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「カカオ色」を纏う。草木染の可能性を追求する村田染工 インタビュー

「カカオ色」を纏う。草木染の可能性を追求する村田染工 インタビュー

京都に工場を構え、草木染に取り組む老舗染色メーカー「村田染工(むらたせんこう)」。草木の特徴を活かしながら工業的に生産し、数多くのハイファッションからインディペンデントブランドまで、サステナブルなものづくりに取り組む人々から厚い信頼を受けています。「ブランドから個性ある注文が来るたびに、新しいことに挑戦できるから面白い」と語る会長の村田正明(むらた まさあき)さんに、草木染の魅力や「食べ物シリーズ」から生まれたカカオ染について伺いました。

草木染を工業的にやることに可能性を感じた
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趣味は社交ダンスだという村田さん。

─「村田染工」では、現在草木染を通して、国内外の様々なファッションブランドのものづくりのニーズに応えています。元々は化学染料を使った染物が中心だったそうですが、どのような経緯で草木染め始めたのでしょうか?

 

会長・村田正明さん(以下、村田):会社自体は70年近くの歴史がありますが、草木染を始めたのは17年前のこと。京都はもともと着物や帯の文化が発達している地域だけれど、その文化は時代が変わるにつれ下火になる一方で、僕らの会社も「このまま行けば危ないやろな」と危機感を抱いていました。そんな時、たまたま奈良で「正倉院展」があるということで、見に行ったんです。

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正倉院展で展示されていた、「緋絁襪(ひのあしぎぬのしとうず)」という舞用の靴下。

この赤はラックダイ(樹木に寄生するラック虫を使った天然染料)で染められていて、およそ1200年前のものですが、草木染がこんなに鮮やかなまま残っていることに驚きましたね。「こんな染色をやりたい」と直感で思って、当時勉強しに通っていた京都市にある「染織試験場」の場長さんに相談したら、すぐに行政に掛け合ってくれた。するとトントン拍子に話が進んで、地元企業の活性化のためにと、京都市が全面的にバックアップしてくれることになったんです。

 

こうして、滋賀県にある「洛東化成」から染料を調達して「染織試験場」で試験するという、1年半のプロジェクトが始まりました。

 

―プロジェクトではどのような目標を掲げていたのでしょうか?

 

村田:工場で安定的に生産できて、市場に出しても問題ない堅牢度を持つ草木染のノウハウを作ることが目標でした。草木染はもともと工房としては一般的でしたが、工業として工場で染めているところはほとんど無かったんです。前例がないからこそ、条件をどう変えたら数値がどう変わるかというデータを取らなきゃいけない。1年半かけて地道に色を作り、堅牢度を試験して……という作業を繰り返して、資料を作っていきました。

さまざまな条件の組み合わせで染め色は完成する
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村田さんは、試験結果を一覧にした貴重な資料を見せてくれた。

―資料を見ると、同じ染料を使っているのに沢山のカラーバリエーションがありますね!

 

村田:草木染の場合は、染料濃度の違いで色が変わるだけでなく、鉄や銅、錫、木酢酸などの金属液に漬けて焙煎することで染め色が変化します。そして染める時の温度や時間、綿やシルクなどの素材によっても染め具合が変化する。この草木染特有の化学反応を活かすことで、淡色・中色・濃色のカラーバリエーションを作ることができます。草木染をやっている会社で、ここまで詳細なデータを持っているところは、うち以外無いんじゃないかな。

 

―今まで様々な草木染に挑戦したかと思うのですが、染まらないものはあるのでしょうか?

 

村田:草木染ではまずないですね。そこらへんに生えている草でも染まります。染まる色は、だいたいベージュ、茶色、グレー、ピンク系が主流ですね。

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染め見本には、淡色から鮮やかな色まで、幅広い色が載っている。

―染め見本を見ると、右下にあるカーキグリーンが、あの真っ赤なザクロというのも驚きですね。

 

村田:草木染の色は、その草木が枯れた時に近い色で染まると考えると、しっくりくるかもしれませんね。元々ザクロの染め色は薄いベージュですが、ザクロの場合は焙煎することでかなり色が濃くなって、カーキグリーンになります。

 

―色のバリエーションはどうやって作っているのですか?

 

村田:最初の2年は1種類の染料でしか染めておらず、焙煎することでカラーバリエーションを作っていました。しかしファッション業界からの「もっと様々な色を作ってほしい」というニーズに応えるために、2種類の染料を掛け合わせて色を作るようになりました。これはこれで大変で、きれいに染められるようになるまでに半年くらいかかりましたね。

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「村田染工」では製品染や生地染だけでなく、棉染も行なう。

村田:化学染料は人工的なものだから、どの色を掛け合わせても一定のスピードで染まるけれども、草木染の場合は草木によってスピードがバラバラでね。ラックダイやロッグウッドは染まる時間が早くて、ザクロは遅い。それを同じように染めてしまっては、きれいな色は作れない。なだめて、なだめて、丸2日かけて染めていくんです。

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綿(わた)やシルクなどのデリケートな素材もムラなく美しく染めるために、オリジナルのゴールドシグマ染色機を使用している。

―きれいに染めるために、どのような工夫をしているのでしょうか?

 

村田:ひとつは、染めに適した良質な水を使うことです。うちでは染め用の水は千利休が茶の湯に用いたと伝えられる、西洞院(京都市中京区)の地下水を使っています。

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染めの色むらを防ぐため、竹の棒に塩ビでコーティングした物干し竿を使用している。

村田:そして乾燥させる時も乾燥機を使わずに、蒸気の熱を利用しながら時間をかけて乾燥させる。こうすることで、風合いの良さを引き出すことができます。

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職人たちの細やかな働きかけにより、美しい草木染めが完成する。

村田:素材や製品の状態によって、ムラなく染めるための扱い方が違う。そこに職人の技術が活かされているんです。

カカオ染は「食べ物シリーズ」から誕生した

─草木染を始めてから現在までに、どのくらいの染めデータができたのでしょうか?

 

村田:174パターンはあるかな。でも、昔からの草木染の原材料であるザクロや丁子(チョウジ)、ロッグウッドやラックダイで染めているだけでは展開に限界がある。新しくインパクトがあることをしたいと思って、最近ではみかんや黒豆、ほうじ茶、ワインなどの「食べ物・飲み物シリーズ」にも挑戦しています。

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草木染で個性的な色に染まったTシャツ。

―最近は、カカオ染が追加されたと聞きました。

 

村田:そう! カカオ染は数ヶ月前にできたばかりの色なんですよ。昨年の12月、恵比寿で開催された、天然繊維テキスタイルの合同展示会「Harvest #8」で発表するために「食べ物・飲み物シリーズ」の新色を10色製作して、そのシリーズのうちのひとつがカカオ染でした。

 

―カカオ染、見てみたいです!

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カカオ染のTシャツ(淡色・中色・濃色)

―ほんのりピンクがかった茶色で、絶妙な風合いが魅力的ですね。カカオのどの部分を使って染めたのですか?

 

村田:皮ですね。最初はカカオの実と茎と葉の全部を試して、どれが一番染まるかをチェックしたんです。それで最終的に実の外側の皮を使って染めるのが一番だとわかりました。

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カカオの実の皮。

―カカオの皮は紅茶に使うことができますが、まさか染物にも使えるとは。染まりやすさはいかがでしたか?

 

村田:染まるスピードは速すぎず、遅すぎず。色味も程よい濃さで染まる。染め液の色はすごく濃いのに薄くしか染まらないオリーブや、渋みの成分が機械に付着しやすい柿渋と比べたら扱いやすくて、あまり手間がかからない染料だと思いましたね。

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カカオ染はベージュや茶色に染まる。

―染めパターンを見ると、Tシャツよりも少し色味が違うように見えます。

 

村田:微妙に差が出るものの、食べ物の多くはベージュや茶色に染まるんです。その全てを茶色いまま出すのでは味気がない。そもそも食べ物って、普通の草木よりも色のイメージが強いでしょう? だからこそ、「食べ物・飲み物シリーズ」は、その食べ物らしさが伝わるように、ほんの少し別の草木の色味を加えて調整し、演出しています。

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左側3つがカカオ染、右側3つがコーヒー染。

―たしかに、コーヒー染と比べてみても、カカオ染の方が柔らかな色味というか……全く別の茶色ですね。

 

村田:色を決める時は、「コーヒーの方は、ちょっと濁った茶色。カカオの方はそれよりも少しスキッとした茶色」といった感じで最初にどんな差をつけるかイメージします。その後、カラーチップを参考に職人とイメージを共有して、何度か染めながら固めていきました。

染物職人が語る、カカオ染の可能性
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―最後に、今後カカオ染で挑戦してみたいことはありますか?

 

村田:カカオの生産国って色々あるでしょう? コートジボワールとか、ガーナとか、インドネシアとか。その国で生産されるカカオごとの色の違いを見てみたいですね。実はコーヒーも産地によって微妙に色が変わるんですよ。だからカカオも色の差が出るんじゃないかと思うんですよね。

 

―カカオ染ひとつとっても、奥が深いですね。

 

村田:探求したいことは山ほどあります。世の中の流れをよく見極めながら、今後も草木染の可能性を広げられるように働きかけていきたいですね。

 

文:宇治田エリ

写真: 江下太士

【Profile】
「カカオ色」を纏う。草木染の可能性を追求する村田染工 インタビュー

村田正明(Masaaki Murata)

1951年京都府生まれ。60年以上の歴史を持つ染工場、村田染工の3代目代表を勤めたのち、会長となる。草木染を中心とした製品染、生地染、棉染を行い、近年はカカオ染をはじめとした「食べ物シリーズ」に挑戦している。