチェックして、ダメな豆は省く、という気の遠くなるような細かい作業を日々行っている。白砂糖は使わず、沖縄で自然農法で育てられ、昔ながらの薪で釜焚きされたミネラル成分の多い黒糖を使っている。白砂糖に比べて溶けにくく、チョコレート作りには扱いにくい砂糖である。だから実際の製造作業は普通のビーントゥーバーチョコレートの何倍もかかっている。最初の頃はまさに手探りで、なかなか数が作れず、オープン時にはあっという間に在庫がなくなってしまった。

健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
カカオ豆に向き合い、手作業で一つ一つ丁寧に扱う。
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目を引くカラフルなパッケージも特徴的。封をシールドできる構造なので、食べ途中でもきれいにしまっておける。

チョコレートマニアなら、南インド産のカカオに興味を示す人も多いかもしれない。ビーントゥーバーでもあまり見かけない生産地だ。タブレットを実際に食べてみると、素材の持つ旨味とコクがあり、まろやかな味わい。油分も何も添加していないので、味や食感にごまかしが効かず、和菓子のような繊細さもある。88%、77%、66%とカカオ濃度を分けて商品を作り、カカオ55%は黒糖の風味が色濃く出てくるので「KOKUTO」と名付けて販売している。他にはカカオニブ入り、ピスタチオ入り、岩塩入りなどがある。季節限定で陸前高田の食材を使ったチョコレートを作ることもあるそうだ。焼き菓子やドリンク、地元のミルクを使ったカカオニブがけソフトクリームなどもあって人気がある。CAMOCY内のパン屋や食堂など他店舗とコラボし、チョコレート入りのパンや、カカオニブがけステーキなど、イベント時に限定メニューを作ることもあるという。最近は「陸前高田マイクロブルワリー」と一緒にカカオビールを醸造することも計画中だ。

 

CACAO bromaで今後やりたいことを富山さんに伺うと「最終的には陸前高田でカカオの木を栽培したい」と、驚きの一言が出てきた。

「カカオは暖かくないと育たないし、技術的に相当難しいことは重々承知ですが、もし何かできる方法があるのなら、いつかやってみたいです。なぜ育てたいのかというと、ここでカカオ豆の発酵をしたいからなんです。木を育てれば自分たちで実の収穫ができる。CAMOCYを運営する八木澤商店さんは、岩手県でも随一の発酵技術を持っている会社。彼らの知識と技術を駆使し、発酵方法を研究したら、今までにないフレーバーのチョコレートが作れるかもしれないし、カカオ豆の発酵の過程でもっと健康に良い成分が見つかるかもしれない。どうなるかは分からないですが、そういうチャレンジはぜひしてみたいと思っています」

 

健康増進のためになることは、どんなこともやって行きたいという富山さん。医療人ではない自分たちが関わり続けることで、医療業界に風穴を開け、医療・介護の問題を少しでも改善できるかもしれないと希望を持っている。陸前高田には、お互いに知恵を絞って助け合いながら、力を合わせて前に進んで行ける心強い仲間がたくさんいる、という富山さんの言葉には揺るぎない力があった。

健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
地元のミルクを使ったソフトクリームは、さっぱりとフレッシュな風味。カカオニブの香ばしさが良いアクセントに。
健康な人を増やして、陸前高田の街を元気にしたい!予防医学の視点から始まった、オーガニックのクラフトチョコレート「CACAO broma」の目指す先
ココアというよりも、みずみずしい味わいでフルーツジュースのようだった。カカオが果実であることを実感できるドリンク。

 

CACAO broma(カカオブローマ)

https://cacaobroma.shop

 

 

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文:江澤香織

フード・クラフト・トラベルライター。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)。旅先での町歩き、お土産探し、ものづくりの現場探訪がライフワーク。