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チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

千葉県柏市。国道6号線を渡り小さな路地を進んだ先にある「TribalCacao(トライバルカカオ)」の小さな看板。2018年にオープンし、先日2周年を迎えたビーントゥバーチョコレート専門店です。メイン商品は、カカオ豆と砂糖のみで作るシングルオリジンのタブレット。10以上の国と地域のカカオ豆を使い、それぞれの産地の魅力が伝わる作り方でチョコレートに仕立てています。

 

店主は29歳の橋本直樹さん。大学で経営工学を学びつつ、世界各地を巡る面白さにのめりこんだ彼は、のちに中退し自らの道を模索。辿り着いたのは、世界中で愛されるチョコレートでした。「人を心地よくさせるチョコレート」を作りたいという橋本さんに、これまでのこと、これからのことをお聞きしました。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

青い扉を開け「いらっしゃいませ!どうぞ!」と笑顔でAPeCAスタッフを招き入れてくれた橋本さん。店内はチョコレートの香りで満ち、奥からはゴウン、ゴウンと機械が忙しく動く音が聞こえてきます。売り場と厨房を仕切るのは、商品を並べたカウンターのみ。作り手と買い手の距離が近く、「お店」というよりは「工房」にお邪魔したような雰囲気です。

今日はこちらでチョコレート作りの様子を見せてもらいながらお話を伺います。

 

カカオ豆の特長を引き出す、印象的なチョコレート

「TribalCacao」で扱うカカオ豆は10種類ほど。果実味のあるタンザニアやマダガスカル、インドの豆。チョコレートらしい力強さを感じるドミニカやガーナの豆。ブルーチーズのような複雑な味わいのトリニダード・トバゴの豆。どれもカカオ豆と砂糖だけで作っているのに、驚くほど味が違います。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
上はコロンビア・アルアコ、左下はグアテマラ、右下はタンザニア。豆の大きさも色も違う

「カカオ豆は立花商店さんのほか、4社ほどから仕入れています。コロンビアの豆はカカオハンターズさんから。中でもコロンビアの地域『アルアコ』は同じ豆でもローストを変えた2種類を用意しています。全く異なる味わいなので、その面白さをお客様にも伝えたくて」。

 

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食べてみると一方はハーブのような風味。対してハイローストの方はキャラメルのような甘みとコク深さ。その印象を思うまま伝えると「そうなんですよね、どちらも使っている砂糖の量は同じですが、ハイローストの方がより甘さや香ばしさを感じます。じっくり焼くことで、カカオ豆がメイラード反応やカラメル化を起こすからなんですね」。

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
お店に並ぶチョコレートはほぼ試食が可能。シャーレに入れられたそれをひとつずつ味わい、その違いに驚くお客さんも多いという

TribalCacaoのチョコレートはどれも、なめらかな口溶けが魅力的。すっと溶けて、個性がひょっこりと顔を出すような面白さがあります。

 

「うちのチョコレートは、カカオ豆ごとの特長を引き出して、最大限に膨らませるんです。メリハリをつけ、フレーバーのラインをくっきり残すように作るので、印象に残りやすいと思います。食べて香りや味を感じ取って、『このカカオ豆はどんなところで育ったのかな』と想いを馳せるのも楽しいじゃないですか。レイヤーをたくさん重ねて複雑にすることも可能ですが、人間って情報が多すぎると、結局どんな味だったか分からなくなってしまうんですよね」。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
各商品の特長をデータ化したテイスティング・ノート。「抽象的な表現にするよりも、データ化した方が伝わりやすいのでは、と作った」と橋本さん。

また橋本さんは「同じ産地でも、収獲した年や季節で香りや味が異なることがある」とも。「それもまた個性のひとつ。カカオ豆もワインと同じなんです。だからその時その時のよさを楽しんで欲しいなとも思いますね」。

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その面白さを作り上げる工程のひとつが、カカオ豆の粒子を細かくし、油脂を引き出す「コンチング(練り上げ)」の作業。TribalCacaoでは5台のメランジャーを駆使し、温度や湿度調整をしながら24~36時間かけて練り上げ、チョコレートのなめらかさを引き出します。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

「味だけでなく、作る過程でもカカオ豆の個性があります。火の通りやすさ、皮のむきやすさ、硬さ、軟らかさ。練るほどなめらかさは増しますが、メランジャーの中でも40~60℃程度になるのでメイラード反応が進むんです。長くやりすぎるとせっかくの風味が飛んでしまうことも。ベストな状態を逃さないよう、水分の変化や香り、味で見極めています」。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

作り方や味の説明などを質問すると、分かりやすく話してくれる橋本さん。研究を重ね、チョコレート作りに邁進する日々を送っていますが、「チョコレートがすごく好きで店を開いた、というわけではない」と言います。

 

「商売がしたい」。自分ができることを模索する日々

橋本さんはもともと、理系大学で経営工学を専攻していました。

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「ゆくゆくは商売をやりたくて、数学的な分析で生産効率や品質を向上させるアプローチを学んでいたんです。でも当時漠然とした思いのまま入学したので、次第に大学に通う意味を見出せなくなってしまって」。

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

そこで、憧れていた海外へ行ってみることに。

 

ヨーロッパを中心に、フランス、イタリア、ベルギー、ポーランド。オーストラリア、アメリカ。珍しいところではブルネイ、ラオス。ボスニアやクロアチアといった小さい国も。時々帰ってきてアルバイトでお金を貯め、また海外へ。大学をドロップアウトし、気づけば4年の間に40の国と地域を訪れていました。

 

様々な国で色々なものを見聞きし帰国すると、決まって訪れるのが行きつけの自家焙煎コーヒー店「雨の日の珈琲」。今では地元・柏で人気を博すこちらの店も当時はオープンしたばかりでお客さんは少なく、マスターの久保田さんと2~3時間話し込む日も多かったとか。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

「私はコーヒーやお酒が好きで、『いつか、カフェやバーをやってみたい』との想いがあったんです。飲んで感じる香りや味を言語化するのも好きでした。ただすでに多彩な店が多く、競合に勝てる自信はなかったんです。何か自分にできることがないだろうかとフランチャイズセミナーを訪れることもありましたが、いつしか気づきました。『ただ儲けるだけの商売がしたいんじゃない、気持ちよい商売がしたいんだ』って」。

旧知のマスターとの会話で開けたチョコレートへの道

そんな時、マスターとの会話にのぼったチョコレート。橋本さんにとっては、あまりに身近すぎて意識したことがありませんでしたが、思えば訪れたどの国にもチョコレートの店があり、そこに暮らす人々が幸せそうに口にしていました。

 

その頃、日本にはまだビーントゥバーチョコレート専門店は少なかった。チョコレートなら自分にも商機があるのではないか―。

 

進む道を決めた橋本さんは、自宅でカカオ豆を取り寄せ実際に作り、同時に国内外のチョコレート専門店を訪れるようになります。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
100種を超える、橋本さんのチョコレート・コレクション。店のこだわりが全面に出ているものをよく購入する。特に好きなのはダンデライオン・チョコレートやブノワ・ニアン、MURATAなど。包装の質感も大切にしているため、写真ではなく現物保存。

「最初はチョコレートを作るカカオ豆のキットを買いました。そこから徐々に細かく研究を始めて。自分でメランジャーを購入して、毎日10時間くらいひたすら作り続けていました」。

 

その後、「ダンデライオン・チョコレート」で1年半、チョコレートの製造技術を学びます。「面接の時、自分で作ったチョコレートを持参しました。今は幹部になられている方に『おいしくできてるじゃない』って言ってもらえて、嬉しかったですね」。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

これまで独学でチョコレートを学んできた橋本さんは「様々な産地から届く豆は何十トン単位。製造の規模感に圧倒された」と言います。また、アメリカ本社から来日したテイスティングマネージャーとの日々も刺激的だったそう。

 

「アメリカ人の彼と日本人の僕とでは味覚が違う部分はあるんですが、『少しアシッドリー(酸味がある)だよね』『ファーメンテーション(発酵)が強いね』と、フレーバーや味を通して会話ができるのが面白かったですね。チョコレートって世界の食べ物なんだ、と実感しました」。

 

一枚で幸せになれるチョコレートを作る
チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

ダンデライオンで働きながら、少しずつ自分の作りたいチョコレートのイメージを固めていった橋本さん。『一枚で幸せになれるチョコレート』をコンセプトに、2018年馴染みのある柏で27歳の時に開業しました。長く通う「雨の日の珈琲」の隣物件がたまたま空いたことも運命的です。

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
「雨の日の珈琲」来店後に訪れる人も多く、男性客が多め。「普段チョコレートを食べない方から『チョコレートって甘いだけじゃないんですね』『認識が変わった』と言われることが楽しい」と橋本さん。

「『雨の日の珈琲』のマスターは、グラフィックデザイナーとしても活躍されていた方。開業の際にはTribalCacaoのパッケージデザインもお願いしました。『チョコレート=幸せ』。その象徴として、世界一幸せな国と呼ばれるブータンの手織り物をモチーフにしているんです」。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
店名の Tribalは「種族」の意味。どんな品も、そこにいる人や文化、風土などが創り上げたことを忘れないために名付けた。また、素材を大切にしていく決意を込め、ChocolateではなくCacaoとした

赤や黄色、青や緑と、印象に残る鮮やかな色合い。ブータンではその文様もそれぞれの意味を持つのだとか。

また、和紙のような厚い感触の包装紙も橋本さんのこだわりのひとつ。「食べて終わりではなく、取っておきたくなるような紙にしたいと思って、半年くらい探し回りました」。

 

その根底には、「TribalCacaoで手にするものすべてを心地よいものにしたい」との

想いがあります。そのために様々な人に会ったり、専門書を読んだり、映画を観たり、アートに触れたり。異文化、異業種からくまなく吸収し、すべてをよりよいチョコレート作りにつなげています。

 

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
ロゴを刺繍した、オリジナルの保冷バッグ。触り心地のよさだけでなく、外側はタイベックという不織布、内側はアルミシートを張り、耐久性、耐水性にも考慮している

「大学の時に、感性工学を少し学んだんです。触り心地のよいものとか気持ちよい空間とか、何気ない人間の感性を科学的に分析し、活用する分野です。うちではそれをチョコレートで叶えたい。食べて心地よく、幸せになれるものを作っていきたい。たった一枚で、関わる全てを幸せにする。チョコレートにはそんな力があると思っているんです」。

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心
ドミニカ産チョコレート・タブレットを1.5枚使って作る、濃厚なホットチョコレートも人気。テーブル席でのイートインのほか、テイクアウトもできる
チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

産地別のチョコレートアイス。ドミニカ、ブラジル、タンザニア。白いバニラアイスはカカオ皮を煮出し、香りを移している

 

文=田窪綾

写真=深町レミ

 

 

 

【Profile】

チョコレートは人を幸せにする― 「TribalCacao」若き店主の飽くなき探究心

橋本直樹(Naoki Hashimoto)

1991年生まれ、千葉県柏市出身。理系大学で学びながら、海外40もの国と地域をまわり知見を深める。ダンデライオン・チョコレートで1年半チョコレート製造を学んだのち、2018年10月、地元・柏にビーントゥバーチョコレート専門店「TribalCacao(トライバルカカオ)」をオープン。台湾・誠品生活信義店での展示会や、東京・高円寺の銭湯「小杉湯」とコラボし、カカオハスクを使ったカカオ風呂を実施するなど多彩な取り組みを行っている。

もともとコーヒーやお酒好き。ミクソロジーにも興味がある。趣味は高校時代の山岳部所属で面白さを知った山登り。最近はコンセプチュアルアートやSFにも心惹かれている。

 

TribalCacao

https://shop.tribalcacao.co.jp/