文:江澤香織

写真:チダコウイチ

 

2021年のバレンタインシーズンに、今まで誰も見たことがないような新しい調味料が発売された。「カカオ醬(カカオジャン)」と名付けられたその調味料は、マニアックなチョコレート好きから次第に噂が広がり、あっという間に品切れになってしまった。食べた人は目を丸くして驚き、ちょっと興奮しながら「カカオと醤油の味がする!」という。摩訶不思議な調味料・カカオ醬をつくったのは、和歌山県の醤油メーカー、湯浅醤油。和歌山といえば醤油発祥の地であり、湯浅醤油は伝統的な木桶仕込みで天然醸造の醤油をつくっている会社だが、一方で次々と斬新な試みを行い、醤油文化を世に広めようと様々な活動している。5代目代表の新古敏朗さんに、カカオ醬にまつわる話と現在の活動、そして湯浅醤油のこれからについて、話を伺った。

 

世界初の全く新しい発酵調味料「カカオ醬」

2020年の12月、カカオ醬の最初のお披露目会が大阪のレストラン「西洋料理店ふじもと」で開かれた。前菜からメイン、デザートまでフルコースで提供された料理の全てにカカオ醬が使われていた。魚のカルパッチョ、冷製鴨肉、生ハムサラダ、地鶏ソテー、バターナッツのスープ、カレー、安納芋のプディングなどなど、様々な素材・料理に合わせていた。カカオというと、どうしても甘いお菓子であるチョコレートを連想してしまうが、実際のカカオ豆自体は甘くないため、スパイスのような使い方も可能である。チョコレートも醤油も発酵食品だから、相性はいいのでは?という興味からスタートし、カカオ豆の産地であるベトナムを何度も訪問。4年の歳月をかけて開発された商品だ。

 

果たしてカカオ醬の味は、カカオ豆のナッツ感のある香ばしい風味を感じさせながら、ほんのり自然な甘みとふくよかな旨みがあり、醤油に複雑な味わいを加えている。ペーストタイプと粒タイプの2種類があり、粒タイプはよりカカオをダイレクトに感じ、食感の面白さもある。ペーストタイプはソースやスープなどに活用され、料理に溶かし混ぜることで、味に奥行きを与える。この不思議な調味料は料理人の創作意欲を存分に刺激したのだろう。料理はどれも違和感なく融合し、新しい味を生み出していた。

「カカオ醬を食べたお客さんの反応を見ていると、最初はえっ、チョコレート?って眉間にしわを寄せているんですが、食べた後は笑い顔になっていて、それが嬉しかったです。料理人さんも面白がってくれて、この企画はやりがいのある挑戦でした」と新古さん。

 

「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
カカオ醬(こちらはペーストタイプ)。シンプルなパッケージデザインも魅力。

バレンタインにつくったカカオ醬は人気が高まって瞬く間に売れ、取材した6月現在、蔵元では在庫がなく、発売はストップしている。ベトナムの農家が栽培、収穫、発酵、乾燥したカカオ豆を船で輸送し、フランスのチョコレート会社「エリタージュ」が焙煎してベースの味を調整。それを日本でカカオ醬に加工するため、コロナの影響もあって、新たな製造が大幅に遅れているという。しかし、今後も製造は継続し、いずれはフランスを始め、海外での販売も視野に入れている。さらに今、次の新しい調味料「カカオ醬・パート2(仮)」を開発中だ。

「まだ方向性が定まっていないため、今の時点ではどんなものなのかお伝えすることができません。アイデアはすごく画期的だと自信を持っているんですが、もっと味を極めたくて、できれば和歌山の食材とも組み合わせたく、日々試行錯誤しています」

 

和歌山県湯浅町は醤油発祥の地だった

カカオ醬をつくった湯浅醤油があるのは、和歌山県有田郡湯浅町。「醤油発祥の地」として、平成29年度の日本遺産に認定された町だ。その歴史は鎌倉時代、禅宗の若き僧・覚心が中国の径山寺(きんざんじ)で修行した時になめ味噌の製法を習得し、それを日本に持ち帰ってこの地で伝授したことで、盛んに味噌がつくられるようになった。それは金山寺味噌の元祖となったが、その工程の途中で桶に溜まった野菜から滲み出る水分「たまり」が、舐めてみたらたいそう美味しかったことが、醤油誕生のきっかけとなった。これを食材にかけたらきっと美味しくなるはず、と思った当時の人々が、改良を重ねてできたのが醤油である。ちなみにカカオ醬に使われている醤油も、金山寺味噌のたまりを素材にした自社商品「九曜むらさき」が使われている。

 

「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
湯浅町の古い町並みからは少し離れた場所にある、湯浅醤油の工場。
「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
「九曜むらさき」は、金山寺味噌を製造している湯浅醤油らしい看板商品の一つ。

新古敏朗さんはこの町に生まれながらも、そんな醤油の歴史があることを全く知らなかったという。家族からも近所の人からもその話が出ることはなく、家業を継ぐため大阪に出て専門学校に通うようになってから初めて友人に告げられ、大きなショックを受けた。この土地の歴史や文化をもっと多くの人に伝えたい、という故郷への思いが新古さんの原動力となり、その後の活動に繋がっていった。

 

湯浅醤油を訊ねると、広い蔵の中には、大きな木桶がいくつも並んでいた。古いものは明治時代初期に作られたもので、140年くらい経っているそうだ。現代のいわゆる大手メーカーの醤油は、人工的な温度管理で醸造期間を3〜6ヶ月に短縮できる速醸という製造方法が一般的だが、湯浅醤油は昔ながらの伝統的な製法で、一年以上ゆっくりと時間をかけ、自然の力に委ねられた天然醸造である。実際に醸造している蔵の中は、誰でも自由に見学できるようになっており、櫂入れ体験ができるスペースもある。2005年に始めた当時は、製造現場をオープンにしている醤油蔵はほとんどなく、画期的なことだった。

「うちは余計なものは何も入れていませんし、見せてやましいことは何もありません。醤油を身近に感じてもらい、製造の現場を体感してもらうことは食育にもなりますし、地域の歴史・文化を伝える上でも大切なことだと思っています」

 

「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
蔵の中に一歩足を踏み入れると、醤油の香りに包まれる。微生物の息づかいが伝わってくる。
「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
木桶は多様な微生物が棲みやすく、味に複雑味を与え、その土地、その造り手らしい醤油になるという。
「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
もろみはおよそ3日かけて少しずつ圧を加え、ゆっくりと搾り、ようやく醤油になる。無理に急ぐと濁ってしまい、味にも苦味が出るそうだ。
ワイン樽を使い、フランスで醤油を醸造

さて、蔵の片隅にはポツンと一つ、ワイン樽が置かれていた。

「実はこれ、フランスへ行くきっかけにもなった、最初に買ったワイン樽です。醤油をワイン用のオーク樽で醸造したらどんな味になるんだろうと、実験的にやってみたんです」

木樽は成型時に板の表面を焼き入れする工程があり、その焼き加減によってワインに及ぼす香りや風味、熟成効果が変わってくる。そこで焼き加減の異なる3種類の木樽を複数個手に入れ、様々な種類の醤油を入れて1年後にどうなるか、実験を試みた。何が醤油に向いているのか、把握できてきたところでフランス有数のワイン産地、ボルドーへ向かった。新古さんはワイン醸造のことは全く知らなかったそうだが、現地で醸造家に学び、同じ発酵食品だからきっと応用できるはずだと考えた。湯浅醤油の製品は海外の料理人にも注目され、ヨーロッパの星付きレストランなどでも使われているのだが、日本から輸入すると3倍以上の値段になってしまう。それなら現地でつくれないかとかねてより思っていたそうだ。なんでも面白がってチャレンジする新古さんの人柄と真摯に学ぶ姿勢、そして飽くなき探究心が次々と人の縁を引き寄せ、2018年よりボルドーで醤油づくりが始まった。

 

「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
蔵の一角にあったワイン樽。醤油を入れたらどんな味になるのか、初めて実験した樽である。

有機認証を取得した現地の大豆と麦、そして塩の産地として知られ、フランスの伝統的な製法でつくるブルターニュのゲラント塩を使って醤油をつくっている。麹菌以外は全てフランス産、醸造には実は、某有名シャトーからのお下がりの中古ワイン樽を使用している。試作でできた醤油は、樽の影響があるのか、ほんのり赤みがかった良い色になったそうだ。試しに近所にあった牡蠣の屋台へ持って行き、牡蠣にかけて食べてみてもらったところ、地元のフランス人にも大変好評だったという。

「フランスにこんな調味料は普通にはないですし、おいしいから売ってくれと言われましたよ。この土地でつくっているフランス産の醤油だと言ったら、すごく喜んでくれました」

コロナ禍で現地へ行くことがままならない現在ではあるが、醤油は樽の中でじっくり熟成を続けている。醸造所の隣には、自家製醤油を使ったレストランを作る計画も進んでいるそうだ。

 

土地の歴史・文化を発信し、教育や医療にも繋げていきたい

新古さんが今後やりたいこと、続けていきたいことの一つは、この土地の食文化の歴史をしっかり深く掘り下げ、広く発信することだ。醤油発祥の地に生まれた醸造家としても、強い使命を感じている。和歌山県は醤油以外でも日本の食文化を語る上で、決して外すことのできない重要な地域である。例えば和食の原点である出汁の原料、鰹節も和歌山が発祥の地といわれている。印南町の漁師が長期保存できるように鰹を乾燥させ、さらに青カビを付けて乾燥させる方法を考案し、本枯れ節が誕生した。ご飯のお供の象徴である梅干しに使う梅は、みなべ・田辺地域が日本一の生産量を誇り、その持続可能な独特の農業システムは、世界農業遺産(GIAHS)にも認定されている。町の歴史や文化を語る時、新古さんは声にも熱がこもる。

「中国から金山寺味噌が伝わった時代に、お茶も日本に持ってきています。それはやがて茶道のベースになるんですが、そのお茶の伝来にも実は湯浅町の人が関わっており、ここは和食のルーツが多く集まっている地域なんです。関東の人は醤油といえば千葉をイメージしますが、千葉に醤油を伝えたのも湯浅の人なんですよ。だから千葉には和歌山と同じ地名がいくつかあるんです。面白いでしょ」

 

新古さんは食に関する教育にも熱心で、小学校をはじめとし、ペットボトルを使って簡単にできる醤油づくりのワークショップを行っている。YouTubeでの映像や、Instagram(インスタグラム)、Clubhouse(クラブハウス)などのSNSでも積極的に食の発信を行い、視聴者の素朴な疑問に真摯に答えている。

「僕らの子供の頃の給食はパンと牛乳で、日本の食文化をあまり学ばずに育ってしまった。日本人は自国の食文化に関して、まだまだ認識が浅いように感じます。僕はそこを変えていきたいし、日本の食文化の素晴らしさを世界に伝えたい。そのために多方面で活動することは自分が担うべきことの一つだと思っています」

 

「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
仕事と遊びの境目はなく、面白そうだったら何でもとりあえずやってみる、というのが新古さんのモットー。

もう一つ、新古さんが真剣に取り組んでいるのは金山寺味噌の健康効果に関する研究である。大学に協力してもらい、一緒に様々な実験を行っている。発酵食品は健康にいいと一概には言われているが、実際は未知の部分も多く、研究の余地が大いにあるという。まだ実験段階のため今後も検証が必要だが、ある病気のネズミが金山寺味噌を食べたら元気に動き出した、という効果も出ているそうで、今後も研究を続けることで、より詳細なデータを得ることができるかもしれない。

「日常的な食品を食べて健康を維持できるなら嬉しいし、そんなものが作れないかなと思って実験を続けています。歴史と文化、教育、医学、そこに自分が持つ醸造の知識を注いで、誰もまだやったことのない、未来に向けての仕事をすることは自分の役割だと思っています。カカオ醬も自分が進んでいく道の途中で見つけ、育てた一輪の花のようなもの。僕の名前は新古といいますけど、伝統を大切にすると同時に、周りが考えつかないような新しいことにもどんどんチャレンジして、次の世代へ引き継いでいきたいと思っています」

 

「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
取材後に立ち寄った、紀の川市にあるナチュラルチーズの専門店「コパン・ドゥ・フロマージュ」。
「カカオ醬」でチョコレート業界に旋風を巻き起こした、湯浅醤油の新古敏朗さんが描く食の未来とは
輸入したこだわりのチーズに和歌山産の食材を加えて再熟成したオリジナルチーズがここの特徴。湯浅醤油のもろみで風味づけしたチーズもあり、絶品の味わいだった!

 

湯浅醤油

https://www.yuasasyouyu.co.jp

 

 

 

文:江澤香織

フード・クラフト・トラベルライター。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)。旅先での町歩き、お土産探し、ものづくりの現場探訪がライフワーク。