代わる代わる一冊の本を売る本屋「森岡書店」。その店主、森岡督行さんがコロナ禍の中、チョコレートをきっかけにいま会いたい人と思想について、生き方について語らうシリーズ。

 

第4回目は料理家の坂田阿希子さん。ひとてま、ふたてまかけた定番料理や、どんなときでもポジティブなマインドで多くの人を引きつける坂田さん。

そんなポジティブ思考はどこから来るのか、尋ねました。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん
森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん
かつて日本でサンドイッチ店の先駆けとして40年もの間、代官山ヒルサイドテラスで営んできた「トムス・サンドイッチ」の場所を受け継いだ。

料理好きから圧倒的な支持を集める料理家の坂田阿希子さん。2019年11月には自身の店「洋食KUCHIBUE」をオープンした。代官山ヒルサイドテラスにあるそのお店はロケーションも特別だ。エントランスを入ると視線が遠くまで抜けて、緑豊かな木々の景色を借景にしたような空間が広がる。

 

坂田:店を開くなら洋食店と決めていたので、どこかクラシカルな雰囲気が漂う内装にしようと考えたんです。でも、私にとって代官山ヒルサイドテラスは誕生から50年以上経った今でも色褪せない存在です。そんな場所に馴染んだお店になったらいいなという思いがあり、郷愁を誘う空間というよりも、ヒルサイドテラスと同様にタイムレスな空間にしようと方向性を変えました

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん
大きな窓から森が見える心地のいい空間。広島の木工家具メーカー マルニ木工の椅子「Roundish」プロダクトデザイナー深澤直人さんがデザインした椅子が並ぶ。

店に置かれているものはすべて坂田さんが探し求めた家具や、交流関係から集まったものばかり。中でもお客さんが数時間、座り続ける椅子にはこだわったという。

 

坂田:広島県の木工家具ブランド「マルニ木工」が作る< Roundish >という椅子です。つくりが良く、奇をてらわないけれど美しく、座っていて疲れない家具を探して選びました。初めはマルニ木工の中でも “これぞ椅子!”というような< Hiroshima >チェアを考えていたんです。< Hiroshima >はアームレストのある椅子で、カウンターテーブルに置くと、お客さんが横から座り込む時に椅子をかなり引かないと座ることが難しいんです。スムーズに座ることができる椅子にしたかったので< Roundish >にしました。アームレストがあるとその分、重くもなるので女性のお客さんには引くときに腕力が必要なんです。

食べに来るお客さんに幸せな時間を過ごしてもらうための目配りは供する料理だけでなく、空間の細部まで及ぶ。

 

坂田:スッキリとした空間ではありますが、自分が気に入ったアーティストの絵を随所に飾っています。

エントランスには木工の器が人気のクラフト作家、三谷龍二さんが描いた絵。なんでも三谷さんが季節ごとに描いたものを入れ替えてくれるそうで、Kuchibueはこうした様々なアーティストの作品が掛けられたギャラリーのよう。好きな作家のアートワークに囲まれたスペースは坂田さんにとっても我が家のように居心地がよく、安心できる空間のようだ。

 

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん
カウンターの上には友人のファッションデザイナー、皆川明さんがその場で筆を走らせたアルファベットの文字が並ぶ
森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん
エントランスには親しい木工作家 三谷龍二さんの希少な絵画

坂田さんが「洋食KUCHIBUE」で提供する料理はマカロニグラタン、ハンバーグ、コロッケ、メンチカツなど、多くの日本人にとってメニューを見ただけでイメージが沸く馴染みのあるいわゆる洋食だ。しかし、そこに坂田さんのプロの技が加わる。ハンバーグであれば丁寧に繊維を取り除いた牛ひき肉、そこにチキンカレーを漉して作った艷やかなソースを添えたり、和牛の希少な部位カメノコのひき肉とマッシュルーム、玉ねぎで作ったメンチカツに鶏ガラで作ったトマトソースを合わせたりと、ひと手間かけた坂田さんの創意工夫が冴えわたる一皿が完成する。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん

しかし、店を開店したその数か月後には新型コロナウィルスが日本でも確認されることになった。2020年春、緊急事態宣言の発令にともない飲食店に営業の自粛を求められた。

 

坂田:お店を開けて、お客さまを迎えることが毎日楽しかった時期なので、どうしたものかとしょんぼりして森岡さんに電話をかけたこともありました。

 

 森岡:新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐため、森岡書店も何度も休業してはオープンを繰り返してきました。運営の仕方を思案する中、坂田さんのインスタグラムをいつも見て励まされているんです。こんな逆境の中で坂田さんがどのようにして前向きに歩んでいけるのかを聞きたかったんです。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん

それまで歩んできたに道が一度通行止めになった時、坂田さんが別の道を探すことができたのはKuchibueという場所があったから。

 

坂田:困った…と悲嘆するのではなく、すぐに営業形態を変えて、店で出していたビーフシチューやグラタン、カレーなどを急速冷凍して真空状態で持ち帰りの形やオンラインで販売することにしました。それができたのは、もともと店を開く際、料理の仕込みの工程で衛生面を徹底するために急速冷凍機を導入していたからです。

 

何事も前向きに捉える坂田さんのマインドを見習いたいという森岡さんはこんな逸話を明かしてくれた。

 

森岡:ある冬、森岡書店で開催していた展覧会を坂田さんが覗きに来てくれた時のこと。店内が寒いので電気ストーブをつけていたんですが、ストーブのそばにいた坂田さんのスカートの裾が熱で溶けだして変形しちゃったんですよ。決して安い服ではなかったでしょうに、坂田さんは『あ、新しいデザインになったわねえ。これもいいわねえ』と何事もなかったように言うんです。どんな感覚の人なんだろう?と驚かされました。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん

終始、笑いの絶えない2人。以前、坂田さんの出版本を森岡書店で展示した際にもこんなエピソードがある。

 

森岡:通常、展示する作家さんは会場の照明など設営具合を事前に確認なさるんですが、坂田さんは会場構成にはあまりこだわりがないんです。その代わり、坂田さんは展示が始まって人が入った時の様子を予行演習しましょうと提案するんです。台本があって、僕が客になりきって、『展示の案内状が来たから覗きに行ってみるか。へえ、なかなかいいじゃない』というシミュレーションを実際の森岡書店でやってみたんです。こんな風に会場の確認をするんだ、と目を開かれる思いでした。

 

坂田:森岡書店での展示というのは私にとって非日常なので、芝居のような台本を作ったんですよ。

その坂田さんの料理本の出版記念展示では、本だけでなく、坂田さんが考案したアイテムも販売した。チョコレートもそのひとつ。

 

坂田:来てくれた人たちが楽しんでもらえる企画を考えることが楽しいんです。

今でも頭の中にアイデアがたくさん浮かんでいそうな表情で話す。

 

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.4 料理家 坂田阿希子さん
プロヴァンス地方の有機食材のみで造られたBIOMOMO HASHIMOTOのタブレットチョコ

森岡さんがそんな坂田さんと一緒に食べたいと選んだチョコレートは南仏プロヴァンスのチョコレートブランド「BIOMOMO HASHIMOTO」。作っているのは現地でショコラティエを営む日本人の橋本夫妻だ。南仏の有機食材を日本人独自の視点でチョコレートに取り込んだハイブリッドチョコレートが評判で、南仏の生姜に漆蜂蜜を混ぜたチョコレートやホオズキ、バジルと松の実を混ぜたものなど、一般的にはチョコレートと結びつかない意外な組み合わせと味が新鮮だ。

 

森岡:ある土地で親しまれてきた素材に最大限の敬意を払いながら自分たちの創意工夫を加える橋本夫妻の姿勢は、僕からみると坂田さんと重なるんです。坂田さんは海外で長らく親しまれ、ご自分も子どもの頃から大好きだったという洋食の本質を捉えながらも、オリジナリティを加えた坂田さんの洋食を確立していると思います。

 

森岡さんがこのチョコレートを選んだ理由を坂田さんに伝えると

 

坂田:そのように見てくれていたと思うとうれしい。

 

森岡:また森岡書店で出版展示をしてください!

 

 

 

 

PROFILE

 

<guest>

坂田阿希子(Akiko Sakata)

料理家。料理教室「Studio SPOON」主宰。 料理研究家のアシスタントを経て、フランス菓子店、フランス料理店で経験を積み、独立。洋食から家庭料理、洋菓子まで幅広い料理本を通じて料理の楽しさを伝える。2019年11月、洋食Kuchibue店をオープン。

 

 

<host>

森岡督行(Yoshiyuki Morioka)

一冊の本を売る店をコンセプトにした銀座の店「森岡書店」の店主。展覧会企画にも協力。「雑貨展」(21_21 DESIGN SIGHT)、「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「Khadi インドの明日をつむぐ」(21_21 DESIGN SIGHT)など。京都・和久傳のゲストハウス「川」や、「エルメスの手しごと」展のカフェライブラリーの選書を担当。文筆家として新潮社『工芸青花』のサイトで日記を、資生堂『花椿』サイトで「現代銀座考」を連載中。

 

 

文=長谷川香苗

写真=林ユバ

 

 

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