パリ、Les 3 Chocolats 佐野恵美子シェフインタビュー ~ 祖父、父、私
LGBTQ、モード関係者、ユダヤ人など、様々な文化が交じり合うパリ・マレ地区。フランス革命の発端となったバスティーユ広場から歩いて徒歩5分ほどのところに、佐野恵美子シェフの「Les 3 Chocolats (レ・トロワ・ショコラ) 」はある。午前11時の開店前から待っていた二人組の女性がたくさんのチョコレートとケーキを前にして、どれにしたらよいのか決められずに迷っていて、店員の説明を聞きながら楽しそうに会話をしている。そんななか、店の奥から佐野恵美子シェフが出てきた。
文:三谷裕子
写真:齋藤事務所

ちょうど日本のバレンタイン催事を終えてフランスに帰国したばかり。
「コロナもあって帰ろうかどうしようか迷ったけど、皆さんにお帰りなさいと言ってもらえて本当に嬉しかったです。一年に一度会えるのを楽しみにしています、と言ってくださるお客様もいたり」
実家は福岡の有名なチョコレートショップで、彼女の祖父が1942年に創業。現在は父親の二代目になる。では、幼少の頃からさぞかしショコラティエの英才教育を受けてきたのかと思うとそうではなく、大学卒業後は一般企業で外商としての仕事についた。
「25歳のときにショコラティエになって三代目を継ぎたいと父に告げると、職人をなめるなと言われました。フランスにいって一人前になってから帰ってこい、と。父のそばで修行をするという選択は与えてくれなかった。あとで聞いてみると、1、2年経ったら尻尾を巻いて逃げ帰ってくるだろうと思っていたらしいです(笑)」
1、2年どころかすでに在仏13年目。辛いことはなかったかの質問に対して、
「博多に住んでいた私にとってフランス人なんて宇宙人だと思っていたけれど、箱を開いてみたら皆同じなんだな、と。優しくしてくれる人が多かったですね。それに宇宙人と仲良くなるだけでも新鮮でした。大変なこともあったと思うんですけど、それより楽しいことの方が多かったですね」
フランスで一番美しいフランス語を話す地方と言われるトゥール市で、語学学校とパティシエの職業学校に通い、パティシエの資格取得後は、フランス各地をまわった。そして、大好きだったミシャラックが働いていたプラザアテネで彼の下で働くことになってパリへ引っ越してきた。
修行を経て、このマレ地区に自分の店をオープンして4年目になる。インタビューしている間も平日の午前中だというのに、ひっきりなしに「Bonjour !」と笑顔で客が入ってくる。
「客層の7割が地元の人で、毎日来て決まった1、2粒を購入していかれる人もいるから、チョコレートの種類はよく替えるし、新作も多いんですよ」と、教えてくれる。
日本では輸入するとどうしても値段が高くなってしまう為、贈答品になりがちなチョコレートも、本国フランスでは気軽に一粒から購入できるから、デザートやおやつとして自分用に買う人が半数以上を占める。


お客様の感想を聞いてどんどん進化するチョコレート。新作のチョコレートバーは、グルテンフリーとヴィーガンバー。この地区で働いている人や住んでいる人には、ベジタリアンやヴィーガンも多い。
「誰がいらしても食べられるチョコレートが必ずある店でありたいんです。ヴィーガンの方は乳製品も駄目なので、アーモンドミルクとか色々試した結果、オーツミルクが一番良かったです。砂糖は精選されていないきび砂糖を使用しています。」

「ヨーロッパは日本よりサスティナビリティについて意識が高いですね。うちもギフト箱は缶にしたり、中敷きのプラスチックトレーを紙トレーに変えて、なるべくプラスチックを使わないようにしています。それから、人気チョコレートのベルガモット&ジャスミンに、KOAという会社のカカオ果汁を使用しています。カカオ果汁はチョコレートのカカオ豆を作るには不要な部分で、今までは捨てられていました。でも、これを使用することによってガーナのカカオ農家さんの収入が増え、新しい職を生み出しています。それから、世界的にカカオの産地として有名なカメルーンは、女性の地位が低く自立するのも難しいんです。そこで女性に品質のよい、またサスティナブルなカカオを育てる職業訓練をほどこし、女性の地位向上と自立を支えているNGO法人のカカオを買っています。価格が高いのでこのカカオだけに絞ることは難しいのですが、自分ができる範囲で貢献しています」


フランスは2016年7月1日から「生分解性プラスチック製でない使い捨てのレジ袋」が全国的に禁止され、おなじみUBER EATSでも採点の基準の一要素として、容器がサスティナブルであることが求められている。ヨーロッパはエコ意識が大変高い。様々な文化と言語が共存するヨーロッパでは、自国だけではなく、ヨーロッパ全体の事として広い視点で見据える必要性があるからかもしれない。最近のチョコレートの包装も、クラフトペーパーを使用したものが主流になってきている。あのアラン・デュカスのチョコレートの包装はすべてクラフトペーパー。それを初めて見たときには感動したものだ。大物シェフがとった英断に背中を押されるように、今ではほとんどのブランドがエコ包装を採用している。消費者には見えないところで、社会に貢献する佐野シェフ。このことを宣伝しないのが大和撫子の奥ゆかしさか。でもサステイナビリティのことを熱く語る彼女のまなざしは、強く美しい。
最後に、なぜ店名をLes Trois Chocolats(三つのチョコレート)にしたかを聞いてみると、
「ショコラティエの間では、レ・トロワといえば、ホワイトチョコレート、ミルクチョコレート、ダークチョコレートの三つを指します。だけど、私にとっては祖父、父、私の三人のトロワの意味でもあるんです」
佐野シェフの力強いエネルギーと温かい愛情が溢れるレ・トロワ・ショコラでは、今日も客足が途切れない。


Les Trois Chocolats(レ・トロワ・ショコラ)
住所:4 Rue Saint-Paul, 75004 Paris
http://les-trois-chocolats-paris.com/