戦後の復興を遂げ、目まぐるしく経済成長をしていた日本では、現在と比べてチョコレートの価値はどう違っていたのだろうか? 

 

その頃のチョコレートには、今も愛されているベストセラー商品もあれば、当時の空気とともに食べた人の記憶の片隅にだけ残っている味もある。

 

国内外の生活にあると心地いいものを集めた、ミナペルホネン直営店『call』では、60歳以上の“人生の先輩”が10名働く。心も体もまだ若々しく、長年培われてきた知識や経験、そしてその審美眼による接客は、とても信頼が厚い。中でもスタッフのひとり、長谷川泰恵さんは、大人のおしゃれマスターとしても知られる存在だ。そんな彼女のチョコレートにまつわる記憶と、カカオニブを使った今のフィーリングに合うお菓子の楽しみ方を教えてもらった。

 

文:西村依莉

写真:チダコウイチ

記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
ショップにはヴィンテージから現代作家による工芸、そして食材まで、国内外問わずつくり手の思いが集まる。
記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
店内にはカフェスペースも。青山にいることを忘れしまう緑豊かなテラス。
一番好きだったのは、ハイクラウンチョコレート

「子供の頃から私にとってチョコレートは結構身近なお菓子でした」

 

戦後生まれの長谷川さんは、終戦直後のものがない時代の後の高度成長期の大量生産時代の渦中にいた世代。長谷川さんの子供の頃というと、昭和30年代だ。人々の暮らしは豊かになり、チョコレートの需要も高まっていたが、現在のように種類がなく、ほとんど板チョコが中心だった。長谷川さんの家では、甘いもの好きの母親が手作りのおやつを用意してくれることが多かった。手作りもあれば買ってきたお菓子もあり、チョコレートもレギュラーメンバーだった。そのチョコレートはやはりシンプルな板チョコレートだった。

 

昭和39年、長谷川さんが中学生の時にあるチョコレートと出逢った。

 

「森永の『ハイクラウンチョコレート』を初めて食べた時、今まで食べたチョコレートの中でとりわけ美味しくて嬉しかったのでよく覚えています。タバコの箱みたいなパッケージに、銀色の紙に包まれたチョコレートが3本。箱にはロウで封印するようなスタンプのラベルが印刷されていて、ちょっとお洒落な感じでしたね。だけど私は食べるのに夢中で、そんなパッケージに目もくれなかった(笑)。今思えば素敵なデザインだったなーって思うんですけどね」

記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
タバコの箱そっくりなパッケージの『ハイクラウンチョコレート』。1つ70円で販売されていた。(画像提供/森永製菓)

「同級生と話していると『あの頃、ハイクラウンチョコレートっていうのがあってすごく美味しかったよね』って話題に出たりするから、味も形も目新しかったのだと思います。味は3種類あって、ミルクとナッツとクランチ。味によってパッケージの色が違っていたの。一番好きだったミルクは赤いシールの箱だと覚えいて、ジャリジャリした食感の黄色いシールの箱のクランチも好きだった。

 

ハイクラウンが発売されるまでは、ハーシーのキスチョコとか、あと筒に入ったマーブルチョコレートをよく食べていました。マーブルチョコレートのカラフルな丸い粒が、子供心に『かわいいな』と思ったことが、印象に残っています。母は色んなお菓子を用意してくれてましたが、手作りのおやつ以外でよく食べたのはやっぱりハイクラウンチョコレートでした」

 

※森永ハイクラウンチョコレートは現在復刻発売中。販売店舗についてはこちら。https://www.morinaga.co.jp/taichiro/

 

記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん 記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
ハイカラで甘いもの好きな母による食の記憶

「母は簡単なお菓子は作る人でしたから、学校から帰ってきた時と食後の甘いものは付きものでした。フルーツポンチだとかプリンとか、夏は水羊羹が多かったですね。ハイカラな人で、昔から甘いものが大好きだったみたい。彼女の世代だと、お砂糖が貴重品で、戦争で甘いものがいっときなかった時代もあったから、余計に好きなんでしょうね」

 

長谷川さんの母親は、戦争中に実母の実家がある岡山の倉敷へ疎開をし、そのまま結婚。今も倉敷で暮らしている。

 

「母は岡山に来て一番寂しかったのは、洋菓子がなかったことだと言っていました。東京にはケーキがあったのに、岡山にはなかったそう。それくらい本人が甘いもの好きだったから、おやつも作ってくれた。チョコレートはデパートで買ってたんだと思います。倉敷の天満屋。その頃、スーパーマーケットってまだ一般的じゃなかったから」

記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
昭和39年4月頃の天満屋倉敷店。現在は場所を変え、倉敷駅に直結して営業している。(画像提供/天満屋)

「ちなみに、母も娘時代からチョコレートには馴染みがあったみたい。戦争の前っていい時代だったしょ? その頃から板チョコを食べてた、って話してましたから。母はいわゆるモダンガールで、銀座に今もある不二家へよく行ってたと聞いています。戦時中は日本銀行に勤めていたんだけど、日本茶の代わりに紅茶を飲んでたんですって。お砂糖を入れずに飲んでいたのが美味しくないと記憶に残っているものだから『紅茶とコーヒーには絶対にお砂糖が必要!』って未だに言ってますよ(笑)。私たちからすれば、ノンシュガーの紅茶もよいと思うんですけど、味の記憶って不思議なものね」

 

昭和一桁生まれの長谷川さんの母親は、大正デモクラシー後の自由な気風の東京でチョコレートを楽しみ、その感覚はごく当たり前に娘へと受け継がれた。

 

そのモダンな感覚は、記憶の中の日常の情景にも見られる。

記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん 記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
戦後当時銀座にあった不二家店舗。(画像提供/不二家)
ヴァンホーテンのココアを練る朝の食卓

「チョコレートにまつわる思い出で印象に残っているのが、ヴァンホーテンのココア。小学校に入る前のまだ幼かった頃、我が家は朝食はトースト派だったんですけど、コーヒーカップにヴァンホーテンのココアの粉とお砂糖と少しのバターを入れて、そこに少しだけ熱湯を注いでティースプーンでよく練る、ということをしていました。家族みんなで、朝の儀式みたいな感じね。それをパンに塗って食べたり、熱湯を入れてココアにして飲んだり。ただ、ミルクでのばした記憶はないんだけども。お湯でのばしても、バターが入ってるからちゃんとクリーミーな感じになっていたように思います。

小学校に入ってからは朝が支度で忙しくなっちゃったから、のんびりとココアを練る時間がなくなってやらなくなっちゃったけど、それまでは毎朝トーストとココアがセットだった。ヴァンホーテンのココアは丸い筒を少しへしゃがせたような紫色の缶に入ってましたね。それもやっぱり母がデパートで買ってきたんだと思います」

 

最近の長谷川さんのチョコレート事情
記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん

幼い頃からココアやチョコレートを日常的に摂っていた長谷川さんは、今もやはりチョコレートをよく食べる。好きなのは赤いシールのハイクラウン同様、ミルクチョコレート。だけど最近は、職場で扱うビーン・トゥ・バーの『kiitos』のチョコレートにも興味があって、食べ分けているそう。

 

「あの頃の記憶がインプットされてて、今もずっとまろやかなミルク味が好きだし、少しプチプチとした歯触りのプラリネが好きなんです。日頃いただくのはミルクチョコが多いですね。だけど『call』で扱ってるカカオの香りが高めのチョコレートも美味しくて好き。『kiitos』のチョコレートは、私にとっては大人の味ね。ビターで美味しいんだけども、ちょっと襟を正す気分で食べるの。日常的な嗜好品というよりも、少し特別なチョコという感じね。余計なものが入ってないし、硬質な口当たりでパクパク気軽に食べる感じのものではないんですよね」

 

記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
『call』でもお取り扱い中! キュートなパッケージはミナ ペルホネンのテキスタイル柄を使用したオリジナルフレーバー。864円。

「母が言うには『チョコは幾つ食べても大丈夫』ということなのよ。チョコレートって、発酵食品でしょ? いくら食べてもいいわけじゃないけど、他の甘いものに比べたら少しは大目に見てもらえるんじゃないかな〜って母も私も思ってるんです(笑)。カカオが獲れてすぐの、殻の段階で発酵させるから。そのあと加工をするから、発酵食品と言っていいかわからないですけど。自分でカトルカールのようなケーキを焼いてると、バターやお砂糖の量を見てるとこんなに摂ってるんだと怖くなっちゃう! 自分で作っているからお砂糖の量は多少減らすけど、それでも危険ですね。コロナの自粛中、しょっちゅう焼いてたから危ないことになってしまったの! 気をつけなくちゃ。それに比べれば、チョコレートってシンプルで健康的なお菓子だと思うんですよね」

 

長谷川さんのカカオニブを使ったお菓子
記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん

料理上手でもある長谷川さん。カカオニブを使って食感を生かした焼き菓子を2種を作ってくれた。噛みしめるごとにカカオの香りが鼻に抜けるビスキュイ・ドゥ・サボア(写真左)とりんごとカカオニブのコンビネーションが香ばしいケーキ(写真右)。どちらも気負いのない、素朴な味わい。「簡単なレシピよ」とのことなので、朝食やおやつにぴったり。

 

【ビスキュイ・ドゥ・サボア】

[材料](直径15cmケーキ型)

カカオニブ 10g

卵 3個

砂糖 60g

☆薄力粉 55g

☆コーンスターチ 50g

 

[作り方]

1、カカオニブをすり鉢で細かくあたる。

2、ボウルに卵黄を割り入れ、砂糖を加えて白っぽくなるまで泡立てる。

3、別のボウルに卵白を入れ、十分立ちになるまでしっかり泡立てる。

4、2に1とふるった☆を分けて加え、混ぜ合わせる。

5、4に3を数回に分けて入れ、さっくり混ぜ合わせる。

6、型に5を流し入れ、20cmほどの高さから2回ほど垂直に落として空気を抜く。

7、170度に設定したオーブンで約20分ほど焼く。(オーブンの機種によって焼き時間は調節を)

8、焼成後は冷めてから型から取り出し、粉糖をかけるとよい。食べる時はクリームやジャムと一緒にどうぞ。

 

【りんごとカカオニブのケーキ】

[材料](15cm×20cm角形

(りんごの甘煮)

りんご 1個

バター 20g

砂糖 20g

レモン汁 大さじ3

 

(ケーキ生地)

薄力粉 50g

バター 45g

砂糖 30g

卵 1個

卵黄 1/2個

オレンジの皮(湯通しした千切り) 小さじ1

カカオニブ 10g

 

[作り方]

1、りんごは皮をむき、いちょう切りにする。

2、カカオニブをすり鉢で細かくあたる。

3、鍋にバター、砂糖、レモン汁を入れ、りんごを加えてやわらかくなるまで煮て冷ましておく。

4、ケーキ型にバター(分量外)を塗る。

5、薄力粉をふるい、りんごにもふりかけておく。

6、ボウルに室温に戻したバターと砂糖を入れ、ハンドミキサーでよく混ぜ合わせる。

7、6に卵と卵黄を入れ、ふんわりとさらに泡だてたらオレンジの皮とカカオニブも加える。

8、7に5の小麦粉を2〜3回に分けて混ぜ、全て混ぜきらないうちに5のりんごを入れてさっくり混ぜる。

9、8を型に入れ、180度に設定したオーブンで約20分ほど焼く。(オーブンの機種によって焼き時間は調節を)

 

記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
見晴らしのいい長谷川さんの自宅。日がな一日明るく風通しのいいリビングは、アンティークショップで買った家具と本が並ぶ。
記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
自宅で使っている食器は気に入ったものがあれば国内外問わず購入。カトラリーはイタリア、フランスで購入したものが多い。
記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
書籍が並ぶ書棚。無造作に飾った写真や民芸品がラフな雰囲気。
記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん 記憶の中のチョコレートと、カカオニブのお菓子レシピ/callスタッフ長谷川泰恵さん
長谷川さんお気に入りの料理本は昭和51年刊行の佐藤雅子さんの『季節のうた』。

「なんてことないお料理の作り方を綴った本なんだけど、きれいな昔の日本語の語感が美しいの」

 

【Profile】

 

長谷川泰恵(Yasue Hasegawa)

1950年、岡山県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。その後イタリアへ渡り3年間暮らしたのち、帰国後編集者として活動。2016年より『call』スタッフとして週に3日働き始める。趣味は料理と読書。

 

call

「ミナ ペルホネン」が生活にあると心地よいと思う、様々なものを呼び寄せて紹介する場。ファッション、雑貨、食品など一過性でなく長きにわたって愛用できる、使いながら豊かな気分になる、などの価値を持つものを販売。ショップ内にあるカフェでは、栄養のバランスが取れて気取らない食事とワイン、コーヒーを提供している。

住所 東京都港区青山5-6-23(スパイラル5階)

営業時間 11:00〜20:00

定休日 スペイラスビルに準ずる

TEL 03-6825-3733

Instagram :@call.jp https://www.instagram.com/call.jp/

 

 

 

文:西村依莉(編集者・ライター)

1960〜70年代を中心とした昭和期のカルチャーと猫やファッション、ライフスタイルをテーマに書籍の企画・編集や雑誌、WEBなどでライティングを行う。共著書に『足の下のステキな床』『いいビルの世界』『キャバレー、ダンスホール 20世紀の夜』など。『1950-70’s マッチラベル・グラフティ』(小野隆弘・著)『昭和インテリアスタイル』『キジトラ猫だけ!』等の編集も担当。2021年1月には『スペースエイジ・インテリア』(グラフィック社)、『桂浜水族館公式BOOK ハマスイのゆかいないきもの』(実業之日本社)が発売。

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