カカオの可能性を頭から爪先まで考える。USHIO CHOCOLATL社主が惚れ込んだ、食とアートの祭典「PANPHAGIA」とは?
千葉県八街市にある農園「エコファームアサノ」である開催されたイベント「PANPHAGIA2021」。日本における西洋野菜のパイオニアである浅野悦男さんの畑で年に1度行われる「食とアート」のお祭りです。畑の上で、さまざまなカルチャーが混ざり合った“美味しいカオス”をプロデュースする主催チームの中に、APeCaで以前インタビューさせていただいた広島・尾道市のチョコレート工場「USHIO CHOCOLATL」の代表の中村真也さんの姿もありました。
世界各国の良質なカカオ豆を仕入れ、豆の焙煎から製造、販売まで、チョコレート作りの一切を自分たちで行う広島・尾道市のチョコレート工場「USHIO CHOCOLATL(ウシオチョコラトル)」。代表の中村真也さんは様々な分野の才能とコラボレーションやラップクルー「ChemiCal Cookers」結成やなど、チョコレート作りの枠に留まらない横断的な活動で知られています。
そんな好奇心旺盛な中村さんが近年、個人的に参加されているのが、日本ならではの在来野菜を育て種を継いでいく取り組みです。同インタビュー内でも、「いつかウシオチョコラトルで、在来野菜とチョコレートソースを使った料理を提供したいです。お客さんにもぜひ、古来からのロマンを感じてもらえたらいいなと思います」と語っていた中村さん。
その想いが発展して合流したというのが「参道屋」。ヨーロッパに古くから伝わる郷土料理を文献で調べ、日本の在来野菜で再現する料理人・船山義規さんと高知県香美市でナッツの焙煎、ナッツバターの製造、瓶詰め、パッケージング、販売まで、すべてを手作業で行っている 「DADA NUTS BUTTER (ダダ ナッツバター)」とのコラボユニットです。
この参道屋が料理部門を主催するイベントPANPHAGIA」があると伺い、APeCa編集部で訪問取材。野外で限定人数で実施された当日の模様をレポートします。

かつて、日本で作れるはずがないと言われていたイタリア野菜「タルティーボ」の栽培に成功した浅野悦男さん。必要以上の肥料や、余計な水やりなどをしない農業スタイルには、浅野さんの「野菜の力を信じて作る」という揺るぎない信念が感じられます。そんな浅野さんの畑を“会場”に開催され、今年で7年目になるのが、ラテン語で「すべてを喰らい尽くす」という意味がある「PANPHAGIA」です。

参加者は、浅野さんの畑で採れた人参で作った、体中の細胞が目を醒すような味わいのドリンクで歓迎していただいた後、浅野さん直々のご案内による畑ツアーに出発します。浅野さんが専門レストランに直接契約して卸している西洋野菜やハーブを見て触りながら学ぶレクチャーをはじめ、全部で7種類あるという人参をはじめ、ほうれん草などは実際に収穫をさせてもらうことができました。
土が付いたままの野菜をかじるなど、まるで童心にかえったように畑を楽しむ参加者たちに、楽しいおしゃべりを織り交ぜながら浅野さんは語りかけます。「人間も野菜も一番必要なのはミネラル。土の中にミネラルは十分あるんだから、栄養をやりすぎてはいけないと俺は思う」。野菜作りはもちろん、ものづくりや子育てにも活かせそうなお話の数々に皆聞き入っていました。

「畑ツアー」の前後も、進行中も、会場のそこかしこで同時多発的に “出来事”が起こり続けているのがPANPHAGIAの魅力。アーティストの皆さんが、料理を載せる祭壇を作ったり(なんと、朝からゼロから作り始めて2、3時間で完成させたのだとか!)、浅野さんの軽トラやトラクターにライブペインティングをしたり、かと思うと、浅野さんがあとでみんなが使う箸を竹から即席で作っていたり……。参加者もそれぞれの作業に質問しながら鑑賞したり、浅野さん家のヤギと遊んだり、思い思いにくつろいでいます。


そんな中、お日様が頭上真上に向かうにつれて、準備の勢いが増していくのが料理チーム。様々な品々が並行して作られていくなかで、とっても気になったのが「土中焼き」の様子。肉や根菜などの食材を焼け石とともに土中に埋めて蒸し上げるもので、オーストラリアの先住民・アボリジニやアメリカ南西部の伝統的な調理法にインスパイアされています。


土中に入れる仔豚にはパスタ生地でユニークな模様が施されていてプリミティブな雰囲気。これらの他ではめったに見られないような珍しい料理たちを総合プロデュースしているのが、参道屋を率いる料理人の船山義規さん。PANPHAGIAの発起人でもある船山さんに、お忙しい準備の合間をぬってお話を伺うことができました。

「もとは、美術家のイトウチヒロらと始めたのがこのイベントです。浅野さんがつくる独創的な野菜たち、それを畑の真ん中に位置する野外キッチンで我々参道屋が調理。そのかたわらで作家たちによるアートが創られる様子を見たり、感じたりしながら料理を食べるという体験が人づてに広がり、毎年来られるリピーターも多いです。
今年で7回目の開催になりますが、PANPHAGIAに新しい風を運んでほしくて昨年、参道屋に加入してもらったのが、私より下の世代のDADA NUTS BUTTERの武智まりか。素材から手作りしてナッツバターなどを作っています。
在来野菜や浅野さんのような信念ある生産者の方が作る野菜には、力強い味わいがあります。その個性ある野菜に素材の力がみなぎるナッツやカカオを組み合わせる事で生まれる味の広がりが面白い。参道屋の作る土着的な世界の郷土料理と彼らの得意分野とのコラボレーションに今後も期待しています」


当日、参道屋が提供した料理の数々は以下です。
■浅野さんの色々大根のグリル 紫白菜とカブのサルサ
■ガルビュール
バスク~フランス南西部の郷土料理。花愁仔豚のブイヨンで浅野さんのサボイキャベツと白菜・高知の在来種ハチマキ大豆をじっくり煮込んだスープ。
■人参のクレシー風
浅野さんの畑の人参の多様性を食べてもらう料理。「ひとみ五寸人参」「金美人参」をバターと人参の水分でじっくり蒸し煮したピューレ。「京くれない人参」「アロマレッド人参」を丸ごとゆっくり茹でたポシェを、ピューレにつけて。
■蝦夷鹿・パクチー・お米のミネストラ
鹿の濃厚なブロードを吸い込んだお米に柔らかな鹿バラ肉のボリートを加え、仕上げに浅野さんのパクチーをたっぷりと。
■花愁仔豚丸々一頭のガランティーヌ
一枚開きにした花愁仔豚にカシューバターをたっぷり練り込んだファルスを詰め2日間かけてじっくりロースト。ちぢみほうれん草と紫人参のグリル、菊芋とカシューバターのソースと一緒に。
■花愁仔豚・小野寺さんの鹿のモモモンスター三兄弟の土中焼き
カカオの赤ワインソースとお花を添えて。
■木村製パンのパン
カシューオイルとUSHIO CHOCOLATLのカカオニブを使用。


お料理が出されると、会場にはさらに笑顔がいっぱいにあふれます。とりわけ、メインの「花愁仔豚丸々一頭のガランティーヌ」が提供された際は、会場から大きな歓声が上がりました。アーティストが製作した祭壇の上に、USHIO CHOCOLATLのカカオニブを使用した『木村製パン』のパンが載せられ、それを土台にカシューバターを練りこんだファルスと内臓を詰めて焼いた仔豚の丸焼きをカット。それを参加者全員で、浅野さんが育てたお野菜とともに、分け合って食べるのは、様々な才能が集い交わる同イベントの真骨頂でした。
仔豚の肉汁の染みたパンはそのまま食べても良し、肉を挟んでサンドにしても良しの美味しさ。カカオニブもいいアクセントになっていて、何度もおかわりする参加者もいるほどの大好評でした。また、件の「土中焼き」にされた花愁仔豚と小野寺さんの鹿肉にも、カカオの赤ワインソースとお花が添えられて、素材の味に深みと華やかさをトッピング。力強い味わいの野菜をさらに引き立てる、カカオやチョコレートの食材としての可能性を感じられました。


そして、イベントを締めくくったのが、毎年の恒例だという「どんと焼き」。火を囲みながら、浅野さんにもこのイベントに対する想いを伺いました。「自分としては、たとえシンプルな調理でもおいしい野菜を作るのは当然のこと。わざわざ様々な食材やアートとかけ合わせるからには、そのおいしさが何十にも増すことが大事だと思っていて、このイベントではそれができていると感じている」と浅野さん。
APeCAがテーマとしているカカオに対しても「野菜を育てていて思うのは、土も違えば、水も違う、その土地でしかできない野菜の味があるということ。カカオにおいてもきっとそうで、その土地でとれたからこその味わいを楽しむものではないか」とも。

睡眠時間も削ってイベントの準備に追われたなかで、コメントもいただきました。
「パンファギアでもホントは野菜のジュとチョコレートを合わせたモレソースを作る予定でしたがバタバタしすぎて流れました(苦笑)。在来種や古来種の作物は種を採って次に繋いでいき、それが渡った先で種を選抜する人達の個性や環境によって段々と変化していき名前が付き、それにあった郷土料理が生まれていきます。
そういった物語が失われる事が寂しくて、段々と画一的になっていく世界に対する反抗の手段の一つとしてこの活動に賛同し、イベントを開催したりしています。というのも、カカオ豆も『種』。しかも僕らが取り扱っているグアテマラのカカオは原種に近くマヤ文明を大切にしているロレンソと奥様のベロニカさんが未来に残るように大切に育てているものだからです。
まだ超具体的に紐付けが出来ている訳ではありませんが、大きな感覚としては融合していて確信めいたモノを感じています。手元のチョコレートも美味しくなくてはいけないし、こういった生産者とその向こう側の物語を掘って知って、発信していかないと僕自身がチョコレート屋さんをやっている意味がないと考えているのでカカオの可能性を頭から爪先まで考えていきたく、料理との組み合わせも模索しています」

もはや単純なスイーツの枠組みにとどまらないカカオの可能性を垣間見た同イベント。APeCA編集部ではこれからもその動きを追いかけていきます!
文=皆本類 写真=新井まる

【Profile】
- 浅野悦男(Etsuo Asano)
農業家
エコファームアサノ
千葉県八街市四木1595-1
- 中村真也(Shinya Nakamura)
USHIO CHOCOLATL(公式サイトリンク:https://ushio-choco.com/)社主。
栗本雄司さん、宮本篤さんらとともに2014年11月、広島県尾道市向島に小規模チョコレート工場『ウシオチョコラトル』を創業。現在は経営管理を担当するほか、海外のカカオ農園へ買い付けも行う。その他、在来野菜を育て種を継いでいく取り組みなど枠にとらわれないシームレスな活動を行っている。人生の教科書はマンガ『美味しんぼ』と、寄生獣。
- 船山義規(Yoshinori Funayama)
1973年東京生まれ。料理人。
フレンチとイタリアンをベースとし、得意分野はヨーロッパ修行の旅のなかでつちかった欧州の郷土料理。
多様な食文化が混交したカリフォルニアで、地産地消のヘルシーなスローフードと出会い、「sage & fennel」で提供するスローファストフードのメニューを開発。
本物の食材ありきの料理を追求するため、生産者と積極的な交流をおこない、日本各地の農場に足しげくかよっている。