その①「高松。懐かしい海の家」

 

チョコレートの香りを探しながら日本各地を旅するシリーズ、今回の旅は、香川県の瀬戸内へ。その1回目。

 

写真=チダコウイチ

文=今井栄一

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅〈瀬戸内編その①〉島と海と猫、時々チョコレート。

 

愛媛の山の中で、bean to barのチョコレート作りをしている人がいる。香川高松の自宅キッチンをチョコレート工房に改装し、愛してやまないチョコレート作りをしている女性がいる。小豆島の森の奥、かつて素麺工場だった古びた建物を、ギャラリーとセレクトショップとカフェに生まれ変わらせた夫婦は、旦那さんがこだわりのコーヒーをドリップし、奥さんがリッチなチョコレートケーキを作る。

 

香川、徳島、愛媛、広島、岡山、山口……、瀬戸内海に面したそれらの地域には、多種多様な「もの作り、デザイン、職人」の世界が広がっている。

 

春から初夏へと移り変わる頃、僕は、旅とチョコレートが大好きな友人を誘って、瀬戸内へと旅をした。琴電が路面をかける、うどん県の街、高松から、この旅は始まる。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅〈瀬戸内編その①〉島と海と猫、時々チョコレート。
漁師の店で魚メシ。

曇り空の昼前、友人と一緒に、瓦町界隈から港の方へ歩いていく。琴電の踏切を渡り、しばらく線路沿いに歩いてから海の方へ曲がる。僕のいつものコースだ。

 

「北浜えびす海鮮食堂」で昼食。目の前に漁船が並ぶこの店は、地元の漁師たちが昼メシを食べにやって来る魚の店だ。刺身、焼き魚、煮魚、海の幸の天ぷらやフライを、定食で食べられる。セットでついてくるあら汁のお椀が大きいのも嬉しい。

 

うどんで有名な高松だが(そしてもちろん、うどんも食べに行くけれど)、瀬戸内海でとれる新鮮な魚介は、格別。

 

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ツバメビールとチョコバナナケーキ。

食後は「umie(ウミエ)」でコーヒー、というのが定番。

 

高松港へと伸びる海沿いに、古びた倉庫街がある。その一角、茶色く錆びたトタンの建物が2つ並ぶ。「北浜alley(アリー)」。その2階の角に、アートディレクター柳沢高文さんが手がけたカフェ「umie」がある。柳沢さんは、「デザインを通じて、瀬戸内の文化と人々の営みを表現している人」(と僕は思っている)。

 

「umie」は、僕にとって、「高松のホーム」のような場所だ。店のドアを開けるとき、いつも小さくこっそり「ただいま」とつぶやいている。

 

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初めて「umie」を訪れたときのことは、今も忘れられない。階段を上がって細い通路を奥へと進み、その先に一体何があるのかまったく知らずドアを開けると……青い海と空が広がっていた。

 

実際には、umieの広々とした空間が広がっていたのだが、店の奥の大きな窓の向こうに、瀬戸内海のブルーと青空があり、それが真っ直ぐ目に飛び込んできたのだった。ここは「海の家」であり、「海の絵」なんだ、と思った。

 

「初めて訪れた人に、その驚き、歓びを感じて欲しいから、小さなドアにはあえて小窓もつけていないんですよ」と、umie店長の松下友美さんが教えてくれた。「私が初めてここに来たときも、びっくりした。錆びだらけでオンボロなトタンの廃屋なのに、このドアを開けた瞬間、すべて碧く輝いて見えた」

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅〈瀬戸内編その①〉島と海と猫、時々チョコレート。
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僕がこの場所を「ホーム」と呼ぶのは、そこにいつも松下さんがいるからでもある。コロナ禍になり、それまで多いときには店内の半分ほどを占めていた外国人客の姿がすっかり消え、マスク姿が当たり前になった。だが、それ以外は何も変わっていない(店内は一部改装したので、さらに良くなった)。

 

「おかえりなさい、という店でありたい。その思いは変わっていません」と松下さん。「初めて訪れた人には懐かしさを感じて欲しいし、数年ぶりに来た人から『変わっていないね』と言われると嬉しい。地元の人から『ここに来ると気分が休まるんよね』と言われる店でありたい、そう思っています。だから、こういう言い方は恥ずかしいけれど『ワタシがおらな!』と思っていて(笑)。私の顔を見てほっとしてもらえたら嬉しいから」

 

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メニューについては、「どんな時間でも美味しく何でも食べられることが基本。午後3時にはコーヒーとスイーツだけという店も多いでしょ。umieは、いつでも、その人の気分に合ったものがチョイスできる店でありたい。お昼にビールを呑んでもいいし、3時にシチュー食べるのも自由」

 

昼食後のコーヒーを飲むつもりでやって来たのだが、結局僕がオーダーしたのは、フライドポテト(レギュラー)と、ツバメビール。umieのフライドポテトは、細切り、外側がカリッとして、実に美味しいのだ。名物メニューのひとつ「あつあつのりんごPizza」も本当は食べたいのだけれど……。そして、チョコレート好きな友人がオーダーしたのは、チョコバナナケーキと、ホワイトイチゴラテ。

 

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「チョコバナナケーキは昔からあるメニュー」と松下さん。「チョコレートのケーキを出そうと考えたとき、ガトーショコラは重いかなと思って。もっとカジュアルに、umieらしいチョコレートのケーキを考えて、そうして辿り着いたのがこれ。バナナの香りとクルミの食感、そこにチョコレート。シンプルに美味しいと思う。男の人は意外とチョコが好きなんだなって知ったメニューです(笑)」

 

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毎日あの窓の向こうに瀬戸内の海を眺めながら仕事ができるなんて、うらやましいです、と僕が言うと、「そうでしょう、いいでしょう」と松下さんは笑った。「でも、ここに生まれ育った私らからすると、日常の風景なんですよ」

 

「香川に生まれ育った人にとって、島々が浮かぶ瀬戸内海の景色は当たり前。私は、おじいちゃんの家のすぐ裏が海だったから、幼い頃からその風景が日常だった。関東に旅をしたとき、波がある大きな太平洋を見て、これは全然違う海だと思い、瀬戸内海の美しさ、穏やかさを教えられた。umieに来たお客さまに、瀬戸内の海を感じてもらえたらいいなと思います」

 

かつて、高松で夜の店と言えば、居酒屋、呑み屋ばかりだった頃に、柳沢高文さんはこの店を開いた。ビールやワインもあるし、夜にコーヒーを飲んだっていい。大盛りでカレーを食べたっていい。音楽のライブがおこなわれる夜もある(現在は自粛中)。ひとりで、仲間たちと、カップルで、地元の人も旅行者もやって来る。やがて、SNSの写真を見て、日本中から、世界中から、umieに人がやって来るようになった。僕がこの場所を知った頃、来る度に、店内には様々な言語が飛び交っていた。「デザインで、人々が交差し、繋がり、広がっていく」そんな柳沢さんの思いを、僕はumieに見た。

 

今はまだ少し我慢のとき。でも、きっともうすぐ、あの頃と同じumieの世界が戻ってくるだろう。

 

松下さんの笑顔に会いたいから、僕はこれからもumieへ行く。そこはいつ訪れても懐かしい、やさしい場所だ。

 

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umie(北浜alley内)

https://umie.info

 

北浜alley

https://www.kitahama-alley.com

 

 

 

文:今井栄一

旅や人をテーマに国内外を旅しながら、執筆、撮影、編集、企画などをおこなう。FMラジオ番組やPODCAST番組の制作も。著書に『雨と虹と、旅々ハワイ』『Hawaii Travelhints 100』『世界の美しい書店』ほか。訳書に『ビート・ジェネレーション〜ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『1972年のローリング・ストーンズ』など。