三浦の大地が育むパン。

チョコレートの香りを探しながら日本各地を旅するシリーズ、今回の旅は、神奈川県の三浦半島篇。その2回目。

 

文:今井栄一

写真:チダコウイチ

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<三浦半島 中編>ドーナツとパンとコーヒー、時々チョコレート。
三浦パン屋「充麦」の近所に住む幸福について。

 

前編からの続き)三崎の「まるいち食堂」で刺身と焼き魚のお昼ご飯を食べ、その後、「ミサキドーナツ」でチョコレートたっぷり、でも軽くて美味しいドーナツを2人で6つ食べて、それから、三崎のローカルヒーローである藤沢宏光さんに「MP」で話を聞いた僕と友人は、三崎の町を出発し、次なる目的地に向けて車を走らせる。

 

次に向かうのは、「三浦パン屋 充麦(みつむぎ)」だ。三浦半島の大地と太陽と潮風の匂いがする、滋味あふれる焼きたてパンの店。

 

もし僕がこの店の近所に暮らしていたら、朝7時、開店と同時に店に入り、焼きたての「充麦クロワッサン」と、「全粒粉バゲット」を買うだろう。家に戻ったらコーヒーを淹れ、ミルクを温めてカフェオレを作り、まだ温もりが残るクロワッサンを食べる。そしてバゲットを少しカットし、たっぷりのバターとアンズのジャムをつけて食べる。とても幸せな朝食だ。

 

フランス、パリへ行くと、街角ごとにブーランジェリー(パン屋)がある。早朝5時、6時からやっていて、人気店は暗いうちから人が並ぶ。パリジャンには各々「MYお気に入りのご近所ブーランジェリー」があり、「毎朝必ず買いに行く」という人も多い。「クロワッサンもバゲットも、朝イチの焼きたてが一番よ」と彼らは口をそろえる。「目覚めたら化粧もせずに行って、焼きたてのバゲットを買って帰るんだけど、アパルトマンに戻るまでの50メートルくらいで半分食べちゃうわ。だって、美味しいんだもの」

 

だから僕は、「充麦」へ来るたびにふと考える。「この辺りに引っ越してこようかな?」。そうすれば、朝食に焼きたての「充麦」パンを食べられるのだ! パリジャンが毎朝、近所のお気に入りブーランジェリーに焼きたてのパンを買いに行く気持ちが、僕にはとてもよくわかる。「充麦」を営むパン職人、蔭山充洋さんが作るパンは、とても美味しくて、まさに毎朝食べたいパンなのだ。

 

Travelogue<br> チョコレートを巡る旅<三浦半島 中編>ドーナツとパンとコーヒー、時々チョコレート。
小麦畑からパン屋へ、まっすぐ。

 

木枠のガラス戸をがらがらっと開けると、焼きたてパンの香りと、かなりボリューム大きめのブラックミュージックが迎えてくれる。パン職人の蔭山さんは、DJでもある。「充麦」はパン屋だが、店主の蔭山さんにとっては、「好きな音楽をボリューム高めで気兼ねなく聴ける場所」でもある。地ビールやオーガニックワインなどもあり、ここが実は、「蔭山さんの個人的空間」であることがわかる。

 

蔭山さんは近所に自分の小麦畑を持っている。彼はベイカーだが、ファーマーでもあるのだ。畑を持ち小麦栽培するところからやっているパン屋は、とても珍しい。

 

「充麦」のパンは店内で焼かれているが、パン生地がパン窯へ入るまでには長い時間があり、幾人もの人たちの作業や想いが関わっている。秋に種を蒔き、麦踏みし、冬の空気の中ですくすくと育ち、春になると黄金色に輝き始め、夏前に収穫。そこから脱穀、乾燥、製粉。この一連の流れも、「充麦」のパンの、味わいの一部である。

 

「三浦半島の大地と太陽と潮風の匂いがするパン」と最初に書いたのは、もちろん比喩だが、でも「充麦」のパンには本当にそれらがギュッとこめられていると思う。Farm to TableやBean to Barのように、「Wheat field to the Bakery小麦畑からパン屋へ、まっすぐ」。それが「充麦」のパンである。

 

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蔭山充洋さんが自分のパン屋を開くまでの物語。

 

三浦半島の「基地の街」、横須賀で生まれ育った蔭山さんは、地元の高校を卒業した後、音楽の専門学校に通いながら、米軍兵が集まるどぶ板通りの店で、DJをしていた。ほかに、バーテンダー、レンタルビデオ店の深夜アルバイトなどもやった。

 

ずっと夜の仕事ばかりしていた蔭山さんは、「昼間の仕事も体験してみたいな」と思っていた。そんなある日、ケーキ職人の仕事を紹介しているTV番組を観て、「自分もこういう仕事がしてみたい」と思った。近所のパン屋で従業員を募集していたので、申し込み、そこで働き始めた。

 

蔭山さんはそれまで、パン屋というのは「おじいちゃんとおばあちゃんが、ゆっくりパン生地をこねて、のんびり釜で焼いている」、そのような世界だと考えていた。働き始めると、それは大間違いで、早朝暗い時間からずっと働き通しだし、分刻みでやることがあり、とにかくとても忙しかった。

 

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結局、5年半ほどその店で働いた。店長を任されたし、店の経理的なことも学んだ。独立し、自分の店を持つことも可能だったが、蔭山さんはそうしなかった。「世の中には、すでにたくさんのパン屋がある。だったら、今さら自分が新しくパン屋を開く意味はない」蔭山さんはそう考えていた。

 

30歳になった。蔭山さんはパン屋の仕事を辞めて、旅に出た。貯金もあったから、しばらくバックパックでヨーロッパをぶらぶらすることにしたのだ。その旅の途中、フランスのアビニョンでのある出逢いが、彼の人生を大きく変えることになる。

 

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アビニョンの旧市街で道に迷っていた蔭山さんは、『地球の歩き方』を手にうろうろしていた。そのとき、たまたま通りがかった日本人男性が声をかけてくれた。「大丈夫?」。蔭山さんが市場に行きたいと言うと、その人は「ちょうど私も市場へ行くところだから一緒に行こう」と言った。

 

年長のその日本人男性は、東京でバス運転手をしていたのだが、早期退職し、コルドンブルーに通って料理を学び、そして今、アビニョンで寿司屋をやっているという。

 

蔭山さんは、自分がDJをしていたこと、しばらくパン屋で働いていたこと、次に何をしたいかわからず旅をしていることなどを歩きながら話した。するとその人がこう言った。「私の友だちが近くの山中でパン屋をやっているから、そこへ一緒に行ってみないか」

 

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そこは、フランス人の男性と日本人の女性が夫婦で営む小さなブーランジェリーだった。店内は狭く、窯も手作りのようだ。ちょうどバゲットが焼き上がり、フランス人の店主が、「これは隣の農家の小麦で作ったバゲットなんだよ」と言いながら蔭山さんに手渡した。その言葉に、蔭山さんは驚いてしまった。

 

ずっとパン屋で働いてきたが、小麦というのは製粉会社から届けられる白い粉だと思っていた。店の倉庫にある25kg袋の小麦粉しか見たことがなかった。パン屋は、海外から輸入された小麦粉のパッケージを問屋から買うだけだと思っていた。

 

「隣の農家が育てた小麦でパンが作れるのか」蔭山さんは驚き、そして次の瞬間、あることに気づいた。「妻の実家が三浦で農家をやっている。休耕地があるはずだ。そこで小麦を作れるかもしれない」

2005年10月に帰国すると、蔭山さんは義父に会いに行き、休耕地を「貸して欲しい」と頼んだ。

 

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翌月(11月)、小麦の種を蒔いた。1週間後に芽が出てきてまた大いに驚くことになった。小麦は古代からある古い植物だから強いと言われる。雑草のようにどんどん育つ、と蔭山さんは見て思った。

 

翌年の初夏、見事に小麦が収穫できたのだが、きちんと管理しなかったので全部カビが生えてダメになってしまった。蔭山さんはヤフオクで小麦の乾燥機を一台買った。

 

また秋が来て、種まきをして、麦踏みをして、翌年今度は700kg以上収穫できた。そして、「でもこれ、どうするんだ?」と蔭山さんは困ってしまった。収穫したその小麦の使い途がないのだ。パン教室をやることも考えたが、たとえ毎日パン教室を開いても、まだまだ余るほどの量があった。

 

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蔭山さんはそのとき初めて、「じゃあ自分のパン屋をやろう」と考えた。「自分で育て、自分で収穫した小麦を使い、自分で生地をこねて焼けば、ぼくにしかできないパンができるだろう」。

 

長年どぶ板通り商店街で働いていた彼は、横須賀の街で物件を探したが、あまりピンとくる場所がない。あるとき、ふと我に返ってこう思った。「自分の畑で小麦を作って、その小麦を使ってパンを焼くなら、その小麦畑のそばに店を持つのが一番じゃないか」。

 

不動産屋に行くと、自分の畑からすぐの134号線沿いに貸店舗があり、たまたま空いていた。そこが現在の「充麦」である。隣には牛乳屋が入っていた。「ミルクとパン、愛称は悪くない」と蔭山さんは思った。2008年5月、「三浦パン屋 充麦」は開店した。台風の被害、ひどい水害に見舞われたことはあったが、今も同じ場所に、同じように、ある。

 

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サロン・デュ・ショコラのパン。

 

いつものように「充麦」のパンをいくつも買って車へ戻ろうとすると、蔭山さんが店から出てきて「よかったらこれ持っていってください」と言って、(いつものように)パンをいくつか持たせてくれた。恐縮しながらも、遠慮なくいただくことにする。今夜、明日の朝、さらに明日の夜と、「充麦」のパンを楽しめる歓び。友人と僕は嬉しさで思わずにやにやしながら顔を見合わせる。

 

持たせてくれたパンのひとつは、昨年、東京の「サロン・デュ・ショコラ」のために特別に作った、生カカオを使ったパンだった。

 

「店に何度か来てくれた、パン好きな女性がいて、彼女がサロン・デュ・ショコラの仕事に関わっていたので、うちに声をかけてくれたんです」と蔭山さんは言った。

「僕の友人で、台湾カカオを取り扱っている人がいるので、その人からロウ(生)のカカオ豆を買って、それでパンに入れてみたんです。それまでもチョコレートを使ったパンは作っていたんですが、ロウ・カカオ豆をパンに使ったのは、そのときが初めてでした。カカオ豆は焙煎せず、ロウのまま割ってパン生地の中に入れオーブンで焼いたので、パンとして焼かれながら中で焙煎されたという感じですね(笑)」

 

チョコレート、ロウ・カカオ、クランベリー、イチジクを使ったそのパンは、甘さと苦さが絶妙の美味しさだった。

 

僕と友人は、「充麦」のパンをどっさりと抱え車に乗り込むと、次の目的地がある一色をめざして車を走らせる。134号線を海沿いに北上して向かうのは、御用邸前のT字路の角にある小さなコーヒーショップ、「THE FIVE BEANS COFFEE」だ。

 

(後編に続く)

 

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三浦パン屋 充麦

http://mitsumugi.web.fc2.com

 

 

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文:今井栄一

旅や人をテーマに国内外を旅しながら、執筆、撮影、編集、企画などをおこなう。FMラジオ番組やPODCAST番組の制作も。著書に『雨と虹と、旅々ハワイ』『Hawaii Travelhints 100』『世界の美しい書店』ほか。訳書に『ビート・ジェネレーション〜ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『1972年のローリング・ストーンズ』など。