世界有数のパブロ・ピカソのセラミックコレクションが展示されている「ヨックモックミュージアム」が2020年10月に東京・南青山にオープン。その1階に併設されている「カフェ ヴァローリス」では、ミニャルディーズ専門店「UN GRAIN(アン グラン)」のスイーツが取り扱われ、「菓子は製造するものではなく創造するものだ」と、アートと食の楽しみを繋げています。そこで今回は、シェフ パティシエ・昆布智成さんに、アートとスイーツ作りに共通する創造性の発展のさせ方について、絶品スイーツを堪能しながらお話を伺いました。

 

アーティスト達が愛した南仏をイメージ。限定スイーツ「ヴァローリス」
ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム
「カフェ ヴァローリス」限定のミニャルディーズ「ヴァローリス」550円(税込)

――さっそく登場したこちらのスイーツ。じわりと滲む絵具のように色付けされ、まるでキャンバスに描いた絵画のよう。想像力を掻き立てられます。

 

はい。こちらがミュージアム限定の「ヴァローリス」です。カフェの名前もヴァローリスですが、これはピカソが精力的にセラミックを作った、南仏のコート・ダジュールにある村の名前です。元々「ヨックモックミュージアム」のカフェに「アン グラン」のお菓子を置くことは決まっていましたが、カフェの名前がヴァローリスになるという話を受けて、せっかくならミュージアム限定のミニャルディーズを作ろうと考えました。ピカソはかなりイノベーティブな人で、世界的にも有名で、絵画だけでなくセラミックにも挑戦しています。彼のアグレッシブな姿勢に刺激を受けたからこそ、この決断ができたのかもしれません。僕自身、南仏で修行をしていたことがあったので、そこで体験した気候風土や地域特有の味のをもとに、南仏をテーマにスイーツを考案しました。

 

――ちなみに、ミニャルディーズとはどういう意味でしょうか?

 

ひとつまみサイズのスイーツのことで、フランス料理では、コースを一通り食べた後に最後に食べる焼き菓子を指します。「アン グラン」では、このミニャルディーズを専門に扱っているパティスリーで、ヨックモックと同じように老若男女に愛される店を目指し、「小さいものを食べたい」というお客様のニーズに合わせてこの形に落とし込みました。日常はもちろん、ホームパーティーやプレゼントにもぴったりで、気持ちが伝えられると好評をいただいています。

 

ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム
「カフェ ヴァローリス」のショーケースにも、色とりどりのミニャルディーズが並ぶ

――ひとつひとつが繊細に作られていて、宝石のように魅力的です。

 

おいしい焼き菓子を安定して大量生産するヨックモックとは対極的ではありますが、僕たちは手作りの味わいや一期一会の出会いを大切にしています。ヴァローリスの見た目も、杏子、カシス、フランボワーズの3種類のジャムを使い、絵を描くのと同じように職人がパレットナイフで彩りをつけ、ひとつずつ違う表情の仕上がりに。このような絵画性を取り入れることで、画家であるピカソのコレクション作品を展示するミュージアムとの共通点を持たせました。

 

――ムースをひと口食べてみると、ふわっと拡がる柑橘の香りがとっても爽やか。内側にある風味豊かな果実の食感と一緒にいただくと、小さいけれど食べ応えもしっかりしています。おいしいです!

 

周りのムースは、南仏のプロヴァンス地方にあるマントンというレモンが有名な街にちなんで、酸味のあるレモンのムースにしました。具材にもローズマリーやタイムなど、ハーブ類を使った杏子のコンポート、さらにヌガーをムース仕立てにしたものと、いずれもプロヴァンスの特産品をふんだんに盛り込んでいます。満足感を出すために、味のインパクトははっきりさせ、咀嚼もできるようにする。これはミニャルディーズだからこその作り方です。今回は最初に形から決めていったのですが、僕が働いていたエクサンプロヴァンスという地域の伝統的なお菓子、カリソン・デクスのアーモンドの花びらを模した形を採用しました。

 

独創的なスイーツはどのように生まれるのか。アートと食の関係
ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム
「アン グラン」シェフ パティシエ・昆布智成さん

――昆布さんは、「アン グラン」でスイーツの特別コース「シェフズカウンター」を開催し、今後「ヨックモック ミュージアム」でもスイーツのワークショップを開催されるそうですね。その試みがとてもユニークですし、アーティスティックな視点があると感じます。

 

「シェフズカウンター」は、オープンの時にいた金井史章シェフと僕が、フレンチレストランのお店でアシェット・デセールという皿盛りのデザートを作っていた経験があり、皿盛りのデザートとミニャルディーズを繋げるという試みから、デザートのコースをはじめました。そうすることで、華やかでストーリー性もあり、目で存分に楽しめるスイーツの新しい体験を提供しています。ワークショップの方は現在計画中。大人も子どもも参加できる内容になっているので、こちらもぜひ参加していただきたいです。

 

――昆布さんにとって、アートはどんな存在ですか?

 

僕は元々アートが好きで、特に印象派が好きだったので、修行のために南仏に行った時は天国にいるようでした。特に印象派の画家ポール・セザンヌには思い入れがあります。僕が最初の渡仏で住んだ古都、エクス=アン=プロヴァンスにはセザンヌのアトリエがあり、美術館で作品をみるだけでなく、セザンヌが描き続けたサント=ヴィクトワール山に登ったりもしました。いわゆる聖地巡礼ですね(笑)。

 

――南仏は特有の色彩があるというか、光の感じが違いますよね。

 

ゴッホやゴーギャン、そしてピカソと、さまざまな画家が南仏で制作をしていますが、それは南仏特有の明るい日差しと色彩の魅力があったからだと体感できましたね。

 

――印象派の画家たちは、ジャポニズムの影響も受けています。

 

僕の実家は福井県にある創業およそ240年の和菓子屋なのですが、和菓子を作る時に、ちょっと淡い、ぼかしたような色を使うんです。そういった点がジャポニズムの影響を受けたアーティストの絵画にも反映されていると思いますし、当時の画家たちも僕がフランスへ行った時と同じように、新鮮な感動とインスピレーションを受けたのではないかと想像します。

 

――昆布さんは、ご実家が伝統のある和菓子屋さんですよね。ミニャルディーズも、和菓子と通じるものがあるのではないでしょうか。

 

僕が菓子作りに目覚めたのは大学3年生の頃で、それまで甘いものはほとんど食べてこなかったんです。だから和菓子のことは全くわからないのですが、周囲からはよく言われますね。小さくてかわいいものを愛でるという、日本的な美的感覚がそう感じさせているのかもしれません。一方で日本人はすごく手先が器用で、小さく細かい仕事が得意。フランス人のシェフからも絶賛されるのですが、これは日本人だからできる仕事なのだなと思います。

 

ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム
カフェにはピカソの関連書籍が揃えられている

――昆布さんは、製菓の技術と味を組み立てていく感性、そして見た目を作るアーティスティックな仕事をどのように組み合わせているのでしょうか? そのプロセスを知りたいです。

 

「ヴァローリス」の場合は例外的に形から決めていきましたが、ほとんどの場合は、見た目や仕上げの形を最後の最後まで考えないようにしています。この食材を使って、こういう味にして、こういうテクスチャーにして……と組み立てていって、味のバランスが整ったら、最終的にどのようにアイキャッチを作るか、形をどうするかを考えていく。そうすることで全ての辻褄が合うようになります。

 

――普段はどのようにインスピレーションを受けてスイーツを作っていますか?

 

美術館に企画展を見にいくのもそうですが、日常では手を動かしている時が多いですね。例えば苺を炊いているときに紫蘇っぽい香りを感じて、「ここに大葉を入れたらおいしいかも」と思いついたり、メープルのクッキーを焼いていて、「醤油っぽい香りがするからメープルと醤油を掛け合わせたものを作ったら面白い気がする」と考えたり。何か作っているときの延長で、誰もやったことがないような新しい発想が生まれます。

 

――些細な気づきから新しい表現を生み出すのですね。ご自身は論理派、感性派どちらだと思いますか?

 

僕の場合、キャッチするときは五感を使っていますが、自分の中のロジックに落とし込んで「なぜこうしたのか」と全部説明できるようにしているので、それを聞いたお客様からは「論理的ですね」と言われます。

生産者と出会いながら、職人としての加工技術も磨いていく。大人のチョコレートケーキ「ティト ショコラ」も必食
ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム
「ティト ショコラ」520円(税込)

――こちらの「ティト ショコラ」は、APeCAでも以前紹介した「カカオハンターズ」のチョコレートを使用しているそうですね。

 

はい。シエラネバダというミルクチョコレートなんですが、これがカカオの比率が55%でミルク感があまりなく、濃厚な味わいなんです。「これ良いですね、使わせてください」とカカオハンターの小方真弓さんに伝えたら、「これを使うのは昆布さんくらい」と言われました。だからこのチョコレートは小方さんが直々に作ってくれているみたいです(笑)。

 

――「カカオハンターズ」を選んだ決め手はなんだったのでしょうか?

 

風味の良さですね。ガリっとした食感はカカオニブなんですが、カカオハンターのものは絶品で、他のニブとは全然違いました。発酵風味も豊かだし、カカオ感もしっかりあって、すごくおいしい。カカオマスも100%のものを使っていますが、ただ苦いだけではない、カカオのおいしさが感じられるところが決め手でした。

 

――ネーミングの由来は?

 

「ティト ショコラ」は「P’tit Chocolat」と書いて「小さいショコラ」という意味にしているのですが、実はカカオハンターの小方さんと話をしていた時、カカオ豆の焙煎の責任者の名前がティト(Tito)さんという名前の方で、とてもユニークな方なんだという話を聞いて。それで彼にちなんで名前をつけたんです。

 

――食べてみると、すごく濃厚なのに繊細な味わいで驚きました。

 

これは9層のチョコレートでできたケーキで、シエラネバダを使ってビスキュイショコラ、カカオニブを使ったクルスティアン、ガナッシュショコラ、クレモーショコラ、ブラックベリーのジュレ、カカオニブ、周りにはシエラネバダのムースとグラッサージュショコラ、一番外側がシャンティーショコラでコーティングしています。そして、スパイスやバニラ、トンカ豆、さらにシャンパンや紅茶の香りをつけることで、あえて複雑な風味に仕上げました。口の中でねっとり溶けるような、舌にまとわりつくような消え方なので、ひと口でも余韻を長く楽しめます。

 

ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム

――感覚と論理のバランスに優れ、新しいスイーツを生み出している昆布さん。今後チャレンジしていきたいことはありますか?

 

これまで、さまざまな生産者のところへ足を運び、思いやこだわりを直接伺いながらスイーツに落とし込んできました。その部分は大切にしながらも、今後は特別な食材を探すのではなく、加工にフィーチャーしていきたいです。なぜなら職人としての技量が問われるのは、普通に買えるものを価値あるものに変えていく時だと思うからです。技術を極めることで、パティシエとしての可能性を追求し、色々な国の料理に触れながら新しいスイーツを生み出していきたいですね。また地元・福井の素材を使って、福井の魅力の発信もしていきたいです。

ピカソセラミックを堪能しながら、ゆったりとしたひとときを
ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム
「ヨックモックミュージアム」にはピカソが愛した椅子と同じものが展示され、実際に座ることもできる

創業者・藤縄則一氏がよく口にしていたという、「菓子は製造するものではなく創造するものだ」という、ヨックモックの原点ともいえるこの言葉。現会長でヨックモックミュージアム館長の藤縄利康氏がピカソのセラミック作品と出会った時、「ワクワク感」や「楽しさ」を感じ、ピカソの溢れ出る創造性が先代の言葉と通じるものがあると考え、30年かけて500点以上のピカソセラミックの作品を収集したのだとか。

 

多作で知られるピカソですが、特にセラミックの作品は、「人々が気軽に買えるように」というピカソ自身の想いから作られたもので、日常生活の延長上にあるべき作品だと言えます。

 

ピカソとスイーツが出会い、新たな体験が生まれる。ヨックモックミュージアム
ミュージアム外壁の一部には、屋根の瓦と同じ素材が使われている

こうしてお菓子の創造性を大切にしたいという思いを後世に残していくため、建築家・栗田祥弘と共に5年の歳月をかけて「ヨックモックミュージアム」は完成しました。屋根にはピカソがセラミックの制作をしていた、南仏のコートダジュールをイメージした瓦を。床や壁には陶芸窯で使われる耐熱レンガを使用。ロゴデザインとサイン計画は廣村デザイン事務所が担当し、ピカソのセラミック要素が至る所に散りばめられ、心地の良い空間に仕上げられています。セラミック作品を軸に見ることで、新しいピカソとの出会いがあるはず。ぜひ企画展とカフェをセットで、ゆったりとしたひと時を楽しんでみてください。

 

文=宇治田エリ

写真=新井まる

 

【Profile】

昆布 智成(Tomonari Konbu)

シェフ パティシエ

1981年 福井県で230年の歴史を持つ和菓子店「昆布屋孫兵衛」の長男として生まれる

2004年 日本大学商学部卒業

2006年 東京製菓専門学校卒業

同年 東京に拠点を置きオーボン・ヴュータンにてフランス菓子の基礎を習得

その後 「ピエール・エルメ サロン・ド・テ」入社

2011年メープルスイーツコンテスト入賞の経歴を持つ

2012年 渡仏し、南仏のパティスリー「リエデレ」でMOF(国 家最優秀職人章)に師事しガトー・グラッセや地方菓子を学ぶ

その後、パリでは2つ星レストラン「ラトリエ ・ド・ジョエル・ロブション」でデセールを担当

2015年 アン グラン スーシェフ パティシエとして入社

2019年4月よりシェフ パティシエに就任

 

【美術館情報】

ヨックモックミュージアム

東京都港区南青山6丁目15−1

https://yokumokumuseum.com/

建物:2階・地下階 展示室

1階 カフェ・グッズショップ・ライブラリー

休館日:月曜日・年末年始・展示替期間

※ただし月曜日が祝日の場合、翌火曜日月曜日・年末年始・展示替期間

開館時間:10時〜17時 

※入館は閉館の30分前まで

チケット代(税込):

一般:1,200円

大学生・高校生・中学生:800円

小学生以下:無料

※障がい者手帳をご提示の場合、ご本人と付き添いの方1名のみは無料

※大学生、高校生、中学生の方は学生証等の年齢のわかるものをご提示ください

 

 

※緊急事態宣のため現在臨時休館中