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古代から現代につながる、カカオのサイエンス・ロマンと存続の危機。佐藤清隆さん インタビューvol.3

ビーントゥバーチョコレートが日本で広まるずっと前から、チョコレート研究に取り組んできた広島大学名誉教授・佐藤清隆さん。科学者の立場にとどまらず、カカオの歴史や食文化にも精通。チョコレート研究のキャリアは40年以上にもなります。

最後となる3回目の本記事では、佐藤さんがカカオやチョコレートにのめりこんだきっかけや、カカオ農園が直面している問題についてお聞きしました。

 

カカオ・チョコレートに感じるサイエンス

――佐藤さんは科学者の観点からのチョコレート研究だけでなく、カカオの歴史や食文化にも詳しいですよね。カカオやチョコレートを深く知るようになって、変わったことはありますか?

 

そうですね…。ひとことでいうと、カカオにはサイエンス・ロマンを感じるんです。

僕は食品物理学という観点からチョコレート研究に携わっていくうちに、周りから求められる事柄が少しずつ広がってきました。

製造トラブルになった時の原因究明に新たな知識が必要になったり、産地によるカカオ豆の品質の違いを調べなければならなくなったり。

 

例えば、ビーントゥバーの個人店がチョコレート製造について分からないことが出てきた。その場合、民間企業に質問しても答えてはくれないんですよ。小さな個人店でもライバル関係とみなされますから。

 

頼れるのは研究者であり、中立な立場である僕だけだと思ったら、できるだけ応えてあげたくなるんですよね。それでつい色々調べてしまう。

 

カカオが世界のどこで育ち採れるのか、カカオ豆の品種や国ごとの特徴は何か…。そんなことを調べるうちに、カカオには今日までに至る長い歴史と深い広がりがあると知りました。

驚きの連続を追い求めているうちにどんどんのめりこんでしまった感じですね。

 

――カカオのサイエンス・ロマン、例えばどんなところに感じますか?

 

例えば、カカオの栽培は長らく、中米やメキシコでおよそ3900年前に行われていたのが最古の証拠とされてきました。でも2018年になって、それよりも1500年も古い約5300年前には栽培されており、場所も中米ではなく南米(エクアドル)であるかもしれないとわかったんです。

これはカナダなどの研究チームが、出土した土器にチョコレート特有の成分「テオブロミン」などが残っていないかどうかを調べた結果です。

 

古代から現代につながる、カカオのサイエンス・ロマンと存続の危機。佐藤清隆さん インタビューvol.3
カカオ豆からチョコレートに至るまでの変遷を歴史とともに記した佐藤さんの著書(左は古谷野哲夫さんとの共著)

人間が栽培を始めたのは約5300年前かもしれませんが、カカオの木自体はもっと以前から存在したはずです。それが地球環境の変化で、南米のアマゾン源流域でしか自生しなかったのです。

つまり、こういうことです。カカオの木は16℃以下になると豆が発芽しないし、成長が止まるので絶滅します。一方で、地球はこれまで寒冷期と温暖期をほぼ周期的に繰り返してきました。今から約2万年前の最終氷河期には、世界中の気温が5~7℃下がっていたはずです。きっとその時期は、アマゾン川源流域のほとんどから熱帯雨林が消え、乾燥化で草原地帯になったでしょうね。

 

でも、赤道直下の地域、アンデス山脈が取り囲んでいる場所だけは盆地のように熱帯雨林が保たれていたのではないかと思うんです。

その場所が、今回新たに分かったエクアドルにとても近い。

もしかしたらそこにカカオの故郷、原産木があるのではないか…。そう考えるとすごくワクワクするんですよね。

 

だからこそ、各地のカカオ農園に根付く問題をどうにか解決できないかと考えているんです。

 

――カカオ農園に根付く問題、とはどんなものですか?

 

カカオは熱帯地帯でないと育ちませんし、コーヒーより栽培環境が厳しいんです。病気にも弱いし、ネズミやサルがカカオポッドの中の豆やパルプを食べてしまわないよう対策を取る必要がある。暑い中、広い農園を1日中歩き回って作業する、過酷な現場です。

僕はフィリピン、ベネズエラ、エクアドル、ホンジュラス、ベリーズ、メキシコ、ベトナム、インドネシア、スリランカのカカオ農園を実際に見てみたんですが、キツイ仕事だから若い働き手があまりいないんですね。カカオの市場価格も一向に上がらないので、若者たちが将来に希望が持てないんです。

 

古代から現代につながる、カカオのサイエンス・ロマンと存続の危機。佐藤清隆さん インタビューvol.3
フィリピンのカカオ農園にて

一時期問題になった、カカオ農園での児童の強制労働。もちろんやってはいけないし、今はなくなったと聞いていますが、「小さい子供を働かせるな」と僕たち日本人が批判したところで、現地の人からしたら解決策がないんです。逆に農家側から「あなた方は我々を批判するけど、その代わり何をやってくれるの」と言われてしまう。

 

また、カカオの木は30年ほどで寿命を迎えます。枯れてしまったら植え替えなくてはなりません。実をつけるまでも3年~5年はかかるんですが、お金がないと植え替えすらできません。

 

カカオの需要は現在700万トンと言われていますが、ここ10年の供給量は400万トン前後にとどまっています。このままだと、カカオ農園はどんどん減ってきてしまうのではないかと危惧しています。

 

――もしかしたら今後、チョコレートが食べられなくなってしまうかもしれませんね。買い手側である私たちができることは何でしょうか。

 

そうですね。まずはカカオ豆に適正な価値をつけるフェアトレードを行い、持続的に買い続けることが大切ですよね。また消費者の私たちも値上がりを視野に入れ、適正な価格でチョコレートを買うことを意識すべきではないでしょうか。

現地の農家さんたちもお金の心配がなくなれば、より良い品質のカカオ豆を作ることに専念してもらえるのではないかと思います。

 

――なるほど、確かにそうですね。

最後に、佐藤さんが今後取り組んでいきたいことはありますか?

 

先ほど挙げたカカオ農園存続とは別の問題があるんです。

中南米のカカオ農園も別の意味で危機に瀕しているので、そちらも解決する手立てはないかと考えています。

 

――中南米というと、ペルー、エクアドル、ホンジュラス、コロンビアあたりでしょうか。

 

はい、アンデス山脈の周辺高濃度の天然カドミウムを含んだ土壌があるんです。

カドミウムは猛毒をもつ重金属。体内に入ると腎臓障害や呼吸器系のがん発生リスクを高めます。

 

ローカルな土壌の問題なので、アフリカやアジアのカカオ豆にはほとんど含まれていません。

ただ、ヨーロッパ最近になってカカオ豆の中のカドミウム残量を従来よりも一層厳しくしたことにより、中南米の豆が一部輸出できなくなってしまっていると聞いています

古代から現代につながる、カカオのサイエンス・ロマンと存続の危機。佐藤清隆さん インタビューvol.3

カドミウムを減らす一番の方法は、土壌を酸性から中性・アルカリ性にすることで、あちこちでそういう工夫をしています

一番簡単なのは農園に石灰を撒くだけなのですが、規模が何万ヘクタールにも及ぶんです。

膨大な量の石灰が必要になりますが、当事者である中南米各国にはそれを用意するお金が足らないんですね。

 

カカオのふるさとである中南米の危機。

普段チョコレートをおいしく食べさせてもらっている僕たちは、カカオを何とか存続させていかなければならないと思うんです。できることなら、クラウドファンディングなどで石灰費用を募ることができたらいいなと。

 

それと、いま、子供向けのチョコレートの絵本を準備しています。もちろん日本語ですが、できれば英語、フランス語、スペイン語などに翻訳したい。その理由は、カカオ農園の子供たちに読んでもらって、彼らが作るカカオがどれだけ世界を幸せにしているのかを幼いころに知ってもらいたいからです。

 

僕はチョコレートが好きだし、カカオに壮大なロマンを感じています。

それを守る活動は何でもしていこうと考えています。

 

古代から現代につながる、カカオのサイエンス・ロマンと存続の危機。佐藤清隆さん インタビューvol.3

【profile】

古代から現代につながる、カカオのサイエンス・ロマンと存続の危機。佐藤清隆さん インタビューvol.3

佐藤清隆(Kiyotaka Sato)

 

1946年生まれ。広島大学名誉教授、工学博士。名古屋大学大学院工学研究科修了後、2010年3月まで広島大学生物生産学部で食品物理学教授を務め、食品油脂の物理学的研究に従事。在任中から民間企業と共同でチョコレート研究に取り組み、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど75ヵ国を訪問。カカオの歴史や食文化にも造詣が深い。

現在は各企業との共同研究や技術者向けのセミナーで技術指導を行うほか、石材店と共同開発した世界初のチョコレート専用石臼「ショコラミル」を開発。一般向けのワークショップも精力的に行っている。趣味は60歳から始めたロードバイク。これまでに47都道府県や全国31国立公園をまわる旅を制覇した。