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私がチョコレートおたくになった理由

はじめまして。APeCAのメディア編集をしておりますフリーライターの嘉手川(カデカワ)です。ライター以外にもうひとつ肩書きがありまして、チョコレートおたくと言います。

 

先日24歳になったのですが、ぐっと20年遡って4歳の頃の話をしましょう。私はチョコレートをあげる、と大人に言われても喜ばずに断るような、チョコ嫌いの子供でした。かといってチョコレートを全く食べていなかったわけでもなく、大好きなアンパンマンの顔の形をしたチョコは時々買ってもらっていました。苦手なのは、キスチョコやスニッカーズなど米軍基地から流れてくるコテコテに甘いチョコレートたちでした(今ではどれも好きですが)。二世帯住宅で共働きの両親の代わりにおじいちゃんとおばあちゃんに面倒を見てもらっていた影響か、ミックスナッツや中華いか(沖縄では一般的なセーイカをごま油で和えた惣菜)など、お酒のつまみになるような食べ物を好んでいた記憶があります。

 

話は変わりますけど、うちの母はとても料理上手で。子供の私はそれを見て「私もやりたい!」と考えたものですが、母は効率よく家事を済ませたいのか、あまり手伝わせてくれません。しょうがないので、キッチンが空いている時間にお菓子作りをするようになります。そこで出逢ったのがチョコレートでした。お菓子の材料としてチョコを選ぶようになる頃には、チョコレートは私にとって「おいしいもの」に変わっていました。小学生になり、明治や森永といった国内の大手製菓メーカーが市販しているハイカカオチョコレートを初めて口にしたのがきっかけです。初めてハイカカオの(たしか明治の「チョコレート効果」だったでしょうか)を口にしたとき、素直においしい、と思いました。そうして自分でもおやつや製菓材料としてチョコレートを買うようになったのです。

私がチョコレートおたくになった理由

運命は、中学校の図書館にありました。

よくお菓子作りの参考になるレシピ本を探しては借りていたのですが、その中に、かの有名なジャン=ポール・エヴァン(M.O.Fと呼ばれるフランス国家最高職人賞を受賞したパティシエ・ショコラティエの中でも巨匠と呼べる存在です)の『ショコラの愉しみ』がありました。この美しいチョコレート色の表紙の本の中の世界に、中学生の私は強く惹かれ、その時のこころを揺さぶられる感覚、浮き足立つようなワクワクした感情が今も私の中でチョコレートと結びついています。

 

その後訪れた東京ではこんなことがありました。東京一人で行ったのですが、帰りの日に空港まで送ってくれた向こうに住む叔母が、ショーケースに張り付いていた私を見兼ねたのか「1つ買ってあげる」とボンボンショコラの4粒入った箱をくれたのです。お家に帰って大事に、それは大事に食べ、あの本の中に見た、未だ知らぬ素晴らしい世界は、確かにここ(チョコレートという芸術品)の中にあったのだ、と確信しました。ものすごい感動でした。

 

つい熱が余って詩的な表現になりましたが、私にとってチョコレートとはそういうものなのです。エヴァンの本で映し出されていた「ショコラの世界」は、美しく、官能的で、その創造性はアートそのものであると同時に、人々のこころを満たすおいしさを兼ね備えていました。私は今もその魅力に取り憑かれています。