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「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える

「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える

「農園開発 x お菓子開発」を行うカカオのスペシャリスト企業「Whosecacao(フーズカカオ)」。IT、金融、お菓子業界など多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成されるユニークな組織です。「自分たちはメーカーでも商社でもなく、 “カカオを軸にした開発”を担う会社だ」と語る代表の福村瑛さんに、農園とお菓子の仕組みをアップデートしていくことについて伺いました。

「食べ物を扱っている場所」には思えなかった

─「Whosecacao」と、発足の経緯について教えていただけますか?

 

代表取締役・福村瑛さん(以下、福村):2017年の10月に、「カカオ農園の開発」を目的に立ち上げた会社です。具体的には、カカオの収穫後に行うさまざまな技術を農園の方に教えて、品質を向上させたカカオ豆を日本へ輸入。その卸売りや、砂糖を加えて粉々にしたチョコレート原料、オリジナル菓子の販売までを手がけています。

もともと僕はチョコレートが大好きで、いつか関わってみたいという気持ちがありました。新卒で入社したITベンチャー企業が上場企業に売却されたこともあり、仕事における「0から1をつくる楽しさ」を自分の中で見失ってしまう時期があって。そのとき、年齢も若くて色々チャレンジできるうちに、自分がやりたいことをやろうという決意したんですよね。

「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える
若干28歳の福村さん。趣味は、筋トレとサウナなんだそう

それで会社を辞めて、時間ができたので、インドネシアにチョコレートの原料であるカカオ豆を生産している農園を訪ねてみることにしました。何も知らない状態のまま行ったので、最初はどれがカカオ豆なのかも分かりません。農園のお母さんに「これだよ」と教えてもらったときは衝撃を受けましたね。出荷するカカオ豆の乾燥は土の上で行われ、そこにタバコの吸い殻などのゴミが転がっていたからです。食べ物を扱っている場所にはとても思えなくて。

 

そのとき僕は怒りを感じたんです。自分たち消費者は、こういう実態を知らずにチョコレートを食べているし、農家さんも「誰のために、どんな製品のために作っているのか?」をよく理解しないまま生産している。そこにやりきれなさを感じて、まずは日本に戻ってチョコレートの製造過程を学ぶことにしたんです。

 

そうして、「ダンデライオン・チョコレート」というチョコレート店で1年ほど働かせていただき、カカオ豆の良し悪しの違いや、どのように加工すればおいしいチョコレートができるか、といった基本知識を学んで。いよいよ農園で事業を始めようと会社をつくりました。

 

─ダンデライオン・チョコレートもWhosecacaoも、“ビーン・トゥー・バー”(カカオ豆がタブレットになるまでの工程を一貫して行うこと)のスタイルを取ってらっしゃいますよね。

 

福村:はい、ビーン・トゥー・バーの中でも弊社は、「ビーン(カカオ豆)寄り」だと捉えています。一般的にビーン・トゥー・バーでは、世界各国の既にある豆から良いものを選んで、それぞれの風味の楽しさを伝えるやり方を取ることが多いんですね。

「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える
カカオ豆を開くとフルーツの中にたくさんの種子が入っている

一方、僕らは、「どういうカカオ豆を開発したらいいか」というところから始まっているので、各国の豆を集めるのではなく、1つの国の1つの農園で色んな風味のカカオ豆を作るということを目指しています。実はこのようなことをやっているところって、他ではほぼ聞いたことがないんですよ。

 

というのも、色々な風味の豆が数百グラムあったとしても、お客様が1トン希望されたら、結局混ぜて1トン納める場合がほとんど。豆の種類を分けるのは手間がかかるからです。僕も農園で暮らしてみて初めて分かったことなのですが、カカオ豆は発酵のさせ方で風味が変わってしまう本当に繊細なもの。全て同じ風味に揃えることが逆に難しいんです。

 

でも僕は、「何をやって、こういう風味の豆になるのか」ということも、お客様にとっては魅力的な売りになり得ると思って、うちでは混ぜずに風味ごとにパックを分けて販売するということにして、現在も続けています。

 

─コーヒーでいうと、生産地や豆の種類にこだわる「サードウェーブコーヒー」のような魅力を感じます。実際にリリースしてみての反応はいかがでしたか?

 

福村:「そんなことできるんだ!」という声がまず多かったです。そもそも、農園に行ったことがある人がチョコレート業界の中でも少ないし、行かれことがあっても1、2回。期間としても数日間だと、発酵の工程を全て見られるわけではないので、発酵と風味の関係を完全に検証できている人って日本においてもごく僅かなんです。

「Airbnb」で探したカカオ農園

─農園での生活はどんな風に始まったのでしょうか?

 

福村:起業後、豆を開発するためにインドネシアのエンレカンという地域の農園に行ったんですが、地域に宿泊施設がなかったんですよね。それで「テント暮らしでもしょうがないかな」と思っていたら、農家さんが「うちに来なよ」と言ってくれて。まずは2ヶ月半ほどひと部屋をお借りして、住み込みで豆の製造過程を学んでいきました。

 

ただ、農家さんは豆の発酵自体には詳しくはないので、そこは僕たちの知識を提供して、その場で試してもらって。ダメだったらなぜダメだったのかを検証して、一緒に調整しながら質の良い豆の開発に取り組んでいきました。

 

─お互いのできることをシェアしたんですね。でも、最初にインドネシアのエンレカンを目指されたのはなぜでしょうか? 一般的に、インドネシアはカカオ豆の生産国として、まだそんなにメジャーではない印象なのですが。

 

福村:理由はシンプルに、“近さ”ですね。カカオの生産国は、1位コートジボワール、2位ガーナ、3位インドネシア。意外と知られていないけど、日本の近くにもカカオ豆がちゃんと取れている生産国があるんだということを知って、インドネシアに照準を定めました。

 

とはいえ、インドネシアも広いので、具体的にどこに生産地があるのかまでは分かりませんでした。なので、ジャカルタから入って、「カカオ農園があるところって知ってる?」などとバックパッカー向けのホステルで尋ねてみたりも。でも、インドネシアでも都市部では、カカオ豆を見たこともなければ、農園の存在すら知らない人がほとんどでしたね。

 

それで、Airbnbで田舎の地方を検索してみました。部屋のオーナーがアップしている写真に、カカオを育てている様子のあるところに「カカオ育ててみたいんですが、行ってみていいですか?」と聞いたら、OKの返事をもらったので、最初にインドネシア中部にあるスラウェシ島に行くことになって。それが今のエンレカンの農園の縁にまでつながっています。

「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える
生産地であるインドネシアの人もあまり見たことがないというカカオ豆の果実。こんなにカラフル!
「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える
現地の人と福村さん

―フットワークの軽さがすごいですね! エンレカンの今後が楽しみです。

 

福村:そう言っていただくことがあってありがたいんですけど、暇だっただけです(笑)。旅が好きでバックパッカーをやっていたこともあって、知らない土地に行くことが大好きなんですよね。

 

エンレカンでの農園開発は、まだまだ現在進行形のプロジェクトです。ただ、必ずしもカカオ豆の生産に恵まれた環境ではないにもかかわらず、日本での認知が徐々に高まっていて、自分たちのやっていることに手応えを感じています。

 

現地の農家さんの意識も変わってきていて、カカオ豆の上にタバコの吸い殻やゴミを捨てることはなくなりました。食べ物を扱っていることの重要性を何度も伝えつつ、彼らが生産しているカカオ豆で作られた製品を食べてもらったことが改善につながったように思います。

「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える
カカオ豆の乾燥の様子。現在はビニールハウス内で乾燥台を使うように改善された
異業界出身だからこその、成功の方法がある

─福村さんは以前IT企業にお勤めだったということですが、WhosecacaoにおけるIT活用についてはどのように考えていらっしゃいますか?

 

福村:まだ完全に「活用できている」とは言えないですが、僕たちが心がけているのは、なるべくカカオ豆に関する情報をキープするということ。消費者に届ける情報が、僕らやメーカーさんが中間に入ることによって、途中で削られるようなことがないようにすることです。

 

今までお話ししてきたように、チョコレートは身近なのに、カカオ豆どころか、砕かれた粒の状態も見たことがないほどに、消費者に情報をほぼ与えられていないという事実があります。「みんながカカオ豆のことを知れる状況」をつくることによって、世の中が楽しくなる部分も多いだろうと思うんです。

 

さらに、チョコレートをありふれてつまらないものにしてしまわないように、それぞれの製品を差別化するためにも、生産過程の情報は残さないといけないという意識も強くあります。そういう意味でITを活用して、データベースで情報を残すということを考えています。

 

 

―他のメンバーもチョコレート業界以外のバックグラウンドを持たれているそうですね。

 

福村:はい。日本では僕の他に、プロダクト責任者として岡麻衣子と、マーケティング責任者として渡辺高史がいます。岡は外資系投資銀行に勤務後、菓子専門学校への通学を経て、ダンデライオン・チョコレートで僕と出会いました。彼女は農園に行きたいという気持ちがすごくあって、実務能力とともにパッションが強いところが頼もしくて、仲間に加わってもらいました。

 

渡辺とは大学が一緒で、ベンチャー投資の授業で一緒で仲良くなって。彼は大学卒業後にクラウドファンディングのCAMPFIREに入ったのですが、お互いのやっていることに興味があって定期的に会っていました。彼は文化的なことやものづくりに関心があって、僕がWhosecacaoを始めるときに参加してくれることになりました。

 

3人ともチョコレート業界出身者じゃないからこその、制約があるところを大事にしたいと思っていて。つまり、この業界での成功体験がないチームが成功するときには、他業界から入ってきた僕らにしかない方法で成功させる必要があって。それでこそ僕らがやっている意味になると考えています。あと3人でミニマルなチームなところも、建設的な議論になりやくていいなと感じていますね。

 

 

―インドネシアにもスタッフがいらっしゃるんですか?

 

福村:現地の農家さんは英語を話さなかったりして直接コミュニケーションを取るのが難しいので、現地のマネジメントスタッフとして、インドネシア人のルースがいます。彼は、僕がインドネシアに初めて行ったときに泊まったホテルで働いていて。「カカオ農園を探しているんだよね」と言ったら、「案内するよ」と1日一緒にまわってくれた人なんです。

 

最初はなんでこんなに優しくしてくれるんだろうと思っていたんですけど、一緒に過ごしていたらすごく行動力がある人なんだということが分かって。しかも後で知ったんですが、彼は大学の工学部で学び、大きな鉱山会社で働いていた優秀なエンジニアだったんです。

 

一度温度を測るロガー(計測計)をインドネシアで壊してしまい「日本で買い直さなきゃ…」と落ち込んでいたら、一晩で彼が自作してくれるなんてこともありました。とても頼もしいメンバーです。

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現地パートナーのルースさん
他にやれることがなかったら、目の前でやれることをやる

─今のスタイルになるまで、試行錯誤もあったのではないでしょうか?

 

福村:最初に農園にこもってやっていた頃には、発酵さえうまくやれば豆は絶対に美味しくなると思っていました。でも、渋くて苦くて風味も良くなく、全然おいしくならなくって…。エンレカンでやり続けることに自信がなくなってしまい、メンバーにも弱音を吐いたこともありました。

 

でも日本の発酵の文化について調べていくうちに色々ヒントが見つかって。他の素材でやられている発酵の技術がとても参考になりましたね。それだけが要因ではないかもしれないですが、徐々に豆の渋みが減ったり、風味が出てきたりして、この土地でもおいしい豆が作れるという手応えが湧いてきました。

 

この経験で、カカオ豆の生産は土地に依存するものではなく、発酵方法やノウハウによっていくらでも変えられると気づけました。でもそれも全ては農園にい続けたことが、ブレイクスルーできた理由だと思います。他にやれることがなかったら、目の前でやれることをやったんです。

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カカオが香るザクザクの新食感ブラウニー(左)と発酵で作り出す3種類のフレーバーカカオ(右)

─その結果が、今のWhosecacaoの製品ラインナップですね。皮をむいて食べられるローストカカオ商品や、カカオの風味を存分に味わうことができるハイカカオなブラウニーなど、普通のチョコレート店とはまた違ったアプローチです。

 

福村:えぇ。ローストカカオはおつまみでもいいし、スナック感覚で味わっていただけたらと思います。この製品をうちが出す理由としては、そもそも食べる機会が少ないカカオ豆を食べていただきたいということと、農園の衛生環境からして、このかたちで提供することに他にはない自信があったからです。

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衛生状態の良さが、「皮をむいて食べられるローストカカオ」という製品を生む

ブラウニーは、ふだん僕らが食べているチョコレートとは違ったかたちで、カカオを楽しめるお菓子として開発しました。ここでは、弊社は「B to B」の事業を中心にやっていこうという意味で、お客様となるチョコレート店の競合となるような商品は作らず、焼き菓子にしました。

 

 

─あくまでメインは「B to B」なんですね。今日お話を伺って、現場である農園と原料であるカカオ豆へのこだわりを実感しました。

 

福村:ありがとうございます。現在は、インドネシアだけではなく、タイ北部ランパン県で現地パートナーと提携し、高品質なカカオ生産地として急発展している地域のカカオ豆の輸入も行っています。今タイ王室もカカオに注目しているんですよね。

 

僕らが「B to B」に比重を置いているのは、ある意味参入したタイミングが恵まれていたということがあります。  5年ほど前から“ビーン・トゥー・バー”の「質の良いカカオ豆でチョコレートを作る」という考えが浸透してきたおかげで、カカオ豆の供給側への需要が成熟してきました。さらなる農園や豆へのこだわりを示すことに意味が生まれてきたときに事業を始めた会社として、日本の“ビーン・トゥー・バー”を、僕らなりのスタンスで支えることができたら嬉しいですね。

「農園に居続けたこと」が生んだブレイクスルー。日本の“ビーン・トゥー・バー”をインドネシアから支える

文:皆本類 写真:新井まる