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最新版まで12年連続「ミシュラン」三ツ星を獲得している京都の老舗料亭「菊乃井」で、アマゾンカカオがデザートのみならず料理にも使用されているという。「菊乃井」三代目主人の村田吉弘氏は、和食がユネスコ無形文化遺産へ登録されるにあたり、その発起人となって国内外で尽力した日本料理界の重鎮。「菊乃井」の歴史から、老舗料亭が革新を続ける理由まで、お話を伺いました。写真家・新津保健秀氏による写真も見どころです。

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?
高台寺ゆかりの山林に、風情を添えている「菊乃井本店」。

大正元年(1912年)創業。京都・東山に約1000坪の敷地を擁する、日本を代表する名料亭「菊乃井」。江戸末期の数寄屋建築の建物は、12の部屋全てから手入れの行き届いた庭を見渡すことができる。

 

「この部屋は1850年に造られたのですが、伊藤博文公がこの部屋をお好きで、いつも紫檀の柱の前に座って、目の前の富岡鉄斎の絵を眺めていらしたそうです。現在は一つの部屋になっていますが、もともと分かれていた隣の部屋にはお付きの人が待機していたり、窓側は山なので外から狙われる危険がなかったのだとか。昔はタバコを好まれる方が多く、暖をとる方法も火鉢しかなかったため、煤けた天井や布地などは職人が美しく修復してくれて現代に息づいています」

 

「古いことは良くても、古汚くてはダメですからね」という村田氏の言葉をもって、職人の手技が生き続ける料亭。所蔵する六曲二双の「洛中洛外図屛風」や、数十点にものぼる北大路魯山人の器、伊藤若冲の軸など名品が並び、随所に一流の歴史を感じさせる。

 

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?

「さかのぼると、先祖は豊臣秀吉の妻・北政所、いわゆるねね様(幼名)が茶の湯に使われていた『菊水の井』を守ってきた茶坊主で、北政所が大阪城から高台寺に移られた1850年頃、一緒にこちらへ隠居したそうです。ですから、ここら辺は高台寺の山林だった場所で、そのうち300坪の開拓許可を願い出て切り拓いたのが始まり。大正元年、この場所で3代目の代から料理屋として創業しました」

 

「僕は料理人としてはそこから3代目にあたるのですが、大阪城の時代から数えると22代目。当時は跡を継ぐのが重く感じたものです(笑)」

そんな言葉を皮切りに、自身の料理人としての原点も語ってくださった。

 

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?
「菊乃井」三代目主人の村田吉弘氏。「農林水産省の支援を受けて設立した「日本料理アカデミー」や、「全日本・食学会」の理事長を兼任するなど日本料理界を牽引。

「大学在学中の1973。無謀にもフランスで就職しようと、リュックだけ背負って、泊まる宿も決めないまま渡航したんです。当時のシャンゼリゼ通りにJALがあって、違う航空会社のスチューデントフライトを使ってたのに図々しく『どこか宿を紹介してください』と訪ねていきました。スタッフの女性から『何泊ですか?』と聞かれ『半年です』と答えた途端、『ちょっとこっちに来なさい』と事務所の中に連れて行かれました(笑)。とても親切なスタッフの方で、リュクサンブール公園近くのホテルの屋根裏部屋に、1600円で泊まれることになり、フランスでの生活がスタートしました。そこで出会ったフランス人の学生が、『日本料理は食べ続けると栄養失調になる』と話していて、訳を聞くと『蕎麦や寿司など炭水化物ばかりで栄養は何もないから』と思っていると。その頃から、間違った日本料理のイメージを払拭したいと、料理人の道を志すようになりましたね」

 

今では、京料理の重鎮とも称される村田氏だが、当時は反発心や好奇心が旺盛で、京料理の異端児と呼ばれたことも。現に、日本の料理界で初めて「クイジナート」というフードプロセッサーを導入した際のエピソードは印象的だ。

 

「先輩方からは、『そんなもんすり鉢でやること。手抜きや』と言われましたが、例えば胡麻をペーストにするのに、大きなすり鉢で大人の男が二人掛かりで1時間半はかかることが、ボタンを押しておいたら7分でできる(笑)。『辛いことを我慢してやることが修行』という概念に関してもずっと違和感がありました」

 

その行動力は、アマゾンカカオを「菊乃井」の献立に取り入れた革新とも通ずる。2018年に南米・ペルーにある世界的レストラン「アストリッド&ガストン」で催されたチャリティ・ガラへ招かれた際、村田氏はアマゾンカカオの生産地を視察しに訪れたという。

「アマゾンカカオを日本へ輸入した第一人者でもある太田哲雄くんにアテンドしてもらい、38度の高温のジャングルを2時間半歩きました(笑)。60種を超えるカカオ豆は、フルーティーだったり酸味があったりと、個性が非常に豊か。何より、最初は政府からの支援金があってアマゾンのジャングルの奥でカカオ畑を作れても、それをどうやって売ったらいいかルートを見出せない人がたくさんいて、その流通を手助けする太田くんに賛同しました」

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?
アマゾンカカオの視察で訪れた、ペルーのジャングルでのひとコマ。

現在は「菊乃井」全ての店舗で、アマゾンカカオが使用されているという。中でも「あえてカカオを使っていることはメニューに書いていない」という豚の角煮は、本店から赤坂店、「露庵」まで広く提供されている人気の一品だ。

 

「角煮の発祥は中国料理で、シルクロードを通って九州に渡ったとされています。九州の国守(くにもり)付きの料理人が伝えた京都の料理人が、自身の仕える公家様に食べてもらえるようにアレンジしたものが、現在の京料理における角煮のルーツになったんですね。当時の公家様は脂や甘辛い味を好まなかったため、脂は全て取り除かれ、品良く調味した角煮が現代に続いています。『菊乃井』では黒砂糖と八丁味噌を使うも、湯がいて蒸してを2日ほど繰り返し、極力薄い味付けに仕立て、その後にカカオマスを加えることでコクを出しています」

 

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?
濾したじゃがいも餡の下には、旨みをたっぷりと蓄えた豚の角煮が。端正な姿からは想像がつかない、とろけるような柔らかさに思わず頰がゆるむ。

また、「アマゾンカカオのアイスクリーム」は、食べる直前に熱々のカカオソースをかけていただくハイブリッドなデザート。ほんのり苦味のあるカカオソルベに、苺の酸味と、カカオソースの甘みが加わり、渾身一体。

 

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?
コースの最後に登場する「アマゾンカカオのアイスクリーム」。ひんやりと熱々の感覚が交互に訪れ、クセになる味わい。トップに飾られたカカオニブが食感にアクセント。

料理人として円熟の域に達しつつある村田氏みずから、飽くなき進化を続けている。

「同じことをやり続けるのが伝承で、『菊乃井』が守っていきたいのは、変わるものと変わらないものを見極め、お客様に喜んでいただくための革新を続ける伝統です」

 

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?
老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?

文=藤井存希

写真=新津保健秀

 

【Profile】

老舗料亭「菊乃井」三代目店主・村田吉弘氏が考える“伝統”とは?

村田吉弘(Yoshihiro Murata)

1951年、京都府京都市生まれ。「菊乃井」三代目。2012年「現代の名工」として選出。2013年、京都府文化賞功労賞受賞。2017年、文化庁長官表彰。2018年、文化功労者。現在は本店である「菊乃井本店」以外に「露庵」、東京の「赤坂 菊乃井」、甘味と弁当を主とする「無碍山房(むげさんぼう)」を展開。

 

【店舗情報】

菊乃井

 

605-0825  京都府京都市東山区下河原通八坂鳥居前下ル下河原町459

Tel075-561-0015

定休日:第1・3火曜(定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始
13,000円~ 夜20,000~ (ともに税・サ別)

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