代わる代わる一冊の本を売る本屋「森岡書店」。その店主、森岡督行さんがチョコレートをきっかけに、いま会いたい人と語らうシリーズ。第2回。

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
森岡督行さん(左)と山口洋佑さん(右)

戦後日本史から工芸、音楽まで、幅広い分野の知見を持ち、執筆や展覧会の監修にも関わる森岡督行さん。豊富な知識の源は、本だけでなく、幅広い交友関係にもある。そんな彼がチョコレートを手土産に会いたい人と語り合うアート、思想、音楽談義。

 

第2回目はイラストレーターの山口洋佑さんのクリエーションの現場を訪ねた。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん

東京・小平駅に車で私たちを迎えに来てくれた山口洋佑さん。住宅街を走り、小金井公園のそばにあるアパートの一角が山口さんの自宅兼仕事場。広々としたお部屋と窓辺にはサボテン。そして玄関から入って一番奥の日当たりのよい部屋には、山口さんにとっての宝物、鉱物コレクションが美術館の展示のように並ぶ。好きなものに囲まれたいというこだわりを感じる。

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
鉱物のコレクション数々

山口:鉱物で最初に引かれたのはラブラドライト。光の入り方によってホログラムのように色が変わって見えるんです。25億年前のストロマトライトを見つけた時はわぁ、やばい!となって、今いる時を忘れました。この石は何億年もの時の堆積による断面が景色のよう。僕たちの想像の及ばない時に生まれたものが今目の前にあることに言葉を失います。人は自然を描いて抽象を突き詰めようとするのに、自然はこの石のように具象を見せてくれるって、不思議ですよね。

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
ラブラドライト

そんな山口さんに森岡さんが持参したチョコレートはみずから企画したチョコレート。

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
左から、【ソルト】【メープルシュガー】【ダブルベリー】

森岡:実は「森岡製菓」を立ち上げたんです。毎週、書店で様々な表現者のみなさんの展覧会をすると会期中にその方の知り合いや関係者が差し入れのお菓子を持ってきてくださる。どれも思いがこもった入魂のお菓子です。それはそれは立派なお菓子ばかり。作家さんは食べきれないほどいただくので、僕にたくさんのお裾分けが回ってくる。この15年ほど毎日食べているから、日本一スイーツを食べている書店主だと思います(笑)。チョコレートも大好きです。でも、おいしいチョコレートが生まれる背景には政治的、社会的な問題もある。自分が普段よく食べるチョコレートを通して、小さいけれど自分なりの社会的インパクトを与えることができたらという思いがあったんです。僕自身、犬を飼っていることもあって、一頭でも多くの動物たちが幸せに過ごせる社会になってほしいという思いを込めて、チョコレートの売り上げの一部が保護犬保護ネコへの支援につながるチョコレートを作りました。ソーシャルグッドだからといって、味に妥協はありません。エクアドル産の有機栽培カカオ専門のチョコレート店「MAMANO」にカカオ73%のオリジナルのタブレットチョコレートを作ってもらいました。また、文字などの印刷は銀座で100年営む活版印刷の「中村活字」にお願いしたんですよ(誇らしげ)。

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん

山口:これまでのお裾分けの積み重ねの上にできたチョコレートですね。うーん、うまい。

 

森岡:…(みんながひとしきりチョコレートを食べている間にも、お裾分けに代わる表現を探している) あ、ごっつあんゴールをしていたサッカー元日本代表の武田修宏さんのような存在かも。他の選手がゴールめがけて蹴ったボールがはじかれて戻ってきたとき、こぼれ球をゴールに結びつける。いつもゴール前で絶妙なポジショニングをとっていました。その場にいて、一生懸命走っているからこその巡り合わせだと思うのです。 

 

山口:ずっとその表現を考えていたんですか?でも、ごっつあんチョコですね。書店界の武田ですか(笑)チョコレートだけでなく、パッケージにもこだわりがたくさん。パッケージが紙の包装ではなく、薄い箱型の容器…。色使いもきれいです。食べ終わっても容器を処分することなく、鉛筆など入れることができる。大切に作っていることがわかります。それにしてもおいしい。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
チョコレートは食べると消えてしまうけれど、残したくなるような容器を作って動物への気持ちを持ち続けてもらいたいとの思いで箱にこだわった。森岡さんの娘さんは容器に折り紙を入れて使っているそう。

森岡:このビターなチョコレートにはエリック・サティの曲が合いそう。「ジムノペディ」とか。アンニュイでけだるい曲。あるいはマスカーニの曲「カバレリア・ルスティカーナ」も合いそう。この曲は年配になった老夫婦が昔はよかったねと懐かしみながらチョコレートを食べている感じ。かける音楽によって同じチョコレートでも味わいがずいぶん変わりますよね。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
エリック・サティと友人たちの楽曲集『サティおじさんのおかしな交遊録』
森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん

山口:以前、サティと彼をとりまく音楽家たちの楽曲を集めたCDアルバム『サティおじさんのおかしな交遊録』のアートワークを描かせてもらったんです。サティは大のシュークリーム好きだったと知り、ジャケットカバーには顔がシュークリームになったサティの姿を描いたんです。アルバムには『彼のジャム付きパンを食べてしまうこと』『いんげん豆の王様の戦争の歌』などが選曲されていて、こうした曲とサティの友人たちとの関係を絵で表すように、ストラヴィンスキーの顔をインゲン豆に、モーリス・ラヴェルの顔をジャム付きパンのように描いたんです。

森岡:おもしろい!聴いてみたい!シュークリームやインゲン豆が擬人化されちゃっている。こうしたおかしな発想は一緒に作った絵本にも共通していますね。(深く頷く)

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
『ライオンごうのたび』と原画の数々

森岡さんが書いた物語に山口さんが絵を添えた絵本『ライオンごうのたび』は動物の身なりをした子どもたちが宇宙、地球、海底を自由に行き来できる乗り物「ライオン号」に乗って様々な発見をし、人類の歩みや世界の不思議について学んでいくというストーリー。

 

山口:大人になって様々なことに興味をもつようになったけれど、もっと早い子どもの頃から宇宙や文明、神話、環境問題について楽しく学ぶ機会があったらよかったな、と今更に思っていたところ、森岡さんから子ども向けの絵本を作りたいと話を聞いて、7年かけて実現した共作です。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん

部屋に入ったときから気になっていた本棚に並ぶ書物の数々。古代シュメール文明について記した『シュメール』、ギリシア神話にまつわる書、レイチェル・カーソン著『沈黙の春』、オオカミにまつわる書、ヘンリー・ソロー著『森を読む』、『バルザック伝』などの背表紙を眺めながら、きっとこうした本の声たちが山口さんの頭の中で反響しているのだろうと想像する。

 

森岡:自分が子どもだった頃、学校の勉強が面白く思えなかった。国語、倫理、算数、理科と言葉を並べると興味をそそる思い出がないんです。でも、よく考えると、宇宙のことを知ろうと突き詰めていくと物理を学ぶことになるし、人の体の仕組みに興味をもつと生物を学び、人が生きていく上で良し悪しを判断できるようにならなくちゃ、となると道徳を学ぶわけです。人が生きていくうえで必要なことを小学校から少しずつ身につけていくことが勉強なんだって後になって気づくんですよね。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん
ブルカを身につけた女性たちをイメージしたという作品《city of yesterday》「音楽的に描けたと思う一枚でとても気に入っています」と山口さん。

山口:絵を描く理由は、自分自身がワクワクしたいから。鉱物を見た時、雄大な自然を目にした時のように。絵を描かなくてもこの衝撃を得ることができるのであれば、自分で描かなくてもいいのかもしれない。でも、自分が何にわぁ!となるかはツボを押さえているから自分で描いた方が早いんです。ある意味、自給自足といえるかもしれない。描くときは、最初にイメージを思い描いてそこから画像検索などインターネットで探したり、写真を撮ったりして、イメージを形にしていく感じです。描きながらより良い方向が見えれば、最初のイメージと変わっていくこともありますが、自分がわぁ!と感じたときの最初の心の動きを大切にしたい。そこを突き詰めると、より普遍的な共感、感動につながるのではないかと信じて描いています。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.2 イラストレーター山口洋佑さん

 

 

文=長谷川香苗

写真=林ユバ

 

 

【Profile】

 

<guest>

山口洋佑(yousuke Yamaguchi) 

イラストレーター ミュージックCDのジャケット、舞台芸術の宣伝物、雑誌の挿絵を始め、バイクやアウトドア好きから企業の自然との関わりを発信するメディアなどのアートワークも手がける。都会に暮らすどこかロンリーな人物像とフェアリーランドのような自然の描き方が魅力的。

 

<host>

森岡督行(Yoshiyuki Morioka)

一冊の本を売る店をコンセプトにした銀座の店「森岡書店」の店主。展覧会企画にも協力。「雑貨展」(21_21 DESIGN SIGHT)、「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「Khadi インドの明日をつむぐ」(21_21 DESIGN SIGHT)など。京都・和久傳のゲストハウス「川」や、「エルメスの手しごと」展のカフェライブラリーの選書を担当。文筆家として新潮社『工芸青花』のサイトで日記を、資生堂『花椿』サイトで「現代銀座考」を連載中。