シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。

2021年1月、伊勢丹新宿店で行われたチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」に、他とは一線を画す、今までにない一風変わったブースが登場した。シンプルな和の趣のカウンターに腰掛けると、チョコレートと一緒に出てきたのは、オリジナルのお猪口に注がれた日本酒。ほんのり温められた燗酒とチョコレートを合わせると、口の中にふっくらと柔らかく香りが広がって、なんとも心地よい味わいだった。

 

神楽坂にある会席料理と日本酒の店「ふしきの」と言えば、日本酒好きは思わず背筋をピンと正したくなる様な、憧れの店である。9年連続でミシェランガイドに掲載される和食の名店であり、日本酒と料理のペアリングを初めて本格的に手掛けた先駆者でもある。そのふしきのがイベントで試みた、チョコレートと日本酒のペアリング提案は、訪れた多くの人に新鮮な驚きを与えた。今回はその魅力を伺うと共に、各種チョコレートと合う日本酒について、少しマニアックに指南していただいた。

 

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
ふしきので料理と日本酒に携わる武田幸大さん。
日本酒もチョコレートも発酵食品、合わないはずはない

伊勢丹のサロン・デュ・ショコラへの出店は今回が初の試みだった。ふしきのは以前から地下の酒売り場とつながりがあったそうで、そこの担当者からの後押しもあり、声が掛かったという。

「サロン・デュ・ショコラはあまり和のイメージがなかったのでチャレンジだとは思いましたが、日本酒は懐の深いお酒です。きっとチョコレートとも合うだろうと思ってお引き受けしました」と話すのは、ふしきので料理と日本酒を担当する武田幸大さん。

 

ふしきのでは通常チョコレートも洋菓子も提供していないが、「HASABON(ハサボン)」という姉妹店があり、こちらは和と洋、伝統と現代の組み合わせをテーマに、フレンチのシェフが料理を提供し、日本酒とペアリングを行っている。サロン・デュ・ショコラ出店時のチョコレート菓子はWhosecacao の協力の元HASABONのシェフが担当し、オリジナルを制作した。

 

 

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
すぐ近くにある姉妹店「HASABON」の酒粕を使ったオリジナルのチョコレートケーキ(事前予約でご提供)

初日はお客さんが誰も来なかったらどうしようと不安もあったそうだが、夕方くらいから次第に人が増え始め、結果は大盛況。口コミで評判が広がり、何度もリピートしてくれるお客さんも多かったそうだ。

「日本酒好きなふしきののお客様ももちろん来てくれましたが、あまり日本酒を飲んだことのない若い方が来てくれて、こんなに合うんですね、と驚いてくださった。お客様の反応が興味深く印象的でした。日本酒にはもっと多様な可能性があり、日本酒ペアリングは世界に通用する文化だと思っているので、このような新しい組み合わせをいろんな人が体験してくれたのは本当に嬉しく、手応えを感じました」

提供するお酒のセレクトにもこだわり、燗酒に向く旨味の深いしっかりした純米酒や、古酒なども取り入れ、ふしきのらしいペアリングができたという。日本酒初心者にとってはあまり体験したことのない驚きと発見があり、日本酒マニアにもうーんと唸らせるようなプロの技が光っていた。

 

「実はチョコレートというか、甘いものはあんまり得意ではないんです」と申し訳なさそうに話す武田さん。九州出身で、お酒はジャンルを問わず和洋幅広く好きだという。国立大学を卒業後、専門学校を経て銀座の料亭で料理人として腕を磨いた。学生時代はバーテンダーをしていたこともあり、フレンチレストランでバイトをしながらワインを学んだという多彩な経験の持ち主だ。チョコレートは普段食べない食材のため、新しい発見があり、知識の幅が広がって、非常に勉強になった、と前向きに取り組んでいた。

「カカオのことを調べれば調べるほど、歴史の奥深さを知って面白くなりました。また、チョコレートも発酵食品なので、日本酒とも親和性があることを感じました」

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
ふしきの店内。
シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
すっきりとシンプルな杉のカウンター。凛とした佇まいが気持ち良く、無垢の木の質感に癒される。
おうちでも真似したい!4種類のチョコレートと日本酒のペアリング

今回は、「ミルクの板チョコレート」「フルーツ系チョコレート」「ナッツ系チョコレート」「ビターの板チョコレート」の4種類について、それぞれ異なる日本酒と合わせてペアリングの楽しみを教えていただいた。チョコレートは、渋谷スクランブルスクエア1Fに店舗を持つ、世界中から良質なチョコレートを集めたセレクトショップ「c7h8n4o2(チョコ係) 」にご協力いただき、セレクトを行った。美しいうつわや酒器の選び方も参考にしたい。

 

※日本酒はふしきので扱っているもので行ったため、ちょっと珍しい、手に入れるのが難しいものもあるが、詳細スペックを載せているので、もし家などで真似したい場合は、イメージを膨らませながら似たようなもので試してみていただきたい。また別の新しい発見があるかもしれない。

 

 

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
セレクトした4種類のチョコレート。(右下より時計回りに)アメデイ「トスカーノブラウンアメデイ」、アンティカ・ドルチェリア・ボナイユート「80%モツィアの塩」、バルベーロ「バーチディケラスコ」、ダリケー「ジューシーオランジェット」
【ペアリング1:ミルクチョコレート】

・チョコレート:アメデイ「トスカーノブラウン」(イタリア)

原材料:カカオペースト、キビ糖、ココアバター、全粉乳

 

・合わせるお酒:惣誉(栃木県)「生酛仕込」 純米酒 横浜君島屋限定品    2019.2製造 2020.12蔵出

原料米:兵庫県吉川産山田錦100% 精米歩合55% アルコール14度

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
惣誉とミルクチョコレート

ミルクのコクがあり、穏やかで上品な甘みのミルクチョコレート。アメデイは南米にカカオ農園を所有し、栽培・収穫・選別・焙煎・加工などを全て自社で管理。原材料からこだわって作られるイタリア・トスカーナのチョコレートメーカー。

 

 

惣誉(そうほまれ)酒造は、滋賀から栃木へ移り住み、1872年(明治5年)より続く老舗の酒蔵。2001年より、伝統的な製法である生酛造りに力を注いでいる。「生酛ルネサンス」 とスローガンを掲げ、高度な技術にさらなる磨きをかけ、洗練された味わいを目指す。また、それを熟成させることで、落ち着いた深みのある酒に仕上げている。

 

お酒は40〜45℃くらいに温めた燗酒で提供。日本酒の魅力の一つは、温度を多様に変えて提供できることである。常温で飲むよりも、ふわっと柔らかく米の香りが広がり、アミノ酸の旨味が出てくる。そして優しく温めることで生酛特有の酸が程よく穏やかに、ミルクの甘みを引き立てるように感じる。チョコレートはちょうど体温くらいで溶け出すため、燗酒と一緒に味わうと、カカオの香りもより広がる。実はチョコレートと燗酒はすこぶる相性が良いのだ。

「生酛系の純米酒と一般的なミルクチョコレートなら、だいたい合わせやすいと思います。一番お試ししやすい組み合わせです」(武田さん)

 

 

※生酛造りとは

日本酒を造るとき、まずは「酒母」という発酵のスターターのようなものをつくる。酒母は麹、酵母、乳酸菌でつくられ、乳酸菌が出す乳酸には雑菌を防ぐ力がある。人工の乳酸を添加する「速醸」が一般的だが、天然の乳酸菌を取り込んでつくられるものを生酛という。米や麹をすりつぶして溶かし、乳酸菌の発生しやすい環境をつくり、自然の力で繁殖させる必要があるため、大変手間と時間がかかる。できたお酒はすっきりとしたキレがありつつ、濃厚な旨味とコクがある。

 

 

 

【ペアリング2:フルーツ系チョコレート】

・チョコレート:ダリケー(京都)「ジューシーオランジェット」

原材料:オレンジピール、カカオマス、砂糖、カシューナッツ

 

・合わせるお酒:美吉野醸造(奈良県) 「天彩」 デザート日本酒(貴醸酒)  2019.10製造

原料米:奈良県産米100% 精米歩合70% アルコール16度

 

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
天彩とオランジェット

ダリケー(Dari K)は、インドネシア・スラウェシ島のカカオ豆でチョコレートを作る、京都のビーントゥーバーメーカー。現地で農家と協力しながら、栽培や発酵なども協同して手がけている。素材本来の風味を存分に生かした味わいが特徴的。ジューシーなオレンジピールをビターチョコレートでコーティングした正統派のオランジェット。

 

 

美吉野醸造は桜で有名な奈良県吉野にある蔵元。「花巴(はなともえ)」という銘柄で知る人も多いかもしれない。こちらは「100年先の未来にも輝きつづける、至高の日本酒」をテーマに、全国の志ある酒蔵と取り組むブランド「SAKE HUNDRED」からリリースされたお酒。日本酒で日本酒を仕込む(通常は仕込水で仕込む)、贅沢な醸造方法でつくられる貴醸酒である。

 

貴醸酒というと、かなりしっかり甘みの強いものが多いが、こちらはほんのりフルーティーな酸味があり、それが柑橘の爽やかさと共鳴する。蜂蜜のような濃厚な甘さがありながらも、さらりと流れるように引き、後味はあっさり。美吉野醸造も自然の力を生かして醸造する伝統的な水酛造りに定評のある酒蔵だが、その技術が醸す芳醇で複雑な香りと味わいがオランジェットを優しく包み、より優雅で上品な味わいをもたらしている。ダリケーのHPではワインやコニャックにお勧めと記載されているが、まさかお隣の県、奈良のお酒とぴったりマッチするとは!!

 

 

 

【ペアリング3:ナッツ系チョコレート】

・チョコレート:バルベーロ(イタリア)「バーチディケラスコ」

原材料:ヘーゼルナッツ、カカオマス、砂糖、カカオバター、乳化剤、バニラ香料

 

・合わせるお酒:宗玄(石川県) 「純米雄町無濾過生原酒」  2021.5製造

原料米:岡山県赤磐雄町100% 精米歩合55%  アルコール17度

 

 

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宗玄とバーチディケラスコ

バルベーロ(Barbero)はイタリア・ピエモンテの小さな街ケラスコで1881年から続くチョコレート店。バーチディケラスコはこの店のスペシャリテ。ヘーゼルナッツをローストし、ビターチョコレートでコーティングした、誰からも愛される、ほっと和むような味わいのチョコレートである。

 

 

宗玄酒造は石川県の能登半島で250年の歴史を誇る酒蔵。日本四大杜氏の一つ、能登杜氏発祥の蔵といわれ、海山の幸が豊富なこの地域の食に合う酒をつくっている。無濾過生原酒とは濾過、火入れ、加水をしていないお酒で、少しアルコール度数は高いが、華やかな香りとフレッシュな味わいが特徴。一般的にはそのまま常温か冷やして飲むことをおすすめされるが、ふしきのではあえて45℃前後の燗酒で提供。

 

「今出ている宗玄のこのお酒は蔵で1年寝かしたものなんですが、熟成させた生原酒にはナッツのような香りがあるんです。それを温めることでメイラード反応によるナッツのふくよかな香ばしさが現れます」と武田さん。

ヘーゼルナッツがたっぷり入ったバーチディケラスコのナッツ香が、お酒を含むことで口の中でさらにふわっと多重に広がり、余韻が心地よい。

「いいお酒は燗にしたらもったいないなんて言われることもありましたが、お酒を温めるといっても様々で、少し常温に戻すように燗つけたり、同じ温度にするにしてもどのように上げるのか、スプーンなどでどのように攪拌させるのかなど様々な手法があります。お酒の特徴を捉えて、よりおいしく感じて頂けるよう試行錯誤しています」

 

 

 

【ペアリング4:ビターチョコレート】

・チョコレート: アンティカ・ドルチェリア・ボナイユート(イタリア)「80%モツィアの塩」

原材料:カカオマス、砂糖(グラニュー糖)、海塩

 

・合わせるお酒:天穏(島根県) 「そやし水酛」 純米酒 2021.4 製造

原料米:奥出雲産改良雄町100% 精米歩合60% アルコール14度

 

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
天穏とビターチョコレート

アンティカ・ドルチェリア・ボナイユート(Antica Dolceria Bonajuto)はイタリア・シチリア島東南の古き良き街モディカにある、1880年創業の老舗ドルチェリア(菓子店)。伝統的な古代の製法でチョコレートを作っている。カカオの原産地である南米の昔ながらのチョコレートとも似た雰囲気がある。カカオの香りが力強く、独特のシャリシャリした食感が特徴的。こちらは塩も入っており、かなり個性的なチョコレートだったため、ペアリングが難しかったと武田さん。

「普通のビターチョコレートだったら、古酒とかを合わせることも多いんですけど、これはちょっと違いました。カカオバターが入っていないので古酒だと苦味が強調され過ぎてしまう。そこで水酛の乳酸が苦味をまろやかに取りまとめながら調和するイメージで合わせました」

 

 

水酛は日本酒の原点ともいえる、自然の力を存分に利用した昔ながらの醸造法。しかも天穏・板倉酒造のある島根県出雲といえば、日本酒発祥の地ともいわれている地域だ。驚くべき偶然かもしれないが、古代製法で作られたカカオ感の強いチョコレートには、同じように昔の技法で造られた力のあるお酒が合うということだろうか。ちなみにこちらは常温で飲んで十分においしいが、燗にすると酸味が広がり、バニラのような香りも出てくる。温度を変えて、味比べしてみても楽しい。

 

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
ちろりで温めた燗酒を徳利で提供。お酒によって器を変えることも店のこだわりで、器の素材や形状が味わいにも影響を与える。
【ペアリング番外編:甘酒】
シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
最後に登場した甘酒「醗酵の森」

甘酒とは酒をつくる工程の途中にある、まだアルコール発酵していない状態の飲みもの。実は、甘酒はチョコレートと幅広く合わせられるという。こちらは鳥取県の山根酒造から、2021年より新発売の「米麹AMAZAKE 醗酵の森」。日本酒の生酛造りを応用し、蔵付きの乳酸菌を取り込んで発酵させているという、手間暇をかけた甘酒である。甘みもしっかりあるが自然の微生物による立体的な複雑味があり、乳酸菌由来の爽やかな酸味が、全体を程よく引き締めているように感じる。

「この甘酒は甘みも強いけれど酸味も立っていて、チョコレートと合わせることでバランスが取れる。特にビーントゥーバーなどのカカオ感の強いチョコレートは複雑な酸や苦味がありますが、甘酒のしっかりした甘みと乳酸がまろやかに包んでくれるイメージです」

 

 

もしまたチョコレートペアリングをやる機会があるなら、カカオの品種や産地、焙煎の違いなど、素材によって個性が現れるようなチョコレートを試してみたい、と武田さん。今回は独学でチョコレートを勉強して挑んだそうだが、プロのカカオ専門家からアドバイスをいただけたら、より深く探求でき、ペアリングの精度ももっと上げられるのでは、と期待を込めて話す。ペアリングには科学的な定義もあるが、武田さんはあまりそこだけに囚われず、最終的には自分がおいしいと感じる味覚を大切にしている。ふしきのでは通常チョコレートが出てくることはないのだが、今回の挑戦は日本酒ペアリングの新境地として、お酒やチョコレートを愛する人々を心からワクワクと楽しませてくれたことは間違いない。また日本酒を世界に伝えるツールの一つとして、カカオやチョコレートが担える可能性も大いに感じられた。

 

文=江澤香織

写真=林ユバ

 

 

【Profile】

シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。 シリーズ「酒とカカオと」Vol.4 ふしきの 武田幸大さん 日本酒は懐深い酒であり、世界に伝えたい文化。チョコレートペアリングは新しい挑戦だった。
武田幸大(Kodai Takeda)

ふしきの

https://fushikino.com

 

HASABON

https://www.hasabon.com

 

 

 

 

 

 

 

 

協力:c7h8n4o2(チョコ係)http://www.c7h8n4o2.com