一冊の書物をきっかけに、そこから広がる世界を多角的に発信するお店そのものがメディアのような「森岡書店」。その店主、森岡督行さんがチョコレートをきっかけに、いま会いたい人と語らうシリーズ。今回は記念すべき第1回。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.1 平井かずみさん
平井かずみさん(左)と森岡督行さん(右)のツーショット

本を介した人とのコミュニケーションを大切にしてきた森岡さん。

彼にとって本を誰かに贈ることは贈る相手に対しての“言語”のようなもの。

それは誰かにチョコレートを贈る時の気持ちと似ている。

そんな気づきから、森岡さんが“言語”としてのチョコレートを手土産に、会いたい人と対話を繰り広げます。

 

第1回目はフラワースタイリストの平井かずみさん

 

平井かずみさんを想って森岡さんが選んだチョコレートは東京・蔵前に珈琲店を構える「蕪木」のチョコレート『果香(かこう)』 とドラジェ『種実のカラメリゼ』。

 

もらった人が幸せを感じる状況づくり
森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.1 平井かずみさん
「蕪木」のチョコレート『果香』(左)、ドラジェ『種実のカラメリゼ』(右)

森岡:10年来の友人の平井さんにどんなチョコレートを渡そうかと考えたとき、蔵前の珈琲店「蕪木」のことが浮かびました。「蕪木」は珈琲とチョコレートをおいしく味わうことを第一に作られているお店です。店主の蕪木祐介さんが店でカカオ豆から作るチョコレートそのものがおいしいことはもちろんですが、店のしつらえ、光の取り方など、すべてがチョコレートをおいしく食べてもらうためにある。こうした店主の姿勢が、花を楽しんでもらう状況を作ろうとする平井さんの姿勢と僕の中で重なって、「蕪木」のチョコレートなら平井さんの琴線に触れるかなと思ったんです。チョコレートのパッケージを開けると蕪木祐介さんによるメッセージが名刺サイズのカードに記されている。まさにチョコレートを介したコミュニケーションです。今回、お持ちした板チョコの「果香」には「ひとかけら口に含んで、ゆっくりとその香りの移ろいをお楽しみいただくのはもちろん、濃厚でフルーティーな味わいは、果実味のある浅煎りから中深煎りの珈琲や、紅茶、ポートワイン、などにもよく合います」という言葉が添えられているんです。ニクイでしょ。

 

平井:心が見透かされているみたい。以前からここのチョコレートが好きで自分でも購入しています。「蕪木」という空間がチョコレートを楽しむための状況として作られていて、そうした店主の姿勢が魅力的です。花は私にとってチョコレートと似た存在。人が生きていく上で、花は決して必要不可欠なものではないけれど、多くの人にとって見ていて心が華やぐものだと思います。少しだけ自分が大切な存在に思えてくるんです。そんな自分のことを好きになる状況を花で提案したい、そう思って活動しています。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.1 平井かずみさん

森岡:チョコレートには知らない相手との距離を縮める力もありますよね。

 

平井:そうなんです。初めてお会いする方からチョコレートを手土産にいただくと、「センスのいい方だな。」と嬉しくなります。自分が差し上げる時も、相手にそうやって喜んでいただきたいと思って気合を入れて選びます。それは花を贈るときに、相手をイメージした花や、相手が喜んでくれそうな花を選ぶ気持ちと似ていると思います。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.1 平井かずみさん

森岡:そうですよね。花言葉という表現があるくらい、花を贈ることは贈る相手への自分のメッセージですね。しかし、そうした花を介したメッセージのやりとりも、2020年、新型コロナウィルスの感染拡大でやりづらくなったのではないですか?

 

平井:はい。2020年4月に緊急事態宣言が発令されてから、花々が咲き誇る春だというのに花を手渡す機会を失ってしまいました。コミュニケーションの言語を失ったようなものです。でもある意味これはいい機会なのでは!っと思って、これまで後回しにしていたオンライン販売のサイトを立ち上げることにしました。季節ごとの花の便りを贈りたいと思っていたんです。花を通したコミュニケーションを大切にしているので、花を配送するだけでなく、購入してくれたみなさんには花の生産者の話から花の育て方などを私が解説した動画を見ていただけるような仕組みを作りました。動画撮影から編集まですべて初めてのこと。でも、花を購入してくれた方が花束とともに私のウェブサイトにアクセスして動画を見ることで、その人と花を通したコミュニケーションが取れているかなと思うとなんだかうれしい。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.1 平井かずみさん
コロナ禍における植物との触れあい

南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領(黒人に対するアパルトヘイト政策の撤廃を導いた政治家1918― 2013)は自伝の中で、27年間におよんだ獄中生活の中で毎週一度だけ、外に出て小さな花壇の手入れをすることを許されていたと記した。一週間に一度だけの植物との触れあいによってマンデラ氏が正気を保つことができたとも…。

 

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.1 平井かずみさん
「seed of life」

森岡:コロナ禍のような極限状況にあって人は植物に救われるものなんでしょうか?

 

平井:パンデミックの拡大で、遠くの世界に行くことが制限される中、身の回りの小さな世界をじっくり観察する時間ができました。時間がたっぷりとあるので、近くの公園や自然を楽しめる場所に毎日、散歩をしていました。そうすると同じ場所で出会う植物がどんどん成長して、変化していく様子に気づかされていきました。わっ!って。それに気づいた自分のことにも心躍ってしまう。こうした私が感じた自然界の美しさを皆さんにお伝えしたくて、兼ねてより森岡さんとも相談していたこの花のタブロイドを作ることになりました。

 

森岡:そうしてできたのがカラー写真版とモノクロ写真版がセットとなったタブロイド紙「seed of life」。2020年12月、発刊に合わせて「森岡書店」で発表展示会を開くことができてうれしかったです。

 

平井:カラー版の写真のほとんどは、私が携帯のカメラにマクロレンズを付けて接写した植物たちの姿です。まるで虫眼鏡を使って観察しているような気持ちになりました。植物の姿に見入ってワクワクする私の視点をそのまま切り取った写真です。一方でモノクロ版は長年おつきあいのある花の生産者の池田さんの畑を訪ね、誰よりも身近なところで植物を触れ合っている彼らの育てた花を通して、ありのままの美しさをお伝えしています。

2020年は今までとはまったく違った時間の過ごし方でしたが、だからこそ自分の身近なところにあることがらに気づくことができました。生業として日頃から植物や花を扱っているので、四季折々の循環に気づいているはずなのですが、猛烈なスピードで毎日暮らしていると周りに併走している感じで気づかない。ところが、動き方が変わり私には自然界の動きが際立って見えたんです。植物はひとたび地に根を下ろすとそこから移動しないのにぐんぐん育ち、花を咲かせ、種を残すことで命を巡らせていきます。そのサイクルに改めて気づかされたんです。これからどんな環境も生き抜いていくためのすべて情報がどれも同じように見える種に詰まっていると思うと不思議でなりません。余分なものが一切ないのに自己完結している種という存在にえも言われぬ神秘を感じた2020年でした。そこから私自身の本質的な種(seed)を探求したいと思う気持ちが強くなって「seed」というプロジェクトを立ち上げました。

森岡督行連載 文化とチョコレートの美味しい話 vol.1 平井かずみさん
森岡書店での展示風景

森岡:その表現のひとつがタブロイド紙「seed of life」。ほかにもseedをテーマにしたアイテムが誕生していますね。

 

平井:はい。池田さんからいただいたフェンネルの種を漉いた和紙を作りました。種を土に蒔くとやがて芽が出ます。また、聖樹、松の木からエッセンスを抽出したアロマスプレーとバームも作りました。「seed」は現在進行形、オンゴーイングのプロジェクトです。これからも私なりのseedの表現が誕生するかもしれません。また、そのseedの表現を受け取ってくれたみなさんの心の中で種が芽となり、育っていくのを見れたら、幸せかな。

 

文=長谷川香苗

写真=林ユバ

 

 

【Profile】

 

<guest>

平井かずみ(Kazumi Hirai)

フラワースタイリスト

草花がもっと身近に感じられるような「日常花」の提案。東京を拠点に「花の会」や「リース教室」を開催。

昨年末に「すぐそばにある自然の営みに気づくことで、私たちの感性の森を育む」をテーマに、花のお届け便をはじめ、植物の息吹を感じる暮らしのお手伝いができるようなアイテムをお届けするオンラインショップ『seed』を立ち上げる

https://www.seed-of.com/about

 

<host>

森岡督行(Yoshiyuki Morioka)

一冊の本を売る店をコンセプトにした銀座の店「森岡書店」の店主。展覧会企画にも協力。「雑貨展」(21_21 DESIGN SIGHT)、「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「Khadi インドの明日をつむぐ」(21_21 DESIGN SIGHT)など。京都・和久傳のゲストハウス「川」や、「エルメスの手しごと」展のカフェライブラリーの選書を担当。文筆家として新潮社『工芸青花』のサイトで日記を、資生堂『花椿』サイトで「現代銀座考」を連載中。