取材・文:松浦裕香里

写真:チダコウイチ

 

ガラスケースのない真っ白な空間に並ぶ、まるでアート作品の様なスイーツたち。訪れた人たちを美術館へと連れて行ってくれるような、不思議な気分にさせてくれます。ここは鉄道事業などを展開する、京阪グループが2019年12月にオープンさせた、京都・四条河原町にある複合施設「GOOD NATURE STATION(グッドネイチャーステーション)」内にあるパティスリー「RAU(ラウ)」です。スイーツをとおして、生産者とパティシエの想いに触れ、それぞれのストーリーを知ることができる、人とスイーツの多面的な関わりを提案するパティスリーです。そんな、これまでにない新しいパティスリーの形を生み出すのは、若きショコラティエール高木幸世さん。「RAU」の表現する唯一無二の世界観はどこから生まれてくるのか、その魅力の裏にあるストーリーを伺いました。

限界から生まれた「自分=無限大」の表現がスタート地点
若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形

――ガラスケースのないアートギャラリーのような空間で選ぶスイーツや、カフェでいただく美しいデザート。どれもついうっとりするほどの世界観に魅了されました。「RAU」のもつ「ここにしかない」存在感や魅力はどこからくるのでしょうか。

 

神楽坂で、松下(現・「RAU」シェフパティシエ)と一緒にやっていたアシェット・デセール専門店の時に感じた、1つの矛盾が始まりだったのかもしれません。アシェット・デセールとは、皿盛りのデザートのこと。料理とお菓子の知識が融合された組み合わせで、一皿が生まれます。オープン当時は珍しかったアシェット・デセール専門のお店も、2年も経つと、あっという間に世間では乱立状態になっていました。どのお店も個性を出すために“色々な素材を組み合わせたもの勝ち”のような風潮もありました。お皿に様々な食材を盛り合わせて表現するアシェット・デセールは、食感や温度、形などもケーキに比べて自由度が高いはずなのに、新しいものを生み出そうとすればする程、やりたいことや表現したいことが狭まっていくような感覚に陥りました。“新しい物=誰もしていないこと”という概念に囚われ、食材の組み合わせ方のアレンジでしか新しいものを生み出せないような錯覚というか…。その組み合わせの中で、自分を表現することにいつか終わりが来るのでは、と思ったのです。

若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形

だったら一度「自分自身」に立ち返り表現する方が、無限大の可能性があるのではと思いました。たとえ同じ素材の組み合わせでも『“私が”この組み合わせで表現したいものは“コレ”なんだ』と思っているのなら、他者が同じ組み合わせをしていたとしても、それは私の唯一無二の表現なのではないか、と。「RAU」では『RAUにしかない表現のもの』を作りたいと思っています。アシェット・デセール専門店時代に感じたこの経験が、今「RAU」でのコンセプト、レシピの組み立て、作り方に至るまで『RAUらしい表現』が生まれたスタート地点になっています。

若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
フランス時代に育てた「自分の理論」があるスイーツづくり
若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
「GOOD NATURE STATION」3階にある『RAU(CAFE)』では、ゆったりとした空間の中で「RAU」のスイーツを楽しむことができる。野いちごとアールグレイを使ったデセール 『Bin 赤』(1,485円・税込) (右)ブランドネームを冠する『RAU 黄』(1,485円・税込)はグレープフルーツの爽やかな酸味が

――東京でアシェット・デセール専門店を経て、その後フランスで修行をされている高木シェフですが、フランスでの経験は今の「RAU」にはどのような影響を与えていますか。

 

松下と今でも一緒にお互いの意見を出し合いながら、色々なスイーツを作っていますが、共通して意識しているのは『そこに自分がやる意味があるのかどうか』ということです。フランスで、当時のシェフに『おいしい、まずいではなく、自分がどうしたいのか?ということを大事にしろ』とよく言われました。それは、作ったデザートの中に“自分の理論”があるのかどうか、という意味でした。この経験は「RAU」で今も活きていて、自分が今何をしたいのか、このスイーツをとおして何を伝えたいのか、がブレないようにしっかりと、自分の中に答えを持つことを大切にしています。

若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
雪がかった山をイメージした『Yama』(1,595円・税込)中にはマロンムースや時々カシスの酸味も

――鮮やかな色彩や、独特のフォルムがどのスイーツも本当が美しいです。これまでみたことのないような「RAU」のスイーツは、観て、食べて、香って、何度も驚きをくれました。

 

フランスでは美意識が高いお客様が多く、味の表現にも美の意識が現れていました。この組み合わせがおいしい、きれい、ではなく『あの時のあの美術館で見た、絵画を思い出すような気持ちになるわ。』とか、本当に素敵な表現をしてくれる人ばかりでした。それくらい“人の心を揺さぶることができる商品”を作ることが大事だと、フランス時代に刺激を受けました。第一に大切にしていることは『自分のイメージを形で表現する』ということ。それは人が作った、すでに形があるものを真似するのではない『形』です。例えば、「Yama」というケーキは、山の形をしているのではなく『私たちが表現した山の形』をしています。“持ち帰るアシェット・デセール”をキーワードに、山を器に見立て、その中に私たちが表現する山を閉じ込めています。そのスイーツの形が唯一無二なのではなく、その形にした理由が「RAU」にしかない理由であり『私たちが作る意味のあるもの』なのです。

“心を揺さぶる経験”が種になる「自分の答え」を表現するスイーツ
若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
1階のショップ『RAU』では、アートギャラリーのような空間のなかで、石のテーブルに並べられたスイーツを間近に商品の説明に耳を傾けながら、購入することができる。

――唯一無二のストーリーを秘めたスイーツの数々ですが、色やフレーバー、形に至るまで、その背景が生まれるインスピレーションはどこから得ているのでしょうか。

 

これまでの思い出や、その時、その瞬間に感じた出来事に対する高揚感など、心に残っている事柄などを表現することが多いです。例えばフランスで見た麦畑や、ラベンダー畑の美しさなど、心を揺さぶる『伝えたい!』と思う情景を思い浮かべ、その景色を見たことや経験したことがない人に、どうしたら感じてもらえるのかを考えます。まだ訪れたこともなく、見たことがない景色を、写真集を見て思い浮かべたりして想像することもあります。同じテーマでも、今私が作って表現するスイーツが、2年後にはもしかしたら、違う味や形の表現になることもあるかもしれません。それは“その時の感覚”で表現しているので、形や表現が時代を経て変容しても、それが私の表現する『答え』だと思っています。

若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
フランスと京都で見た屋根瓦の風景や形状を表現したクリームサンドサブレ『Nami-Nami』(24本入 10,800円・税込)は、まさに「RAUらしさ」が詰まった人気の焼き菓子。

なので、素材がきっかけで味が生まれるというよりも、表現したいことから素材にたどり着いて、スイーツが生まれていくことが多いです。私が作るものに、お客様が選ぶ理由が付随しないといけないと常に思っているので、そこには必ず『私がそのスイーツを作る意味があるのか』を軸に、お客様に伝えたいことを考えるようにしています。

ビーントゥバーカカオから生まれる、多くの人に届けるための「無限大の表現」
若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
「RAU」のボンボンショコラ『Iro-Iro』。色の名前がつけられた1粒は、食べる人の経験・記憶、思い浮かべる色彩が人によって違う。同じだけど同じでない、それぞれが抱く想いと味わいの魅力を込めている。

――「RAU」ではビーントゥバーのチョコレートも楽しめますが「RAU」のビーントゥバーにはどんなストーリーがあるのでしょうか。

 

「RAU」が作るビーントゥバーチョコレートのコンセプトは『ビーントゥバーチョコレートを好きになるきっかけとなるチョコレートを作ること』です。他のブランドが作っているビーントゥバーもどれもおいしくて、生産者の顔が見える素晴らしいものばかりです。ですが、本当にビーントゥバーチョコレートに興味がある人でないと、一般的に価格も少し高めの板チョコレートを購入するのには、少しハードルが高いのではないか?と感じていました。ビーントゥバー自体は、こんなに素晴らしいのに、多くの人が手にしてくれないともったいないな、と。だったらクオリティを下げずに、ビーントゥバーチョコレートを使った商品を数多くラインナップすることで、お客様の興味を誘うことが出来れば、ハードルを少し下げた、みんなが手に取りやすいビーントゥバーチョコレートブランドになれるのでは、と思ったのがスタートでした。

若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形

――ビーントゥバーチョコレートの『間口の広さ』にこだわったのはなぜでしょうか。

 

ビーントゥバーチョコレートを始める時に決めていたのは、生産地と持続的な関係を続けるということでした。私たちがより多くのカカオを生産者の方から購入することは、現地で働いている人のモチベーションにもつながると思っています。私たちが継続的にカカオ豆を購入していくことが循環につながり、カカオ産業や地域の活性化につながることが大切です。もちろん、その生産現場で無理な労働を強いていないかなど、現地を訪れて確かめることも大前提として、です。だからこそ、私達が継続したカカオ豆の購入ができる様、より魅力的な商品を作り、多くの人に知ってもらい、手にとってもらえるような『間口の広いビーントゥバーチョコレートを作ること』にこだわりました。

 

“ビーントゥバー”を入口にしてしまうと、チョコレートの敷居を高く感じてしまいます。ビーントゥバーという言葉を知らなくても楽しめて、多くの人においしいと思ってもらえることが大切だと思うので、おいしい!がまず大前提にあって、その下にビーントゥバーが隠れていて、後からストーリーを知ってもらう。それでもいいと思っています。なぜなら、ビーントゥバーのストーリーを知ったら、きっとその良さに気がついてもらえるから。まずはそのきっかけを作る、入口になれるようなブランドに「RAU」がなっていきたいと思っているからです。

若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形

――ビーントゥバー初心者も、ビーントゥバーチョコレートを熟知している人でも両方楽しめる “ちょうどいい”ものをつくり出していくのは大変なのではないでしょうか。

 

多くの人に美味しいと思ってもらえる、一般的な『食べやすい味』を作ろうと思いました。でも、決して「わかりやすい味」ではない、そこもポイントです。これだけの背景がある商品なので、しっかり考えながら食べてもらえると、より楽しんでいただけると思っているからです。大多数の人に好まれる「食べやすい」味として、ビーントゥバーチョコレートによくある、苦味・辛味・酸味のような、マニア心をくすぐるような味ではなく、酸っぱすぎず、苦すぎない絶妙な味わいを求めました。生産地のコスタリカでチョコレートを食べた時のクリアな味わいは、とても食べやすかったのを覚えています。その味わいは、いろんな素材とも合いやすく、カカオ豆で無限大の味の表現ができるなと思いました。

 

チョコレートが好きな玄人の方は、めずらしい味やその組み合わせを求めるのかもしれません。ですが、アシェット・デセール専門店時代に感じた、めずらしい味の組み合わせにはいつか限界がくる、というのが私の考えです。そしてビーントゥバーチョコレートの場合、すでにおいしいビーントゥバーチョコレートがここあるからこそ、そのおいしさを消さずに、一粒で何を伝え、何が表現できるのかを考えて作ることで無限のフレーバーを作れることに気づいたのです。もちろん、そこでも『私がやる意味があるのかどうか』を常に考えています。

若きショコラティエール高木幸世が「RAU」で惹きつける「ここにしかない」を表現する、新しいパティスリーの形
夏のシーズンにぴったりなジェラートは、ビーントゥバーならではのカカオマス、カカオバターなどを原料に、フルーツや野菜、ハーブなどの香りを濃厚な味わいとともに楽しむことができる。

――高木シェフがこれから「RAU」を訪れる人に、ブランドはもちろん、スイーツをとおして伝えていきたいことはありますか。

 

出来立てのカカオマスや芳醇なカカオの香りが残ったカカオバターを使ったジェラートなども、ビーントゥバーだからできる『表現』のひとつです。特に夏でもチョコレートを堪能したいという方におすすめです。様々な商品ラインナップのある「RAU」のビーントゥバーだからこそできる世界を、もっと多くの人に知ってもらえたらうれしいです。また、お客様には「おいしい」だけでとどまらない、その先の背景にたどり着いてもらえたら、と思っています。“デセール”の煌びやかさや、チョコレートのおいしさが入口となって、興味を持ってもらい、そのおいしさの背景に生産者、作り手、色々な人の想いやストーリーがあることに気づいてもらう。おいしさをとおして、その背景を知ることの面白さにも興味を持ってもらえるように、私たちももっと、たくさんの方法で伝えていきたいと思っています。せっかく「RAU」の世界に一度足を止めてもらえたならば、その一歩先の世界までもう一歩踏み出してもらうと、もっと「RAU」の世界にのめり込んでもらえるはずです。

 

【Profile】

 

高木幸世(Sachiyo Takagi)

RAU シェフショコラティエール

高校在学中に料理の道を志す。東京のフレンチレストランで修行したのち、菓子作りを学ぶべくパティスリーに。東京・神楽坂のアシェット・デセール専門店「カルム・エラン」では、シェフパティシエ松下裕介氏(現・「RAU」シェフパティシエ)の右腕として修行。当時アシェット・デセールのコースの一部として出していた、ボンボンショコラが口コミで話題に。2017年「カルム・エラン」閉店後、渡仏。2019年に松下氏に再び声をかけられ、帰国と同時に「RAU」を立ち上げ、シェフショコラティエールに就任。

 

【店舗情報】

 

RAU

京都府京都市下京区河原町通四条下ル 2丁目稲荷町318-6

営業時間/ 11時〜20時

定休日:施設に準ずる

https://rau-kyoto.com/

 

GOOD NATURE STATION

https://goodnaturestation.com/

 

 

 

取材・文:松浦裕香里

フリーランス フードPR、ライター。オーガニック食品メーカー広報を経て、サスティナブルな食にまつわるモノコトをテーマに、PRコンサルティングとして独立。PR以外にも商品の企画開発・セミナー登壇などもおこなう。食のライターとしてWEBでの執筆・レシピ提供・企画を手がけるなど、活動は多岐にわたる。

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Instagram: @yukari_matsuura_