その②「高松のアルチザンたち」

 

チョコレートの香りを探しながら日本各地を旅するシリーズ、香川県、瀬戸内への旅。その2回目。

 

写真=チダコウイチ

文=今井栄一

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。
高松のショコラティエール。

前回からの続き)

 

「高松に、『chocolat&lee(しょこらとりー)』という屋号で、自宅でチョコレート作りをしている女性がいるんですよ」

 

北浜アリーのカフェ「umie」店長、松下友美さんがそう教えてくれた(umieについては前回のストーリーを参照)。そして、その女性、柏原里砂さんを紹介してくれた。クラフト・チョコレートをひとりで手作りしているショコラティエールだ(厳密には、ショコラティエは男性名詞、女性のそれはショコラティエール)。

 

「今年のバレンタインの頃に、柏原さんとコラボしたチョコのメニューを、『umie』と、『さろんぶるー』で出していたんです」と松下さんは言った。「umie」では、ショコラショー・ジャンジャンブル・エ・シトロンという、ショウガとレモン入りのホットチョコレート。「さろんぶるー」では、柏原さんのチョコレートを使ったオリジナルのショコラデザート。それから、「kitahama blue stories」では、「北浜ショコラ」というオリジナルのチョコレートをパッケージして、バレンタインのプレゼント用に販売。

 

松下さんが、今年のバレンタイン前にアップされたinstagramの写真を見せてくれた。柏原さんが手がけた「kitahama blue stories」で販売された小さなチョコレート菓子は、なんと、瀬戸内の海の色を思わせるブルーのショコラ! チョコレートでこんな色が出せるのか、とびっくり。さらに、柏原さんのチョコレートを使った「さろんぶるー」特製バレンタイン・デザートは、僕の大好きなエクレアだ。

 

エクレアが大好きなんです、と言うと、松下さんは申し訳なさそうに、「バレンタイン限定だったので、残念ながら今はもうそれはないんですよ。でも、『さろんぶるー』のチョコレートのテリーヌは、いつでも食べられます。大人の味で美味しいですよ」。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。
理想的な高松アフタヌーンについて。

北浜アリーにある「umie」、「kitahama blue stories」、「さろんぶるー」という3つの店は、大好きな高松の中でも特にお気に入りの場所だ。高松滞在中にはほぼ毎日のように立ち寄ってしまう。

 

3つの店は、高松のアートディレクター、デザイナーで、瀬戸内の海と風景を愛してやまない人、柳沢高文さんが手がけたものだ。「kitahama blue stories」は、香川県を中心に、瀬戸内各地のもの作り作家、職人、アーティストらが手がけたものを展示販売しているギャラリーショップ。その向かい側の古い雑居ビルに入っている「さろんぶるー」は、瀬戸内の地産地消にこだわったレストラン。そして「umie」のことは、前回のストーリーでたっぷりと記した。

 

僕にとっての高松の理想的な午後は、こんな具合だ。

 

ランチタイムは、「umie」でカレーを食べたり、ツバメビールとフライドポテトをつまんだりしながら、店長の松下友美さんとお喋りをして過ごす。その後、「umie」のすぐ隣のブックショップ「BOOK MATURE」へ。写真集やアートブックをセレクトした、素敵な書店で、いつも数冊買い込んでしまう。それから「kitahama blue stories」に立ち寄り、親しい友人たちへの贈り物、お土産を選ぶ。そして夕方5時半には「さろんぶるー」へ。

 

いつも、「さろんぶるー」店内右奥、窓辺のカウンター席に座る(もちろん、あらかじめ予約をしておく)。「umie」からの瀬戸内海の眺めは「海の絵」のようで素晴らしいが、ビル5階にある「さろんぶるー」の大きな窓からの眺めは、映画のようだ。広々としていて、近くの女木島、男木島、遠くの小豆島まで見渡せる。

 

「さろんぶるー」は、夕方、サンセット・アワーをゆっくり過ごしたい店だ。日没前にここに到着し、ツバメビールを飲みながら夕焼けの瀬戸内海を眺め(その風景が、最高の酒のアテになる)、そして日没後の残照、トワイライトの風景に酔いしれながら、店長でシェフの三好智之さんが作る素晴らしい瀬戸内料理に舌鼓を打つ。もちろん瀬戸内の地酒を呑みながら。

 

こんな感じで、「umie」から「さろんぶるー」への午後の流れは、高松の至福、なのだ。

 

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瀬戸内キュイジーヌとチョコレートのテリーヌ。

一緒に旅をしているチョコレート好きな友人が、「さろんぶるーの、チョコレートのテリーヌが食べたい」と言うので、三好智之さんが作る「瀬戸内キュイジーヌ」のコースを、二人で楽しむことにした。

 

「瀬戸内キュイジーヌ」とは、僕が勝手に名づけてそう呼んでいるのだが、「さろんぶるー」三好さんが手がける料理を呼ぶのに最も相応しい名称だと思う。「地ダコと季節野菜のアヒージョ」、「オリーブ地鶏ともろみのPizza」、「香川県産フルーツとモッツァレラチーズのグリーンサラダ」、「オリーブハマチのぶつ切りカルパッチョ」、他にもいろいろ……。瀬戸内の地産地消にこだわっているから、つまり「瀬戸内キュイジーヌ」なのだ。

 

1985年生まれ、「さろんぶるー」店長の三好智之さんは、大阪の調理師専門学校で基礎を身につけた後、大好きなイタリア料理を学ぼうと、単身イタリアへ。

 

「イタリアはナポリで料理の現場を少し体験しました。その前は大阪の学校に通っていたから、イタリアで大阪っぽい場所=ナポリかなと思って(笑)。でも、帰国して高松に戻ってきたら、高松こそイタリアの港町っぽいなと思いました。港があり、船が往来し、漁港があって、島にはオリーブ林が広がり、海は青い。地元民が保守的なところも似ています。10代の頃は、高松なんて田舎で、一日も早くそこを出て都会に住みたいと思ったりしましたが、イタリア、ヨーロッパへの旅を経て、高松っていいところだなと思えるようになりました」と三好さんは語った。

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「イタリアから帰ってきて、自分自身で何かやろうと思い、バンでイタリアンジェラートの移動販売を始めたんです。そのとき、バンやホームページのデザインを、柳沢高文さんのデザイン会社にお願いしました。それが柳沢さんとの出逢いです。『ボン・パストーレ』という屋号のジェラート屋。パストーレは羊飼いのこと。遊牧民のように、旅するように移動しながら何かやれたらいいなと思ったので。料理を通して、何か表現したかった。

 

その後バンが壊れてしまって、もうこの仕事はできないというときに、柳沢さんが北浜アリーに作った『umie』で人が足りないと聞き、いい勉強になるんじゃないかと考え、働かせてくださいとお願いしたんです」

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。
Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

「港の目の前にあるこの辺りは、もともと穀物倉庫街でした。柳沢さんは、『デザインやもの作りと、瀬戸内の風景を繋ぐ場所』として、この店を作りました。讃岐伝統の桶や樽を手作りしてきた『谷川木工芸』が手がけた大きな樽カウンターを中心に、高松出身の鉄アーティスト、槇塚登さんのオブジェ、香川漆器『森羅sinra』の器、香川の庵治石を使ったテーブル、そしてもちろんイサムノグチのAKARI……、すべてローカルにこだわりました。『さろんぶるー』は、香川県そして瀬戸内の食文化と伝統工芸を表現する店なんです。料理も、地元の食材、素材にこだわっています。地元の農家と繋がり、今朝とれたばかりの野菜を出せれば、鮮度が良くて、お客さんは嬉しい。それは料理人として一番の歓びです。

 

チョコレートのテリーヌは、実はこの店のルーツのようなメニューです。『さろんぶるー』ができる前、この場所はギャラリーで、小さくカフェ営業もしていたんですが、そのときからこのチョコレートのテリーヌはあるんです。添えられているフルーツのジャムは季節ごとに変わります。少し前はイチゴでしたが、今は夏で柑橘系。八朔、夏みかんなど。瀬戸内の味わいがプラスされたチョコレートのテリーヌです」

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。
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チョコレートは「人生を捧げるほど面白い素材」。

翌日の午前、再び「さろんぶるー」へ。自宅工房でクラフト・チョコレート作りをするショコラティエール、柏原里砂さんと会う約束だった。高松生まれの柏原さんは、ラジオ・パーソナリティであり、FM香川のアナウンサーであり、漫画家、そして、ショコラ・コーディネイター。ユニーク、そして、とても楽しい人生を送っている女性のようだ。

 

「もともとお菓子作りが大好きで、小学生の頃はケーキ屋さんになりたいと思っていました。要は(お菓子の)オタクなんですよ」と柏原さんは笑った。

 

「製菓の本を見ながら自分で作ってみる。美味しくできないと、何か裏側に隠された秘密があるに違いないと思って研究する。でもやはり、きちんと学ばないとわからないことがあると感じ、神戸のコルドンブルーに通いました。平日はFM香川でアナウンサー、パーソナリティの仕事をして、土曜日の朝、船で神戸に渡って。クラスには、趣味やお稽古で来ている人ばかり。私だけ、素材の持っている性質を知りたい、もっと深く学びたいとやたら真剣で(笑)。お菓子を学ぶうち、私はチョコレートに強くひかれていったんです」

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「全10回の講座の中で、チョコレートのタルトを作る回がありました。乳化作業をすると、それまで完全に分離していたチョコレートが、つるーんときれいに一体化し、鏡みたいにつるつるに光って見えて、何コレ!?とびっくり。その日の帰りに神戸の本屋さんに寄って、チョコレートに関する本を買えるだけ買って、四国へ戻るフェリーに乗りました。こんなヘンな素材はない!と思ったんです。

 

その少し後に、テレビを観ていたらフランスの『ラ・メゾン・デュ・ショコラ』の2代目マスターシェフである、ニコラ・クラワゾーが出ていて、彼が、『チョコレートは、人生を捧げてもいいくらい面白い素材だ』と語るのを聞き、私は、これだ!と思いました。よし、チョコレートだけの研究をしよう、と。チョコレートに目覚めた瞬間でした。今から17〜18年ほど前のことで、チョコレートのブームが起きるよりずっと昔です」

 

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柏原里砂さんは、東京にあるフランスのチョコレート・メーカーの研修を受けたりしながら、あとは何冊も本を読み、独学でチョコレートやカカオの知識を増やしていった。

 

2010年、子供を産んだ年、友人の喫茶店から「チョコレートケーキを卸してほしい」と依頼を受け、そのタイミングで自宅の2階を「チョコレート工房」に改築、衛生許可を取得した。プロのショコラティエールとして、仕事としてのチョコレート作りがスタートした。

 

家の人には反対されませんでしたか?と訊くと、「どうぞ、どうぞ、と笑顔で言われました。うちのモットーは、『やりたいことは死ぬまでに(必ず)やろう』なんです。せっかく人間として生まれてきたんだから、やりたいこと、やれることは、やらないと!」と柏原さんは笑顔で言った。

 

「私が屋号にした、chocolate&lee(しょこらとりー)は、私の学生時代からのあだ名が『りー』だったので、『チョコレートと私自身(りー)』という意味と、フランス語の『ショコラトリー(チョコレート屋)』をかけたんです」

 

Travelogue<br>チョコレートを巡る旅<瀬戸内編その②> 島と海と猫、時々チョコレート。

 

ショコラトリーの国でもあるフランスには、「アルチザン」という言葉がある。「artisan」とは、「卓越した技術を持つ職人(skilled craft worker)」のことだ。

 

瀬戸内を旅していると、たくさんのアルチザンと出逢う。木工作家、染織家、ガラス作家、陶芸家、デニム作家、石工……ほかにもいろいろ。風土にこだわった酒造りをする人、その土地に根ざした農業を営む人も、ある意味でアルチザンだ。「さろんぶるー」の三好智之さんもまた、食で表現する「瀬戸内アルチザン」である。

 

柏原里砂さんは間違いなくアルチザンだ。彼女のクラフト魂(それを彼女自身は「オタク」と呼んだ)、技術は、チョコレートによって表現される。そのベースにあるのは、チョコレートへの愛情だろう(偏愛、と表現してもいいかもしれない)。パリの有名なショコラティエと同じように、柏原里砂さんもまた、「チョコレートに人生を捧げている」ショコラティエールだ。

 

僕と友人の瀬戸内アルチザンを巡る旅は、まだまだ続く。(次回は男木島へ)

 

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文:今井栄一

旅や人をテーマに国内外を旅しながら、執筆、撮影、編集、企画などをおこなう。FMラジオ番組やPODCAST番組の制作も。著書に『雨と虹と、旅々ハワイ』『Hawaii Travelhints 100』『世界の美しい書店』ほか。訳書に『ビート・ジェネレーション〜ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『1972年のローリング・ストーンズ』など。